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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族3
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 愛娘の夏休みも中盤に差しかかる。もうすぐお盆時期だというのに、今年は菜月が生まれたのもあって、家族での遠出は一度もなかった。申し訳なさから春道は一度謝罪したが、その際に葉月は今井好美ら友人たちと一緒に、プールなどに行ってるから大丈夫だと笑顔で言ってくれた。

 菜月が生まれた当初みたいな我儘もなくなり、すっかり元の葉月に戻った。とはいえ、健気に我慢してるのは間違いない。せめてもの罪滅ぼしというわけではないが、夕食の買物などがあれば葉月を誘って出かけたりした。愛娘が見せてくれる楽しそうな笑顔に、幾分か心が救われる。

 そんなある日、やはり葉月が遠出したがってるのを察した和葉が、春道に帰省を提案してきた。しかし、生後二ヶ月の赤ん坊を連れての長距離移動はさすがに不安がある。春道の両親も一度こちらまで孫の顔を見に来てる。また孫と遊びたいだろうが、何がなんでも連れて行かなければというわけではなかった。

 菜月が眠ってる間に、皆で夕食をとってる席での会話なので、もちろん葉月も聞いている。当人はどう言うべきかわかりかねてるようで、春道と和葉のやりとりを黙って見守り続ける。

「お義父さんとお義母さんも葉月に会いたいでしょうし、帰省はするべきだと思います。本来なら、私も同行したいのですが……」和葉が表情を曇らせた。

「菜月の世話があるからな。さすがに家族全員では無理だろう。事情が事情だし、今年は帰省しなくてもいいんじゃないか?」

「いえ、それではお義母さんがかわいそうです。せっかくですから、春道さんと葉月の二人だけで行ってきたらどうでしょう」

 妻の高木和葉の思わぬ提案に、春道は斜め向かいの席に座っている愛娘を見た。どうしたいと聞いても、気を遣って首を左右に振るのは明らかだ。実家への帰省なので純粋な旅行とはいえないが、夏休みの間に遠出が一度もないのは確かにかわいそうだった。それに和葉ひとりを残すのは大変なように思えるが、春道たちがいなければ食事の準備などは最小限で済む。久しぶりに、妻へ自分の時間を持たせてあげられるかもしれない。皆のためにも、軽く帰省すべきだなと思った。

「よし。じゃあ、パパと一緒にお祖母ちゃんに会いに行くか」

 春道が言うと、葉月は笑顔で「うん」と顔を頷かせた。本当は和葉とも外出したいだろうに、妹のことを考慮して不平不満は言わなかった。

 食事を終えると、春道はリビングのソファで実家へ連絡をとった。帰省する旨を告げると、電話に出た母親は大喜びだった。和葉や菜月が同行しないのを怒るかと思ったが、仕方ないわねと残念がるだけだった。同じ母親として、赤ん坊がいる時の大変さを熟知しているのだろう。

 春道も葉月も特に予定がなかったのもあって、お盆には二人で帰省することになった。行き帰りの時間も考慮して、二泊三日のスケジュールになった。

 帰省前に葉月は宿題をなんとかしようと、今井好美らを招いて、自宅で勉強会を開催したりした。佐々木実希子だけは相変わらずみたいだったが、おかげでお盆前には半分以上が終わったと喜んでいた。

 そして当日。おやつや着替えを詰め込んだリュックを背負った葉月を連れ、春道は愛車に乗った。電車を使えば渋滞も避けられるだろうが、せっかくだから実家へ着くまでに多少の寄り道をしようと考えた。その方が愛娘も喜んでくれるはずだ。

 菜月と一緒に自宅で留守番する和葉に見送られて、車を発進させる。愛車を運転する春道の隣で、葉月が楽しそうに話しかけてくる。安全運転を心がけながら会話に応じる。疲れてくればパーキングエリアに車を止めて、食事をとったりする。最初は葉月も大喜びで楽しんでいたが、やがて疲れたらしく、助手席でうとうとし始めた。無理に起こす必要もない。隣から聞こえてくる寝息をBGM代わりに、春道はアクセルを踏み込んだ。


 実家へ到着した頃には、もう午後の九時を過ぎていた。普段の葉月ならこの時間くらいから眠ろうとするのだが、今日に限っては事情が違う。道中で睡眠をしっかりとったので、今は元気一杯だ。到着する少し前に目を覚まし、自分だけ寝てしまったのを申し訳なさそうにしながらも、あとちょっとで着くという春道の言葉に瞳を輝かせた。

 駐車場に車を止めて、実家のインターホンを押す。車のエンジン音で到着したのが分かったのか、もの凄い速度と勢いでドアが内側から開かれた。

「葉月ちゃん、いらっしゃい」顔を出した母親が、真っ先に孫となる葉月の姿を探した。「待ってたのよ」

「えへへー。遊びに来たよー」

 葉月が笑顔で応じると、母親は隣にいる春道など完全無視で孫娘に抱きつく。たっぷり頬擦りをしたあと、ようやくこちらを向く。

「何、ボーっとしてるのよ。早く家に入りなさい。葉月ちゃんが、風邪でもひいたら大変でしょ」

 実の子供よりも孫が可愛くてたまらないといった態度で、母親が言ってきた。別に怒ったりはしない。春道には見慣れた対応だったので肩をすくめただけで言われたとおりにする。夏は夜でも暑いので風邪はひかないと思うと反論しても無駄だ。基本的に母親は、あまり人の話を聞かないタイプの女性だった。

 家の中は冷房がかけられており、ひんやりとしていながらも心地よい空気に包まれている。節電も大事だが、体調はもっと大事。わかりやすい母親の方針のもと、二十七度に設定されたエアコンが稼働し続ける。

「車で来たのなら、晩御飯はまだよね。お祖母ちゃんが、はづきちゃんのためにたくさん作っておいたからね」

 居間に通された葉月の前に、次々と料理が並べられる。孫娘の両隣を両親が陣取り、春道はひとりぼっちで正面に座る。苦笑はするが、毎度のことなので腹も立たない。とはいえ、普段なら和葉が隣にいてくれるのになと考えてしまうあたり、やはり寂しいのかもしれない。

 エビフライやハンバーグ、さらにはグラタンなどの子供が好きそうな料理ばかりが食卓の上で存在感を強調する。いつも以上に目を輝かせた葉月が、食べてもいいのか確認するために春道を見てきた。

「きちんとお礼を言ってから、食べるんだぞ。ただし、食べ過ぎないようにな」

 春道の言葉に素直に頷いた葉月は「いただきます」と、まずは温められたばかりで湯気を上げているハンバーグに狙いを定めた。和葉に仕込まれたおかげで、フォークとナイフを大人顔負けに上手く使う。一口サイズに切ったほかほかのお肉を、早速口内へ運ぶ。はふはふと熱そうにしながらも、猫舌ではない葉月は嬉しそうにハンバーグを頬張る。

 満面の笑みで「美味しいっ」と言った葉月に、母親も満足そうに頷く。孫娘を迎えるにあたって、気合を入れて準備してくれたみたいだった。

「ついでにアンタの分も用意してあるわよ」葉月の相手をしていた母親が、思い出したように春道へ言ってきた。

 葉月の分は持ってきてくれても、春道には自分で取ってこいと言いたいのだ。やれやれと言ってはいるが、ついでだろうと何だろうと、晩御飯を用意してもらえるのはありがたい。それに毎日会える春道とは違い、両親は滅多に孫娘の葉月とは会えない。せっかくの機会なのだから堪能させてあげたかった。

 勝手知ったる実家のキッチンで自分の分のハンバーグを温めつつ、冷蔵庫から飲み物を取り出す。和葉がいる自宅とは違う種類の安心感があった。改めて帰省したんだなと実感しながら、春道は自分の分の夕食を抱えて食卓へと戻った。


 帰省したその日に盛大な歓迎を受けた。美味しい食事のあとはお風呂に入り、ゆっくりしたあとで深夜までゲームなどをして遊んだ。日中に走行中の車内で寝ていたのもあって、葉月の体力が有り余っていたのだ。昨夜だけは、春道の方が先に眠くなったくらいだった。

 本来なら午前中に行くべきなのだが、そうした原因もあってお墓参りは翌日の昼過ぎになった。皆で高木家のご先祖様が眠るお墓へ手を合わせたあと、帰り道のレストランで昼ご飯を食べた。普段から栄養バランスを考えて食べなさいと和葉に教えられてるのもあって、春道が何か言うよりも先に葉月は野菜サラダもハンバーグと一緒に頼んでいた。

 美味しいお昼ご飯を食べ、デパートで買い物をしてから帰宅する。あとはゆっくり休んで、明日に帰宅すればいい。そう考えた春道は、実家の居間でのんびりしていた。ソファの隣には葉月も座っていて、一緒にテレビを見ている最中だ。

「春道。貴方、準備はできたの?」母親が、唐突に話しかけてきた。

 わけがわからない春道は、視線を母親に向けて首を軽く傾げる。「何の準備だよ?」

「夜店に決まってるじゃない。昔は毎年あったんだけど、いつの間にかなくなってたのよ。それが今年から復活するらしいの」

 そういえばと、春道は過去の記憶を引っ張り出す。まだ小さかった頃に、両親に連れられて色々な屋台で遊んだ記憶がある。当時は夜に行われていたので、夜店と呼ばれていた。何かのお祭りだったのかもしれないが、屋台がメインみたいなものだったので、正式名称などは一切覚えていない。

「夜店って何ー?」

 テレビを見ていたはずの葉月が、目をキラキラさせる。聞くまでもなく、行きたがってるのは明らかだ。和葉たちへのお土産は、デパートで購入済みだ。夜には何をしようと明確な目的はなかった。せっかく夜店が復活したというのなら、久しぶりに屋台をまわってみるのも面白そうだった。

「俺が小さかった頃にあったイベントみたいなものでな。商店街の通りに、屋台がたくさん並ぶんだ。昔は射的とかを楽しみにしてたっけな」

 屋台自体は、現在家族で住んでいる地域にもイベントで設置されたりする。当の葉月も浴衣を来て、今井好美らと出かけた経験があるはずだ。

「そうなんだー」葉月が興奮気味の表情を見せる。「凄いねー。楽しそうだねー」

「わかってるよ、行きたいんだろ。お祖母ちゃんも、葉月と遊びたがってるからな。皆で出かけるとするか」

 案の定というべきか、母親も葉月と一緒になって喜ぶ。あまりのはしゃぎように、思わず赤ちゃん返りなんかしてないだろうなと心配になる。だが、そんな春道の不安など知る由もなく、母親と葉月は着ていく服について話し合う。いつの間にやら、葉月のサイズにピッタリの浴衣まで購入していたみたいだった。それを見るだけでも、春道たちが帰省するのを楽しみにしていたのがわかる。

「夜店は夕方から始まるはずだからな。行くと決まったなら、すぐに準備するぞ」


 夜店の復活を知った地域の人々で、舞台となる商店街は夕方の時点でおおいに混み合った。生まれ育った町に、これほどの人が住んでいたのかと驚くほどだ。もしかすると、春道が子供だった頃よりも多いかもしれない。

 浴衣姿の葉月も「凄い人だねー」と、目を丸くした。はぐれたりしないようにと、両隣には春道の両親がいる。葉月に手を繋いでもらえて、二人揃ってとても幸せそうだ。これも一種の親孝行になるのだろうかと、春道は見つからないようにひとりで笑った。

「あ、パパの好きな射的があるよー」

「そうだな。せっかくだから、一緒にやってみるか」

「うんーっ」

 父親までもが一緒になって射的を楽しんだ。頑張って、葉月がひとりで落としたぬいぐるみのキーホルダーが、もっとも貴重な戦利品となった。大事そうに両手で抱える愛娘を連れて、焼きそばやお好み焼きを購入する。毎日だと厳しいが、たまにはこんな夕食も悪くない。春道も屋台の商品を美味しく食べた。

 他にも輪投げなどを遊び、最後には棒に刺さった苺飴を購入して屋台周りは一段落した。さすがに凄い人だったので、歩いているだけで春道もかなり疲れた。

「ママや赤ちゃんとも、一緒に来たかったねー」楽しみながらも、少しだけ残念そうに葉月が言った。

 春道が「そうだな」と頷いていたら、すぐ後ろを歩いていた母親が、いきなりとんでもない発言をしてきた。

「少し考えたんだけど……春道が帰る時に、私もついていったら駄目かしら」

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