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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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10

 色々あった一年が終わる。年越しそばを食べながら、リビングで恒例のテレビ番組を眺める。大晦日のこの日ばかりは、葉月も母親の和葉に遅くまで起きているのを許可される。テレビの音はほとんどバックミュージック代わりで、メインは家族での会話だった。今年何があったかなどを、葉月が一生懸命に教えてくれる。心身ともに穏やかな気分で新年を迎えられそうだった。

「やっぱり今年一番のニュースは、菜月が生まれたことだよねー」嬉しそうに葉月が言った。

「そういう意味では、今年誰より大変だったのは和葉か。ありがとう、お疲れ様」

 急にお礼を言われた和葉は多少戸惑ったものの、すぐに笑顔で頷いてくれた。

「気になさらないでください。葉月の時もそうでしたが、子育ては楽しいですから」

 確かに楽しい思いもできるだろうが、その分だけ苦労も多いはずだ。時間とタイミングが合えば春道もオムツ替えなどを手伝うものの、頻度は多くない。いまだに家事もメインで担当しているのだから、相当に疲労も溜まっているだろう。よく体調を気遣ったりするが、決まって昔に比べたら楽ですよと返ってくる。無理をしがちな性格だけに心配だが、あまりしつこくしてもいい顔はされない。やはり妻の態度や仕草を観察して、早めに異変を見抜くのが大事になる。

「あ、春道さん。年が明けますよ」

 気がつけば和葉の指摘どおり、長かった一年が終わろうとしていた。つけっぱなしのテレビの中では、大勢のタレントが新年へのカウントダウンを開始する。一緒にソファへ座っている葉月も楽しそうだ。リビングに用意したテーブルにそばのどんぶりを置き、新しい年が訪れるのをじっと待つ。

 除夜の鐘は聞こえてこないが、テレビ番組の騒々しさで新年を迎えたのだと実感する。今年はどんな年になるかわからないが、また家族全員で一年の終わりを迎えたい。まだ一歳にもなってない菜月はベビーベッドからあまり動かせないが、来年は眠っていてもリビングにいられればいいなとも思う。そんなことを考えていると、愛娘が春道の膝の上にちょこんと座ってきた。

「パパー。あけましておめでとうございますー」

「あけましておめでとう。今年もよろしくな」

 春道の言葉に葉月が大きく頷く。そのあとすぐに、今度は母親である和葉の膝の上へ移動した。同じように新年の挨拶を終えると、満足したように、さっきまで座っていた場所へ戻った。再び三人でソファに座り、まったりしたあとで春道は大きく上半身を伸ばす。

「さて、無事に新年を迎えたし、そろそろ寝ようかな」

 全員が賛同してくれるかと思いきや、約一名だけが「ええーっ」と不服そうな声を出した。愛娘の葉月だ。

「せっかくだし、皆で初詣に行こうよー」

「初詣か……どうする?」春道は、妻の和葉にも意見を求めた。

 少し悩むそぶりを見せたあと、和葉は静かな口調で葉月に問いかける。

「今日でなくては駄目なのですか?」

「うんー。だって、初詣だもんー。菜月も一緒に行こうよー」

 駄々をこねるように、両手を上下左右に振って行きたい気持ちをアピールする。滅多にない夜更かしでテンションが上がってるのもあって、このまま眠るのを勿体なく感じてるのかもしれない。春道も葉月くらいの年齢の時は、そういう気持ちになった経験があるだけに理解はできる。だが、愛妻は違ったようだ。

「葉月が初詣をしたがるように、他の人もやってくるでしょう。その中に、まだ一歳に満たない菜月を連れて行くのは危険です。家族揃っての初詣なら、後日でもよくはありませんか?」

 和葉の口調が、少しだけいらついたものに変わる。普段ならここで葉月が引くのだが、今日に限ってはそうならなかった。執拗に行きたいと主張し、母娘の話し合いは平行線を辿る一方だった。このままではマズいと判断し、春道が中立の立場からなんとかしようとした矢先だった。

「いい加減にしなさいっ!」

 リビングに怒声が響く。春道の視界で、和葉と葉月が正面から睨み合う。さすがに殴り合いの喧嘩にまでは発展しないが、不穏な空気が周囲に流れる。これ以上こじれる前に止めようとしたが、その前に葉月が猛ダッシュで部屋から出て行ってしまった。


「待ちなさい、葉月。話はまだ終わっていません」

 叫ぶように発したが、葉月の背中をリビングへは引き戻せなかった。伸ばした左手は空気以外の何も掴めず、廊下から勢いよくドアを閉める音が聞こえてきた。葉月の部屋なのは間違いない。あそこまで拗ねてしまったら、簡単には機嫌を直さない。しばらくは春道の説得にも耳を貸さない可能性が高かった。

 菜月を心配するのはわかるが、もう少し冷静になれ。そう言おうとして、途中でやめた。わざわざ春道が注意しなくとも、和葉本人が誰よりわかっているはずだ。ただ黙って座っていると、そのうちに和葉が表情を曇らせた。

「申し訳ありません。また……やってしまいました」沈痛な声で、和葉が謝罪をした。

「気にするな。菜月を心配しての言動だったのは、葉月だって理解してくれてるさ」

 春道の慰めにも、表情を回復させることはなかった。そうでしょうかと呟き、がっくりと項垂れる。そうやって和葉が落ち込んでる間も、葉月は戻ってこなかった。もしかしたら、もう眠ってしまったのかもしれない。部屋まで様子を見に行きたい気もしたが、いまはそっとしておくのを選択する。代わりに春道は、和葉の側に座り続けた。

「私は……駄目な母親ですね」ポツリポツリと、和葉が反省の言葉を吐き出す。

「駄目ってことはないだろ。和葉はよくやってくれてるよ」

 励ましてみるも、素直に感謝して気分を安定させてくれるような女性ではない。まずは気持ちを吐き出させるのが先と、基本的には聞き役に徹する。

「いいえ、自分でもわかっているのです。菜月が生まれて以降、葉月に辛く当たっているのを。これも私の精神的な余裕のなさなのですが……自己嫌悪せずにはいられません」

 続けて妻は、大切な愛娘に嫌われてしまわないかと心配する。あまりにも深刻な様子だったので、春道は和葉の背中をさすりながら大丈夫だよと繰り返した。

「葉月だって、菜月を心配する和葉の気持ちをわかってるさ。自分の希望が通らなかったので、またやきもちを焼いてしまっただけだ」

 時間が経過すれば葉月も冷静になり、初詣を強行して菜月に何かあった場合を考えるようになる。そうすれば母親の気持ちも理解できるはずだ。和葉だって、何も家族で初詣へ行きたくないと言ったわけではない。あくまで混雑しない日を選べないかと提案しただけだ。それがわからない子供ではなかった。

「とりあえず、今日は眠ろう。寝不足だと、余計に物事を冷静に考えられなくなるぞ」

 春道の言葉に、和葉が首を縦に動かした。部屋まで送り、眠っている菜月の様子を見たあとで、春道も自室に戻る。その頃には妻もだいぶ落ち着いていたので、菜月と二人だけにしても問題はないと判断した。新年の始まりから、トラブルが発生するとはさすがに予想外だった。だが嘆いてもどうしようもないので、まずはゆっくり睡眠をとってから事態の収拾に努めようと考えた。


 慣れとは恐ろしいもので、目覚まし時計をセットしていなくとも、日頃から起床している時間に自然と目を覚ます。年越しまで起きていたとはいえ、眠りについた時間は普段とさほど変わらなかった。おかげで寝不足という状態にはならず、快適な朝を迎えられた。

 爽快な気分だったのも束の間、起きたての春道の脳裏に年明けすぐにリビングで発生した出来事が浮かんでくる。普段は仲の良い母娘の和葉と葉月が、目の前で喧嘩したのだ。互いに手は出さなかったものの、かなり険悪な雰囲気になった。最後まで言い争いはせずに、葉月が先に自室へこもった。再び出てくる気配もなかったので、春道と和葉もそれぞれの部屋で眠りについた。ひと眠りして新しい朝を迎えれば、両者の気持ちも少しは落ち着くのではないかと期待した。

 部屋着のジャージ姿のままで、春道は一階へ下りてみる。そろそろ朝ご飯の時間だ。洗面所で顔を洗い、歯を磨いてからリビングへ入る。ダイニングやキッチンも側にあるので、そこから食卓へ移動する。普段は葉月が先に座っているのだが、今日に限っては姿がなかった。台所に和葉が立っていたので、今朝は葉月と会ったか聞いてみる。

「おはよう。葉月はどうしたんだ?」

 春道の存在に気づいた和葉が「おはようございます」と返してくれた。けれどそのあとは力なく首を左右に振るばかり。大切な愛娘と仲直りできてないのは明らかだった。

 まだ葉月が起きてこないというのは、さすがに心配だった。普段なら夜更かしをしても、朝食時間までには必ずリビングへやってくる。部屋まで様子を見に行くべきか悩んでいると、ドアを開け閉めする音が春道の鼓膜に届いてきた。数秒後には、葉月が姿を現した。普段の元気さはまるでなく、春道にも小声で「おはよー」と告げただけだった。

 いつもの自分の場所に座ると、黙って朝食が運ばれてくるのを待つ。母親の和葉が気を遣って話しかけるも、最低限の返事しかしない。表情を見てる分には、もう二人とも怒ってなさそうだ。謝るタイミングを見失って、ぎくしゃくしてしまってると形容するのが一番しっくりくる。

 朝ご飯を食べる段階になっても、母娘の自然な会話はない。春道も含めて、なんとも寂しい無言の食事となった。和葉は何かを話したそうに口を開きかけるも、どのような言葉をかけたらいいかわからない様子ですぐ閉じてしまう。もどかしい展開のまま進展はせず、最初に葉月が食事を終える。

「ごちそうさまでした」

 そう言って食器を台所へ持っていこうとする直前、何かを食卓の上へ置いた。それが何なのか尋ねられる前に、足早にこの場をあとにする。葉月がいなくなってからテーブルの上を見ると、小さな封筒があった。どうやら中には手紙が入っているようだ。宛先はもちろん、春道ではないだろう。

「読んでみろよ」

 春道に言われた和葉は小さく頷き、封筒を開けた。案の定、中には手紙があった。それを取り出し、恐る恐るといった感じで中身を見る。最初は不安気味だった表情が、一分も経たないうちに崩れた。妻の頬を伝う涙には、怒りも悲しみも含まれていないように見えた。やがて和葉は、手紙を持っている手とは逆の手で自身の口元を押さえた。嗚咽が漏れないようにするためだ。

 ひとりにしてあげるべきだと考えた春道は、こっそり自分の部屋へ戻ろうとした。だが席を立つ前に、リビングと廊下を繋ぐドアがかすかに開いてるのが見えた。小さな目が、やはり恐る恐るといった感じでリビングを見つめている。

 たまらず春道は苦笑した。互いに顔を合わせて謝れば、すぐに解決できた話だ。けれどその点を指摘するのは野暮というものだろう。家族として一緒に暮らすがゆえに、日々の生活の中で色々な問題が発生する。解決方法のマニュアルなど存在しない。だからこそ、今日みたいに手紙で謝罪をするのも効果的だ。ひとり感動している和葉に、春道は小さな声でドアを見てみろと告げた。

 こっそり様子を窺っている愛娘の存在に気づいた和葉は、泣き笑いみたいな表情で立ち上がった。足早にドアへ近づき、開けると同時にしゃがみ込んで葉月の小さな身体を抱きしめた。

「ごめんなさいね、葉月。ありがとう」

「葉月こそ、ごめんなさい。う、うええ」

 和葉と葉月が二人の世界に入っているのを微笑ましく見守ったあと、ふと内容が気になった春道は、テーブルに置かれたままの手紙を見てみた。そこには愛らしい文字でびっしりと、日頃の和葉に対する感謝と謝罪の言葉が書かれていた。

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