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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 小学校の卒業式以来の制服に身を包む。鏡で自分の姿を確認する。親しい友人と進路が別々になった寂しさは残っているが、高木葉月は今日から中学生になる。

 自室を出て、両親のいるリビングで朝食をとる。せっかくの入学式の途中で、お腹が鳴ったりしたら大変だ。わざわざ聞かなくとも、妹の菜月を含めた家族が入学式を見に来てくれるのはわかっていた。そんな晴れの舞台で恥をかくのだけはごめんだった。

 朝食後に食器を台所へ下げ、あれこれと会話をしてるうちにインターホンが鳴った。中学校へ一緒に行く約束をしている今井好美と佐々木実希子が、迎えに来てくれたのだ。持っていくバッグを肩にかけ、笑顔で玄関にダッシュする。背中に、慌てたら駄目よという和葉の声が届いてきた。

 何か思うところがあったのか、先日家族全員で外出をして以降、高木和葉の口調が少しだけフレンドリーな感じになった。以前の理知的な感じも素敵だったが、変わった現在のも好きだった。要するに、春道が言っていたとおり、どんな口調でも母親の魅力は変わらないのだ。

「おはよー」玄関のドアを開けながら、葉月は挨拶の言葉を口にした。

 ドア向こうに立っていた二人の友人が、葉月を見るなり笑顔になった。だが、今井好美だけは若干汗ばんでるようにも見える。

「好美ちゃん、なんか……疲れてない?」

「……ええ、とても。誰かのせいでね」

 今井好美に睨まれた佐々木実希子が、横を向いて口笛を吹く。どうやら、彼女の家でひと悶着あったらしい。深く聞かなくとも、長い付き合いになりつつあるだけに、事情は大体予想できた。

「実希子ちゃん。好美ちゃんを困らせないで、すぐに起きないと駄目だよ」

 葉月の言葉に、佐々木実希子が驚愕の表情を浮かべる。「な、何でわかったんだ」

「実希子ちゃんの家に寄ってきて、疲れてる顔を見れば誰だってわかるわよ。今度から、葉月ちゃんを先に迎えにくるわ」

「ま、待ってくれよ、好美。そんな真似をしたら、アタシがどーんの餌食になっちゃうだろ」

「いいじゃない。目覚まし時計なんていらなくなるわよ。今でもほとんど効果ないみたいだし」

 微笑む好美の隣へ移動して、葉月もわざとらしく腕をグルグル回してみる。もちろん、笑顔でだ。

「わ、わかった。わかりました。今度からはきちんと起きますっ! だから、どーんはやめてくれ。もう中学生なんだし」

 昔の葉月ならともかく、中学生になって身長も体重も着実に増えた。最近では父親の高木春道も、起こす際にどーんだけはやめてくれと涙ながらに哀願してきた。仕方ないので、葉月が引退する代わりに、今度からは菜月にどーんをさせようと密かに計画していた。

「じゃあ、学校へ行きましょうか。入学式から遅刻だなんて、印象が悪すぎるわ」

 今井好美に促されて、全員で通学路を歩く。小学校とはまったくの逆方向に、所属する中学校がある。徒歩での通学は可能だが、距離は結構増えた。それでも中学生になれば自転車で通えるらしいので、さほど苦労したりはしないだろう。入学前で許可を貰ってないうちは歩くしかないが、とにかく身体を動かすのが好きな佐々木実希子は大はりきりだった。

 私立の中学校に通うことになった室戸柚もいれば最高だったのだが、今さら言っても仕方がない。友情が途切れたわけではないし、休みになれば遊べる機会もあるはずだ。悲しむよりはまず、目の前の中学校生活に集中しよう。友人二人と歩きながら、改めて葉月はそう決めた。


 四階建ての校舎はまだ新しく、小学校に比べるとずいぶん立派だった。小学校が企画してくれた見学会などで入学前にも何度か見ていたが、やはり大きかった。事前の案内で、一年生の教室は二階だとわかっていた。二年生が三階で、三年生が四階だ。一階は給食室や、科学室や家庭科室などの特別教室が並ぶ。職員室は二階だった。

 二階へ移動すると、各教室の壁に所属する生徒の名前が貼り出されていた。クラスは学年ごとに、AからEまでの五つあるみたいだった。小学校とは、所属する生徒の人数が大違いだ。ため息をつきそうになりながらも、葉月たちは各教室の壁にある貼り紙を見て回った。

 最初の教室からじっくり見ていくが、葉月どころか今井好美や佐々木実希子の名前もない。なかなか見つからないなと思ってるうちに、気がつけばE組のところまでやってきた。

「もしかして、三人とも同じクラスなんじゃないか」身をかがめて、一緒に貼り紙を見ている佐々木実希子が言った。

 本当にそうなら最高だと思いつつ、自分の名前が書かれてないかを確認する。真っ先に見つけたのは今井好美の名前だった。

「好美ちゃんはE組だね」

 葉月が今井好美へ話しかけてるうちに、今度は佐々木実希子が自分の名前を見つけた。

「アタシの名前もあったぞ。あとは葉月のだけだな」

 自分のもあるように祈りながら、名前をひとつずつ見ていく。後ろの方に、間違いなく高木葉月と書かれていた。

「私もE組だよ。最初から三人が同じクラスだなんて、ラッキーだね」

 葉月の言葉に、今井好美が頷く。「ええ。少なくとも、心細くはないわね」

 全員が明るい表情になる。並ぶようにして教室内へ入る。座る席は、出席番号順に決められていた。三人とも極端に近くはないが、大声を出さなくても話せる距離ではあった。担任になるであろう先生が、教室へ来るまでは時間がありそうだった。他のクラスメートもしてるみたに、佐々木実希子が席を立って葉月のところまでやってくる。会話をする前に手招きをして、今井好美も呼び寄せた。

「こうしてると着てる服が制服に変わったくらいで、小学生の頃とあまり変化を感じないな」

 佐々木実希子の発言に、今井好美が「ありがたいことじゃない」と続けた。

「雰囲気が似てるのであれば、余計なストレスを溜めこまなくても済むわ。新しい生活で戸惑っても、すぐに相談できるしね」

 雑談を続けていると、そのうちに見知らぬ若い男性が入ってきた。スーツ姿できちっと決めてるので、恐らくは担任の教師に違いない。年齢は二十代後半くらいだろうか。父親の高木春道よりは若そうだった。イケメンという感じではないが、容姿が一般より劣ってるわけでもない。この場に室戸柚がいたら、とりあえずは喜んでそうな感じだった。

 全員を席に着かせると、男性教員が教卓に両手をついて自己紹介をしてきた。

「先生の名前は本橋だ。これからよろしくな。皆の自己紹介もしてほしいところだが、時間がないので廊下に並んでくれ。入学式をするために体育館へ行くぞ」

 フレンドリーな口調の男性教師に指示され、葉月たちは廊下に出る。出席番号順に並ぶ。男女別々で二列になり、A組から順に同じ階段を下りる。E組の側にも違う階段があるものの、今回はそちらを使わないみたいだった。誰かが普段はどうなのか質問すると、担任教師の男性は使っても大丈夫だと答えた。

 遠回りになるが皆で並んで歩き、階段を下りて体育館へ向かう。すでにA組が入場しているみたいで、廊下を歩く葉月たちのところまで吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。緊張と興奮が高まる中、いよいよ葉月も中学校の体育館へ足を踏み入れる。

 盛大な演奏に歓迎されながら、担任教師の先導で体育館を歩く。多数の保護者が、見に来てるのが見えた。春道たちの姿を素早く探す。すると小学校の卒業式の時と同様に、最前列に佐々木実希子の両親らと並んで座っていた。

 やっぱり来てくれた。嬉しくて小躍りしそうになるのを必死で堪える。こみあげてくる笑顔だけは我慢せずに、葉月はにこにこしながら歩き続けた。


 入学式が終わり、葉月たちは教室へ戻った。本格的な自己紹介は後日という話になり、翌日以降からのスケジュールを記されたプリントを配られた。

「数日程度は、授業よりも学校へ慣れることを優先だな。全校集会で上級生による歓迎会や、部活紹介もある。この学校では、必ず何かの部活に所属しなきゃいけない。今から、多少は考えておくといい」

 そこまで話して、本橋という担任は以上だと締めくくった。あとは自由にできるみたいだった。帰宅してもいいし、活動中の部活の見学をしてもいいと言われた。大半の生徒は部活紹介を終えてから、見学に行くと話していた。葉月もそうしようかと思ったが、佐々木実希子が少し見て行こうと言った。

 どんな部でもいいので、所属するのが絶対条件になる。小学生時代は帰宅して遊んでばかりいたが、中学校ではそうもいかないみたいだった。とはいえ、部活が初めての葉月は少し楽しみでもあった。

 文化部を見学したがる今井好美を佐々木実希子が引っ張り、グラウンドへ移動する。そこでは、元気な声で練習をしている上級生たちの姿があった。

 三人でとことこ歩きながら適当に見学していると、佐々木実希子が尋ねてきた。「葉月は、どんな部活がいいとか決めてるのか?」

「うーん……あ、そうだ。葉月、野球部に入ろうかな」

「野球部!?」悲鳴に近い声で、今井好美が驚いた。

「うん。パパが野球好きだから」

 理由を告げた瞬間、仲の良い友人が二人揃ってこけそうになった。

「あ、あのね、葉月ちゃん。以前に仲町君の応援に行った時、私が実希子ちゃんに話したと思うのだけど、女性が男性に混ざって野球部へ所属するのは難しいのよ」

 今井好美の言葉に、今回ばかりは佐々木実希子もうんうんと頷く。

「テーマパークにいたお猿さんに求愛されるくらいな野生児の実希子ちゃんで、なんとかなるかどうかというレベルなの」

「……うん? アタシは今、褒められたのか?」

「そうよ。最大の褒め言葉だわ」

 今井好美に断言された佐々木実希子は、多少納得のいかない感じながらも、とりあえず納得したみたいだった。

「葉月ちゃんのパパだって、葉月ちゃんが怪我をしたら悲しむはずよ。野球部だけはやめておきましょう」

 必死の説得を今井好美からされ、仕方なしに野球部を諦める。周囲が安堵する中、葉月の足元に大きなボールが転がってきた。

「あれ? これ……何だろ」葉月が佐々木実希子に聞いた。

「これはソフトボールだな。一体、どこから来たんだ」

 佐々木実希子が首を傾げると、遠くから「ごめんなさい」という声が聞こえてきた。そちらの方を葉月が向くと、野球のユニフォームに似たのを着た女性が走ってきた。

「あれ、貴女たち、もしかして新入生?」

「はい」今井好美が代表で返事をした。

「やっぱりね。そうだ、興味が少しでもあるのなら、あとでソフトボール部の見学に来てよ。歓迎するから」

 先輩らしき女性が、優しそうな笑みを見せた。手を伸ばして、葉月からボールを受け取る。立ち去り際に、もう一度だけソフトボール部の宣伝をしていった。

 足早にグラウンドへ戻る女性の先輩の後姿を、葉月はじっと見つめた。それに気づいた佐々木実希子がどうかしたのかと尋ねてくる。

「決めた。葉月ね、ソフトボール部に入ってみる」

「は? ま、まさか、ユニフォームが野球のに似てるからって理由じゃないわよね」

「え、よくわかったね。さすが好美ちゃん」

 あのね……と口を開いたところで、側にいたもうひとりの友人――佐々木実希子が「いいね」と葉月に同意した。

「面白そうだ。アタシも葉月に付き合ってみるかな」

「み、実希子ちゃんまで何を言ってるのよ。せ、せめて、明日の部活紹介を見てから決めましょう!」

「なんか、ワクワクしてきたね。同じクラスに同じ部活で、これからもよろしくね。実希子ちゃんに好美ちゃん」

「おうっ!」

 元気に返事をしてくれる佐々木実希子の隣で、何故か今井好美が絶望するような表情を見せた。

「……やっぱり、そうよね。私も一緒に入るのよね。ええ、わかってたわよ……」

 なにやらブツブツ言い続ける今井好美の近くを、急に見知った顔が通り過ぎようとする。仲町和也だった。

「あれ……三人揃って、グラウンドで何をやってるんだ?」

 不思議そうにする仲町和也の両手には、野球部への入部届けが大事そうに握られていた。

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