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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 二学期の期末テストも無事に乗り越えた愛娘の高木葉月は、中学生になって初めての冬休みを迎えた。今井好美らと一緒に宿題を早めに行い、後半にゆっくりする計画をたてたみたいだった。

 そして大晦日の今日。新年を迎えようとする高木家のリビングにいるのは、春道と妻の和葉の二人だけだった。次女の菜月はすでに就寝中。長女の葉月は、友人たちと一緒に初詣をすると昼すぎから出かけたままだ。普段は門限に厳しい和葉も、期末テストの結果が良かったのもあって、今日だけは特別に泊まりも許してあげたみたいだった。

「あれだけパパ、ママって言ってた葉月が、友達との付き合いを優先するようになるとはな。これも一種の成長になるのかもしれないな」

 春道の言葉に、隣り合ってソファに座っている妻の高木和葉が頷いた。「そうですね」

 成長してるのは、葉月だけではなかった。次女の菜月も同様だ。今夜も眠る前には、春道たちの半分以下とはいえ、きちんと自分の分のそばを平らげた。お漏らしなどもしなくなり、トイレもひとりだけで可能だ。赤ちゃんの頃には世話をしていただけに、ほんの少し寂しくもなった。そのことを正直に妻へ教えたら、大笑いされた。

「このまま二人とも、元気に成長してくれていったらいいな」春道が言った。

「ええ。でも……少々、甘やかしすぎる人がいるので心配よね」

 横でふうとため息をついた和葉が、次の瞬間にはジト目で春道を見てきた。

「出かける前に、葉月にお小遣いをあげたでしょう。あれではそのうち、イベントがあると臨時収入を得られると勘違いするようになるわよ」

 怒られるのがわかっていたので、こっそりとあげたつもりだった。友人たちと買い物をしてる時に、葉月ひとりが何もできずにいたらかわいそうだと思った。けれど妻からすれば、お小遣いを計画的に使わせたいのだ。年末に皆で遊びに行くのを想定して、不自由しない程度の金額を残す。それが一番なのは確かだった。何度も春道が助けてあげると、無計画にお金を使う大人になりかねない。和葉はそれを心配しているのだろう。

「たまにはいいと思うが、確かにあげすぎもよくないよな。次は気をつけるよ」

 春道がすぐに納得してくれたので、和葉もしつこく叱責したりはしなかった。わかってもらえればいいと頷き、二人でまたぼんやりと前方のテレビを見つめる。まだカウントダウンには間がある。テレビの中では、芸能人たちが大晦日の夜を盛り上げようとはしゃいでる最中だった。

 確か去年もこんな感じだったな。そんなことをぼんやり思っていたら、唐突に肩へ何かが乗ってきた。愛妻の頭だった。眠いのかと隣を見れば、恥ずかしがって顔を真っ赤にしていた。二人きりなので、甘えようとしているみたいだった。間違っても、照れて押し返したりなどはしない。春道も顔を赤くさせながら、最愛の妻の肩へ手を回した。

 ソファの上で密着度が増し、互いの体温が衣服を通して伝わる。暖房をつけてるとはいえ、大晦日の夜は寒い。そこで味わう人の温もりは、何より幸せな気分にしてくれた。

 無言で身体を預け合ってるうちに、春道は側にあったリモコンを操作してテレビを消した。音がなくなったのを不思議に思ったらしい和葉が、春道の顔を見上げてくる。

 覗きこむような妻の瞳を受け止めつつ、春道は微笑んだ。「たまには、静かな年明けも悪くないだろ」

 近年は葉月が一緒だったので、年明けは常に賑やかだった。それはそれでとても楽しかった。いい思い出のひとつだ。けれど春道が先ほど口にしたとおり、夫婦二人だけの静かな年越しも十分に素敵な思い出となる。

「こうしてると、夫婦というより恋人どうしみたいね」頬を赤らめたままの和葉が言った。

「そうだな。嬉しいのと同時に……なんだか、恥ずかしいな」

 私もですと和葉が笑った。微笑み合い、見つめ合ううちに時間が過ぎる。時計の秒針の音だけが部屋に響く。やがて家の外が、にわかに騒がしくなった。

「どうやら、新年になったみたいだな。あけましておめでとう。今年もよろしくな」

「あけましておめでとうございます。私こそ、よろしくお願いしますね」


 愛妻と抱き合ったまま、無事に新年を迎えた。元旦になり、春道の私室で一緒に眠った。菜月が生まれて以降は、初めてだった。

 二人競い合うように目を覚まし、新年最初の朝日を、カーテンを開いた窓から浴びる。春道が伸びをしてるうちに、和葉がテキパキと布団を上げる。時刻は午前七時。もっと眠っていたい気持ちもあるが、すでに菜月が起きてる可能性もある。普段は隣にいる母親が今朝はいないとなれば、さすがに戸惑うはずだ。春道と和葉は最低限の片づけだけをして、すぐに一階へ下りた。

 一緒に入ったリビングでは、すでに起きていたらしい菜月がきちんと着替えを終えて、ソファにひとりで座っていた。あまりにきちんとした行動に、一緒にいる時間が一番多い妻の和葉も驚きを隠せない。

「お、おはよう、菜月。ひとりで大丈夫だった?」

 和葉に声をかけられた菜月は、笑顔でこちらを振り向いてから首を上下に動かした。「うん。パパ、ママ、おはよう」

 あと半年もすれば四歳になるだけあって、言葉遣いもだいぶしっかりしてきた。和葉のおかげで汚い単語なども、変に覚えたりはしていない。今年から幼稚園に通う予定だ。そこで様々な単語を覚えてくるだろうが、その点に関してはあまり心配してないみたいだった。以前に葉月を預けていた経験もあり、この年頃の子供はたくさんの言葉を覚えるべきと考えてるようだ。そのあとで、使うべき言葉とそうでないものをきっちり教えていくという。

 子育てが初心者の春道とは違い、和葉は葉月を立派に成長させてきた実績がある。下手に色々と口を出すより、頼られた時だけ頑張ろうと思った。

 台所へ向かった和葉が簡単な朝食を作ってる間、ソファで菜月の相手をする。まだきちんと発音できない言語があるのが、なんとも可愛らしい。たくさん聞きたくて、ついつい会話が長くなってしまう。

 そのうちに朝食の準備が完了し、食卓へ呼ばれる。菜月を和葉の隣に座らせ、春道も自分の席につく。今日は焼いたパンにスクランブルエッグ。簡単なサラダにウインナー。あとはワカメスープだった。美味しく食べていると、葉月が帰宅をした。

「ただいまーっ」

 佐々木実希子の家に、今井好美も含めて泊まらせてもらったみたいだった。皆で初詣をしたあと徹夜で遊んでから、自宅へ戻ってきたのだという。理由は、家族とも一緒に初詣をしたいからというものだった。葉月にとってはすでに初ではないのだが、せっかくの優しい気持ちを無駄にさせないためにも、朝食後に家族揃って初詣へ出かけることになった。

 葉月も一緒に朝ご飯を食べた。徹夜明けで普段よりさらにテンションが高くなってる長女は、春道たちの心配をよそに元気そのものだった。菜月と一緒におみくじを引いたりもした。参拝を終えて家に帰れば、カルタなどで妹の遊び相手をしてくれた。

 そんな葉月も、昼過ぎには力尽きるように自室で眠りについた。以降は、年末年始の休暇に入っている春道が相手をした。菜月は変なおねだりなどをしてこないので、とりたてて苦労もしない。対照的に葉月が子供の頃は苦労したはずだと思ったが、育てた和葉によればそうでもなかったらしい。高木家の長女もまた、幼い頃は手がかからなかったと教えてくれた。

 夕方になって、葉月が起きてきた。眠たそうにしながらも、家族と一緒に早めの夕食をとった。その後は菜月も含めて、全員でカルタなどの遊びを楽しんだ。


 翌日。春道たちは早朝から車の中にいた。春道の実家に帰省するためだ。戸高の本家にも行きたいだろうに、妻はいつでも高木家を優先してくれた。助手席に和葉が乗り、後部座席には娘たちを座らせた。菜月は相変わらず手間がかからないし、葉月もあれこれと世話をする。途中でドライブスルーへ立ち寄ったりすればお姉さんらしさを発揮して、自ら手を繋いでトイレなどに連れて行く。そうした姿を見てれば、葉月も成長してるのだと改めて実感できた。とりわけ妻の和葉が目を細めていた。

 休憩を終えれば再び車に乗る。二人の愛娘は車内で眠ってしまったが、妻の和葉は到着するまでずっと起きていてくれた。何度か眠ってもいいと言ったのだが、すべて大丈夫という回答が返ってきた。

 目的地へ到着した。車の排気音で春道たちの帰宅がわかるらしく、インターホンを鳴らす前に笑顔の母親がドアを開けた。車から降りたばかりの孫娘たちにハグをする。祖母のスキンシップを、葉月たちも嫌がったりはしなかった。苦笑しながら、春道は祖母の気が済むまで待つ。隣に立っている妻の和葉も同様だ。

 やがて葉月たちから頬を離した祖母――春道の母親が、一行に中へ入ってと言ってくる。菜月と手を繋いだ葉月が先に入り、続いて春道と和葉。最後に母親が入ってドアを閉めた。

 暖房のおかげで、冬でも家の中は温かい。全員で居間へ移動し、着ていたコートなどを脱いだ。何度も泊まりに来ているので、愛娘たちも慣れた様子でくつろぐ。その間に、春道の母親が手料理を食卓に並べてくれる。

 座ってるだけの春道と違い、和葉が手伝いに立った。見ていた愛娘二人も祖母のもとへ走っていく。小さな手で懸命にお皿を運ぶ菜月に、春道の父親が目を細めた。

「葉月も菜月も大きくなったな。たまにとはいえ、赤ん坊の頃から、ここまでの成長を見られたのは幸せだったかもしれん」

 父親の言葉に、春道は単純に頷いた。「ああ。俺だって、あの子らの側にいられて幸せだよ」

 静かに「そうか」と言った父親が、頷く様子がなんだかとても寂しげだった。

 何か話さなければという気になったが、話題を見つけられないうちに、すべての料理が食卓の上に乗った。

「葉月ちゃんも菜月ちゃんも、お腹が空いたわよね。早速、皆で食べましょ」

 にこやかな笑顔で言った母親の顔を見て、春道はふと違和感を抱く。何だろうと思って見ていたら、すぐに変化に気づいた。

「あれ、もしかして……痩せた?」

 春道の問いかけに、母親が表情を明るく輝かせる。「そうなの。ダイエットが成功したのよ」

「ダイエットって……もういい歳なんだから、無理に痩せる必要はないだろ」

「春道はわかってないわね。女性は何歳になっても、綺麗でいたいと願う生物なの。そんなに無神経だと、いずれ和葉さんに愛想を尽かされるわよ」

 力説する母親に「はいはい」とだけ応じた。そんな春道をたしなめたのは、妻の和葉だった。

「そういう態度はよくないわよ」

「悪かったよ。今後は気をつけるから、早く飯を食べようぜ。さすがに腹が減った」

 春道と和葉がそんなやりとりをしていると、母親がクスリと笑った。

「フフ。和葉さんも、だいぶ砕けた感じになってきたわね。なんだか嬉しいわ。気の利かない息子だけど、今後もよろしくお願いするわね」

 和葉が「はい」と頷く。すぐ近くでは、何故か負けじと葉月も右手を挙げて応じた。

「春道は幸せね。頼りになる家族がこんなにたくさんいるもの。大事にしなさいよ」

「もちろんだ。そうしないと、和葉にやきもちを焼かれてしまう」

「春道さんっ!?」

 慌てて立ち上がる和葉を見て、葉月が楽しそうに言った。「ママ、顔が真っ赤だー」

 食卓が大きな笑いで包まれる。この日の夕食も、とても楽しい思い出のひとつになりそうだった。

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