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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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「せっかくだから、デートでもしてきたらどうかな」

「……はあ?」和葉がおもいきり眉をしかめた。

 自宅リビングの食卓。高木春道の妻、和葉の正面に座っているのは、彼女の実兄の戸高泰宏だった。隣には相手の妻の戸高祐子と、息子の宏和の姿もある。

 高木家の長女の葉月が修学旅行へ出発したこの日、突然に戸高一家が襲来してきた。そして、先ほどの発言をされたのである。

 わけがわからず頭を抱えそうな和葉の前で、戸高泰宏は同様の台詞を繰り返す。春道と和葉にデートをしてこいと。

「いきなりやってきて、兄さんは何を言ってるのですか」

「何をって、そのままの意味さ。和葉はしばらく、春道君とデートできていないんじゃないのか」

 問われれば、確かにそのとおりだ。家族で外出する機会はあっても、本格的に二人でデートするという機会はない。せいぜいが近場へ買い物へ出かけるくらいだ。とはいえ菜月が生まれる前からなので、春道自身はあまり気にしていなかった。

「春道さんはピンときていないみたいですね。駄目ですよ。もっと女性の気持ちを知る努力をしないと、和葉さんに愛想を尽かされてしまいますよ」

 隣に座っている息子の頭を撫でながら、戸高祐子がクスっと笑う。以前は春道を困惑させる言動を数多く発していたが、子供を産んでからはだいぶ落ち着いた。愛妻に睨まれずに済むのでいい傾向だ。

「デートは俺もしたいし、機会があればすぐにでもという感じなんだけど、菜月の世話を疎かにはできないからな」

 次女の菜月はもうすぐ二歳の子供で、大人の保護が必要だ。とてもひとりで留守番などさせられない。その点を説明した直後に、戸高泰宏が意味ありげに笑う。

「そのための俺たちだよ。菜月ちゃんの面倒は見てるから、今日一日、夜まで二人でゆっくり楽しんでくるといい」

 思わぬ気遣いに、春道はどうしようと考える。妻に意見を求めたいところだが、春道さんが決めてくださいと言われる可能性が高い。何より、和葉は菜月の世話を優先したがるはずだ。本気でデートをしたいのなら、春道がリードするしかなかった。

「よし。せっかくだから、好意に甘えさせてもらおうか」

「春道さん?」和葉が驚きの声を上げる。

「俺も久しぶりに二人きりでデートしたいしな。和葉は嫌か?」

 顔を赤くした和葉が、照れ臭そうにそっぽを向いた。「そういうずるい質問には答えられません」

 実兄らしく、妹が乗り気なのを即座に見抜いた戸高泰宏が「決まりだな」と笑った。


 菜月を戸高夫妻へ預けるにあたり、何をさせるのかなどのスケジュールを素早く作成。そのあとで自身の準備に和葉が入った。春道はそれをリビングでひたすら待つ。側には菜月もいる。

「菜月ちゃん、今日はよろしくね。ほら、アンタも挨拶しなさい」

 菜月よりひとつ年上な戸高宏和は今年で三歳になる。動き回る範囲も大きくなり、言葉もかなり喋れる。若干、母親への反抗的な態度をするようにもなってきた。

 気怠そうにとことこ歩いてきた戸高宏和が、ソファの下で座っている菜月の顔を覗き込んだ。「嫁にしてやる」

 よく喋るのは前から知っていたので、別に驚きはしなかった。何歳でどれくらい話せるようになるのかは個人差が大きい。現に菜月の口数は少ない。だが問題はそこではなかった。

「ハハハ、面白い冗談だね。本気だったら、おじさんはどうにかなってしまいそうだよ」

 台詞の途中から真顔になった春道に怯え、戸高宏和は逃げるように母親の背中へ隠れた。先ほどみたいな言動は稀でないらしく、戸高祐子は申し訳なさそうな顔をした。

「すみません、春道さん。容姿は私に似て可愛らしいのに、性格は夫に似てしまったみたいです」

「そうすると、将来は由布子みたいな美人のお嫁さんを連れてくるんだね。今から楽しみだよ」

 相変わらずのポジティブシンキングぶりを発揮して、戸高泰宏は妻の意地の悪い言葉をさらりと受け流した。パートナーがこういう性格だからこそ、戸高祐子も皮肉めいた発言を連発できるのだろう。春道にはいまいち理解できないが、確かな夫婦の絆が見えたような気がした。

 そのうちに和葉が自室から出てきた。上半身は袖の長いシャツにジャケット。下半身はラインがわかるくらいにピタっとした白パンツだ。色合いはシックな感じで、和葉にとてもよく似合っている。春道が感想をそのまま口にすると、素直にお礼を言ってくれた。

「気合を入れて準備をしたかいがありましたね。泰宏さんに提案された時は迷惑そうにしておきながら、お化粧も決まってるじゃないですか」

「ウフフ。相変わらず祐子さんは余計な発言が多いですね」

 独特の緊張感が発生する。始めのうちは慌てた春道だったが、最近ではすっかり慣れた。この二人にとっては、挨拶みたいなものなのだ。葉月の友人である今井好美と佐々木実希子の関係性に似ているかもしれない。

「ところで、兄さん。本当に菜月をお任せしてよろしいのですか?」

「ああ。俺たちも菜月ちゃんを連れて、遊びに行ってくるよ。何かあったら連絡するから、心配するな」

 なんやかんや言いながらも、泰宏と和葉の兄妹はお互いに信頼しあっている。こうした光景を見るたび、葉月と菜月も強い絆を得てともに生きてくれるのを願わずにはいられなかった。

「全員の準備もできたみたいだし、出かけるか」

 春道の言葉に、場にいる全員が頷く。玄関を出るまでは、和葉が菜月を抱っこした。外へ出て、名残惜しそうにしつつも菜月を戸高祐子に預ける。基本的にあまり我儘を言わない愛娘は、素直に祐子と手を繋いだ。

 そこからは別々に行動する。戸高家は恐らく、図書館やどこかの公園へ行くはずだ。どちらにせよ、子守をしてもらえるのだからありがたかった。


 愛妻と並んで初夏の街を歩く。日差しはまださほど強くなく、穏やかに頭上から降り注ぐ。晴れてるだけで楽しい気分になる。加えて隣には美しい妻がいる。春道のテンションが上がるのも当たり前だった。

「どうかしたのですか? 先ほどから、こちらをちらちら見ているみたいですが」

 案の定、こっそり見てるのを気づかれた。このようなケースでは、言い訳をすると逆効果になる。春道は正直な理由を告げる。

「こんな美人が俺の妻だというのが、とても嬉しくてさ。大きな声で自慢して歩きたいくらいだよ」

「なっ……また、そういうことを……。私が美人かどうかは置いておきますが、春道さんの妻だというのは紛れもない事実です。自慢をしたいのであれば、恥ずかしいので控えめにお願いします」

 最初は恥ずかしそうにしたが、ほどなく笑顔になった。春道の突拍子もない発言に、妻も慣れてきたみたいだった。考えてみれば、一緒に暮らすようになってもう五年近くだ。夫婦としてはまだまだ新米だが、少しずつお互いを理解できるようになった。それは他の家族、愛娘の葉月についても同じだった。

 目的地を決めずに、二人で街中を散策する。和葉が隣にいるだけで、普段とは景色が違って見えるのが不思議だった。何気なしに妻へ手を伸ばすと、少し遠慮気味に握られた。

「……もういい歳なのに、恥ずかしいですね」

「そうか? じゃあ、腕を組んでもらおうかな」

「……そうきますか。フフ、仕方ないですね」

 手を離し、差し出した春道の腕に、和葉が自分の腕を絡めてくる。衣服を通して伝わる体温に、心臓がドキドキする。いきなりの結婚から始まった関係だけに、恋愛期間というのはなかった。だからこそ、恋人同士みたいな気分を味わえるのは新鮮だった。

「ところで、これからどうします?」和葉がこちら見上げながら聞いてきた。

「そうだな。デートの機会を得られたのは嬉しいが、事前に計画をたてたりする時間もなかったしな……」

「ええ。兄さんも、もう少し早く提案してくれればよかったのですが」

 軽くため息をつく和葉の隣で、春道は笑う。確かにそのとおりだが、二人きりになれる時間を与えてくれた戸高泰宏には感謝していた。

「デートの定番といえば、映画か。そういえば去年の誕生日には、葉月に連れていってもらったな」

「ああ、そういえば言ってましたね。葉月の好きなアニメだったと記憶しています」

 歩きながら会話をしても、内容は結局家族のことが大半になる。そういうところからも、春道と和葉は本物の夫婦になってるのだと実感する。恋人らしい雰囲気はあまりないかもしれないが、これはこれで十分に楽しいし、幸せだった。

「せっかくだから、映画館に行ってみるか。もしかしたら、違う映画を上映してるかもしれないしな」


 葉月と一緒に訪れた経験のあるミニシアターまで、妻をエスコートする。まだ夏休みには遠いので、上映してるのは子供向けのアニメではなかった。テレビのコマーシャルでもよく宣伝されてる洋画だった。恋愛要素の強い落ち着いた内容のはずなので、夫婦で見るのもいいかもしれない。和葉に確認してみると、是非見てみたいと言ってくれた。

 飲み物だけを購入して、映画館の中に入る。丁度、上映時間が迫っていたので運が良かった。午前中の上映だけに、館内にはあまり客がいない。それだけにゆっくりと鑑賞できる。隣に座っている和葉は小説だけでなく、映画も好きみたいだった。近年は見る機会も減っているはずなので、ゆっくり楽しんでほしかった。

 上映が開始され、和葉だけでなく春道もスクリーンに集中する。途中で、どちらからともなく手を繋いだ。会話はなくとも、感じる相手の温もりがあれば十分だった。

 映画が終わると同じ建物内にあるカフェで休憩をした。ここまでは去年の誕生日に、葉月が春道にしてくれた内容とほぼ一緒だった。それを思い出して苦笑しつつも、次は身体を動かしてみないかと提案する。

「いいですね。たまには運動も必要ですから」

 頷いてくれた和葉を次に連れていったのは、市内にあるボーリング場だった。映画を見終ったあとのカフェで軽食もとってきたので、早速プレイをする。はしゃいで、笑って、ムキになったりもした。まるで学生時代に戻ったような気分だった。

 夕暮れが迫ってくると、これまた市内にあるそこそこ高級そうなホテルに入った。泊まったりするのではなく、ホテル内にあるレストランで食事するためだった。日中に学生時代みたいな時間を過ごせたのだから、夜は大人の時間にしようと考えた。もっとも、春道にできるのはこの程度のものでしかなかった。

「いい感じのお店ですね。葉月がいたら、とても喜びそうです」和葉が笑顔で言った。

「そうだな。今度は家族全員で来ることにしよう」

 春道も笑顔で返し、それぞれの好きなメニューを注文した。互いにあまりお酒は得意でないので、純粋に食事だけを楽しんだ。

 レストランを出ると、あまり遅くならないうちに帰宅した。途中で戸高泰宏に電話をかけると、向こうも食事を終えて高木家へ戻ってる途中みたいだった。家の前で合流し、眠そうな菜月を引き取る。

「ゆっくりできたみたいだね。楽しかったかい?」

 戸高泰宏の言葉に、春道と和葉は揃って頷いた。何度もお礼を言ってから、戸高一家を見送る。自宅に戻って菜月を眠らせたあと、夜はリビングで一緒に過ごした。

 朝まで同じ時間を共有したあと、普段どおりの生活に戻る。和葉は菜月の世話をして、春道は仕事をする。そのうちに、長女の葉月が修学旅行から帰宅した。

 楽しかった思い出をリビングで発表してるのを楽しく聞いていたら、急に葉月が表情を曇らせた。どうしたのか和葉が尋ねると、どうやら仲町和也君に告白されたみたいだった。

「葉月ね、やっぱりよくわからないんだ。どうすればいいのかな?」葉月が、女性の先輩でもある和葉に質問した。

「それは葉月次第よ。自分の気持ちを大切にすればいいと思うわ」

「そっか……。ねえ、ママの恋愛ってどういうのだったのー?」

「いつも見てるでしょう。ママは今も、パパと恋愛中よ」

 いきなりの発言に、春道は飲んでいたお茶を少しだけ噴き出してしまった。慌てて妻を見ると、悪戯っぽく笑っていた。

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