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第百七十二の話 恐怖と戦うバカとなれ

さて、更新が遅れたことによる謝罪をいちいちするというのも読者の方々をイラつかせることになるだろうと思ったので、ここで一斉投稿しようと思います。


後ついでに今更感満載な読む前の注意的な物をば。


※注意※

このお話から中二展開がさらに加速します。読んでいる途中で耐えられなくなった方は、遠慮せずにプラウザバックをしてくださって結構です。それでもOKという方は、ヘタレ龍二の行く末を見守ってくださったら嬉しいです。


では………GO!!

~ライター視点~



ゆっくりと日が沈んでいく時間。茜色に染まる崩壊した渋谷の路上に差す、二つの影。



一つは、白髪の一部を血に染めながらも、平然と立つ虎次。



一つは、全身傷だらけのまま倒れ、ピクリとも動かない龍二。



沈みかけの夕日による、眩しくともやわらかい光が二人を照らす中、虎次は大剣の切っ先を引きずるようにして龍二に歩み寄っていく。一歩足を進めるごとに、大剣から石と金属が擦れ合う音が響く。


やがて、虎次は立ち止まる。虎次の足元では、うつ伏せのままピクリとも動かない、血に塗れた龍二。背中が上下していないのを見る限り、息をしていない様子だった。


「………ホンマに、終わりなんか…?」


倒れふす龍二に向かって虎次は静かに問う。その顔に浮かぶのは、勝利による喜び、優越感はなく、ただただ無表情。

虚しげに呟く虎次は、肩を大きく落とし、ため息をついた。


「お前やったら………できると思うたんやけどなぁ…」


大剣を握る腕を、ゆっくりと上げていく。やがて切っ先は、赤い空に向けられ、そこで止まる。


「ホンマ………お前やったら………」


大剣は、振り下ろされたら間違いなく龍二の頭に叩きつけられる位置にある。虎次は、返事がないことをわかっていながらも、呟くのをやめない。


「…お前やったら…」


大剣を振るうのを拒否するかのように、虎次は次の言葉を紡ぐのを躊躇った。



だが、本当に小さく…小さく、その言葉を言う。その言葉と同時に温い風が吹きすさび、虎次の声は消されていった。



「………サヨナラや、龍二…あの世で会おうや」


無表情だった虎次の顔が、感情で歪む。そこに表れたのは、悲痛な表情。殺したくと言う虎次の気持ちがありありと出ているかのような、そんな顔。


そんな虎次の気持ちとは裏腹に、大剣は真っ直ぐ、その凶悪な青白い刃を牙として、龍二の頭に食らいつかんと振り下ろされた。






「――――ぁぁぁぁぁあああああああああああああっっ!!!!」




【ギィンッ!】


「っ!?」


突如響き渡る怒号。大剣が今まさに龍二の頭に叩きつけられようとした瞬間、金属がぶつかり合う音が甲高く響き渡り、大剣が横に弾かれた。


いきなりの出来事に、虎次は面食らう。だが次の瞬間には五感が察知し、虎次は背後に飛び退く。同時に、虎次が立っていた場所を白い軌跡が横切った。


「っぶなぁ~…避けんかったらやられとったわ」


危機一髪、といった風に額の汗を拭いつつ、視線の先に立つ人物を虎次は肉薄する。



緑…というより、翡翠の髪をした小柄な少年が、倒れ付した龍二を守るかのように背にし、神秘的な装飾が施された剣を構えて立っていた。



「…子ども?」


虎次は訝しげな顔で首を小さく傾げる。

一見すると、ひ弱そうな外見。だが、虎次の大剣を弾き飛ばしたであろう張本人であると考えると、見た目よりも実力はかなりあると見える。


対し、少女は剣を構えたままその場から動こうとせず、虎次は睨む。

その目には、誰が見てもわかる明確な怒りが浮かんでいる。


「………あ~、その、何や。お前さんが何者なんかは知らんけど…」


その怒りの矛先にいる虎次は、頬をポリポリと掻きながら苦笑する。確かに実力はあれど、相手の見た目が見た目ゆえに、虎次は戸惑いを隠せないでいる。


そして、次の句を紡ごうとした時。



「ダークネェェェェェス………」

「へ?」



「ショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットショットオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」



【ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!!】



響き渡る可愛らしい声と裏腹に、虎次の頭上から黒い拳大の弾が雨あられと降り注ぎ、凶悪なまでの破壊を虎次を中心に撒き散らした。


「どうわああああああああああああああああっ!!??」


着弾と同時に立ち込めていく土煙の中から、虎次の間抜けな叫びが上がる。黒い弾は寸分違えることなく、真っ直ぐ虎次がいる土煙へと突入していく。

やがて黒弾の雨が止むと、土煙が風に乗って消え始める。土煙が晴れると、そこには大剣の刃を盾にして、全身を防御している虎次が立っていた。

彼の周囲は、黒弾によって見事なまでに穿たれ、クレーター上となっている。


「あ、危なぁ…防御遅れとったら蜂の巣やったで…」


大剣を退けると、黒弾の発射元を見やる。


翡翠の少年の丁度真上の辺りに、ウェーブがかかったプラチナブロンドの髪をした同じく小柄な少女が、両の手を突き出した状態のまま浮かんでいた。

顔は突き出された両手によって見えないも、その体からもれ出ているのは、少年に負けず劣らずの怒り。

二人揃ってその体にそぐわない程の強大なまでの怒りが、虎次を襲う。


「………お前ら何モンや?」


最初の少年が大剣を弾いた時点ですでにわかっていたことだが、想像よりも遥かに強力な力の持ち主であることを理解した虎次は、大剣を構えて問う。


「………よくも………」


最初に口を開いたのは、少年の方。声からも、その怒りがしっかり伝わってくる。


「よくも………よくも………」


少女も口を開く。やはり、その声に込められているのは激しい怒り。


二人同時、大きく息を吸い込み、叫んだ。



「よくもリュウジさんをぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「よくもリュウくんをぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



聖剣を持つ勇者アルスと、闇を操る魔王クルルは、それぞれ地上と空中から虎次へと攻撃を仕掛けていった。





「スティル、ケルマ、カルマ…!」

「わかってます!!」

「「合点!!」」


アルスとクルルが突撃したのを見計らい、虎次から離れた距離でリリアンは即座に後ろの三人に合図を送る。スティルは杖を、ケルマとカルマは両手を突き出した。


その先には、血塗れのまま倒れている龍二。


「『風よ、我が下へ』!!」

「そぉい!!」

「マジメにやれ」


ケルマとカルマが龍二の体を念力で浮き上がらせ、スティルが風を操り龍二の体を手前へと吹き飛ばし、そしてリリアンが龍二の体を受け止めた。

その時間、僅か3秒。風で吹き飛ばした分、時間の短縮に成功した。


「よっしゃぁうまくいったぜカルマ!! さすが僕!!」

「リリアン、リュウジの様子はどう?」

「………あまり思わしくない。出血がひどい………止血しないと」

「ともかく、回復魔法を…」

「………うん、わかってた…わかってたさ非常事態だし…」


ガクっと項垂れたアホなケルマは総無視し、スティルは杖の先端を地面に仰向けに寝かせた龍二の体に向け、目を閉じた。


「『光よ、癒せ』…」


ポゥ、と淡い緑色の光が、龍二の体を包み込む。体中に無数なまでに刻まれていた傷口が、大小関係なくゆっくりと癒えていく。光が消えて残ったのは、切り刻まれた服と、その服に染み付いた血のみ。傷は跡形もなく消えた。


「さすがですね…あれだけの傷を短時間で癒すとは」


龍二の傷が完治したのを見て、カルマはスティルの実力がそこいらの魔道士を凌駕しているのを改めて認識する。同時に、以前は互いに敵同士として魔法を撃ち合っていたが、正直な話スティルの魔法はクルルの側近でもある自分達双子でさえ防ぐことが困難であったことを思い出し、現在は味方であってよかったとも思っている。


だが、そんなカルマの賞賛とは裏腹に、スティルの顔から焦りが消えない。


「…スティル?」


スティルの様子がおかしいことに気付いたリリアンが、スティルに声をかけた。


「…何故だ」

「え…?」

「何故目覚めない…!? 魔法は完璧だったはず…!」


予想外の出来事に、スティルは再び未だ目を覚まさない龍二に回復魔法をかける。だが、それでも龍二は目を閉じたまま、一向に目覚める気配を感じさせない。


「まさか、リュウジ…」

「…いや、ちゃんと呼吸してる。死んでない」


回復魔法が効かない龍二に、嫌な予感を感じ取るケルマ。だが、龍二の首に手をあてたリリアンがその可能性を否定した。


「じゃあ、別の回復魔法とかは…」

「いや、今のは身体に元々備わっている治癒力の促進と、脳の覚醒を促す効果がある魔法だった。それも私の中でもありったけの力を注ぎこんだはずだ…普通なら目覚めているのに………クソ、これもダメだ!」


先ほどから、何度も魔法を繰り返し唱え続けているスティルだったが、いくらやっても効果がないことがわかると、杖を下ろした。


「じゃあどうして………リュウジの体だから効果がないということ?」

「わからない。こんなことは初めてだ…」


目覚めない龍二に、スティル達は途方に暮れる。


その間も、彼らから離れたところで、アルスとクルルが虎次に攻撃を仕掛けているが、戦況は芳しくないようだった。

アルスが剣で攻撃したら、虎次はそれを弾き飛ばす。その時できた隙をついてクルルが魔法を放つも、巨大な武器を持っているとは思えない素早さで後ろへ下がり、反撃をする。龍二にここまでの痛手を与えた相手に、二人は翻弄されていた。


「何とか…何とかならないのか!?」

「できるなら何とかしている!! クッ、フィフィを連れてくるべきだったのか…!」


アルスとクルルが押されているのを見て、ケルマが焦る。スティルは、先ほどの喫茶店で雅達に危害が及ばぬよう、魔力の塊とも言えるフィフィを残してきたことを悔やんだ。

呼びに行こうにも、戻る道中には先ほどの蛙の化け物がウヨウヨいるだろう。連中はどこからともなく現れ、襲い掛かってくる。ここに来るまでに、殆どの力を使い果たした今では、あの数を相手するのは無理がある。そして二人を援護しようにも、逆に足手まといになりかねない。


このまま放っておいたら、龍二は二度と目を覚まさないような気さえしてくる。それでも、四人には成すすべがなかった。




『………い………』

「…ん?」

「カルマ? どうかした?」

「あ、いや…なんか声がしたような気が…」


カルマが顔を上げ、周りを見回すが、聞こえてくるのはアルスの剣戟による金属音と、クルルの魔法による爆発だけ。声らしき音は聞こえない。



『………い! おい!!』

「「「っ!」」」

「へ!?」



が、今度はハッキリと聞こえた。先ほどよりもボリュームを上げたため、カルマだけでなく、他の三人にも聞こえた。


声の発信源は………ケルマの足元。


『おい、聞こえるか!? 私だ、エルだ!!』

「エル!? 何でそんなところから?」


声の正体はエルだった。だがエルがいるであろう場所は、ケルマの足元にある瓦礫の隙間から。スティルによる疑問も最もだった。


『とにかく、私の上にある物をどけてくれ』

「わかった任せろ」

「え、ちょ、カルマ今どくからちょっと待っぶべらっ!」


カルマの右ストレートがケルマの鼻っ面にスマッシュ。もんどりうってケルマは吹っ飛んだ。


「ここは私が…」

「任せた」


入れ替わるようにリリアンがエルの声がする瓦礫を抱え込み、「ふんっ!」と気合と同時に腰に力を入れた。戦士としての力を備え持ったリリアンならではの怪力により、大人一人分の大きさの瓦礫が持ち上がる。


そして、瓦礫があった場所で、抜き身の状態でいるエルが横たわるように置かれていた。


「エル、大丈夫ですか!?」

『あぁ、何とかな…運よく瓦礫の隙間に入り込んだようだ』


スティルがエルを拾い上げた途端、リリアンは瓦礫を元の場所へ落とす。残された力があまりない状態で持ち上げたため、いかにリリアンといえど限界だった。


「でも………どうしてそんなところに…?」


手をさすりながら、リリアンが問う。今は龍二の手元ではなく、アルス達が戦っている戦場の脇に突き刺さっているのは龍刃一本のみ。先ほど龍二が倒れていた場所だ。両手にそれぞれ龍刃とエルを携えて戦う龍二の下ではなく、瓦礫の下にいたことがリリアンには疑問だった。

その答えに、エルは少し口篭る。


『…私を巻き添えにしないためだと、あの虎次という輩の攻撃で吹き飛ばされる寸前に龍二が私を手放したのだ』

「手放した…?」


自分の相棒でもあるエルを、巻き添えにしないために手放す………普段の龍二からは考えられない行動だった。

そもそも、龍二はここまでやられているのに、見た限りあの虎次という男は、体中に傷はあれど戦う力は十分にある様子だった。


そこから考えられるのは、相手が龍二より上手であるのか、あるいは何か攻撃を躊躇うようなことがあるのか………喫茶店で龍二が皆を遠ざけようとしたことと関係があるような気がしてならないと、リリアンは思う。


『詳しいことはわからん…だが、このまま放っておくわけにもいくまい』

「けれど、リュウジさんがこの状態では…」


スティルは、横たわる龍二を見やる。その顔はまるで眠っているかのようだったが、顔からは生気が感じられない。何をしても起きる気配がない。


『………皆、ここは私に任せてくれないか?』

「方法があるのか?」


エルの言葉に、カルマが少し驚いたように言う。スティルの魔法でさえ効果がない今、確かに自分達でどうこうすることもできないが…。


『私のマスターは、現時点でリュウジであると認識している。そのマスターの心の中に入り込むことが可能ではあるが………』

「が? …何か問題が?」


言いよどむエルに、たった一つの希望を見出したリリアンは不安げな顔になった。


『………私はあくまでリュウジの心に接近するだけだ。そこから目覚めるか目覚めないかは、リュウジ本人の意思による』

「………あれ、ちょっと待ってよ。その言葉だとまるで…」


復活したケルマが、血がボタボタと垂れてくる鼻を抑えながらエルの言葉を遮った。


「まるで…何だ、ケルマ?」

「うん。まるで、




リュウジ自身が目覚めるのを拒否してるみたいじゃないか」




カルマも、スティルも、リリアンも、ケルマが何を言っているのか一瞬理解できなかった。


「………どういう、こと?」

『そのままの意味だろう。リュウジは目覚める意思がない』


ようやく口を開いたリリアンに、エルは呆気らかんとケルマの疑問を肯定する。

意図的に目覚めようとしないというその真実に、四人は動揺を隠せなかった。


「どうして…!? あのリュウジが、目覚めようとしないなんて…」

『だからそれを私が確かめに行くのだ………スティル』


未だショックを受ている四人を他所に、エルは冷静に言い、そしてスティルを呼んだ。


『私をリュウジの横に置いてくれ。リュウジの心と同調する』

「………わかりました」


エルの言うがままに、スティルは龍二の横にエルを並列するように置いた。


「…エル」

『ん? なんだリリアン』


エルの傍に座り、リリアンがエルの柄にあるパーツに手を添える。戦いによって傷ついた手から流れ出ている血がエルに付着するが、リリアンは構わずそっとその表面を撫でた。


「…リュウジを………お願い」

『………わかっている』


頼みの綱であるエルに、そっと囁く。少ししてエルから手を離し、リリアンは真剣な面持ちで龍二とエルを見つめた。


リリアンだけでなく、スティルも、ケルマとカルマも、エルも考えていることは同じだった。


『…では、始めるぞ』







~龍二視点~



………………。



………………。



………………。



「…こうやってボーッとしとくのもなぁ…」


辺り一面真っ暗闇の空間の中…一人大の字の状態で寝そべっている俺。

この空間の雰囲気は、どことなく感じた覚えがある。いつぞや、エルが勝手に眠っている俺の夢の中に進入してきたような、そんな感覚だ。まぁだからっつってどうということもないが。


今ここにいるのは、俺一人。右も左もわからない、何にもないこの空間で一人、こうやって漂っている。

………起きなきゃいけねぇなぁとは思うが、起きるような気力がない。虎次相手に本気を出せずにボッコボコにやられた今となっては、正直どうしてこうなったのかさえどうでもよくなってくる。

気がかりなのは、アルス達。どうにかして渋谷から脱出できていればいいが…どう確認しようかなぁっと。術がねぇや。


全く情けねぇ………俺ってこんなキャラだったか?


「………ま、考えたってしゃーねぇべ」


ゴロリと転がり、皆が無事なのかどうか確認する術を考える。けど、確認するにはやっぱ目覚めないといけねぇなぁと、どう考えてもそんな結論しかない。


目覚めるべきなんだろうな…やっぱ。けど、何かそうしようにもどうしてもやる気が起きなかった。



大体、どれほどこうしてんのかさえもわからなくなってきた。多分、そんな時間は経ってないんだろうけれど。こうも暗いと時間の感覚がなくなってくるっていうのは本当なんだな。

ん~、せいぜい一日くらいか? 多分そんくらい。



『生憎だが、貴様がそうしてまだ一時間も経っていないぞ』



あ、そうっすか。ご親切にどうも……………って。


「…お前何しとん」


上半身だけ起き上がって、声のする方へ向く。そこには、ゆったりとした白い服を着た蒼髪の女…エルが立っていた。


いや、立っていたっていうのは少し違うか。爪先が地面に付いていないような状態。つまり浮いているような感じだった。


『何をしてるのか、というのはこちらの台詞だ。貴様こそ、こんなところで何をボンヤリしている』

「………こうやって俺ん中に入ってきたのんは何回目だ? 三回目くらいか?」

『質問に答えろ』


…いつになく強気なエルに、なんとなく違和感を覚えた。

でもま、質問には答えてやるか。


「何をしてるかってか? 見てわかるだろ。ボンヤリしてんだよ」

『………何故だ?』

「そうしたいからだ」


嘘は言っていない。俺はこうしていたかった。それだけ。


『………本当にそうなのか?』

「しつけぇな」

『………そうか』


………納得いったのか、納得いってないのか。エルの顔からは全く読み取れず、ただ目を閉じただけ。何が言いたいのか、俺にはわからない。


『………何故そうまでして自分に嘘をつく』

「…別に嘘ついてねぇっての」


やがて口を開いたエルから出たのは、そんな言葉。いつになく不機嫌な俺は、自分でもわかるくらい口調がとげとげしかった。


『今の貴様は、どこかおかしいぞ。まるで子どものようだ』

「…余計なお世話だ」

『いいや、余計であって言わせてもらう。今のお前からは普段の余裕な態度が見えないし、周り全てが敵であるかのような、そんな印象しかない』

「………」


なんとなく、言い返せなかった。自分でも何でかわからんねぇが。


周り全部が敵………まるで、中学時代の俺みたいな考え方。エルからしてみれば、今がそれなのか?


『………一つ、貴様の心境を言い当ててやろうか』

「………んだよ?」




『そんなに恐いのか?』




………………っ!!!


『そんなにまで、あの虎次という男が恐いか』

「………」

『そんなにまで、貴様は再びあいつと向かい合うのが恐いか』

「………」

『そんなにまで、自分に嘘をつきたいか』

「………せぇ」

『そんなにまで、貴様は自分が嫌いか』

「……るせぇ」

『そんなにまで』




「うるせぇっつってんだろうがっっっっっっ!!!!!」




一瞬。ほんの一瞬のあいだ、俺はエルに接近し、エルの胸倉を掴み上げていた。

今の俺を支配しているのは、怒り。けどそれは、エルに向けられたじゃなかった。


「テメェに、テメェに何がわかるってんだ!! 知った風な口聞いてんじゃねぇぞ!!!」


ガクガクと揺さぶりながら、俺は叫ぶ。叫ばないと、苦しかった。叫ばないと、どうしていいかわからなかった。


「あぁそうだよ、恐ぇよ!! あいつと向き合うのが恐ぇに決まってんだろ!! 俺があいつを殺したようなもんだ!! 俺があいつを死にに追いやった!! けどあいつはあぁやって生き返った!! 妙な力つけてまで!! 殺した奴と殺された奴が目の前で対峙するんだぞ!? 恐ぇに決まってんだろ!! どうしろってんだよ!! 俺が、俺があいつにしでかしたことどれだけ後悔したってどうにもならねぇんだよ!! どうしたらいいかわんねぇんだよ!! 訳わかんねぇんだよ!!!」


口から次々と出てくる言葉。ガキんちょが悪さして叱れて、それで開き直ったかのような勢い。それらは全部、自分に向けての言葉。



後悔するしかなかった。



自分を責めるしかなかった。



どう言えばいいのかわからなかった。



だから………俺は生まれて初めて、恐いと思った。




俺のガキんちょのような言い分を、エルはただ黙って聞いていた。胸倉を掴まれても、微動だにせず。息を荒くして、呼吸を整えている俺をただじっと見つめていた。


『………それが、貴様が目覚めない理由か』


やがてエルから出てきた言葉は、冷たい感情が込められた言葉だった。


そうだ、俺は目覚める気力がないということから目覚めようとしてるんじゃない。ただ恐いから。後悔していることがあるから、起きたくなかった。我ながら、とんだチキン野朗だと思う。


『正直に言おう。失望したぞリュウジ。何故かは知らぬが、貴様ともあろう者があのような輩に怯えるなどとはな』

「…何とでも言いな」


エルの服から手を離して背を向け、どっかと胡坐をかいて座り込む。エルから感じる視線は、冷たいもんではあった。



同時に、悲しいような、そんなもんも感じ取れた。



『…わかった。貴様がそうしたいのであれば、ずっとそこで燻っていればいい。貴様が目覚めようが目覚めまいが、私はもう知らん』

「………」


あぁそうかい。ご親切にどうも………そう言おうとした。言おうとしたのに、言うのが躊躇われた。


『………短い間だったが、これでお別れだ』

「…あぁ」

『最後に一つ。



後悔してつらいのは、貴様だけではないぞ』



それだけ言うと、エルの気配がだんだん消えていく。背を向けているからどうなっているかわからなかったが、恐らく振り向いても誰もいないだろう。


再び、一人になった。暗い空間を、ただ一人。つってもここは俺の中なんだから、別にどうってことない。


「………後悔してつらいのは、ね」


何が言いたかったのか、なんとなく理解できなくもない………が、それすらもどうでもよかった。


「………んなもん、俺もだよ」


はぁ、とため息をつく。どうすることもできない。目覚める気が起きない。あいつの前に立つのが恐い。



自分で自分が情けねぇ………ってな。







「………ん?」


ふと、前が明るくなっていく。モヤみたいに、黒い空間を塗りつぶして行くかのように明るさが広がっていく。

最初は何にも見えなかった。が、少しするとモヤの中が鮮明に見えてきた。



見て、クラっときた。



「………何やってんだあいつら………」


そこに映っていたのは、さっきまで戦っていた夕日が沈みかけている渋谷の町と、大剣を振り回す虎次に向かって攻撃しているアルスとクルル。

てっきり逃げてくれていたのかと思っていたのに、何故ゆえにあいつらがあそこにいるのか。どうしてこんな情景が見えるのかという疑問なんて、今の俺には全く思い浮かばなかった。


呆然とした俺を他所に、虎次対アルスとクルルの激戦は続く。アルスが剣を振るい、クルルが魔法を撃って、虎次を攻めていく。が、虎次はそれを悠々と受け流し、反撃する。

二対一に関わらず、アルスとクルルは劣勢だった。


『ほれほれどうしたんやどうしたんやぁ!! 威勢がよかったわりにはボロボロやないかぁい!!』

『く、ぁぁ…!』


一撃一撃が重い虎次の斬撃を、アルスはその小さい体と聖剣で必死に受け続けている。受けるたびに、アルスの顔が苦しそうに歪んでいるのがこっちからでもわかった。


『っと、隙なぁし!!』

『あぐぅ…っ!!』


背後から攻撃しようとしたクルルに、虎次が肘うちを食らわせてクルルを吹き飛ばした。鳩尾に入った衝撃に、クルルは呻く。



一方的だった。二人は手も足も出ない。



「…もういい。お前ら、もういい」


見てて、苦しい。痛々しい。頼むから、もう下がってくれ。逃げてくれ。お前らが切られて傷つくのを見たくない。お前らが殴られて痣ができるのを見たくない。



これ以上、傷つかないでくれ…頼むから…!!



『はぁ、はぁ………ぐっ!』

『い、たぁ………』


剣を構えながらかろうじて立つアルスと、フラフラになりながらも浮き続けるクルル。両方とも、体中から血が流れ出て、顔も痣だらけだった。


『ようやるなぁお前ら…そんなになってまで俺に向かってくるかぁ』


呆れたような、感心するかのような虎次に、アルス達は返事を返さない。尚もボロボロになりながら、まだ戦おうとしている。



俺の願いとは裏腹に、あいつらは戦おうとしてた。



『………何でお前らそんなにまで戦おうとするん? そんなに龍二ボッコボコにしたんが腹立つんか?』


虎次の質問。ずっと立ち向かおうとする二人に、虎次は何気なく聞いた。


最初に、口を開いたのはアルスだった。


『………それも、あります………けど』

『リュウくんを………傷つけたあなたは、許さないよ………でも』



『『信じてるから』』



……………あ?


『は?』


俺と虎次が、ほぼ同時に素っ頓狂な声を上げた。


『リュウジさんが………どうしてあなたに、固執するなんて、わからない………』


『リュウくんが………私達を遠ざけてまで、あなたと戦おうとしたなんて、私達は知らない………』


『けど………リュウジさんは、教えてくれます………こんなことになった理由も、ちゃんと、後で………』


『そして………起き上がって、また、あなたと戦う………』


『だから………それまで、ボク達が………』


『あなたを………止める………』



………………。



『………わっからんわぁ。何でお前らそうまでしてあいつを………』

『そんなの、決まってますよ…』

『決まってるもん…ね?』






『リュウジさんだから、です!!』

『リュウくんだから、ね!!』






呼び名は違えど、その意味は同じ。二人はまた、虎次に突っ込んでいく。


「………バカだ」


自然と、口から漏れ出た。ついでに笑いも出た。


「ほんっと、バカだ」


俺を信じて、まだ戦おうとする。俺を信じて、待っている。俺を信じて、諦めようとしない。俺を信じて、俺を守っている。


バカだ。ホントにバカだ。


…いや。




「俺は、大バカだな」




よっこらせっと立ち上がって、服を整える。情景を映し出すモヤは、もう消えていた。



でもそんな事は、今はどうでもいい。



「………エル。まだいるんだろ?」

『…やはりわかっていたか』


振り返らず、声をかける。するとさっきまでそこにいなかったはずのエルの気配が、また感じられるようになった。


「今のは、お前の仕業か?」

『ああ。少し力を使わせてもらった』

「…ったく、世話好きなこって」

『フン、粋な計らい、と言ってもらおうか』


…粋な計らい、ね。


『それで? 貴様はどうしたい?』

「ハッ。そんなん、お前わかって聞いてんだろ?」


少し振り返る。そこには、エルがさっきと変わらずに浮かんでいた。




「あのバカども泣かすと、うるせぇしな」




ニヤっと笑う。いつも使ってる、そんな笑顔で。


さっきみたいな気分は、ない、と言えば嘘になる。だが一人恐がって引きこもってるのは、正直性に合わないし、なんかそっちの方が気分悪くなってきた。

大体、表で戦ってるあいつら見てから、ここでじっとしとくとか。アホかと。ボケかと。そんなんじゃあいつらの家主として示しが付かん。



今の俺は、さっきまでの俺をぶん殴り飛ばしてやりたい気持ちで一杯一杯だ。



『………それでこそ、貴様だ。リュウジ・アラキよ』

「満足気に笑ってんじゃねぇ。相棒やめたんじゃねぇのか」

『誰がやめたと言った? 失望したとは言ったが、それだけしか言ってないぞ?』

「それもそうだな。お前後で生魚捌いた後に放置してやる」

『やめろ! 生臭くなる!!』

「知るか」

『鬼か貴様はぁぁぁぁぁ!!!』

「サンキューそれ誉め言葉」


一通りのやり取りを終えると、エルは一旦調子を整えた。


『………その後悔、あの男にぶつけろ。そしてその思いを知れ…それが、貴様の戦いだ』

「………あぁ」


俺があいつに何をするべきか、そしてどうするべきか………俺達二人は、すでにわかっていた。



後悔してももう遅い。けれど、抱え込んだ後悔をぶつけるチャンスが目の前にある。



自分ため、皆のため、そしてあいつのため………俺は、しなければいけない。











「今しかできないことがあるなら………」



夕日が赤く染まった空の下で。



「今やらないでいつやるのかってか」



後悔を抱えた龍が、後悔を晴らすため、目を覚ます。




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