第百六十八の話 奮戦(1)
まず最初にお礼を申し上げます。
こんなサボリーマンな作者にたくさんの感想を送ってくださって、本当にありがとうございます!
で、ここからしばらく戦闘パートです。
~ライター視点~
喫茶店から飛び出してから、龍二は休まず走り続ける。所どころ道を塞ぐように瓦礫が落ちているが、そんなの関係ないとばかりに弾き飛ばし、そして速度は乗用車並に速く、しかしそれ以上は出さない。道の途中でトラップがある可能性を考慮し、警戒しているためである。
それでも、龍二の胸の中を渦巻く怒りは収まることを知らないせいで、自然と速度は上がる。
(くそ、くそ、くそ、くそ……!!)
龍二は心中で己自身を呪う。
最初に虎次が襲い掛かってきた時点で冷静になっていればと。アルス達に心配をかけさせてしまったこと。駆けつけてきたアルス達をもっと早く帰させなかったこと。
自分達の争いに、皆を巻き込んでしまったことを深く後悔していた。
(どんなに強大な力を持っていたところで使うべき場所で使わなかったら、結局は宝の持ち腐れじゃねぇか……クソッタレが!!!)
何度も、自身の心の中で毒づき、怒りを溜め込む。そうして徐々に走る足を速めていき、
『!! 止まれリュウジ!!!』
「!?」
【ズゥン!!】
左手に持つエルから声が上がり、龍二は我に返って足を止めて急停止した瞬間、目の前に鉄骨が落ちてきてアスファルトにめり込んだ。後一歩踏み込んでいれば下敷きになっていたことは間違いない。
見上げると、ビルの上に設置してある工事に使うクレーンの先の鎖が千切れているのが見えた。そこから落ちてきた物だろう。
『落ち着け! 今冷静さを欠いてはいくら貴様でも!』
「んなこと言われんでもなぁ…………!?」
龍二がエルに反論しようとした瞬間、頭上から殺気を感じ取って咄嗟に後ろへ飛び退いた。
【ストッ】
間髪いれず、龍二がいた場所に軽い音をたてて何かが突き刺さる。
「……氷?」
それは、ツララのように先端を鋭く尖らせた氷だった。突き刺さった場所は硬いアスファルトのはずだが、そんなことは全く関係ないとばかりに深々とめり込み、氷の半分ほどまで埋まっているのがその鋭さを物語っている。
『ギギャァァァァァァ!!!』
そして、それが合図であるかのように地面に影が差し、重たい音をたてて何かが落ちてきた。
「……こいつ。」
龍二はそいつ(・・・)を見て目を細める。目の前に降り立ったのは、いつかアランが町に放った、見た者に嫌悪感を抱かせるようなカエルの化け物……だが、以前の敵は体が緑色だったのに対し、目の前にいるこいつは皮膚が青く、鉤爪は消えて、代わりに人間の手のような形になっており、その手には錆だらけの鉈が握られていた。さらには、その体には逞しい筋肉が付加され、見た目からして怪力なのは明らかだった。
『こいつはあの時の……!』
エルが絶句しているに対し、龍二は声を上げることもなくカエルの化け物を見据える。だが、化け物はそんな龍二に気付いていないかのように無謀にも鉈を振り上げて襲い掛かる。
鉈はサビサビで一見すると使い物にならないかに見えるが、化け物の腕の筋肉と相まって殺傷能力は十分ある。一般人ならばその凶悪な風貌を見て恐れおののいて逃げる間もなく立ちすくみ、無防備な頭にその一撃を受けることになるだろう。
だが、それは一般人の話。
【ガァン!】
龍二が左手のエルを振り上げると鉈が弾き飛ばされ、化け物は体勢を崩す。いかに化け物が怪力であろうと、その力は龍二に比べると雲泥の差であった。
「はっ!」
そして胴体がガラ空きになった化け物に、龍二はすかさず体を捻って右手に持つ龍刃を振るって切り裂く。硬い皮膚をしているであろう化け物の体は、まるでバターを切るかのようにスッパリと龍刃の刃が通り抜ける。
『ガァァァァァァァァッ!!!』
断末魔の叫びを上げ、化け物は地面に倒れ付す。そしてしばらく悶絶していたが、数秒待たずして大人しくなり、痙攣を起こしてから動きを完全に止めた。
【バシャァ!】
『なっ……!?』
「…………。」
が、化け物の死体はそのまま残ることもなく、一瞬にして透明な液体になってアスファルトの中へ吸い込まれた。唯一残ったのは、鉄で出来ている鉈だけ。
『……まさか、これは……。』
「…………。」
エルが何かに気付き、龍二は化け物が消えた跡を見つめて動かない。だが、ゆっくりと緩慢な動きで二刀を構え始め、神経を研ぎ澄ませる。
「……つまり、ゲームってのは……。」
言うが早く、先ほどの氷の矢が龍二に再び襲い掛かる。違うのは、一本だけでなく二本、三本……否、無数の矢が全て龍二に狙いを定めて飛んでくる。
「こういうことかぁっ!!!!」
【ブォンッ!!】
体を回転させて二刀を振り回し、そこから発生する剣圧が突風となって襲い掛かってくる氷の矢を全て吹き飛ばした。
『グァァァァァァァッ!!』
『ギッ! ギィィィィィ!!!』
間髪入れず、先ほどと同じカエルの化け物が頭上から鉈を振り上げて龍二に迫る。その数、僅か五匹のみ。だが一匹辺りのその戦力は、屈強な男性数十人分の力を持っている。
「っらぁっ!!」
龍二は慌てず、迫る来る化け物を見ることなく右足に力を入れ、鋭い上段後ろ回し蹴りを繰り出して一番接近していた化け物の腹を蹴りつけて吹き飛ばし、続いて迫ってきた化け物には蹴りの回転の勢いを利用した龍刃の横薙ぎで両断し、水へと還す。一匹仕留めると、、地面に降り立った二匹が龍二と対峙し、鉈を振り上げて龍二を威嚇する。だが、それははっきり言って無駄な行動であるとしか言いようがなく、龍二は化け物目掛けて駆け出し、龍刃とエルを持つ手を交差させる。
「消えろっっ!!」
二匹の間を一瞬で駆け抜けると同時に二刀を同時に逆袈裟に振り上げる。交差した刃が轟っ! と音をたてて風が舞い、地面から埃が巻き起こる。
そして一拍置いて、化け物の体がそれぞれ斜めにズレていき……別れた上半分が地面に落ちる前に水へと戻り、その姿を消した。
『龍牙二閃』という、二刀を使った技。シンプルながらも、気合を込めたその刃にはどのような物質さえも泣き別れとなることは必須。
「『ライトニングアロー』!!」
【ビッ!】
二匹を屠って一息つくこともなく、龍二はエルを振ってエルの魔法を唱え、一筋の雷を前方目掛けて飛ばす。その先には、最初に蹴り飛ばした化け物が立ち上がろうとしていたが、それより早く龍二の雷がその身に突き刺さって放電を始める。その一撃は一瞬で黒こげにする威力でありながら、水で構成されている化け物にしてみれば黒こげというレベルではすまない。水は電気をよく通すと言われるように、化け物は声を上げることもなくその身を破裂させ、砕け散っていった。
「……うざってぇ……!!」
忌々しげに毒づき、二刀を血払いするかのように振る。敵の気配は感じず、ここで敵が現れることはおそらくない。
だが休憩することもなく、龍二は再び振り返ってその先を睨み付けた。
『……この化け物ども……おそらく、前回と同じか。』
エルは突然のことで驚いていたが、そこは元々戦士であったおかげですぐに冷静になることができ、状況を分析した。龍二はそれに返事することも相槌を打つこともしなかった。
「んなもん、関係ねぇ……邪魔すんなら、ぶっ飛ばせばいい。」
『…………。』
何の感情も込めず、龍二はただそう呟く。だが、エルはそれを聞いて黙り込んだ。
『……リュウジ。』
「……あ?」
少しして、エルはどこか躊躇いがちに龍二に声をかける。それに返答した龍二の口調は、不機嫌を体現しているかのようにぶっきらぼうだった。
『……いや、やはりなんでもない……。』
「……何でもないのに呼ぶんじゃねぇよバカタレ。」
結局言えずに口ごもったエルに龍二は悪態をつき、先を急ぐために再び走り出した。
冷静でいるかのように見えて内心自身に対して怒りを抱いている龍二は、ただ先へ進むことしか考えていなかった。
一方、アルス達がいる喫茶店前。
『グゲァァ!!』
「くっ!!」
頭上から振り下ろされてきた鉈をアルスはバックステップしてかろうじてかわす。だが、化け物はさらに一歩踏み込んできて横薙ぎを放ってきて咄嗟に剣を逆さに構えて防いだ。
「な、何で……!」
防いだ腕に痺れを感じつつ、アルスは呻く。さらに力を入れようとする化け物に、アルスはこれ以上やらせまいと刃を流すようにさばいて化け物の体勢を崩し、蹴り飛ばして強引に距離を離した。
「何で、こんなところに『アクアゲロッグ』が……!」
アルスは化け物改め、目の前で蹴りによる痛みによって怒り始めたアクアゲロッグにいまだ混乱している頭を落ち着かせようとする。
先ほどまで、龍二に邪魔と言われて呆然としていると、突然周囲の空気が変わってアルス達は身構えたが、空間を割るかのように何十匹も現れたカエルの化け物、アクアゲロッグを見て戸惑う。だがそんなこと関係ないとばかりに、アクアゲロッグの大群がアルス達に襲いかかり、アルス、クルル、リリアン、スティル、ロウ兄弟といった戦える者達はそれぞれ分散されてしまい、アルスは咄嗟に非戦闘員である雅達を喫茶店の奥へ避難させ、そして現在に至る。
だが、目の前に現れたのがアルス達が以前元の世界で戦い、何度も倒したことのあるモンスターであることに強い衝撃を受け、それが完全に抜け切らないまま数十匹のアクアゲロッグと対峙する羽目になってしまったのは迂闊だったとアルスは内心毒づいた。
さらに、アルスの背後には雅達が避難している喫茶店の入り口があるため、迂闊のその場から動けないという、思わしくない事態へと陥っている。防衛と迎撃、両方を一人でこなすのに、一対多は正直きついものがあった。
(今こいつらがいることに疑問があるけど、それよりも他に戦っている魔王達と合流して、早くリュウジさんのところに行かないと……!)
何とか混乱は収まり、冷静に剣を構えなおして再び相手を見据える。相手は知能がそれなりにあるのか、武器を手にしたままこちらの様子を伺っている。アルスとしてはこのまま一瞬で距離を詰めて掃討したいところだが、背中に喫茶店の入り口がある以上、下手に動くと敵の侵入を許すことになる。ゆえにアルスは必然的に防戦するしかないのだが、
(………長い……?)
敵がなかなか攻撃をしようとしないでいるのを、アルスは怪訝に思い始めた。
突如、背筋を悪寒が走る抜ける。
『ガアアアアア!!!』
「!! なっ……!?」
頭上から雄たけびが聞こえ、見上げると一匹のアクアゲロッグが鉈の刃をアルスに向けながら急降下してくるのが見え、アルスは防ぎきれないと判断して横へ転がって回避行動に移る。
【ドォン!】
怪力によってアルスが立っていた場所には小規模のクレーターができあがり、破片が周辺に飛び散った。あと少し、回避するのが遅れていたら飛び散っていたのは自身の肉片だったと思うと、アルスはぞっとした。
「そんな……知性が上がってる……?」
同時に、アルスはアクアゲロッグに対して違和感を覚えていた。連中は確かに知性はあるが、それでも人間には遠く及ばず、頭の中は飢えた獣と大して変わらない。統率力も皆無で、それぞれがバラバラに動き、時には獲物を取り合って互いに殺しあうこともある。
だが、このアクアゲロッグが先ほどしたのは陽動作戦という、統率力がない連中がすることはありえないものだった。ならば、今相手をしているのはアクアゲロッグではなく別のモンスターか。
あるいは、誰かが裏で操っているか。
『グガアアアアア!!!』
だが、アルスは思考を中断せざるを得なかった。先ほど上から攻撃してきたアクアゲロッグは、喫茶店の中にいる雅達の匂いを嗅ぎつけたらしく、視線を店内へ向けた。
「っ! させない!!」
アルスは咄嗟に剣を回転させ、逆手に持ち変えて思い切り腕を後ろに引き、投げる体勢に入る。
「はぁっ!!」
【ヒュガッ!】
『ガッ!!』
アルスが呼気と共に剣を投げ、風を切る音とがしたかと思えば、剣はアクアゲロッグの脇腹に深々と突き刺さり、アクアゲロッグの巨体を吹き飛ばした。
「戻れ!!」
アルスが右手を突き出して叫ぶと、突き刺さっていた聖剣は一瞬光ってから消え、主の手の中へと戻る。
奇襲が失敗したと判断した他の敵は、六匹はアルス目掛けて、他は店へと突撃を開始する。
「でやああああああああ!!!」
だが、それをアルスは許すことはない。迫ってきた一匹を袈裟切りで切り捨て、回転してもう一匹に同じ軌道の斬撃を与えて倒す。右から鉈を振り下ろしてきた敵には、魔力で作り出した盾を展開させて弾き飛ばし、カウンターとしてガラ空きのその腹に剣を突き刺す。
「はぁっ!!」
そして、敵を突き刺したまま勢いよく剣を横へと振るって敵の腹を掻っ捌き、その勢いのまま体を回転させて背後にいた敵二匹を両断した。
そして左手を掲げ、掌に魔力を込めて拳大の白い光球を作り出した。
「『ルーンボム』!!」
そしてそれを店に迫る敵の先頭目掛けて投げつけた。光球は緩やかな放物線を描き、目標に見事に命中してアクアゲロッグの頭部にくっ付く。
『グァァ!?』
突然頭に何かがくっ付いて驚いたアクアゲロッグは立ち止まり、取りにかかる。だが光球は瞬間接着剤のようにぴったり張り付き、取れる気配はない。やがて光球は眩い光を発し、そして、
【ズガァァァァン!!!】
さながら閃光弾の如く光を放射しながら炸裂し、後続もろとも吹き飛ばした。
『ルーンボム』は、いわゆるアルス式の時限爆弾のような物。聖なる力を爆弾に変え、敵を一網打尽にする。
「……この技、ボクとしてはあんまり使いたくなかったんですけどもっと!!」
複雑な表情を浮かべつつも、背後からの攻撃を避けて隙だらけになった敵の頭部を切り落とす。アクアゲロッグはそのまま水へと戻り、溶けていった。
残り五匹にまで減り、アルスは店の前で剣を構えなおして息を整える。
「……お前達が、どうしてここにいるのかはボクは知らない……。」
アルスは前方で警戒しつつ雄たけびを上げるアクアゲロッグ達に向けて語りかける。当然、彼らには言語能力がない上、人語を理解することはできないから答えることはない。
「……でも、今はそんなこと関係ない……。」
それでもアルスは語る口を止めず、剣を握る手に力を込めた。
「今ボクができることは……マサさん達を守ること。」
例え、ボクの剣が折れても。
例え、ボクの体が傷だらけになっても。
例え、ボクの手足が動かなくなっても。
「だからボクは、倒れない。」
―――例え、あの人に邪魔だと言われても。
「お前達を倒し、マサさん達を守り抜いて、リュウジさんのところへ行く。」
絶対に
「ここは……通さない!!!」
膝だけは、着かない!!!
「はあああああああああっ!!!」
剣を脇に引き寄せつつ、アルスはアクアゲロッグが固まってる場所目掛けて駆け出す。目は真っ直ぐ前方を見、剣に力を注ぎ、刃が白い光を放ちだす。アルスの体から漏れ出す力に恐れをなしたのか、敵は全員怯えて足が硬直したままになっていた。
「たぁっ!!」
【ゴォッ!】
完全無防備になっている敵目掛けてアルスは剣を横へと斬り払い、白い衝撃波を飛ばす。それだけで敵は致命傷を食らうが、アルスはさらに手首を返して逆袈裟に切り上げる。
「でやああああああああああああああああああ!!!!」
【ザザザザザザザザザザザザッ!!】
一撃一撃に聖なる力が込められた剣戟を、アルスは情け容赦なく繰り出し続ける。敵は無残にも切り刻まれ、白い剣閃の檻に閉じ込められているかのような光景を作り出した。
「『ホーリー』……!」
最後、剣を引いて高速回転させつつ力を溜め込む。
「『エンド』ッッ!!!」
【ズドヴッッッ!!!】
強烈な踏み込み突きが白く輝く衝撃波を生み、五匹いたアクアゲロッグの体は剣舞『ホーリーエンド』によって粉々に砕け散り、聖なる光の熱によって構成されていた水は蒸発して消え去ったのだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くっ!」
魔力と剣による激しい舞を繰り広げた後、アルスを襲うのは予想以上の疲労だった。剣を地面に突き立てて支えにし、もたれて乱れた呼吸を整えることに専念する。
「ふぅ……やっぱり、この技の、常時、使用には……鍛錬が必要、ですね……。」
苦笑混じりに呟き、若干落ち着いたのか剣を引き抜いて立ち上がった。自身の周りから敵の気配が消えたのは確認できたが、他のメンバー達が戦ってる以上安心できない。かといってここから離れると、中に避難している雅達に危険が及ぶ。
仕方なく、アルスはしばしの休息を取ることにした。
「……皆、大丈夫かな……。」
アルスは剣を鞘に収めながら言い、疲労の完全回復のために店の入り口の横に座り込んだ。
「…………大丈夫、ですよね……リュウジさん………。」
ポツリと、小さく呟いて……アルスは、胸によぎる不安を拭おうと何度も心中で自問自答し続けた。
次はクルルとリリアンの戦闘。