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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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21

 卒業式を終えて教室へ戻った葉月たちに、担任の教師が静かにするよう言った。

「お前たちの卒業式に、ゲストが来てくれたぞ」

 担任教師に招かれて教室へやってきたのは、なんと戸高祐子だった。結婚する前は小石川祐子という名前で、葉月たちの担任をしてくれていた。和葉の実兄である戸高泰宏と結婚したので、葉月だけはいまだに会ったりする機会が多い。けれど、他の児童たちはそうもいかない。久しぶりにあった元担任の女性に皆が大喜びする。

「先生がここにいるということは、旦那さんと離婚して、教職に戻るということでしょうか?」

「ウフフ。相変わらず毒舌ね、好美ちゃん。変わってなくて嬉しいわ」

 今井好美の毒舌全開の台詞に苦笑いしつつも、来訪した目的を教えてくれる。

「久しぶりね。私が担当していた子たちも卒業するので、各教室に挨拶させてもらっているの。皆、今日は本当におめでとう」

 きちんとしたタイトスカートのスーツ姿で、以前と変わらずに綺麗だった。何人かの男子生徒が、目を奪われるほどだ。

 葉月が虐められてる時は見て見ぬふりをされたりもした。けれど、それ以降は生徒へ接する態度が大きく変わった。虐めの兆候に気づけば積極的に関与した。保護者から多少のクレームをもらおうとも、二度と後悔したくないという理由で家庭訪問も頻繁に行ったみたいだった。

 苦労を表へ出さないので誤解されたりもするが、実際はとても情熱的な女教師だ。子供を出産する際には、涙ながらに当時のことを葉月に謝ってくれた。わだかまりはすでになく、戸高の実家へ出かけた際には仲良く買い物へ出かけたりもする。

 そんな戸高祐子だけに、姿を見せるなりあっという間に児童たちから囲まれた。学級数が少ないだけに、大半がお世話になった経験のある生徒たちばかりだった。

 先生の子供が大きくなったのかなど、色々な質問に笑顔で応じる。ひとしきり話したあとで、席を立っていた児童たちへ戻るように促す。

「人生には別れがあれば、出会いもあります。ですが、人の縁は不思議なもので、意外にどこかで繋がっています。皆さんが大人になって、そうした縁に出会えた時には是非、大事にしてください」

 人生の先輩としてのアドバイスを送ってくれたあと、丁寧に頭を下げる。どこからともなく拍手が起こる。誰もが感謝する中、ここでも今井好美が真っ先に口を開いた。

「驚きました。学校を辞めてからの方が、教師らしくなってますよ」

「好美ちゃん。もしかして……調理実習のこと、まだ根に持ってる?」

 調理実習がどうかしたのか気になって尋ねてみるも、好美と祐子の二人は意味深な笑みで首を左右に振るだけだった。

「他のクラスにも挨拶に行くから、これでお別れです。貴方たちのこれからに、たくさんの幸せがあることを祈っているわ」

 笑顔でそう言うと、最後にもう一度だけ礼をして戸高祐子は退室した。数秒後には遠くから歓声が聞こえてきた。他のクラスでも歓迎されてるのがわかって、なんだか葉月も嬉しくなった。

「好美って、意外に執念深い性格をしてるよな」

 戸高祐子が立ち去ったあとで、佐々木実希子がそんな台詞を口にした。幸いにして葉月たちは、仲の良い全員が近くの席だった。当然のように、実希子の台詞は今井好美の耳にも届く。

「そうなのよ。実希子ちゃんみたいに、三歩歩けばすべてを忘れる性格なら楽だったのだけど」

「アタシは鶏か……」

「私の言いたいことがわかるなんて、凄いわ。とても宿題を忘れた回数が歴代一位の英雄とは思えないわ」

「いつ、アタシが歴代一位って決まったんだよ。確かに、忘れてばっかりだったけどさ」

 今井好美と佐々木実希子の相変わらずなやりとりを眺めながら、葉月と室戸柚が笑い合う。こうした雰囲気を学校で味わえるのも、今日が最後と思えばとても悲しくなった。


 教室から立ち去る時間が迫ってくる。佐々木実希子や今井好美といった友人たちも、さすがに口数が減った。それぞれが印象的な学校での思い出に浸る。女子だけでなく、男子でも泣いているクラスメートが目立ち始めた。楽しい生活を送れたからこそ、このクラスで一緒に過ごした仲間たちと離れ難くなる。

「悲しいと思う気持ちも、人生において必ず必要になる。決して忘れないようにな」

 担任教師が、シンと静まった教室内で口を開いた。これが最後の挨拶となるのは明らかだった。

「お前たちを担任できた日々は幸せだった。ありがとう。話は以上だ。高木、最後は児童会長らしく締めろ」

 いきなりの要求に葉月が戸惑う。拒否したくとも、周囲の空気がそうさせてはくれない。今井好美や佐々木実希子、それに室戸柚も助け舟を出してくれず、葉月の最後の挨拶に期待するそぶりを見せる。

 こうなったら仕方ないと、葉月はその場に立ち上がった。担任教師に言われて黒板前まで進むと、クラスメートたちを振り返る。

 仲良し四人組のメンバーである三人を始め、仲町和也の姿もあった。中学校からは別々になる生徒もいる。全員がずっと一緒にいられないのは悲しいけれど、永遠の別れというわけではない。戸高祐子が言っていたとおり、人の縁というのは不思議だ。高木春道が、葉月の本物の父親になってくれたように。

「じゃあ、私から最後にひと言だけ。皆、また会おうね。バイバイっ!」

 大きく上げた手を振る。皆が泣きながら笑う。全員が声を揃えてバイバイと返す。これ以上ない一体感を得て、小学校生活が終了した。

 担任教師も含めて、クラス全員で写真を撮る。この頃には、全員が笑顔になっていた。仲の良い友人たちとも、デジタルカメラやスマホなどでたくさん今日の姿を保存する。

「あ、あのさ。そ、その……俺と一緒に、写真を撮ってくれないか」

 葉月にそう言ってきたのは、仲町和也だった。

「うん、いいよ」

 葉月が応じると、笑顔の室戸柚が駆け寄ってきた。「私が撮影してあげるね」

 教室の黒板前で、仲町和也と並んで立つ。葉月の身長も伸びたが、相手はそれ以上だった。大きいなと思ってるうちに、撮影係に志願してくれた室戸柚がシャッターを押した。一緒に写真を撮っただけなのに、仲町和也はとても喜んでくれた。

 告白されて断ってからも、仲町和也はそれまでと変わりなく接してくれた。それが何よりありがたかった。お礼でも言おうかと思ったが、その前に葉月は他の男子生徒に囲まれてしまう。

「高木、俺とも写真を撮ってくれよ」

「次は俺といいかな」

 口々に声をかけられる葉月と、今井好美らが遠巻きで見つめる。室戸柚は断りきれずに、他の男子生徒の撮影係も務めた。

 そのうちに段々と教室から生徒の数が減っていった。誰が誰に告白されただの、第二ボタンがどうのだのといった会話が廊下から聞こえてくる。クラスメートとの別れを十分に惜しみ終え、それぞれの将来へ向かって歩き出したのだろう。

 男子からの写真のリクエストにすべて応じた葉月のもとに、佐々木実希子らがやってくる。

「葉月って、実はモテるんだな」

 佐々木実希子にからかわれながら、皆で教室を出る。本来なら遊びに行きたいところだが、まだ食事会が残っていた。卒業生全員のために借りたレストランで、両親も含めてお昼ご飯を食べるのだ。


 レストランではクラスごとに別れて、美味しい昼食を楽しんだ。葉月の両親である高木春道と和葉も参加した。葉月との会話もそこそこに、今井好美や佐々木実希子の両親と会話する。昼食会が終われば、子供たちは子供たちで、大人たちは大人たちでという感じだった。

 一旦、それぞれの自宅に戻り、私服に着替えた上でよく遊んだ公園に集まった。小学校の高学年になるまでは、鬼ごっこなんかもしたりした。成長するにつれて利用しなくなっても、葉月たちの思い出の場所には変わりなかった。

 室戸柚の転校騒動があった日にも、ここで遊んだ。当時の記憶を振り返りながら、皆でブランコに乗った。小学校低学年くらいの子供たちが増えてくると、遊具を明け渡すべく場所を移動する。目指したのは、こちらもよく利用する大手スーパーだった。

 室戸柚が好きな服や小物のファッション関係を見る。もともと衣類にあまり興味のなかった葉月が、周囲から可愛いと評価される服装ができるようになったのは彼女のおかげだった。いわば師匠みたいなものだ。それは佐々木実希子も、今井好美も認めている。だからこそ、柚に付き合って皆でそうしたコーナーを見て回るのだ。

 その場合も標的は佐々木実希子になる。四人組の中で一番身長が高い女性だけに、大人向けの服もかなり着こなせる。ただし今井好美と室戸柚がタッグを組んで試着させたがるのは、やたらと女の子っぽい服ばかりだった。フリルのついたスカートなどを着させられ、その様子を撮影される。嫌そうにしながらもきっちり試着するあたりは、佐々木実希子もまんざらではないのかもしれない。

 ファッション系の売り場を楽しんだあとは、今井好美が好きな書籍コーナーを回る。参考書だけでなく、多くの小説もあった。母親の高木和葉からたまに面白そうな小説を貸してもらう葉月は、好美と一緒に行動する。一方で佐々木実希子は、真っ直ぐに漫画の本があるところを目指した。室戸柚はその時の気分で、どちらと一緒に動くのかを決める。今日は佐々木実希子の方へ向かった。

「実希子ちゃんも、小説くらい読めばいいのにね」

「アハハ、そうだね。でも、実希子ちゃんだから仕方ないよ」

 今井好美の独り言みたいな呟きに、葉月が応じて笑った。小説には小説の、漫画には漫画の良さがある。とちらが上かなんてのはないけれど、漫画だけではなく、たまには活字に触れさせたがる今井好美の気持ちも理解できた。

 以前に一度それとなく薦めてみたこともあるが、その時は「活字は教科書だけで十分だよ」と遠慮されてしまった。それでも今井好美が寂しそうにすれば付き合ってくれるが、やはり途中でリタイアする。そのうちに、佐々木実希子に小説は無理だと誰もが諦めるようになった。

 佐々木実希子の希望は三階のゲームコーナーだ。特に身体を動かす系のが大好きだった。相手をするのはもっぱら、室戸柚か葉月の役目だ。今井好美も時々参戦するが、佐々木実希子には敵わずからかわれる。その代わり、メダルを落とすゲームでは強弱が逆転する。なんにせよ、皆で楽しめたのだけは確かだった。

 ゲームを終えたあとは、食品売り場へ移動する。お菓子コーナーでプリンなどを購入し、休憩スペースに座って皆で食べるのが好きだった。そこでもお喋りをした。気がつけば外は暗くなり、帰る時間が迫っていた。

「楽しかったね……」

 そう言いながらも泣きそうになる葉月を、室戸柚が抱きしめる。

「本当に楽しかった。こんな私と、仲良くしてくれてありがとう」

 永遠の別れではないとわかっていても、涙を堪えられなかった。何も言えなくなった葉月に、柚が言葉を続ける。

「中学校へ入学するまでの休みの間は、皆でたくさん遊ぼうね」

「……うんっ」

 大手スーパーを出たあと、最後にもう一度だけ例の公園へ行く。遊んでる子供たちは、もう誰もいない。寂しさを感じるくらいなのに、不思議と笑い声が聞こえてくるような気がした。四人でずっとはしゃいでいた頃の葉月たちの声だ。

「私たちが大人になって、全員が離れ離れになったとしても、きっとまた、この公園で会いましょう。約束よ」

 今井好美の言葉に全員が頷く。顔を上げ、手を振って一斉にバイバイをする。明日また会えるのに、切ない気持ちが溢れてきて止まらなかった。

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