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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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22

 その日、高木春道は朝から忙しかった。仕事が原因ではない。理由は愛娘の高木葉月が今日、小学校を卒業するからだ。卒業式の様子をきちんと撮影できないと、妻にあとからどんなお仕置きをされるかわからない。リビングのソファに座って、入念にビデオカメラのチェックをする。

「葉月はどうしたんだ。そろそろ好美ちゃんたちが迎えに来る時間じゃないのか?」

 春道が何気なく尋ねると、妻の高木和葉が少しだけ表情を暗くした。

「どうやら室戸柚ちゃんだけが、別の中学へ通うみたいなのです。親しい友人との別れは初めてですからね。悲しんでるみたいです」

 理由を聞いた春道は「そうか……」とだけ呟いた。今回ばかりは、何もしてやれそうにない。別れと出会いを繰り返して成長していく以上、葉月がひとりで自分の気持ちを整理するしかないのだ。

 リビングでビデオカメラの準備を続けていると、リビングのドアが開いた。中学校の制服である、セーラー服に身を包んだ葉月が姿を現す。制服ができてきた時に一度お披露目をしてもらっているが、やはりよく似合っている。感想をそのまま口にすると、愛娘は照れ臭そうに笑った。けれど、どことなく悲しそうだ。和葉が教えてくれた、室戸柚の一件が表情を曇らせるのだろう。

 葉月と会話をしていると、インターホンが鳴った。今井好美らが迎えに来たのだ。すぐに葉月は返事をして、玄関へ向かった。妻も愛娘を見送りについていく。春道はリビングに残った。ソファの隣では、高木家次女の菜月が興味ありげに作業を見つめる。

「菜月はビデオカメラが好きか?」

「好きだと思います」

 もうすぐ三歳になるとはいえ、とても二歳児とは思えない丁寧な言葉遣いだった。母親の和葉の真似をしてるのは明らかだ。そういう意味では、普段からの和葉の努力が実ったというべきなのかもしれない。

 長女の葉月は、小学校の高学年になるまで子供っぽい口調を使っていた。現在はだいぶよくなっているが、当時はあのまま大人になったらどうしようと心配したりもした。恐らく和葉も同じ気持ちだっただけに、菜月には最初から、それなりの言葉遣いを習得させようとしたのだ。見事に成功はしたが、これでいいのだろうかともたまに思ってしまう。もちろん、妻には内緒だ。

「無事に卒業式へ向かいました。あとは私たちの準備ですね」

 リビングへ戻ってきた和葉が、声をかけてきた。彼女の着替えは済んでいる。紺を基調としたスーツで、スカートの丈は膝下まである。化粧やアクセサリーも含めて、子供が卒業式を迎える保護者という感じだ。

 春道もすでにスーツを着用しているし、菜月の服装もこの日のために購入した洋服だ。幼稚園などに入園する際も、きっと着ていくことになるだろう。ビデオカメラのチェックもほぼ終えたので、残っている準備というのはほとんど見当たらなかった。

「少しゆっくりしてもいいだろ。それにしても、似合ってるじゃないか」

 ビデオカメラをバッグにしまいながら、褒め言葉をプレゼントした。一緒に暮らし始めた当初とは違い、すぐに嬉しそうな笑みを見せてくれる。

「ありがとうございます。実は、和服と少し悩んだのです」

「ああ、体型が変わっても、あまり目立たないもんな」

「ウフフ。余計な発言は控えた方が身のためですよ」

 妻の怖い笑いに背すじを冷たくしながら、小さな声で謝る。「すみません……」

 春道も和葉も今年で三十一歳になる。睡眠をとっても疲れが残り、起床時の爽快さが消えた。体力的な衰えが顕著になると同時に、肌の質感も低下する。あまり美容に気を遣わない妻も、さすがに気になるみたいだった。

 もっとも、年齢を重ねた分だけ増える魅力もある。実際に春道が妻に抱く愛情は、ほんのわずかも減少していない。言葉にして伝えると照れ臭そうにする。そうした仕草も可愛らしかった。


 葉月の卒業式へ間に合うように家を出る。今日は車でなく、菜月も一緒に徒歩で出かけた。なんとなくだが、葉月の使った通学路を歩いてみたくなった。数年先には、次女の菜月も同じ道を歩くことになるはずだ。

 菜月を中心に会話をかわし、三人で手を繋いで、卒業式の行われる体育館を目指した。道路わきに雪が残っているものの、吹いてくる風はずいぶんと春らしかった。

 体育館に到着し、早速中へ入る。他の人の邪魔にならないよう、和葉が菜月を抱きかかえた。館内の後方に、保護者用の椅子がたくさん用意されている。どこに座ろうか悩んでいると、唐突に名前を呼ばれた。

「高木さん。こっちへどうぞ」

 声をかけてくれたのは、今井好美の父親だった。以前はあまり見かけなかったのだが、最近になって学校行事などにもよく顔を出している。奥さんにあれこれ言われて動く姿は、尻に敷かれている旦那そのものだ。そういう点では、高木家と一緒なのかもしれない。

 ありがたく側へ行かせてもらうと、佐々木実希子や室戸柚の保護者もいた。室戸柚の両親は一時期財政的に危険だったみたいだが、今ではかなり持ち直したみたいだった。おかげで娘を私立中学へ合格させられたと、この間も自慢げに教えてくれた。

 子供たちの仲が良いだけに、保護者達も親密になるのは当然の流れだった。最近では春道も、今井好美の母親の美容院で髪の毛を切ってもらったりする。その際は和葉も一緒で、よく仲がいいわねなんてからかわれたりする。そういう場合は謙遜するのではなく、あえて認めた。妻は恥ずかしそうにするが、事実なのだから仕方がない。

 室戸柚以外は同じ中学校へ所属する形になるので、制服はどこの店でなんて情報も共有した。妻の高木和葉は、おかげでかなり助かったと安堵していた。

「いよいよ、卒業ですな。うちの娘の場合は、すでに図体だけは中学生クラスでしたけどな」

 ガハハと豪快に笑ったのは、佐々木実希子の父親だ。小太りだが、娘と同様に身長は高い。存在感バッチリな父親とは対照的に、奥さんは控えめな女性だった。清楚という言葉がピッタリで、常に夫の散歩後ろを歩いてるような印象を受ける。

 足の甲に鈍い痛みが走る。知らず知らずのうちに佐々木実希子の母親へ見惚れていたらしく、注意と嫉妬を含んだ愛妻の踏みつけを食らってしまった。表面上は笑顔だが、心の中では怒りが渦巻いてるに違いない。出会った当初は冷徹な感じすら受けたものだが、実際はやきもち焼きな性格だった。それを重いではなく可愛いと思ってしまうあたり、春道も大概な人間なのだろう。

「高木さんも、ビデオカメラを持ってきましたか。一生に一度の我が子の晴れ舞台ですからな」そう言ったのは室戸柚の父親だった。

 にこやかに頷きつつ、春道も撮影に最適なポジションを得る。その隣に菜月を抱いた和葉が座った。比較的前の方にこられたのはありがたかった。

 大半の保護者が椅子に座ったところで、卒業式の時間になった。司会役の教員がマイクの音声を館内に響かせる。定番の卒業ソングがBGMとして流れ、在校生や保護者が拍手をする。それぞれの担任教師に先導されて、卒業生が館内へ入ってくる。保護者の前を通り、自分たちの場所へ向かう。その中にはもちろん、葉月の姿もあった。

「見てください、春道さん」

 早くも涙を流しながら、妻の高木和葉が、ビデオカメラを構えてる春道の肩を揺すってきた。

「色々あったけれど、あの子がきちんと育ってくれてよかった」

 瞬く間に号泣の域に達した愛妻の隣で、春道が苦笑する。「おいおい。子育てはこれからだろ」

「わかってますけど……感動して、涙が……ううっ、立派ですよ……葉月……」

 持ってきたハンカチで涙を拭く母親を、抱えられている菜月が不思議そうに見つめていた。


 粛々と卒業式は進行し、卒業式の授与になる。高木葉月と名前を呼ばれた愛娘が、元気に返事をして立ち上がる。

「転んだりしないでしょうか。入学式の時も緊張しましたが、心臓に悪いですね」

 菜月を抱いている手とは違う手で、春道の服を握ってくる。明らかに和葉は、愛娘の葉月よりも緊張していた。隣で不安そうにされると、春道まで心細くなってくる。

 ハラハラする両親を安心させるかのように、無事に証書を受け取った葉月が壇上でにっこりと笑った。きっちりとその姿を撮影した春道も、思わず笑みを浮かべた。

 これで一段落にはならない。児童会長を務めた葉月は、卒業生の代表として答辞を担当するからだ。だが、卒業証書の授与でしっかりした姿を見せてもらえたので、先ほどよりは緊張せずに済んだ。

「……素晴らしい答辞でした。さすが、私の娘です」葉月の答辞を聞き終えた和葉が、満足げに頷いては感想を口にした。

「一応……俺の娘でもあるんだが」

「そこだけが心配だったのです」

「言うと思ったよ」

 春道が笑うと、和葉も冗談ですと笑った。こんなやりとりができるのも、葉月がきちんと自分の役目を果たしてくれたからだ。

 滞りなく卒業式が終了する。体育館から退出する卒業生が、拍手で見送られる。その様子もミスなく撮影できた。これで春道の任務も終了だ。ビデオカメラの後片付けをしながら、隣にいる妻に声をかける。

「これから昼食会があるんだよな?」

「ええ。近くのレストランを借りているはずです。葉月はクラスメートとの話もあるでしょうし、先に向かうとしましょう」

 和葉の提案に従って体育館の外へ行くと、思いもよらない人物と遭遇した。スーツ姿の戸高祐子だった。こちらに気がつくと、小走りで近づいてくる。

「卒業式の葉月ちゃん、立派でしたね」

「ええ、ありがとうございます。ですが、祐子さん。人の夫の腕に手を回さないでください」

「あら……いつもの癖でつい……失礼しました」

「誤解を招くような発言は謹んでください」和葉が頭を抱えた。

 春道から手を離した戸高祐子の目は、真っ赤だった。笑顔を浮かべてはいるが、先ほどまで泣いていたのが丸わかりだった。ここでどうかしたのか尋ねるのは、ルール違反みたいなものだ。

「葉月たちに会ってきたのですか?」

 和葉の問いかけに、戸高祐子は頷いた。「ええ。皆……立派になっていました」

 顔を合わせた瞬間を思い出すかのように瞼を閉じた。すぐに目を開けたが、こぼれそうになる涙を堪えるように何度も瞬きをする。

「これで私が担当した生徒は皆卒業しました。教師だった私を覚えてる児童が、この学校にいなくなるのは寂しいですね」

 何も言えないでいる春道の代わりに、和葉が泣きそうな顔をする戸高祐子に言葉を返す。

「そのとおりですが、卒業した児童たちは教師だった貴女の姿をずっと覚えてると思いますよ。なにせ、恩師なのですから」

「恩師……か」言葉を噛み締めるように呟いたあと、戸高祐子は穏やかに微笑んだ。「ありがとうございます、和葉さん」

「どういたしまして」

 そう言った和葉もまた、笑顔だった。


 吹っ切れたような感じの戸高祐子とこの場で別れ、春道たちは昼食会が開催されるレストランへ移動した。すでに準備は整っており、ほどなくして卒業生の葉月たちも到着する。

「あ、パパだー。ママに菜月もいる」嬉しそうに葉月が駆け寄ってくる。

 近くに今井好美らの両親もいるので、いつもの友人たちも揃ってやってきた。全員が卒業証書を見せて、式がどうだったかの報告をする。昼食をしながらの愛娘たちとの会話はとても楽しかった。

 会が終われば、子供たちは子供たちで遊びに行くはずだ。そこで春道はこっそり葉月を呼び寄せた。

「ほら、小遣いだ。ママには内緒だぞ」

「え、いいの? パパ、ありがとう。大好きっ」

 パパ、大好きと言われて心から嬉しくなる。いつの間にやら、春道も立派な親バカだった。

 先に帰宅した春道たちは、夜に葉月の卒業をお祝いするための準備をした。ささやかなお祝いでしかなかったが、夜になって帰ってきた葉月はとても喜んでくれた。

 あんなに小さかった葉月が、小学校を卒業して中学生になる。年を取ったなと思いつつも、娘の成長をこの目で見られる幸せに、春道はひとり心の中で感謝した。

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