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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族2
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33

 その日、春道は自室でひとり考え事をしていた。何度思い返しても、どうにも腑に落ちないことがある。それは、愛娘――高木葉月の独創的すぎる料理についてだった。

 今日は葉月の誕生日で、すでにプレゼントは用意してある。妻の高木和葉は、美味しいものを食べさせてあげようとキッチンで一生懸命に料理をしている最中だ。今日分の仕事を終わらせた春道も、1階へ移動して手伝いをするつもりだった。しかし、途中で足が止まった。先ほどの疑問点にぶち当たったからだ。

 トントンと、遠慮気味にドアがノックされる。足音が響きやすい家なのだが、考え事に集中していたせいで気づけなかった。家にいるのは、春道を覗けば和葉ひとりだけだ。誰ですかと確認する必要もないので、どうぞと入室を促す。

 案の定、ドアを開けて廊下から姿を見せたのは妻の和葉だった。「失礼します」

「どうかしたのか?」

「ええ……葉月の誕生日の準備をしてるのですけど、少し手伝っていただけないかと思いまして……」

 申し訳なさそうなのは、こちらが仕事中だった場合を考慮してるからだろう。以前の彼女であれば、手伝いを頼みにきたりはしなかった。方針転換せざるを得なくなったのは、少しずつ大きくなりつつあるお腹のためだ。中にいる赤ちゃんに万が一があったらと思えば、無理もできない。すでに葉月という娘はいても、実際に和葉が出産をするのは今回が初めてなのだ。

「わかってる。俺も今、手伝いに行こうと思ってたんだ」

 葉月の誕生日は、12月も末になる。昨年はひとりで取材をしていて、大変な事態になった記憶が残っている。寒さも本格化してくる時期なので、身重の体ではますます動き辛くなるはずだ。だからこそ、手伝うのも決めていたのだが、どうにもやはり例のことが気になる。

 すぐに腰を上げない春道を見て、異変を察した和葉が「どうしたのですか」と尋ねてくる。

「ああ、いや……葉月の料理が気になっててな」

「葉月の料理ですか?」意外だったのか、和葉はかすかに驚きの表情を見せる。

「アイツ、和葉のおかげで料理の腕前は格段に上がったろ? なのに創作料理とかになると、一気に話が変わってしまう」

「確かに時折、悪い意味で抜群のセンスを発揮しますね……」

 自分の誕生日での出来事を思い出したのか、表情を曇らせる。春道のみならず、和葉も被害にあっている。できることならどうにかしたいと、時間があれば積極的に愛娘へ料理指導をしてる姿をよく見かける。なのに、独創的なメニューをたまに披露してくる。

 これまでは「またか……」と諦めていたが、今日になって春道の頭の中にある仮定が浮かんできた。もしかして葉月の奴は、わざと作ってるのではないか。それをそのまま和葉に伝えると、さすがに驚きを隠せずに絶句してしまう。

 しばらく呆然としていた妻が、久しぶりに発した言葉は「まさか……」というものだった。怒って反論してくるかと思っていたが、そのような展開にはならなかった。もしかしたら、和葉も心のどこかでその可能性に気づいていたのかもしれない。

「考えてみろ。昔は本当だったかもしれないが、最近の葉月の創作料理は壮絶にマズいが、決して食べられないほどではない。悪い意味で絶妙な味加減が維持されてる上に、見た目もいい。あれはあれで、一種の完成された料理なんじゃないのか」

「さ、さすがにうがった見方をしすぎなのではないですか……と言えないところが辛いですね。娘を疑うのは本意ではありませんが、十分に考えられます。そうなると、あの子は自らの意思で、私たちに悪戯を仕掛けていたことになりますね」

「そのとおりだ。そこで俺は考えた。仕返しというわけじゃないが、両親の愛情を大切な娘に味わわせ――いや、見せてやろうとな」

 本来なら率先して制止しにかかるはずなのに、和葉は春道の意味ありげな笑みを見ても叱責したりはしなかった。彼女もまた不敵に口端を吊り上げる。

「やりすぎはいけませんが……躾という意味でも、多少は仕方ありませんよね」

 こうして、夫婦の共同作戦が発動する。標的は愛娘の葉月だ。


 友達を家に呼んで誕生日パーティーをするのかと思っていたが、どうやら学校帰りに皆で遊びに行くのがパーティーの代わりらしかった。恐らくは発案者は友人の今井好美に違いない。パーティーに呼ばれて、葉月の創作料理を食べさせられるのを恐れたのだ。彼女らは彼女らで、結構な被害を受けている。

 やはりどうにかして、葉月の創造性豊かな料理を改善させる必要がある。そのためにも、まずは食べさせられる側の気持ちを味わわせる。料理には自信のない春道だが、想像力ならば葉月には負けていないはずだ。身体に害があるとマズいので、途中で和葉に確認してもらいながら調理を続ける。

「和葉は一体、何を作るつもりなんだ?」調理の合間に、なんとなく聞いてみた。

「私はデザートにします。しかし、いざ考えてみると、なかなか難しいですね。身体にあまり害を与えず、見た目は美味しそうだけれど、実は美味しくない。だけど、食べられないほどでもない。作るにはコツがいりそうです」

「いや、そんな料理の熟練度は高めなくて大丈夫だ。披露するのも今日限りだろうしな」

「そうでしたね。本当に悪戯心で数々の特殊な料理を作っていたのだとしたら、さすがに今回で懲りるでしょう」和葉がため息をつく。

 これまでは家族や親しい友人に被害が限定されていたが、このまま成長を続ければもっと広範囲に魔の手を伸ばすかもしれない。そうさせないためにも、家庭での教育が大事になってくる。

「よし、俺の方はこれで大体完成だな。葉月が帰宅するまでに、なんとか間に合いそうだ」

「それは結構ですが、普通に食べられるのもあるのですよね?」

「ああ。途中まで和葉が下準備してくれたのは、普通に仕上げたよ」

 俺の返事を聞いて、よかったと和葉が胸を撫で下ろす。その身に新しい命を宿してるだけに、今までよりもずっと食生活に気を遣うようになった。子育ては経験があるのであまり不安はなさそうだが、出産に関してはまだ未体験なので、どうしても心配してしまうのだろう。こればかりは仕方がないように思える。妊娠中でも普段と変わらない生活が送れるように、そうした妻の心境をできる限りフォローしていくつもりだった。

「……どうやら帰ってきたみたいですね。私が出迎えてきますので、春道さんは引き続き準備をお願いします」

「任せておいてくれ」自信たっぷりに返事をしたあとで、担当中の料理を完成させるべく手を動かす。

 程なくして、リビングにガヤガヤとした声がやってきた。娘の葉月だけでなく、いつもの友人たちも一緒だった。

「君たちも来たのか?」笑いながら、葉月の友人たちに声をかける。

 来客はないと聞いていたが、こうしたケースもあるだろうなと予想していたのであまり驚きはしなかった。今井好美、佐々木実希子、室戸柚の3人は実に微妙な笑顔を作って頷いてくれた。

「葉月ちゃんにどうしてもと誘われまして……うるうるした瞳で見つめられたら、断れませんでした」自嘲気味にそう言ったのは今井好美だ。

「ハハ……まあ、しょうがないだろ。でも、今日は葉月の誕生日だからな。主賓はおとなしく祝われてなきゃ」好美に続いたのが、元気印の佐々木実希子だった。

 あとひとりの室戸柚は、実家を救われた恩を感じてるのか、妙な気合を全身から放出させながら「私、頑張ります」と決意表明してくれた。


 席に着いた3人の友人たちは、葉月がキッチンへ近寄らないように様々な話題を提供しては引き留めてくれた。おかげで料理も着々と完成し、夜の7時になる頃には誕生日パーティーの準備が整った。各家庭に電話でパーティーをしてから帰ると言ってあるため、時間は十分に残っている。といってもまだ小学生なので、午後9時を過ぎる前にはそれぞれの家に春道が車で送っていくつもりだった。

「さあ、どうぞ」和葉が笑顔で、今井好美たちの前にハンバーグなどの料理を並べていく。

 妻が下準備をして、春道が仕上げた自信作だ。ひとり暮らし時代は料理などほとんどしてなかったが、結婚して以降少しではあっても手伝うようになった。もっとも、和葉の指示がなければ、いまだに右往左往してしまう程度の実力しかない。

「美味しそうですね。ありがとうございます」室戸柚が笑顔でお礼を言ってくれる。

 他の2人も同じようなリアクションを見せるが、次の瞬間には訝しげな表情になる。主役である葉月の前にだけ、何も料理がないからだ。

「ええと、その……葉月ちゃんの分はないんですか?」

「あるに決まってるだろ。今日は葉月の誕生日だから、特別に俺がひとりで作ったんだ」

 今井好美と春道の会話を聞いて、それまで楽しげだった愛娘の表情が一変する。失礼な奴だとは思わない。立場が逆であれば、きっと春道も同じ反応をしていたからだ。

「パパって……お料理得意だったっけ?」

「もちろん、葉月も知ってるとおり、全然駄目だぞ。ハッハッハ」春道は胸を張って、豪快に笑ってみる。

 その姿に不安を覚えたのか、佐々木実希子が遠慮気味に質問をしてくる。「えっと……このハンバーグって……」

「ああ、それは妻が下準備したのを、俺が言われたとおりに仕上げたやつだから大丈夫だよ」

 春道の説明に、ひとりを覗いた全員が安心する。そして、そのひとりがぎこちない動作で、こちらを見てくる。

「皆のは大丈夫って……あの、葉月のは……?」

「葉月のはこれだ。特製のプリンハンバーグだ。苦労したんだぞ、作るの」

 外見上は普通のハンバーグでも、周囲には焼けたプリンのにおいが漂う。悪趣味すぎるメニューに、葉月の友人たちが愕然とする。

「ど、どうしてこのにおいで、見た目が普通なんだよ……」

「……やっぱり父と娘ね。さすがは初代暗黒魔導士だわ」佐々木実希子の言葉に、今井好美が応じる。

「う、うう……お父さんとお母さんを助けてもらったお礼に私が……だ、駄目っ。やっぱり無理だわ。ごめんなさい、葉月ちゃん」

 交換を拒絶するように、3人は揃って「いただきます」をして、ナイフとフォークを使ってハンバーグを食べる。次々に美味しいという感想が食卓に並べられる中、どういうわけか葉月だけが目の前の、春道が命名したプリンバーグをじーっと見つめ続ける。

「さあ、葉月も食べな。俺と和葉の誕生日に美味しい手料理をご馳走してもらったお礼だ。遠慮しなくていいんだぞ?」

「わ、わあーい。う、嬉しいな……」

 今にも消え入りそうな声でお礼を言う葉月の前に、今度は和葉お手製のデザートが置かれる。

「私も葉月が好きなプリンっぽさをイメージしたパフェを作ってみたわ。プリンみたいな感じにするのが大変だったのよ」

「マ、ママ……プリンっぽいって、あの……このパフェは一体……」

「ウフフ。どんな材料で、完成したのかは秘密よ」

 ニコニコ笑顔の春道と和葉に左右から挟まれて、葉月は忙しなく首を動かす。明らかに焦っていた。

 ここでネタばらしをしてやろうと、春道は笑いながら「実はな……」と話し始める。

「俺たちはもう知ってるんだよ。葉月の創作料理……あれ、わざとだろ?」

「――っ!? わ、わざとじゃないもんっ! ああすると、きっと美味しいだろうなと思って……その……」

「そうか、そうか。じゃあ、美味しいと思って俺が作ったプリンバーグも完食してくれるよな」

 春道と和葉の意図を理解できたのか、今井好美らは申し訳なさそうにしながらも、どことなく楽しそうに親子間のやりとりを眺めている。

「いいか、葉月。他人のためを思って料理を作るのは大事だ。けどな……いきすぎた行為はよくないぞ」

 悪戯と断言してはかわいそうな気もしたので、オブラートに包んだ感じで説教をする。今回ばかりは葉月も自分に非があると判断したのか、素直に謝ってくれる。

「ごめんなさい。確かに葉月、調子に乗りすぎてたかも。皆もごめんね」

「いえ、気づいてくれればいいのよ」友人を代表して、今井好美が応じる。

「でもね、安心して。葉月、これから創作料理を極めるために、毎日作って頑張るから!」

 椅子から立ち上がり、瞳の中で炎をゆらめかせる愛娘に、今度は春道と和葉の夫婦が愕然とする。

「ぜ、全然、懲りてないですよ、春道さんっ」

「お、おかしいな。俺の予想では、今後は作るのはやめると言ってくれるはずだったんだが……」

「わ、私は妊娠中なのです。葉月の創作料理の味見は全部、春道さんにお願いしますからね」

「な――っ!? そ、それはあまりに残酷すぎるだろっ! そ、そうだ。君たち、しばらくの間、家に居候してみないか?」

 春道の必死の提案に、3人の女児たちは同じような笑みを浮かべる。

「お断りします」

 見事に重なった声を聞きながら春道は絶望し、葉月は大はりきりで早速キッチンへ向かうのだった。

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