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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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31

 高木家の姉妹は、近所でも評判になるくらいの仲良しだ。中学生になっても長女の葉月は、時間があれば菜月と遊んだ。

 菜月は、明るく楽しい姉が大好きだった。そんな時に事件が起こった。

 通っている幼稚園で、いつも菜月にちょっかいをだしてくる男の子が唐突に言った。

「お前の姉ちゃん、拾われた子なんだろ」

 いきなりの発言だった。わけがわからず、菜月はきょとんとする。

 男の子が、同じ台詞をもう一度繰り返す。ぎょっとした先生たちが、慌てて彼を注意した。

「何を言ってるの。菜月ちゃんに謝りなさい」

「だって、本当のことだもん。俺の母ちゃんと父ちゃんが言ってた」

 頭を丸刈りにした男の子は、唇を尖らせて先生に反論した。

 もうすぐ楽しいお昼の時間になろうとしている幼稚園の教室内が、にわかに騒がしくなる。

 その男の子は教室内のリーダー的な存在だった。子分みたいな感じの子たちが、言葉の意味を知ろうと質問する。

「ねえ、拾われた子って何?」

「落ちてたのを、拾ってきたってことだよ、多分」

「えっ? じゃあ、菜月ちゃんのお姉ちゃんって、落ちてたの!?」

 何をくだらないことを。菜月は単純に思った。ゴミなどと違って、人が道端に落ちてるはずがない。また、私をからかって遊ぶつもりなのね。

 ふうとため息をついて、首を小さく左右に振る。付き合っていられない。早くお昼の準備をしようと考えた。

「おい、待てよ」

 その場から移動しようとしする菜月を、意味不明な発言をした男の子が呼び止めた。

「姉ちゃんだけじゃなく、お前も拾われた子なんだろ」

 三歳児にして口が悪い男の子は、周囲のハラハラする様子も気にしない。からかうような口調で、しつこく拾われた子と繰り返す。

 きっと家でもこうなんだろうなと思い、無視をしようと決める。お昼の準備を始めようとしたところで、教室内の異変に気付く。

 いつもは仲良くしてる子たちが、近寄ってこないのだ。どうしたのかと思っていたら、友人の女子が遠慮気味に尋ねてきた。

「な、菜月ちゃんって、拾われてきたの……?」

「……わからないわ。皆、生まれてきた時のことを覚えてるの?」

 質問に質問で返すのはよくないとわかっていても、本当にわからないのだから仕方がない。むしろ知っているのなら、教えてほしいくらいだった。

 先生たちも本気にしていないらしく、しきりに男の子へ「もうやめなさい」と注意する。

「俺の父ちゃんと母ちゃんは、嘘ついたりしないぞ。菜月とは、遊んじゃ駄目なんだ。俺は拾われた子じゃないからな」

「じゃあ、僕も遊べないー」

 リーダー的な子が言いだしっぺなだけに、気を遣っているのか。それとも単純に面白そうだから参加したいのか。複数の園児たちが僕も私もと声を上げる。

 いい加減にしなさいと若い女性の先生が怒鳴ったところで、騒ぎは収まらない。あっという間に反菜月連合みたいなものが結成された。

 好きにすればいいわ。友達がいなくなるのであれば、ひとりで遊べばいいのだから。およそ三歳児らしからぬ思考を展開したあと、我関せずといった態度で菜月はお昼の準備を始めようと先生に提案した。

「そうね。じゃあ、皆で輪になって食べましょう」

「菜月ちゃんだけ拾われた子で仲間外れだから、ひとりで食べればー?」

「いい加減にしなさいと言ってるでしょう!」

 本気で怒鳴られても、悪ふざけ中の男の子は本気で反省せずに、ニヤニヤするばかりだった。

 そのうちに昼食の時間となったが、そこでもくだらない真似をしてくる。

 家から持参したお弁当のおかずを、わざとひとつ床に落とす。先生が注意するのを聞かず、真っ直ぐに菜月を見て口を開く。

「それ、菜月ちゃんにあげるよ。拾われた子なんだから、落ちたおかずを拾って食べればいいよ」

 本物のアホがいる。内心で侮蔑の言葉を吐く。表面上は平静を装っていても、そうしなければ泣いてしまいそうな気がした。


 その日は最後までからかわれた。母親の高木和葉が迎えに来た際もだ。心配をかけたくない菜月は、普段どおりの姿を演じた。

「……何かあったの?」

 並んで歩く帰り道の途中で、唐突に和葉が尋ねてきた。

 菜月は驚いた。普段とまったく同じにしていたはずなのに、あっさりと母親に異変を察知されてしまった。

 なんだか妙に嬉しくなり、気分もよくなる。自分や姉が、拾われた子だなんて悪い冗談だ。

「何でもないの。同じ幼稚園の男の子に、ちょっとからかわれただけ」

「そうだったのね。きっと菜月が可愛いから、ちょっかいを出したいのよ」

「わからないけど……そうなのかな。その子ね、私やお姉ちゃんを拾われた子だっていうの。そんなはずないのにね」

 冗談だと半ば確信していた菜月は、そんなはずないでしょうと母親が笑ってくれるものとばかり思っていた。

 ところが、母親の高木和葉が見せた反応はまったく違った。

 薄く化粧を塗っている顔をさらに白くさせ、時折唇を小さく震えさせる。普段ではあまりどころか、まったく見たことのない表情だった。

「……ママ?」

 不安な気持ちが大きくなる。どうして違うと言ってくれないの。午後の道端で、おもいきり叫びたい衝動に襲われる。

 かつてないほど、心臓の音が激しくなる。痛くて、息をするのも苦しい。安心させるひと言を、母親からもらいたかった。

「どうしたの。ねえ、ママ」

 隣を歩く和葉の手を強く掴んだ。

「その話は……そうね、パパと一緒にね」

「何でパパも一緒なの? だって、そんなはずないよ。私……拾われた子じゃないもん!」

「もちろんよ。ママもわかっているわ。だから、まず……お家に帰りましょう」

 途中で足が動かなくなりそうな菜月を、引っ張るような形で和葉が家まで連れ帰った。

 手洗いとうがいを一緒にしたあとで、いつもなら日中は滅多に上がらない二階へ移動する。

 父親である高木春道の仕事部屋のドアを、和葉がノックする。

「お仕事中、ごめんなさい。少し、話をしてもいいかしら」

 和葉がドア越しに言うと、すぐに室内から「どうぞ」という声が聞こえた。

 ゆっくりドアノブを回した和葉が、春道の仕事部屋に入る。菜月も一緒だ。

 椅子に座って仕事中だった父親が、こちらを向いて歓迎してくれる。

「菜月も一緒だったのか。おかえり」

「ただいま」

 挨拶を返す菜月に元気がないとわかったのか、父親の春道が怪訝そうな顔をする。

「何かあったみたいだな。話というのは?」

 春道も含めた全員が床に座る。話をすべき和葉が、表情を曇らせて俯く。

 最初の無言の時間に耐えられなくなったのは、幼稚園で散々からかわれてきた菜月だった。

「ねえ、パパ! 私とお姉ちゃんは拾われた子なの!?」

 黙ったままで、春道は和葉に目でどういうこだと尋ねた。

「それが……幼稚園で、誰かに言われたみたいで……」

「なるほど。大方、ご両親の話を盗み聞きでもしたんだろう。もう少し、成長してからと思ってたが、こうなったら仕方ないだろ」

 春道の言葉に、和葉が頷く。「そうですね」

 両親のやりとりを聞いて、ますます菜月は不安になった。あの男の子が言っていたとおり、自分は拾われた子だったんだ。

 聞きたくないのに、ショックすぎて耳を塞ぐこともできない。そんな菜月の耳に、父親の声が入り込んでくる。

「最初に言っておくが、菜月も葉月も、間違いなく俺と和葉――パパとママの子供だ」

「で、でも……拾われた子なんでしょ……?」

 泣きそうにならないよう心を強く持って、菜月は目の前にいる父親へ聞いた。

「そんなわけないだろ」春道は微笑んだ。「お前が生まれたのは、病院のベッドの上だよ」

 心の底から安堵すると同時に、何度も「本当?」と確認した。そのたびに春道は、優しく本当だと言ってくれた。

「そうだよね。私もお姉ちゃんも、拾われた子のはずがないよね」

 笑顔で言う菜月の前で、春道が困ったような顔をした。まだ何かあるのだろうかと思って、ハっとする。

「え……お姉ちゃんも……ちゃんと……」

「よく聞け、菜月。お前と葉月は血が繋がってない。けどな……」

「ほ、本当なんだ……お姉ちゃん……拾われた子なんだ……」

「そういう言い方をするな。いいか、まずは心を落ち着けて――」

「お姉ちゃんは、私と違うんだ。拾われた子なんだ!」

 ショックが身体を動かしたのか、自分でも意識しないうちに菜月はその場に立ち上がっていた。

「菜月っ!」

 和葉が名前を叫んで待つように言ったが、動き出した手足を菜月本人も止められなかった。

 乱暴にドアを開けて廊下へ出ると、転びそうになるのも構わずに階段を駆け下りる。

 タイミングがいいのか悪いのか。普段はもっと遅く帰ってくる姉の高木葉月が、丁度帰ってきた。

「ただいま……って、菜月? そんなに慌ててどうかしたの?」

「うるさいっ! 拾われた子は、私に話しかけないで!」

「え? 菜月……?」

「友達に言われて、パパに聞いたんだもん。お姉ちゃんと私は違うんだもんっ!」

 興奮のしすぎて、何を口走ってるのかもよくわからない。体内に渦巻く激情が、言葉となって出てきたみたいだった。

 驚き、悲しんだあとで葉月は「そっか……」と言った。寂しそうな顔が印象的だった。

 今の菜月に、姉を心配する余裕はなかった。制御できない口が勝手に動き、乱暴な言葉をぶつけてしまう。

「拾われた子のお姉ちゃんなんかいらない! いらないんだから!」

「――っ! でも……私は菜月が必要だよ。だって、大好きだもん。だから……お願い。お姉ちゃんでいさせてくれないかな……」

「知らないっ! わかんないっ!」

 強く叫んだ菜月は、前方に立っていた葉月を押し退けて玄関から外へ出た。

 靴を履いた両足を、ひたすら動かす。どこに向かっているのかもわからない。何をしたいのかもわからない。

 とにかく菜月は走った。そうして気がつけば、見たこともない場所にひとりで立っていた。


 明るかった空が、夕暮れに染まる。気温が下がると同時に、心まで寒くなるみたいだった。

 とぼとぼと菜月は歩く。先ほどからずっとだ。見知った景色には、まだ出会えない。

 心細さが足音に表れる。声をかけてくれる人は誰もいない。今頃、家族はどうしてるだろう。ふと考えた。

 皆で晩御飯の準備をしてるのかな。それとも、お姉ちゃんを慰めてるのかな。

 あんなに大好きだった姉なのに、顔を思い浮かべるだけで悲しくなる。どうしてお姉ちゃんは普通の子供じゃなかったの。そんなふうに考えては、また辛くなる。

 夕日は菜月を慰めてくれない。ひとりぼっちなのが、無性に寂しくなった。

「う、うう……ひっく、うえ、うええ……」

 気がつくと菜月は泣いていた。一生このまま、誰にも見つけてもらえないのではないかと本気で思った。

 酷い言葉を、姉にぶつけたせいかもしれない。次から次に涙がこぼれてくる。

 とうとう菜月は歩けなくなった。その場にしゃがみこみ、両手で目を覆って嗚咽を漏らす。

 通りかかる人は誰もいなく、車の排気音すら聞こえない。菜月はひとりぼっちだった。

「うえ、えええ……寂しいよ……お姉ちゃん……」

 知らず知らずのうちに、菜月は姉を呼んでいた。その直後だった。

「あ、いたっ! 菜月っ!」

 声が届いたかのように、姉の高木葉月が現れた。

「ここにいたんだね。よかったー!」

 駆け寄ってきた葉月が、泣いて震えている菜月の身体を優しく抱きしめてくれた。

「パパとママも心配してるよ。早く帰ろ。ね?」

 泣きじゃくってるせいで上手く喋れない。それでも葉月は怒ることなく、菜月を慰めてくれた。

 落ち着いてきたところで菜月を立ち上がらせ、手を握ってくれる。

 姉の体温を感じてるうちに、菜月は心配そうな顔をしていた両親とも出会えた。

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