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第百七十の話 怒れる龍

あとがきにお知らせ…もとい、宣言があります。お手数ですが、そちらもどうかお目通し願います。


~ライター視点~



夕日で赤く染まる渋谷。大勢の人々が働き、遊ぶ街。乱雑に並んだビル群が地上を見下ろすかのように聳え立ち、人の営みを見続けていた街。


その街は今、結界によって人の気配を感じることができないゴーストタウンへと変貌していた。

その原因を作り出した人物が一人、渋谷の中心地でもある109のスクランブル交差点の真ん中に立っていた。

夕日の光が、彼の影を伸ばす。彼、稲神虎次は目の前に聳え立つボロボロの109を見上げ、目を閉じていた。


「……命って、脆いなぁ」


目を閉じたまま顔を若干上へ上げ、小さく呟く。


「刺され、斬られるだけじゃなく、殴っても死ぬし、落ちても死ぬし、潰されても死ぬ。時として精神的な何かに押しつぶされて死ぬ」


誰に言ってるのかもわからないまま、虎次はただ語る。


「考えてみりゃ、俺らの周りだって仰山死んでるわな? 蟻とか羽虫とか……ただ軽く叩いたり踏んだりしただけで死ぬやんな」


何の感情も読み取れない声で。


「…人間も似たようなもんやなぁ」


やがて顔を下ろし、顔を若干後ろへ向ける。


「日常の裏にはかならず死が潜んでる……そう言うた人ってホンマ偉大やと思うわ」



ザリッ………砂利を擦る音が、虎次の背後から聞こえてきた。




「お前もそう思うやろ? ……なぁ、龍二」




体を向けず、顔も少し後ろへ向けている程度のまま、自分の遥か後ろに立つ者……龍二に話しかけた。


「………」


話しかけられた龍二は、ただ無言のまま虎次の背中を見つめる。


龍二の姿は、服が所々破れてその箇所から肌が覗き見えていたり汚れが目立っているが、怪我らしい怪我は見当たらず、出血もしていない。

顔にも疲労は見えず、目はしっかりと虎次を見据えている。その目に映るのは、怒りとも悲しみともつかない、睨んでいるわけでもない。ただ、じっと見つめているだけ。


「おいおい、懐かしい親友との再会やっちゅうのに何やその顔? もうちょい嬉しそうにしたらどないや?」


虎次は体を龍二に向け、にこやかに言う。


旧知の仲である者に対して向けるような顔に、敵意は感じられない。だが、場所が場所なだけに、その顔はひどく不釣合いにも見える。



そもそも、この惨劇を生み出した人物がする表情とは思えない。



「………」


龍二はなおも、表情を変えようとしない。鞘に収められた武器にも手を伸ばさず、構えも取らず、ただそこに立って虎次を見つめている。呼吸するために動いている胸以外、体全体の動きが止まっていた。


「…何や、だんまりかい。おもんないやっちゃなぁお前」


やれやれという風に肩を竦める虎次。呆れを含んだ物言いに、ようやく龍二は動きを見せた。


「…虎次」

「んあ?」


小さく。本当に小さく龍二は名前を呼ぶ。僅かに俯き、表情は見せずに口だけしか見えない。



「…お前なんでこんなことしてんだ」



龍二は問う。何故こんな惨劇を作り出したのかということを。


何故彼が生きていて、何故何の力もなかったはずの彼が謎の力を使うのか、謎は尽きない。考えたところで全くわからない。

それでも、龍二はただ一つだけ知りたかった。龍二の知る虎次は、決してこのような状況を好むような性格ではないのだ。


一時、龍二はこいつは虎次の姿を真似た偽者だという憶測を立てた。それが一番しっくり来る。

だが、虎次の話し方、笑い方…過去に見てきた、虎次の雰囲気と合致している。時が経っていたとしても、全く変わらない虎次の動き、姿形。偽者でもここまでうまく真似ることができるとは思えない。


確証はない。だが龍二は彼が本物だと、なんとなくわかった。


だからわからない。人一倍、人助けに情熱を持っていた虎次が、人に危害を加えるような性格になっていることが。


「ん? こんなこと?」


龍二の問いかけに、虎次は首を傾げる。中学時代、わからない時にいつもしていた仕草。

それが何故か、虎次が別世界の人間と思わせる。虎次は虎次だが、龍二の知っている虎次とは違うと思わせる…そんな仕草だった。


「えぇと…あぁ、なんでこんなんしたんかって話か?」

「………」


おどけるように言う虎次だが、龍二は全く表情を崩そうとしなかった。


「ん~、そうやなぁ。まあこんなんした理由を一言で言うとしたら」


ポリポリと頭を掻きながら、虎次は言った。




「なんかムカついたから?」




「………は?」


あまりにも呆気らかんとした答えに、龍二はここに来て初めて表情が崩れた。

そこに表れたのは、困惑。ここまでの惨劇を繰り広げておいて、その理由はただ単に腹が立ったから。


最初は言ってる意味がわからなかったが、徐々に頭が状況に追いついてきた。同時に、腹の底から不快な物がこみ上げてくるのを感じる。


「………ムカついたから、だ?」

「うん、そうや」


改めて聞いても、虎次は無邪気に笑いながら返した。


本気で何も考えていない、あっさりとした態度。大勢の命を奪っておいて、多くの建物を破壊しておいて………。


「…一応聞いておくけどよ…」


俯き、虎次に聞こえるか聞こえないかのような声で龍二は言う。


「…その、ムカつく理由ってのは…?」

「んー、どう言うたらいいんやろな?」


鼻を指で擦り、虎次は尚も笑顔のままで答えた。


「言い表しにくいんやけどさぁ、ほら、世の中ってなんか悪い奴が得していい奴だけ損をする、とかいう、なんか腐ってるやん? 政治家とか? 腹立つやんああ言うの。そんで綺麗事抜かして自分は関係ないとか言い逃れするとか。それで苦しむのって弱い人らばっかしやん」


そこで区切り、虎次はニッと笑う。イタズラ小僧のように、無邪気に。




「だからさ、いっそのこと俺が裁いたろうかなぁって、さ?」




アハハと笑う虎次。言っていることは、正義感が強い理想家のような物。現実に憂いて、世を変えていこうとするのが夢だと言う子供のよう。それは、中学時代に虎次が言っていた夢物語によく似ている。


ただ、龍二にとって正直ムカつく理由はそれではなかった。

本当の虎次なら、もっと他の方法でそれを実現するはずだった。無関係の人間を殺すこともしなかった。破壊を撒き散らすこともしなかった。

無闇に命を奪うなとかいう、そんな綺麗事を言うつもりはない。


「ざ………」

「んあ?」



龍二はただ、イラつく。虎次らしくないその言葉が。


龍二はただ、イラつく。虎次らしくないその考え方が。


龍二はただ、イラつく。虎次らしくないその“目”が。



だから、




【ズドンッ!】




殴る。




「…っけんなコラ」



一瞬。


龍二は、先ほどまで虎次がいた位置に、右の拳を突き出した状態で立っていた。突き出した拳からは、空気の摩擦によって焦げ臭い煙が立ち上り、その拳の先には、崩壊して土煙が沸き起こっている、かつて何かを売っていたであろう店。


「裁いたろうかなぁだぁ? おいおいおい、お笑い好きにも程があるだろうがお前」


口の端を歪め、龍二は笑う。虎次の笑い方とは打って変わり、相手を挑発するかのような不敵な笑い方。


「悪いけど、それ笑えねぇぞテメェ…」


ゆっくりと、砂利の音をたてながら歩みを進めていく龍二。固く握られた拳は下ろされ、笑みは崩さないまま。


「俺を笑わせたいんならなぁ…」


足を止め、虎次が埋まっているであろう店から少し離れた位置で立ち止まった龍二。




「もうちょっとまともなネタ考えて言えよ………このクソボケ」




笑顔が崩れ、一転して無表情へ。全身から溢れんばかりの殺気を放ち、低い声で威圧する。あまりに濃い殺気により、龍二の周りの空気が旋風のように廻り、服と髪が靡いてヘッドフォンが揺れ、細かなゴミを吹き飛ばす。


「おい立てよ…もっかいぶん殴ってやるからさぁ」


崩れた店に向かって、普段なら滅多なことで出さないであろう怒気が含まれた低い声で龍二は虎次を呼ぶ。鬼がキレたらこのような声を出すのではないかという錯覚を覚えるほどの恐ろしい声。

二人以外誰もいないこの空間で、静寂が続く。




その静寂は、龍二が突然顔を大きく後ろへ仰け反らせたことで破られた。




「――――っっ!?」


顔に受けた衝撃は、龍二を仰け反らせただけでなく、後方へ吹き飛ばすほどの威力。そのまま、虎次が吹き飛んで破壊された店の反対側にあるビルの入り口に龍二は爆音をたてながら突っ込み、ビルの一部を崩壊させた。


「お返しやでぇっと」


龍二が先ほどまで立っていた場所。そこには虎次は拳を突き出したままニコニコ笑いながら立っていた。

さっきの龍二との立場が逆転し、虎次は龍二が吹き飛んだビルの入り口を見る。


「悪いんやけどなぁ。今の俺の言葉はマジメのマジメの、大マジメや」



【ガラッ…】



土煙に覆われたビルの入り口から、ゆっくりと影が起き上がる。瓦礫を押しのけ、影、龍二は、先ほどの攻撃のダメージなどなかったかのように、しっかりとした足取りで虎次がいる場所まで歩み寄る。


「俺はな、生まれ変わったんや。そんでこの新しい体で、この腐った世界を変えてやるんや」


俯いて表情がよく見えない龍二を見つめながら、虎次は語るのをやめない。互いの距離まで、あと数メートルある。


「…龍二。親友やったお前とはできれば戦いたくないねん。殺し合いなんてしたくないんや。だからさ、前みたいに俺と組もうや。一緒に世界を変え」




【ズンッッッ―――!】




「………ようとは………思わへんようやな」

「………当たりめぇだこの腐れ野郎」


虎次が言い切る前に龍二は瞬時に接近し、虎次の顔面に右拳を叩きつけようとした。が、それを虎次は左手で拳を包み込むように受け止めた。


その衝撃によって、二人の周囲にあった塵やゴミが吹き飛び、綺麗に清掃されたかのようになった。


「テメェはぶっ飛ばす。そっから動くんじゃねぇぞ」

「いやいやいや、それはさすがに…」


凄む龍二に、虎次は笑いながら右足を後ろへズラし、



「無理やろっっ!!」



風を切るかのような鋭い蹴り上げが、龍二の顎を狙う。すんでのところ、龍二は飛び退いて距離を離し、髪の毛が僅かに切れるだけで済んだ。

お返しにと、龍二は右足で直蹴りを虎次目掛けて放つ。だが虎次はそれを右手でいなし、体を半回転させて左裏拳を繰り出す。蹴りをいなされ、体勢を崩しかけていた龍二だったが、咄嗟に左腕を上げて直撃を防いだ。

パァンッという音と共に鈍い痛みが腕を走り、龍二は顔を歪める。だが間髪いれず、姿勢を低くして踏み込みと同時に虎次の左脇腹に強烈な突きを叩き込んだ。


「づっ…!」


脇腹にモロに入った虎次は顔を苦痛に歪め、咄嗟に距離を離そうとする。だが、龍二は逃がさない。


「おらぁっ!」

「…!」


低い姿勢から、跳ね上げるように振り上げた左足の蹴りが虎次の腹を捉える。鈍い音がし、爪先が虎次の腹にめり込む。

痛みに呻く暇を与えまいと、続けざまに龍二は両手を組んで隙だらけになった虎次の後頭部に思い切り振り下ろした。



【ドゴンッ!!】



大砲の砲弾が命中したかのような音。虎次は顔面からアスファルトに叩きつけられ、アスファルトは粉々に砕け散って小規模なクレーターが完成された。


「トドメッ!」


龍二は右足を振り上げ、頭上の位置まで持っていく。そして勢いをつけた踵落としを虎次の頭があるクレーターの中央に振り下ろそうとした。




【ガッ】




「なっ…!?」

「そぉりゃぁ!!」


が、その踵落としは虎次の手が龍二のがら空きの左足首を掴んだことで中断させられ、埋っていた虎次が立ち上がると同時に龍二の体も浮き上がる。


「よっと!!」



【ドォン!】



足首を掴んだまま、虎次は自身の背後のアスファルトに龍二をハンマーのように豪快に叩きつけ、アスファルトを砕いた。


「ぐっ…!」


顔からアスファルトに叩きつけられて呻く龍二。だが虎次は容赦なく、再び龍二を掴んだまま振り上げる。


「もいっちょお!」



【ドォン!】



「がっっ!!!」


同じ箇所に叩きつけられた龍二は、体のダメージを軽減する暇もなくまたもアスファルトの中に顔を埋められる。体全体に襲い掛かる、尋常ではない痛み。頭部の皮膚が裂け、アスファルトに血が飛び散った。


「三度めやぁぁぁぁっ!!」


またも虎次は龍二を振り上げ、先ほどの攻撃よりさらに強い叩きつけをお見舞いしようと力を込め、三度振り下ろした。


が、地面に直撃する寸前、龍二は両手を地面に着け、体を捻った。


「んなぁっ!?」

「ふんっ!!」


足首をしっかり掴んだままだった虎次は、腕を軸にして独楽のように回転して虎次をぶん回した。


凄まじい遠心力に逆らえず、虎次は龍二から手を離して吹き飛ばされる。アスファルトの地面に何度も体をぶつけながらバウンドし、最終的に電柱に背中を打ちつけてようやく停止した。

虎次を受けた電柱は根元からバッキリ折れ、ゆっくりと電線を引きながら倒れていった。


「あったたたた………相変わらず無茶苦茶な動きしよるのぉお前は」

「………テメェこそ、やけに強くなってんじゃねぇか………つぅ」


後頭部を擦りながら立ち上がる虎次と、仰向けの状態から腕をバネにして飛び上がって立つ龍二。立った瞬間、出血した頭を抑える。


双方とも互角。ダメージも同じ。先ほどより瓦礫が散らばり、さらに荒れて地形が変化した周囲。その真ん中に立つ、龍二と虎次。


「…ちょっと痛いけど、まぁ別に大丈夫やな…仕切りなおしや」

「………今度は速攻だ」


龍二は両手を交差させ、腰に収まった龍刃とエルの柄を握る。


『…リュウジ…大丈夫なのか?』

「大丈夫に決まってんだろ。黙ってろ」


エルが不安げに声をかけるも、龍二は素っ気無く返す。今までにここまで龍二が感情的になり、ボロボロになるまで痛めつけられたところを見たことがなかったエルは、言いようの無い不安を感じていた。

だが、マスターであるリュウジが大丈夫と言っているのだ。今は歯痒くとも従うしかなかった。


「へぇ、それがお前の武器か…ほんなら」


虎次は感心したかのように呟いた後、右手を前方の虚空に伸ばす。


やがて虚空が歪み、そこから白い冷気が漏れ出てくる。歪んだ空間に手を思い切り肩辺りまで突っ込み、そうしてゆっくりと手を引いていく。


まず現れたのは、虎次の腕に巻きついた灰色の無骨な鎖。幾重にも巻かれた鎖の次は、手に握られた青白い柄。柄頭のリングには、腕に巻かれた鎖が繋がれている。

そして、虎次が最後に勢いよく引き抜くと、頭一つ分大きいであろう、切っ先鋭い片刃の大剣が姿を現した。


「俺は、こいつを使うでぇ?」

「………」


自分よりも巨大な武器を軽々と持ち上げる虎次を見て、龍二は表情こそ変えていないものの、内心ではかなり驚いていた。


先ほどの戦いもそうだ。虎次にあんなアスファルトを砕く力なんてものはない。そもそも、この渋谷を壊滅状態に追いやったということ自体がありえないはず。

極めつけは、目の前で何も無い空間から剣を抜き取りだしたその術………どう考えても異常だった。


だが、今はそんなのは関係ない。


(ぶっ倒して、事情を話してもらうしかないか…)


「すぅぅぅ………はぁぁ………」


目を閉じて息を大きく吸い、そして大きく息を吐いて深呼吸をし、龍二は龍刃とエルを同時に鞘から金属音をたてながら引き抜いた。


そして目を開き、




「逝けバカ虎次ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」




虎次に向かって、駆け出していった。






本当の龍と虎の戦いは、これから。






謝罪する前に、これより私コロコロは宣言いたします。



今年中に! この長編を終わらせると!!!



…もっと早く宣言しときゃよかったと後悔しました。


そもそも下書きもキチンと書かずにいたせいで、こんな長期間放置という形となってしまったんですね。ハイ。だからこれ以上長期連載停止という体たらくにならないよう、今年中に絶対終わらせます。卒論あっても終わらせます。そして元のコメディーと二次に集中します。


では皆様、今回もまた長期の連載停止、申し訳ありませんでした。ではこれにて。

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