最後の話 繋がる“幸せ”
~龍二視点~
朝。
気だるさを感じたまま起床。むっくりとベッドから起き上がって、枕元に置いてある目覚まし時計351号を見てみる。
……ふむ、7時か……。
「……」
しばし無言。
「…夢幻の彼方へさー行くぞー」
そうして再びベッド・イン。男には起きなくていいこともあるのだよZzz。
『って寝るな馬鹿者!!』
「シャーラップ」
『あべしっ!』
目覚まし時計351号をバカ呼ばわりしたバカ剣目がけて軽く投げつけた。すごい衝撃と共にバカ剣が壁にめり込み、目覚まし時計351号はバラバラに砕け散って内部の部品をそこら中にバラまいた。さらば351号。今度352号買わないとな。
だがおかげで目が覚めてしまった。二度寝にしゃれ込もうと思ったが、それはできそうにない。とゆーわけで、嫌々ながら起きる。壁にめり込んで沈黙した剣、とゆーかエル、を引っこ抜いて部屋出て階段を下りて、いざ和室へ。
「くぅ…すぅ…」
「くかー…」
「うぅん…うぅん…」
そこに広がる光景は、いつもの光景。寝相の悪いクルルの足がアルスの腹の上に乗っかり、苦しげに呻くアルスの顔の上で大の字になって眠るちっこい妖精フィフィ。この光景から誰から見てもわかるように、勇者アルスは苦労人であるということが理解できるであろう。
まぁほっとくけどな。
さ、朝飯先作っておこう。アルスには悪いが、本当に悪いが、もう一度言うが本当に悪いがしばらくあの状態でいてもらうことにした。決しておもしろいから放っておくわけではないということを補足しとく。いやマジでマジで。
朝食は…うん、スタンダードにわかめと豆腐の味噌汁と焼き魚、そんでもって白飯にするとしよう。よくぞ日本人に生まれけり…。
弁当は、そうだな。甘めの卵焼きにキュウリの浅漬け、豚肉の生姜焼きに白飯の上に海苔を乗っけるか。弁当に卵焼きは鉄板である。
で、まぁ調理風景は省略。せいぜい『私は包丁ではない!』という叫びが台所から響き渡ったってなことだけは言わせてもらう。そしてあえて言い返そう。お前今更何言っとん?
そんなわけで、ランチョンマットを敷いてぱぱっとテーブルの上に朝食風景を広げていき、準備は完了したわけだが。
「さて、と」
で、再び台所へ戻れば、台所の隅の方の天井から垂れ下がっている紐発見。それを掴む。
「それではひっさびさのぉ~…」
勢いつけて、
「目覚まし装置、ファイアッ!!!」
引っ張る!
【ドッゴォォォォォン!!】
すると和室の方から朝っぱらであるにも関わらず、盛大な音が響く。襖の隙間から黒煙が噴き出てきたが気ニシナーイ。
この装置、覚えてる? 覚えとらん奴は“第十九の話”と“第七十八の話”を見れ。
「けほっ…お、オハヨゴザイマス…」
「ふにゃぁぁぁ…」
「………」
そして襖をスライドさせて出てきたのは、これまた朝っぱらから随分と賑やかな頭と顔をしたアルス達三人阿呆娘ども。今時頭アフロにして顔面煤だらけになるってのも古いかもしれん。どうでもいいが。
「ほら、はよそのきったない顔洗って着替えてこい。飯にすっぞ」
「汚くした主な原因ってリュウジさんですy」
「What?」
「「「今すぐ顔洗ってきまーーーーす!!!」」」
うしうし、素直でよろしい。
さて、朝から一悶着もあったりしたが、それとなく家で過ごす朝の時間は終了。せいぜい顔洗う順番もめたアルスクルルコンビが喧嘩したり、クルルがアルスの焼き魚強奪しようとして喧嘩んなったところを俺が横からアルスの焼き魚掠め取ったり、アルスにポカポカ涙目で叩かれたんで仕方なしに俺の分の焼き魚くれてやったりとしたくらいである。いつもの光景だ。
昨晩のうちに準備を終えていた学校へ向かう荷物を手に、準備に手間取っているクルルを玄関で待つ俺達。やがて遅れたクルルがバタバタやかましく向かってきた。
「ごめん、遅れちゃった!」
「ったく、夜のうちに準備しとけって何回も言ってんだろうが」
「う…ごめんなさい」
時間もないので説教もそこそこにし、俺達は玄関の扉を開けて家を出た。
「んじゃ、行ってきまーすっと」
『行ってくるぞ』
「「「行ってきまーす!!」」」
出ていく時のお決まりのセリフを忘れずに言うと、三人+一本も続いた。
「あ、おはよ龍二、アルス、クルル、フィフィ」
「カリンさん、おはようございます」
「オッハヨーカリンちゃん!」
「オッハー」
家を出ると同時、お隣さん件幼馴染件サンドバッグの花鈴も家から出てきたところだった。
「おいちょっと待て。今アタシの直感が叫んだんだけど、アンタ今すっごい失礼なこと考えなかった?」
「気ニシナーイ」
「いやだから…うん、ごめん気にしないわやっぱ」
チッ、そこで気にしてれば俺の鉄拳が飛んでいたものを…。
「…い、今寒気が…やっぱ言わなくてよかった…」
「ほら、バカなこと言ってねぇでさっさと行くぞサンドバッグ」
「言わなくても自分から言っちゃったら意味ないじゃない!?」
ウガーと叫ぶバ花鈴は放っておいて、いざラーメン食いに学校へ…もとい勉強のために学校へ。
さて、いつもの登校時間。ゆったり四人で歩いていると、歩く道の先にいつもの後ろ姿発見。声をかけることにする。
「おーい太郎ー」
「名前掠りもしてねぇじゃねぇか」
相変わらずのスパーンとしたツッコミ。
「龍二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「テメェはすでに死んどるんじゃボケェェェッ!!」
「ぐほぉっ!!」
そこに勢いよく突っ込んでくる久美の野郎には右ストレートを腹にぶちかます。
「リュウちゃぁぁぁぁぁぁ」
「目標をセンターに入れてボンバァァァッ!!」
「ああああああああああああ!!!」
続けざまに突っ込んできた香苗(と書いてアホと呼ぶ)を倒れた久美を踏み台にしてアッパー。
「そして時はとっくの昔に動き出していたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「「うきゃあああああああああああっ!!!」」
「名台詞改変パクリ三連発とは恐れ入った」
宙に浮いた香苗を倒れてる久美に目掛けて踵落とし、そこに雅の冷たい目でトドメ。朝も早から体が動く。
「おはようさん二人とも。朝っぱらから元気だな」
「「そっくりそのままあなたに返しますその言葉………」」
シュビッと右手を挙げて挨拶。返ってきた言葉はよくわからんということにしておいた。いつもの光景だ。
「っつ~…新しい方法で攻めようかと思ったのに、する前に終わってしまった…」
「くぅ、今日こそは唇を奪い取ってやろうとしたのに失敗しちゃった…」
「お前らも懲りねえな…もう数えるのも諦めたよ」
悔しがる二人に、やれやれといった感じに呆れる雅。うん、俺もこのやりとり何回目か忘れたっつーかどーでもよかったから最初っから数えちゃいねぇが。
「おら、んなことよりそこで寝てねえでとっとと学校行くぞ」
「全体の原因95%はお前だけどな」
「ホンット女でも容赦しないわねぇアンタ…」
呆れた感じに言う雅とフィフィだった。無視した。
「そ、そうだな。このままでは遅刻してしまう」
「いや、もうしてるし」
「あ、なんだしてるんだぁ…………………は?」
久美と香苗の目が点になった。
「だから、もう遅刻してるってばよ。ほれ」
そう言いながら俺は左手のGショックを見せた。
現在時刻、8:30
「「………………」」
「…まぁ、これもお決まり、だな」
「そう、ですね…」
「そうだね…」
「はぁ…」
『まったく…』
「しっかたねぇなぁ…んじゃ、いつもの感じで~?」
「「「「「「「『いっそげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』」」」」」」」
そして俺達は例によって例の如く遅刻したため、無駄だとわかっていながらも突っ走ることにした。
そこのけそこのけ、みたいな感じで走りまくり、校門を潜る寸前に近藤さんが遅刻を咎めようと俺達を呼び止めようとしたんで空中で横に高速三回転してからの回し蹴りをお見舞いして吹き飛ばして星にした。そのまま勢い殺さず上履きを履き替え、階段を駆け上がり、教室の扉を開けて、
「おっはー神楽さーん」
「ヒャッハーおはようこのクソボケが『レーザースパイク』!!!!」
まさに渾身の力を込めたと言わんばかりに投げつけられた白チョークは、さながらレーザーのような軌跡を描いて俺達に迫る。
だがここで諦めるのは普通の天校生、俺は訓練された天校生。すかさず空中宙返りジャンプをして回避。
「ぐっはぁっ!!」
「マ、マサさぁぁぁぁん!!!」
俺の後ろにいた雅の眉間にチョークが突き刺さって三回転半決めて吹っ飛んでって倒れた。ついでにアルスの悲痛な叫びが学校に響いた。完。
「いや終わらせんな!!」
あ、起きた。さすがツッコミ。頑丈さは折り紙つきか。
「チッ、今日も失敗か」
「まぁまぁ次があるって神楽さん」
「肩叩くなバカ。お前が遅刻しなかったらこんな徒労しなくて済むんだっつーの」
ごもっとも。だが断る。
「ったく、お前は常識というものをだな………まぁいい、さっさと席つけ。HR始めんぞ」
「ほーいほいっと」
「あの、ごめんなさい先生」
「いやお前は謝らんでいいアルス。悪いのはお前の家主だ。でもできるならば言い聞かせておけ」
「できません」
「だよなー」
解せぬ。
さて、午前中の授業はつつがなく終了。しいて言うならば授業中クルルがイタズラでアルスの背中に落書きして本人にバレて怒りが有頂天して暴走、クルルも逃げ回って暴走、俺二人を止めるため暴走、それに巻き込まれたクラスメイト数人が吹っ飛んで行ったが数分後に帰還、教室は半壊した程度である。あとアルスとクルルのバカ二人は天井に頭が突き刺さった状態で昼休みに突入した。
「…今更だけどさ、お前って結構説明する時省略するよな…」
「気ニシナーイ」
「いやまぁ、ホントに気にしないけどよ」
諦めとか呆れとかが混ざった感じのため息をつきながら、手元のナプキンをほどいて弁当を取り出す雅。
現在、昼休み。定番の屋上で定番のメンバーで集っての昼飯タイム。今日は学食ではなく俺の手作り弁当の日である。
「うぁぁぁぁ頭いたぁぁぁい…」
「ボク…被害者なのに…」
「うっせバカ。怒りに任せて暴れていたオメェも同罪だ」
「ノリに任せて暴れていたお前は重罪だろ」
毎度のことながら雅のツッコミが容赦ないが気ニシナーイ。
「まぁまぁいいじゃないの。早くご飯食べよ?」
香苗の一声で弁当の蓋を開けていく俺達。今日の昼飯は生姜焼き弁当だ。ご飯はのり弁。
「…リュウジさん、こののり弁…」
「う、うん…」
「あん? どしたよ?」
アルスとクルルが弁当箱の蓋を開けて硬直してるのを見て、俺は首を傾げる。そこまでおかしいものは入れた覚えはないが。
そんな二人の弁当を覗き込んでみてみる。
アルスの弁当=『罪と罰とアルマジロ』
クルルの弁当=『ロードオブザゴリラ』
こんな感じにのり弁の海苔が切り取られて文字になってデコレートされていた。
「「すごいけど、意味が、わからない…!!!」」
「わからんようにしてんじゃん」
「ていうか懐かしいなのり弁ネタ」
詳しくは第十九の話を見よう。あれからレベル上げてみました。
「君はホント相変わらず変なところのレベルを上げるな…」
「久美よ、思考読みやがったな…?」
「よ、読んでない読んでない読んでない!!」
『思考読みは私の十八番だろう。貴様何勝手に使ってゲフゥ』
「うわ、エル鍔のとこ殴られて吹っ飛んでった」
「壁にめり込んでるけど、あれ大丈夫なのフィフィ?」
「気にしちゃダメよカリン。いつものことだし」
「…そうね、いつものことだし」
なんやかんやで平和でした。
昼休みも終わって、午後の授業も終了。省略しすぎだが、別段何か珍しいことが起こったわけでもないし。しいて言うなら、なんか雑草みたいな奴の席が突然爆発して校舎の屋根を突き破って出て行ったっていうことくらいか。うん、威力抜群。今度他の誰かで試してみようこの爆弾。
日も暮れ始め、帰路につく俺達。香苗は俺にしがみついて帰ろうとしていたが、生徒会役員達に引きずられて連行されていった。「リ゛ュ゛ウ゛ぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」とかなんとか泣き叫んでいたが俺は何も聞いてないことにした。だっていつも通りだし。久美は空手部だし、大会も近いっつーことで一足早く部活へ走っていった。その際、「この大会で優勝したら、したら………えぇと………き、君に勝ってみせる!!」とか叫んでいたけど、何に勝ってみせるんだろうか。一瞬興味湧いたけどすぐに失せた。
「あぁぁぁ今日も勉強したなぁっと!」
「6限中4限睡眠貪ってた奴が体伸ばしながら言うセリフじゃないわよねそれ…」
「しかも起きてる間は空の上の雲数えてたじゃねぇかテメェはよ」
「ラーメン型の雲はなかった…クッ!」
「いや悔しがってんじゃないわよこのバカ龍二」
「あはは…いつも通り、でしたよね?」
「うん! いつも通り私もアルスにイタズr」
「魔王ちょっとこっち来てくれないかな?」
「アルス、目からハイライト消えてるわよ。結構怖いわよ」
『ついでにキャラが変わっているぞ。戻ってこい』
てなわけで、胸ポケットにフィフィを入れた俺とアルスとクルル、雅、花鈴とでいつもの河原の土手を歩く。夕暮れ時なため、オレンジ色の眩しい太陽の光が俺らを照らす。ついでに俺らの前を突っ走るアホ魔王とそれを剣振り回して追い掛けるバカ勇者を衛星砲のレーザー光線で照らしてくれませんか? あ、アホ魔王捕まった。
「あぁあぁ、まぁた派手にやらかしてるわねぇ二人とも…」
「いつものことだ。気ニシナーイ」
「まぁいつものことだろうけどよ。いいのかよあれ? 本人からしたら些細な喧嘩かもしんねぇけどよ、傍から見たら人外バトルみたいになっとんぞ。残像見えてんだけどあれ」
『腐っても魔王と勇者ってことだろうな。力の無駄遣いの典型だ』
「私、アルスに対して腐ってもっていうのに普通ならちょっとカチンとくるはずなのに、今すっごく納得してる私がいる」
なんかこっちに光弾とか黒い矢みたいなのが飛んで来たりするけど、それらを弾き飛ばして傍観してる俺らだったが、なんかきりがなさそうだからそろそろ止めることにする。
止め方は超簡単。こう、腰を落として、拳を引いて、
「龍・閃・弾!!」
【ドコォン!】
「「むきゃああああああああっ!!」」
ぶっ放す。ね? 簡単でしょう?
「…もう言ったって意味ないけど言わせてもらうわ」
「ああ、俺も言わせてもらう」
『私も言おう』
「便乗して私も」
「「『「自重しろ暴力系主人公」』」」
「気ニシナーイ」
きりもみ回転して吹き飛んだ挙句、頭から地面に埋まったアホ魔王とバカ勇者のオブジェが夕日に照らされる中、そんな感じに俺は受け流すのであった。常識はかなぐり捨てる物。そう教わった。誰かに。
~ライター視点~
「んじゃ、アタシちょっと商店街で本屋寄ってくからここで」
「俺もこっちだから。じゃあな龍二」
「おう、またな」
「またねー二人ともー!」
「お二人とも、また明日」
「じゃね」
『また会おう』
帰り道の途中にある分かれ道で、花鈴と雅が同じ右の道を歩いていくのに対し、龍二達は反対の左の道へ進んでいく。夕日によって真っ赤に染め上げられた道を、影の尾を引きながら歩いていく三人。
「ねぇリュウくん、今日の夕ご飯なにー?」
「ミートソーススパゲティのミート抜き」
「それただのトマトソーススパゲティですよね!? なんでミートソース付けたんですか!?」
「見栄っ張りねぇアンタも…」
「うるせぇキンチョール吹き付けんぞ」
「ホントにごめんなさい」
『謝罪早っ』
いつものような会話。四人と一本にとっては、ごくありふれた会話。そんな和気藹々とした、少しの殺伐さも交えながら歩く。
が、ふと龍二は足を止め、ある一点を注視する。
「あれ? リュウくん?」
「リュウジさん?」
それぞれ龍二の両脇をかためていた二人も、真ん中を歩いていた本人が突然歩みを止めたことによって少し先を進んだところで立ち止まり振り返る。名を呼ばれた龍二は、二人に気も留めず首を左に向けたまま視線を固定していた。
龍二が見つめる先にあるのは、普段歩いている帰路の脇道。いつも使ってる道と同じ広さのその道の向こう、2キロ程先に見えるのは、急な坂道。普段は通る理由がほとんどない道なため、今まで気にも留めなかった道だった。
「………」
道を、正確には道の向こうに見える坂をじっと見つめる龍二。坂の向こうでは、赤い夕陽が少しずつ沈んでいき、一日の終わりを告げようとしているのがわかる。
しばし沈黙していたが、やがて小さく頷いてアルスとクルルの方へ振り向いた。
「二人とも、付いてきな」
そう言って、返答を待たずに龍二は坂のある道へと走り出した。
「へ? どしたのリュウくん?」
「ちょ、待ってくださいよ」
慌て気味に龍二を追う二人。いつもの全力疾走ではないが、それでも龍二の脚力は並ではなく、追いかける形となる。それでも龍二は走りを止めず、坂を駆け上がっていく。少し高めな坂道であったが、あっという間に坂の頂に龍二は立った。
「…へぇ」
少し呼吸を整え、目の前の光景を目にする。少ししてアルスとクルルも追いつき、龍二の両隣に立った。
「ふぅ。もう、リュウくんどうしたの?」
「急に走り出してびっくりしますよ」
いきなり体力を消費したことで、少し疲れ気味な二人は龍二に若干の非難を込めた視線を向ける。だが、龍二はそんな二人にイタズラっぽく笑いかけた。
「ほれ、見てみ」
くいっと顎で前方を差す龍二。頭に疑問符を浮かべた二人は、言われて差された方向を見やった。
「………ほわぁ」
「うわぁ………」
瞬間、二人の顔つきは一変し、同じ表情になった。
そこに広がる光景。日が沈んでいく光に照らされて赤く輝き、その輝きによっていたる場所にできた影によって、赤と黒のコントラストに彩られた町並み。それだけで、一枚のキャンパスが出来上がっている。
やわらかで、明るいにも関わらず、目を刺すような強烈さがない日の光が、町だけでなく坂の上に立つ龍二達をも照らし、長い影を作る。
アルスとクルルが浮かべた表情は、驚愕、感嘆。目の前に広がる光景に、二人は魅了されていた。
「すっごぉい…」
「近くにこんな場所があったんですね…」
「普段通らないからな。気づかないのも無理ねぇよ」
「ふぅん…確かに結構いい景色じゃない」
『そうだな…』
素直な感想を述べる二人に、龍二は何でもないかのように返す。だが、その顔は幼い少年が素晴らしい物を見た時に浮かべる嬉々としたもので、目もいつものぼんやりした物と違って輝いていた。
しばらくの間、じっとその光景を眺めている三人。フィフィも二人と同じような顔で龍二のポケットから町を見下ろし、龍二の腰に下げられているエルに至っては知りようもないが、恐らく全員と同じ気持ちなのだろう。
「…綺麗だね」
「うん…」
「………」
アルスの呟きに、クルルが応え、龍二も沈黙しながらも首だけで肯定の意を示す。そこから、またしばしの無言が続いた。
「………」
「………」
「………」
「…リュウジさん」
「…ん?」
沈黙を破ったのは、アルス。アルスの言葉に、龍二はふっと町から目を離して右隣に立つアルスを見る。
「ボクは………この世界に来る前は、勇者としてずっとフィフィ達と一緒に冒険してました」
「…そうだったな…」
言われ、龍二はなんとなしに思う。普段はバカだが、アルスはれっきとした勇者であり、その膨大な力は確かに勇者に相応しい物がある。この世界に来てもそれは変わらない。
「前の世界では、生まれ育った村では母が死んで、父と村の人たちからは疎まれて、弟と…アランと一緒に支え合いながら生きて………勇者として神に選ばれた時からは、毎日が魔物との死闘で、野宿をしながら敵襲を警戒して、村の宿でもそれは変わらずに………ずっと、ずっとそんな生活をしてきました…」
「………」
「…でも、この世界に流れ着いて…母がいなくなってから味わえなかった物を、ようやく得たんです。寝る時も、食べる時も、誰かと一緒にいる時も………ずっと、ずっと周りを気にしてきたことが、ここではしなくてもよくなって………」
キュッと、アルスは胸の前で右手を握る。語っていくにつれ、遠くを見つめるような目になるアルス。その目に浮かぶのは、かつての強敵、人々、そして血を分けた弟。
神に選ばれた勇者として、世界中から持て囃され続けてきた少女に、その責任感は重すぎる。毎日敵の襲撃に怯えながら夜をすごすその恐怖は、少女にとってつらすぎる。
それでも、泣き言は言えない。言ってはならない。責任感が強くて真面目な、アルスゆえに、心の重責を重ねていた日々。
何を思っているのか、何を感じているのか。龍二には知りようもない、勇者として生きてきたアルスの気持ち。龍二は、ただアルスの言葉を聞く。
「………それで、こうやってると、ふと思うんです………今まで感じてこなかった事。物心ついてから僅かしか感じられなかった事………こういうのって、なんて言うんだろうって………」
「…それ、私もわかるかな…」
ふと、アルスの反対側からも声が上がる。クルルが、沈みゆく太陽を見つめながら、言葉を紡いでいく。
「私、お城にいた時から、ずっと孤独だった…カルマもケルマも、自分達の仕事があったし、他の私のために仕えてくれている人たちも忙しそうだったし…信頼してた人たちが、意味もなく人間を傷つけてるって知った時は、もう誰も信じられないって思った時もあったんだ…」
夕日を、少し潤んだ瞳で見つめるクルルの言葉は、魔族という一族の頂点に立つ存在、『魔王』としての苦しみから出てくるものだった。
物心ついた時点から、幼いながらにして幾つもの重責を負ってきた彼女は、普段の無邪気さからは想像もつかない、途方もない苦しみを味わってきた。
何をすれば皆が安心して暮らせるか。何をすれば皆が傷つけあわずにすむのか………それを考えることができるのは、彼女自身が優しすぎるがため。
そしてそのことについて考えることを許さず、人々にとって忌むべき存在で在り続けさせたのは、彼女の立場を妬む者、あるいは別の思惑を持つ者であるに他ならない。争いたくないという彼女の気持ちは、いとも容易く踏みにじられていく。
一族のトップという、普段の彼女からは想像もできない立場に立つ少女の気持ちを、トップに立つことを嫌う龍二には理解できない。
「…でもね。この世界に来て、私、気づいた。皆が傷つけあわずに済むんじゃなくて、わかりあえるような世界を作りたいなって…理想論かもしれないけど、ホントにそんな世界、作りたいなって………こうやって、皆と一緒にいられるような…こういう世界って、なんていうのかな…?」
「………………」
話を聞き終わった龍二は、ポリポリと後頭部を掻く。そして、ふぅとため息をついた。
「…そんなもん、一つだけだろうがよ」
夕日へと改めて目を向け、両の手を二人の頭の上にポンと乗せた。
「そういうの、“幸せ”っていうんだよ」
二人の境遇を、完全に理解してあげることができない。そのことがもどかしい時もある。けれども、こうやって互いに分かち合える物がある。ならば、今まで苦しんだ分、たっぷりと、それこそ胸焼けがしそうなくらいに味あわせてやる。
納得しているとはいえ、家には自分一人しか住んでいなかったことによる、無意識のうちに感じていた空虚な気持ち。何をしてもイマイチ楽しめなかった毎日を、“幸せ”で埋めてくれた彼女達に、龍二がしてやれる唯一のこと。
そうして、“幸せ”を感じている龍二は乗せた手を動かし、わしゃわしゃと二人の髪を乱した。くすぐったそうに目を細め、はにかむ二人。
「“幸せ”…かぁ」
「あぁ、そうそう。“幸せ”っていうことだ。だから今のうちに、たぁっぷり味わっときな。“幸せ”は味わってナンボのもんだってな」
「…うん!」
『やれやれ………剣となってしまった私も、そんな気分になってしまうとはな』
「いんじゃない? “幸せ”を感じる剣って新しいと思うわよ?」
何気ない日常から感じる“幸せ”。いつものバカ騒ぎから感じる“幸せ”。それらの“幸せ”を、四人と一本は噛みしめる。
「あ、そうだリュウくん!」
「んあ? どしたクルル?」
そんな時、クルルが龍二に呼びかける。そして間髪入れず、龍二の左手を自身の右手で握りしめた。
「ほら、アルスも!」
「あ………うん!」
言われ、アルスもクルルに習うかのように反対側の手、すなわち龍二の右手を左手でアルスはきゅっと握りしめた。
両手を握られた龍二に、アルスとクルルは、二人一緒に自身より身長が高い龍二の顔を見上げ、
「両手握って、リュウくんももっっっと幸せ!!」
「えへへ…おすそ分け、です!」
花のように、明るく笑った。
「………………ったく」
そんな二人に、龍二は顔に夕日以外の赤みが差す。口調だけは鬱陶しげに、けれども顔から出てくるのは、照れているのかどうかわからない、微妙な笑顔。
「もらいすぎだっつの」
夕日に照らされたまま、手と手を繋ぐ三人。そこからまっすぐ伸びた影も、ずっと手を離さないまま繋がっていた。
最終回! …ですが、もうちょっとだけ続くんじゃ