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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 今年はきちんと、高木と戸高の両実家へ菜月を連れて帰省した。高木和葉の実兄である戸高泰宏とも会った。彼の実子の戸高宏和は菜月のひとつ上なので、だいぶ言葉も喋るようになっていた。母親の戸高祐子が、元気すぎると苦笑していたのが印象的だった。

 夏が終わると秋が来て、春道や和葉の誕生日もやってくる。祝ってもらえるのは嬉しいが、年齢がひとつ上乗せされるのはあまり楽しくない。春道も和葉も早く大人になりたい葉月とは違い、できればもう年をとりたくなかった。

 そうはいってもお祝いの席になれば、幸せな気分になる。今年も妻や娘からプレゼントを貰い、春道もそれぞれの誕生日にプレゼントを渡した。

 お正月には再びそれぞれの実家へ帰省した。軽い旅行になるので、葉月は大喜びだった。今年は菜月も同行したので、特に春道の両親が顔をほころばせた。菜月だけでなく、もちろん葉月も可愛がってくれた。お年玉を渡し、近くのデパートで孫と一緒に買い物するのを心から楽しんでいた。


 そして短い冬休みが終わり、高木葉月は所属する小学校で三学期目を送る。仲の良い友人たちが同じクラスなので、授業も休み時間もとても楽しかった。

 そんなある日の小学校。六時間目の授業は、担任教師の話になった。給食を経て、眠気が丁度襲ってくる時間帯なだけに、葉月の隣の席では佐々木実希子が今にも居眠りしそうになっていた。

「実希子ちゃん。寝ちゃうと、先生に怒られるよ」葉月が小声で注意した。

「大丈夫だって。ちょっと目を休ませてるだけだから」

 大丈夫とか言ってるわりに、佐々木実希子はあっという間に寝息を立てる。今井好美や室戸柚は同じ教室内にしても、多少離れた席に座っている。佐々木実希子が怒られないようにするには、葉月が頑張るしかなかった。

「駄目だってば。この間も怒られたんだからー」

 葉月が指摘したとおり、佐々木実希子はつい先日も担任教師から雷を落とされている。理由はもちろん居眠りだ。昼休みを全力で満喫するタイプだけに、午後の授業では常に眠そうな顔をする。睡魔の誘惑に負ける機会も多く、教員たちからは常習犯として警戒されている。その状況で眠ったりすれば、また通信簿にお家でしっかり眠りましょうと書かれてしまう。

 友人の窮地を救うために色々と頑張ってみるが、佐々木実希子は適当な返事をするばかり。せっかく目を開けても、数秒も維持できない。重そうに瞼を下ろし、自分の机へ突っ伏しそうになる。

 あまりの惨状に、葉月は唇を尖らせる。「むー……」

 唸ったところで状況は変わらない。そうこうしてる間にも、担任教師は実希子の居眠りに気づく可能性が高い。こうなれば手段はひとつしかなかった。葉月は自分の筆箱から、先端が鋭く尖っている鉛筆を一本取り出した。本来は黒板の内容をノートへ記入するために使うのだが、この時ばかりは異なる使い方を選択する。

 佐々木実希子は両手を重ねて机の上に置き、枕代わりに使っていた。そんな実希子の服の袖をかるく上方へずらし、手首を露わにする。素肌へ鉛筆の芯による刺激を加えて、起こそうと考えた。痛くしすぎて怪我をさせたり、悲鳴を上げさせてしまったりすれば大変な事態になる。

 クラスが何事かの話し合いをしてる最中に、葉月ひとりが妙な緊張感に包まれる。右手に持った鉛筆を、慎重に佐々木実希子の腕に近づける。ツンツンと痛くないように軽くつつく。これで完全に目を覚ましてくれれば楽なのだが、佐々木実希子はむず痒そうにするだけだった。ここまでやって駄目なら、いっそ突き刺してしまうべきだろうか。鉛筆を筆箱へ戻しつつも悩んでいると、急に葉月の名前が呼ばれた。


「はへ? え? 何?」

 佐々木実希子を起こすのに一生懸命だっただけに、教室内でどのような会話がされていたのか、まったく理解できていなかった。慌てて周囲を見渡したあと、黒板に視線を向けてみた。そこには児童会選挙と書かれている。これだけでは意味がわからず、周囲の盛り上がりをよそに葉月はきょとんとし続ける。

「どうした、高木。話し合いの最中にボーっとしていたら駄目だろ……って、なるほどな。隣の奴が原因か」

 四十代の男性教師が、豪快に机の上へ突っ伏して眠る佐々木実希子にとうとう気づいてしまった。教卓の上に置いていたノートを手に取り、丸めながら足早に歩いてくる。佐々木実希子の席の前に立ったかと思ったら、軽やかに腕を振った。

「――痛っ!」

 スパアンと気持ちいい音が響くと同時に、佐々木実希子が勢いよく顔を上げた。不満げな表情を見せたが、目の前にいるのが担任教師だと気づいて表情を一変させる。

「アハ、アハハ……おはよ、先生」

「目が覚めたか、佐々木。とりあえずお前は、授業が終わったら職員室まで来い」

 世の中、体罰だ何だと言われるが、葉月が通う学校ではそれほどでもなかった。家に帰って叩かれたと言ったところで、何か悪いことでもしたのかと父親の高木春道あたりに笑われて終わりだ。教師も本気で殴ったりなどはしないので、文句を言う生徒もいなかった。それどころか、佐々木実希子がいつ叩かれるのか期待していたクラスメートもいるくらいだった。

「お、おい、葉月。なんで起こしてくれなかったんだよ」

 担任教師が黒板前まで戻るなり、隣の席から佐々木実希子が不満を表明してきた。

「何回も起こしたよー。実希子ちゃんが大丈夫って、すぐまた眠っちゃうんだもん」

「そ、そうか。くそー、まいったな。で、今の時間は何をしてるんだ?」

「わかんないー。葉月も、実希子ちゃんを起こすのに夢中で、聞いてなかったのー」

 小声での会話が聞こえたのかどうかはわからないが、担任教師は改めて話し合いの内容について説明してくれた。どうやら、来年の児童会の役員を決める校内選挙への参加者を決めようとしているみたいだった。最初は立候補者がいないか聞いたが、待っても誰ひとり挙手をしないので推薦したい人を発表する形になったらしかった。そこで葉月の名前が挙がったのだ。

 推薦してくれたのは今井好美でも室戸柚でもなく、あまり会話した覚えのないクラスメートだった。すぐに他の生徒も賛同し、瞬く間に葉月が候補者にされてしまった。

「高木はどうだ。嫌か?」

「え? 葉月なら、別に大丈夫だけどー」

 面倒臭いと考える生徒もいるだろうが、葉月は別にそうした感情を持ってなかった。嫌と断る理由がないので、頼まれたらやる。それだけの話だった。

「じゃあ、うちのクラスからは高木で決まりだな。皆で候補者を選んだんだから、きちんと協力するようにな」

 こうして葉月は、児童会長を決める選挙に、候補者として参加することになった。


 全学年含めても生徒数が少ないので、児童会長選挙は年一回だけ三学期に開催される。具体的にどのようなことをするのかはわからないが、とりあえず出るからには頑張ろうと決める。

「葉月が児童会長になったら、授業の合間にお昼寝時間を導入してもらうかな」

 放課後になり、つい先ほど担任に怒られて、職員室から戻ってきた佐々木実希子がそんなことを言った。

 途端に今井好美が呆れ顔になる。「授業の合間には、休み時間というのがあるでしょうに」

「休み時間だけじゃ足りないって。葉月だってそう思うだろ」

「葉月なら、休み時間だけで十分間に合ってるよー」

 葉月が仲間になってくれなかったので、教室の床であぐらをかいている佐々木実希子がガックリと項垂れた。その様子を、今井好美が勝ち誇った目で見つめる。

「そんなことよりも、選挙のための準備をしましょう。他の候補者よりも、目立つポスターを作らないと」室戸柚が言った。

 六時間目の授業終了後、今井好美が葉月に本気で児童会長になりたいのかを尋ねてきた。何をやりたいとかの明確な目的はないが、選挙に出るからには全力で頑張りたいと答えた。家で今回の件を両親に報告すれば、間違いなくそのような主旨の励ましを受けるはずだ。

 葉月の決意を知った今井好美らは、全力で応援するのを約束してくれた。早速今日から放課後に教室へ残り、こうして選挙対策についての話し合いを行った。ポスターなどはすべて自作で、貼れる場所も枚数も決まっている。それだけにインパクトを与えるデザインにするのは必須だった。

「葉月は、葉月らしいのが一番だから、そんな感じのポスターがいいんじゃないか?」佐々木実希子が言った。

「そうね。単純な構図であっても、毎日の楽しい学校生活をイメージしやすいのがいいかもしれないわね」

 今井好美が同意したことで、大体の方針が決まる。ポスターのメインを絵が得意な好美と、デザインのセンスがありそうな室戸柚が担当する。葉月や佐々木実希子は手伝いだ。

 初日から一生懸命に作業をする。いつもの仲良し四人組の他にも、葉月を推薦した女生徒を始めとした何人かが手伝ってくれていた。さらに部活の練習を終えた仲町和也も、仲間の野球部員を引きつれて助っ人にきてくれた。おかげで最初の一日だけでも、かなり作業がはかどった。


 翌日以降も放課後に作業を行った。いつも誰かが手伝ってくれた。お喋りしながらなのもあって、辛いとは一度も思わなかった。むしろ楽しいくらいだ。完成したポスターを貼り、朝の会などで各学年のクラスへお邪魔して立候補の挨拶をする。同行してくれたのは仲良し四人組にプラスして、仲町和也というメンバーだった。

 そして投票日の前日。体育館での全校集会で、スピーチする機会が全候補者に与えられた。各学級からひとりずつ出てる候補者たちが、体育館のステージ上で全校生徒を前に、普段から考えてることや改革したい点などを発表していく。順番が最後だった葉月は、ステージ上の奥に設置された椅子に座りながら、他の人たちは色々と考えてて凄いなと聞いていた。

 いよいよ葉月の番になったが、他の候補者たちみたいに強く訴えたい点など別になかった。今のままでも十分に幸せだからだ。ステージ上に設置されたマイクスタンドの前に立った葉月は、考えた末にそうした気持ちを包み隠さず発表することにした。

「私が児童会長になっても、今までどおりの生活がしたいです。皆で勉強して、笑って、遊ぶのが大好きだからです。だから変えたいところを探すんじゃなくて、守りたいところを見つけたいと思います」

 このような出だしで始まった葉月の演説は、やはり他の候補者のと比べても異質だった。これでは児童会長に当選しないだろう。演説後に教室へ戻った葉月に、佐々木実希子らが苦笑いしながら言ってきた。しかし、いざ迎えた投票日の翌日に発表されたのは、葉月が児童会長に選ばれたという予想外の結果だった。

「……まさか、あの演説内容で受かるとはな」

 放課後の教室で、祝勝会と称したお喋りが行われていた。その席で佐々木実希子が呟いたのが、先ほどの感想だった。

「私はむしろ、あのスピーチだからこそ当選したと思うけどね」そう言ったのは今井好美だ。

「とにかく、児童会長になれたんだから、よかったじゃない」

 室戸柚の言葉に、葉月は頷く。野球部の練習でこの場にはいないが、たくさん手伝ってくれた仲町和也にも心の中で感謝する。同時に、児童会長になったあとも助けてもらうつもりだった。

 児童会長が高木葉月で、副会長には仲町和也になってもらおうと決めた。これは野球部の主力で、男女からの人気が高いだけに補佐役としては最適だと今井好美や室戸柚が推薦してくれたからだ。本人にも、快く承諾してもらえた。他の役員として、議長に今井好美。書記長に室戸柚。そして書記が佐々木実希子に決定した。

「実希子ちゃんが書記だなんて大丈夫かしら」

「甘く見るなよ、好美。普段は面倒だから速さ重視で書いてるだけで、アタシは字が汚いわけじゃないんだ」

 胸を張った佐々木実希子が、ランドセルから取り出した自分のノートにすらすらと文字を書いた。

「う、嘘……上手いんだけど……」室戸柚が感嘆の声を上げた。

「フフン。だから言っただろ」

 さらに得意げな表情を見せる実希子に、字が書かれたノートを見ていた今井好美がツッコみを入れる。

「でも、漢字が間違ってるわよ」

「嘘だろっ!? うわ……本当だ」

「字が上手いだけでは駄目ということね。書記になったんだから、漢字も勉強しないといけないわよ」

 今井好美の言葉に、実希子が「勘弁してくれよ……」と返す。そんなやりとりに爆笑する中、皆がいれば児童会長として立派にやっていけると葉月は思った。

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