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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族2
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13

 浴衣騒動のあった縁日が終わっても、小学生の愛娘の夏休みは続く。春道が家で仕事をしてるのがわかってるだけに、必要以上の我儘を言ってきたりはしないが、顔を合わせると遊んでほしそうな目を向けてくる。まだまだ小学校の低学年で遊びたい盛り。母親の和葉があれこれと相手をしてあげてるが、やはり両親が揃ってる方がいいのだろう。大事な娘に懐かれて、父親として悪い気はしない。だからこそ、夏休みの期間中にあまり忙しくならないよう、前々から仕事を調整してきた。

 贅沢はできないが、夏休みの間に一度くらい旅行へ出かけても罰は当たらないだろう。そう考えていた春道は、以前に海の近くにある旅館を予約した。夏休み中は混むと思って気を利かせたつもりだった。ところが、仕事が忙しかったりなど、最近は色々あったので家族の誰にも教えていなかった。準備期間が少ないと怒られるのを覚悟して、春道は昼食時に「皆で海へ行こう」と提案した。

「やったー。海だー」

 お昼ご飯にと和葉がゆがいてくれたそうめんを、特性のつゆにつけて食べている葉月が大喜びする。丁度、めんをすすってる最中だった和葉だが、コントみたいに驚いて吐き出したりはしない。冷静に口の中へそうめんを移動させ、しっかりと噛み、飲み干してから冷静に「いいかもしれませんね」と同意してくれる。

「……あれ。いきなりだって、怒ったりしないのか?」

「何を今さら……。春道さんの突発病は、今回が初めてではないでしょう」

 突発病と謎の病名がつけられたのに反論したくとも、春道にその資格はない。妻が指摘したとおり、思いついたら即行動というパターンが多いからだ。もっとも、そういう性格だったからこそ、和葉から提案された偽装夫婦計画にも応じてあげられたのかもしれない。

「それに葉月も、家族でどこかへ出かけたがっていたみたいですしね。日帰りなので、準備もさほど多くはないでしょう」

「……あ、ごめん。泊まりなんだけど」罰が悪くなってきた春道は、人差し指で頬を掻きながら告げた。

「やっふぁ……おほぉま――」

「葉月、ちゃんと口の中のものを飲み込んでから、話をしろ」春道が注意をする。

「んぐ、んっ、ごくん。やったー。お泊りだー」

 口の中をしばらくもごもごさせたあと、言われたとおりにした葉月が改めて喜びを表現する。箸を持った右手を上げながら、ダイニングテーブルの下で足をバタつかせる。普段なら「行儀が悪いわよ」と一喝する和葉が、何も言わない。恐る恐る妻の表情を確認する。こめかみをピクピクさせてはいるが、爆発までにはあと少しの余裕がありそうだ。

「思いつきも結構ですが、さすがに今からでは、宿泊施設の予約を取るのは難しいのではないですか?」和葉が当たり前の疑問を口にする。

「そのとおりだ。だからな……葉月が夏休みへ入る前に予約しておいた」

 和葉のこめかみのヒクつき具合が、一段と強くなる。同時に春道の頬に、ひと筋の冷たい汗が流れる。

「……なるほど。それで、予約した日はいつなのですか?」

 怒りを隠しながらの笑顔が持つ迫力は、想像以上に凄まじい。ごめんなさいと謝って、逃げたくなる衝動に耐えながら、春道は小さな声で「……明日」と白状する。

「そうなんだー。じゃあ、今日中に準備しないと駄目だねー」

 泊まりで海へ行けるとあって、葉月だけはダイニングを包む緊張感など気にならないとばかりに、ひとり幸せそうにほんわか中だった。

「そうね。予約した時に教えておいてもらえれば、前々から準備できていたのですけどね。その日、誰かに予定が入っていたら、どうするつもりだったのでしょうか」

「わ、悪い。つ、つい……忘れてて……あ、あはは……」

「笑いごとではないような気もしますが、家族を喜ばせようとやってくれたことです。色々と指摘したいこともありますが、素直にありがとうございますと言っておきましょう」

 そう言って和葉は、ようやく春道に満面の笑みを見せてくれた。


「ところで、どこの宿泊施設を予約したのですか?」

「海の近くの温泉旅館だ。あとでそこのホームページを印刷して、見せるよ」

「なるほど。インターネットで予約したのですね。便利な世の中になったものです」感心したように和葉が呟く。

「ハハハ。そういう言い方をしてると、なんだかオバサンみたいだな」

「……何か言いましたか?」

 笑顔の妻から発せられる無言のプレッシャーに襲われては、春道も「何でもありません」と言うしかなかった。自分の中の禁忌リストに、和葉に年齢という項目を作る必要がありそうだ。迂闊に踏み込んだら、大怪我をしかねない。

 なんとか話題を変えられないかと、祈るように葉月を見る。すると娘はすすっていたそうめんをちゅるっと口内へ入れたあと、春道へ話しかけてきた。

「パパ、お仕事は大丈夫なのー?」

「ああ。夏前に調整をしておいたからな。少し休んでも、問題はないよ」

 春道がそう言った瞬間、葉月が大きな瞳を輝かせた。「それじゃ、一緒にお出かけしようよ」

「それはいい案ね」

 持っていためんつゆ入れをダイニングテーブルに置きながら、妻が娘の提案に賛同した。

「春道さんにはへそくりがあるみたいですから、新しい水着を買ってもらいましょう」

「わーいっ」両手で万歳をして、葉月が大喜びする。

「え? いや、さすがにそれは……」

「オバサンが若い頃の水着を着ていたら、他の方に迷惑がかかるかもしれないでしょう?」

 表情こそ笑っているが、目は真剣そのものだ。先ほどのオバサン発言を相当根に持ってそうな雰囲気が出てるだけに、和葉の申し出を拒絶するのは不可能だった。幸いにして、へそくりにはまだ余裕がある。2人分くらいの水着なら、どうにでもなるだろう。

「わかったよ。買うから、機嫌を直してくれ」

「ウフフ。口は災いのもと、とはよく言ったものですね」

 やれやれと肩をすくめながらも、春道は笑った。泊まりで海へ行くと言ってから、娘だけでなく妻も楽しそうだ。一緒に出掛ける機会が減っていただけに、旅行みたいなイベントは大歓迎なのだろう。さすがに今回は、贅沢がどうのとも言ってこない。

「それじゃ、昼飯を食べたら、皆で出かけるか」

 春道の言葉に、母娘が揃って歓喜の声を上げる。仕事が忙しくなれば、また部屋へこもりっぱなしになるのだから、スケジュールに余裕がある時くらいは家族サービスをしよう。使命感みたいなのも若干あるが、何より春道がそうしたかった。仕事も大切だが、大事な家族と一緒に過ごす時間はもっと貴重だ。


 都会のショッピングモールと比べれば規模は断然小さいが、春道たちの住んでる近くにもそこそこ大きな店はある。デパートというよりは、衣料品なども売っているスーパーだ。他は普通の商店街だけに、3階建てのそのスーパーでさえも大型店と呼ばれる。もちろん、近所ではそこが1番大きくて広い建物になる。

 そこへ家族3人で手を繋いで歩いて出かけ、葉月の希望で早速衣料品コーナーへ向かった。季節が夏というのもあって、丁度、水着などのセールが開催中だった。スーパーまでの道中で、何か買うんだと葉月はウキウキしながら、持ってきた自分の貯金を春道に見せてくれた。

「色々なのが、たっくさんあるねー」

 3階にはゲームコーナーなどもあるが、あまり友人たちとは来ないんだと葉月は言った。田舎町だけにこうした建物は少ないため、ゲームコーナーには高校生がよくたむろしているらしい。中学生でも避けたりする人間が多いみたいなので、小学生でしかも女子なら敬遠したがるのも当然だ。

 和葉も食料品の購入は近くの安い個人店を探してするようになったので、最近ではあまり利用してないみたいだった。そういう春道も独り身の時は安くなってる商品を狙ってきたりしていたが、結婚した今ではほとんど足を踏み入れていない。

「そういや、この店だったよな。葉月が迷子になってたの」

 当時を思い出すと、懐かしさから笑顔がこみあげてくる。妻も同じ光景を頭の中で思い描いたのか、おかしそうに吹き出した。

「ありましたね。偶然に通りかかった春道さんを見て、呼び止めたのですよね。迷子の案内を聞いて、急いで行ってみたら、葉月と一緒にいたので驚きました」

 春道たちが懐かしそうに話してるのを聞きながら、葉月はぷーっと頬を膨らませた。

「迷子じゃないもん。最初から、パパを探してたんだもん」

 小学3年生になって、迷子になるのは恥ずかしいと認識できるようになったのだろう。頑なに迷ってなかったと言い張る愛娘に、春道も和葉も苦笑する。

「わかった、わかった。それより、水着を見なくていいのか?」

「あっ、見るーっ。でも、その前にこっちー」

 にこにこ笑顔の葉月が手を伸ばしたのは、水着コーナーに設置されているマネキンの足元に置かれてる浮き輪だった。空気が入ってパンと張っている浮き輪を、人差し指で楽しそうにつつく。

「そう言えば……葉月には浮き輪を買ってあげてませんでしたね」

 娘の背中を愛しげに眺めていた和葉が、いきなりそんなことを言い出した。まだ幼い子供なのに、浮き輪を持っていないという情報に春道は驚く。

「浮き輪がないって……それじゃ、俺と結婚する前は、海とかに行かなかったのか?」

「いえ、日帰りでしたけど、海には連れて行きましたよ。もっとも、室内プールの方が回数としては多かったですけどね」

 和葉の説明を聞いて、ますます春道はわけがわからなくなる。なおさら、浮き輪が必要なのではないかと思ったからだ。疑問を直接ぶつけると、妻は不思議そうに「どうしてですか?」と逆に尋ねてきた。

「どうしてって……それは、溺れないための備えにするとか……」

「それなら問題はありません。最初から、浮き輪に頼らなくてもいいように、泳ぎを教えればいいのです。現に葉月は100メートルは泳げるようになっています」

 水泳部に所属してるわけでもないのに、100メートルも泳げるのは凄い。幼少時から、和葉が厳しく教育してきた効果だろう。確かにそれだけ泳げれば、油断をしてない限りはそうそう溺れないはずだ。とはいえ、浮き輪を使う目的は、決してそれだけじゃない。

「泳げる泳げないに関係なく、浮き輪に捕まって浮かんでるだけでも、意外と楽しいもんだぞ」

「そうなのですか?」初めて知ったとばかりに、和葉が目を見開く。

「ああ。葉月はすでにしっかり泳げるみたいだし、海での遊びのひとつとして、浮き輪を欲しがってもいいんじゃないかな」

「そういうことでしたら、私に反対する理由はありません」

 春道たちの会話が聞こえていたのかは不明だが、直後に葉月は笑みを浮かべて、アニメのキャラクターがデザインされている浮き輪を両手に抱えて持ってきた。自分のお小遣いで購入をしたあと、次は母親と一緒に新しい水着をどれにしようか選ぶ。まだ旅行前だというのに、母娘ともにとても楽しそうだった。

 女性用の水着コーナーへ付き合うのはさすがに恥ずかしかったので、春道は近くに設置されていたベンチに座ってひとりで待つ。そのうちに和葉と葉月が紙袋を持ってやってきたので、買い物が終わったのだと知る。

「2人とも、どんな水着を買ったんだ?」春道が聞く。

「明日までの秘密だよー。ねえ、ママ」

「そうですね。春道さんには、明日を楽しみにしてもらいましょう」

 スーパーから家へ帰っても葉月は楽しそうで、和葉に注意をされるまで、その日はずっと翌日の準備をしていた。何を持っていくか、どんなふうに遊ぶのか。色々と計画を立てているみたいだった。

 そして全員がお待ちかねの翌日がやってくる。

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