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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 高木菜月も二歳になり、徐々に口数も増えた。暇があると高木葉月は家で妹と遊んだ。通っている小学校での生活も充実していて、何もかもが楽しかった。児童会長の仕事も、手伝ってくれる人たちのおかげでなんとかなっている。佐々木実希子のテストの結果以外は無事に一学期が終わり、葉月は小学生として最後の夏休みを過ごす。

 そんなある日の朝。葉月は今井好美らいつもの四人で、市内の市民球場へやってきた。今日はここで、野球の大会が行われる。葉月たちが所属する小学校も参加しており、六年生にとっては最後の大会となる。メンバーの中には、主将の仲町和也も含まれていた。

 修学旅行の際に告白された葉月は、その場で断った。一方で、大会を応援してほしいという願いは受け入れた。大会の日を仲町和也に教えられると、すぐに今井好美らを誘った。幸いにして全員が承諾してくれたので、皆揃って球場の応援席へ座ることができた。

 一回戦目ということで、応援席にいるのは父兄ばかりだった。先生方は数人程度、あとは野球部の友人たちが何人かいるくらいだ。

「一回戦、勝てるといいね」葉月の隣に座った室戸柚が話しかけてきた。

 頷く葉月のもう片方の隣には、今井好美が座る。その隣に佐々木実希子だ。運動神経抜群の女性らしく、四人の中で一番観戦を楽しみにしてるみたいだった。

 試合前の練習の時に、内野席に座っている葉月たちに仲町和也が気づいた。四番で投手の彼が、丁度目の前でキャッチボールを開始したからだ。

 嬉しそうな仲町和也がキャッチボールを中断する。「応援に来てくれたんだな」

「うん。前に約束してたし。今日は頑張ってね」

 葉月の応援の言葉に、仲町和也が力強く頷いた。キャッチボールを再開させ、入念に肩を作る。プロ野球のテレビ観戦が好きな父親の高木春道の影響で、ルールはほとんど把握済みだ。室戸柚と今井好美は勉強して覚えたらしい。もうひとりの佐々木実希子は、子供の頃から近くの空き地などで遊んでルールを自然に覚えたという。

「相変わらず、ひとりだけ野生児ぶり全開ね」

 ため息をつく今井好美に、佐々木実希子がむくれながら「うるさいよ」と返した。

 普段と変わらない今井好美と佐々木実希子のやりとりを面白がってるうちに、球審がプレイボールを宣言した。整列していた両校の選手がそれぞれ、攻撃と守備に備える。先攻は葉月たちの小学校だった。

「さっき先生に話を聞いたけど、どうやら相手の学校は優勝候補みたいよ。ここに勝てれば勢いに乗れるとは言ってたけど、かなり厳しそうね」

 今井好美が、仕入れたばかりの情報を皆に提供してくれた。深刻そうにする室戸柚とは対照的に、望むところだと熱血な反応を見せたのが佐々木実希子だった。

「一回戦が優勝候補とだなんて燃える展開じゃないか。たまらないよなっ!」

「熱血単細胞はお気楽でいいわね。それなりの実力があるから優勝候補なのよ。前評判を覆すのは、とても大変だわ」

 冷静な分析をする今井好美に対して、佐々木実希子は根性論で押し切ろうとする。

「気合と根性があれば、実力の差なんて簡単に埋められる。葉月が応援に来てるんだから、男を見せろ、仲町っ!」

 応援に熱中する佐々木実希子の声が届いたのか、葉月たちの学校がいきなりチャンスを迎える。ワンナウト二、三塁で、打席には四番の仲町和也が立つ。先制すれば試合がぐっと有利になるため、是が非でも打っておきたいところだ。応援中の葉月よりも、仲町和也がよくわかってるはずだった。相手投手の投げる球を慎重に見極め、ここぞのタイミングでバットを振る。

 軟式球と金属バットの衝突する音が大空に響く。真っ白い雲まで届けと言わんばかりに白球が舞い上がり、左中間を綺麗に破る。センターとレフトが打球を追いかける間に、二人のランナーがホームインする。幸先よく、仲町和也のチームが二点を先取した瞬間だった。

「やった。葉月ちゃん、和也君が打ったよっ!」

「うんっ、凄いね!」

 室戸柚と手を取り合って喜ぶ葉月の視界では、仲町和也が三塁まで到達していた。優勝候補の対戦校から先制点を取ったことで、応援スタンドも大盛り上がりだ。だが、続く五番と六番の打者は、三塁ランナーの仲町和也を迎え入れられなかった。


「初回の攻撃で取れたのは二点だけか。あの流れなら、もう一点欲しかったよな」佐々木実希子が心底悔しそうに言った。

「そうだよねー。絶好のチャンスで前進守備だったから、強いゴロを打てれば抜けてた可能性が高いもんねー」

 葉月が相槌を打つと、佐々木実希子は嬉しそうな顔をした。

「よくわかってるな、葉月は。アタシと野球談議できる相手がいるとは、思わなかったよ」

 佐々木実希子と引き続き会話をしてるうちに、先制タイムリーを打った仲町和也がマウンドに上がる。ゆっくりと振りかぶり、勢いよく腕を振る。男子では学校一の運動神経を誇るだけあって、かなりの速球がキャッチャーミットに収まった。マンガみたいにズドンと重い音はしなかったが、投じられたストレートに球威がありそうなのは十分にわかった。

 これならいけるかもしれない。希望を抱いた葉月が見守る前で、仲町和也は相手の攻撃を三者凡退に抑えた。堂々としたピッチングだった。見てるだけで胸がドキドキした。

「野球って、テレビで見るより迫力があるのね。驚いたわ」

 一回の表裏が終わった時点で、今井好美が呟いた。隣では、そうだろうとばかりに佐々木実希子が頷く。

「アタシも男だったら、野球部へ入ってたのにな。残念だ」

「男でなくても、プレイできそうだけどね。実際にこの夏だって、大半の女子の部活に助っ人参戦してたじゃない」

 今井好美が言ったとおり、佐々木実希子は頼まれるままに様々な部活へ掛け持ち入部していた。葉月たちとの遊びを優先して熱心に練習しなかったにもかかわらず、どの部活でもかなりの好成績を収めたらしい。葉月も幾つか応援に行った。佐々木実希子の運動能力を改めて認識させられ、何度も感嘆のため息をついたのを覚えている。

「そうかもしれないけど、やっぱり楽しくないと嫌なんだよ。個人競技はいまいち燃えないしな。要は葉月や好美、それに柚と遊んでるのが一番面白かったんだよ」

 屈託のない笑みを浮かべてそういうことを言ってくれる実希子だからこそ、葉月を含めた全員が好意を抱く。今井好美だけは頻繁に毒を吐くが、それも愛情の裏返しみたいなものだ。

「それより、次の回が始まるぞ。仲町にとっては最後の大会なんだから、しっかり応援してやろうぜ」

 グラウンドに視線を戻せば、葉月たちの学校が二回の攻撃を迎えていた。ピッチャーを務める仲町和也の調子が良さそうなだけに、なんとかして追加点を取りたかった。しかし相手校もさすがに優勝候補。初回に二点が取れたのは運が良かったとしか思えないような守備を見せる。そのうちに相手ピッチャーも本来の実力を発揮してきて、簡単に打てそうな感じがなくなった。

「投手戦になりそうだな。仲町の奴、最後まで堪えられればいいけど」

「和也君なら大丈夫! そうだよね、葉月ちゃん」

 佐々木実希子の心配を打ち消そうと躍起の室戸柚が、葉月に同意を求めてくる。祈るようにうんと頷いたが、そう簡単にいきそうもないのはわかっていた。


 二回、三回と試合が進んでいく。疲労もあるのか、徐々に仲町和也のボールが相手打者のバットに当てられるようになる。一方で味方打線は、完全に調子を取り戻した相手ピッチャーの前に四球のランナーすら出せずにいた。試合自体はまだ二点リードしているが、とてもそうは思えない状況になりつつあった。

 そして終盤となる六回に、仲町和也はこれまでで最大のピンチを迎えた。ワンナウト満塁で、対戦するのは相手の四番だ。小学生の試合では七回までとなっているので、ここを抑えれば勝利もかなり近づく。仲町和也を応援するために、内野手が集まった。葉月も心配になってマウンドを注目していると、ふと仲町和也と目が合った。

「頑張れっ」自然と葉月は応援の言葉を口にしていた。

 一緒に試合を観戦中の室戸柚や佐々木実希子はもちろん、今井好美も大きな声でマウンド上の仲町和也に声援を送った。内野手が再びそれぞれの守備位置へ散らばる。真剣さを増した顔つきになったエースが、相手打者と対峙する。そして投じた運命の一球――。

 ドラマや漫画みたいな展開にはそうそうならないのを教えるかのように、甲高い金属音がグラウンドに木霊した。振り返った仲町和也の視線が打球を追う。数秒後に、マウンドへ崩れ落ちる。相手打者の放った打球が、フェンスを越えた瞬間だった。

 さすがの佐々木実希子も何も言えずにいた。葉月を含めた誰もが呆然とする。二点あったリードはあっさり失われた。逆に二点を追いかける展開になった。地力で勝る相手だけに厳しかったが、仲町和也たちは諦めずに戦った。

 七回の攻撃で仲町和也が外野フライを打ち上げる。相手野手のグローブに打球が入った。試合が終了し、仲町和也は最後の打者になった。六年生にとって最後の大会が終わった瞬間だった。

 悔しさのあまり、整列の際にも仲町和也らは号泣していた。見ているうちに、何故だか葉月の頬にも熱いものが流れた。結果は四対二。六回に打たれた満塁ホームランが最後まで影響した。なおさら責任を感じるのか、ピッチャーだった仲町和也は、整列を終えてベンチに戻っても泣き続けた。チームメイトが必死で慰める。支えられるようにロッカーへ消える選手たちを、葉月を含めた観客は拍手で送った。

「惜しかったね……」残念そうに室戸柚が呟いた。

「うん。もうちょっとだったのにね」

 応じた葉月だけでなく、佐々木実希子も今井好美も悔しそうだった。最後にもう一度だけスコアボードを見る。やはり四対二のままだ。勝負ごとにたらればはない。それでも、せめて想像の世界でだけは違う結果を見ていたかった。


 観戦を終えた葉月たちが帰ろうと球場を出た時、丁度、ユニフォーム姿の仲町和也が現れた。こちらに気づくと、小走りで駆け寄ってくる。どんな言葉をかけていいのかわからず戸惑ったが、目の前まできた彼は予想外の笑顔を見せた。

「せっかく応援に来てもらったのに、負けてしまって悪かったな」

「まあ、仕方ないだろ。でも、大丈夫なのか?」佐々木実希子が尋ねた。

「悔しいのは悔しいけどな。けど、俺は中学校にいっても野球をやる。今回の悔しさはそこで晴らすさ」

 あくまでも前向きな態度に好印象を抱く。知らないうちに、葉月も笑顔になった。

「凄いね、和也君は。じゃあ、また応援するね」

 葉月が言うと、仲町和也は敗戦のショックを感じさせないほどの笑みを浮かべた。

「おう。次は絶対勝つからさ。見ててくれよ」

 はしゃぐ仲町和也の側で、室戸柚がクスっとする。

「和也君を元気づけるには、葉月ちゃんの言葉が一番ね」

「試合と一緒で、報われてないけどな」

 佐々木実希子の指摘で、仲町和也がガックリと肩を落とす。「それを言うなよ」

 けれど次の瞬間には顔を上げて、真っ直ぐに前を見た。

「俺は全然諦めないぜ。野球も恋愛もな。最後まで突っ走ってやる」

「そして自爆するのよね」

 今度は今井好美に毒舌ツッコみを入れられ、仲町和也が苦笑いをする。その目にわずかながら光る涙を見て、中学校では試合に勝てればいいなと葉月は思った。

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