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第百六十五の話 龍二と虎次 <後編>

長らく更新怠っていてすいませんでした。

〜龍二視点〜



「はっ、はっ、はっ……。」


土砂降りの雨の中を、俺は傘もささずに突っ走る。びしょぬれの地面に足を付けるたびに水が跳ね、ズボンを水で濡らす。



(何故走る?)



「はっ、はっ、はっ……ぶわっ! クソ!」


横の道路を走る軽トラが水溜りを通って水飛沫をあげ、俺の体をずぶ濡れにしやがった。



(何故探す?)



「はぁ、はぁ……ここか。」


体が水浸しになりながらも、さっきの男子が教えてくれたコンビニの前に到着。雨のおかげで、周囲に人はいない。



(何故必死になる?)



「……クソ、考えてみりゃずっとここに留まってるわきゃねえか。」


走り出す前に気付くべきだった。雨とは言え、ここはコンビニの前、つまり公衆の面前。貞和良って奴がバカでもない限り、獲物を袋叩きにするならこんなとこではしないはず。もっと人通りがない場所へ連行するだろう。あの男子に、どっちの方角へ行ったか聞いておくべきだった。



(何故悩む?)



「あぁもぉ! どうすりゃいんだよクソが!!」


イライラして濡れた頭をワシャワシャと掻き毟り、水飛沫を飛ばす。闇雲に探し回ったって時間の無駄かもしんないが、行動しないよりはマシかもしれん。面倒だが、ここはやっぱ探し回るしかないか。



(何故そんなメンドくさいことをする?)



でもあまり時間はかけらんねえし……どうすりゃいいよチクショウめ!



(何故? 何故? 何故あんな奴のために動く? 鬱陶しいんだろ? 嫌なんだろ?じゃあほっとけばいいじゃないか。大体そんな気分でもねぇし。俺は気分で動く人間だろ? そもそも嫌いな奴を助けるために走るなんてバカげてね? なのに何で俺は走ってんだ? 戻れよ。学校に。そしていつも通りの生活をしろよ。)



……………。





【ガァン!!】


「永久に黙れ!!!」



シャッターの閉まっている店に頭を思い切りぶつけ、脳内で好き放題にくっちゃべるナンかを強引に黙らせてやった。テメェが喋ると頭痛いわボケ。


「…………うし。」


頭ん中で喋ってる奴が沈黙したのを確認してから、大きく凹んだ、を通り越してバラバラに吹っ飛んだシャッターと店の外壁を尻目に、俺は再び走り出した。ゴメン、店主。不可抗力なんだ。許せ。


ってこんなんやってる場合じゃねぇ。落ち着け俺。ビークールビークール……。


「……え〜と……。」


コンビニの入り口の前に立ち、屋根で雨を凌ぎつつ考える。まずは、客観的に考えてみよう。


俺なら、いやしないけどもしもだが、コンビニの前で獲物の腹を殴って気絶させた後、どこで痛めつける? ……当然、こんな公衆の面前でやるわけない。警察が来たらアウト。ドボンだ。

そうなると、やっぱり人気のない場所へ行くしかなくなる……だが、いくらこの雨とは言えここは人通りが多い。工夫すりゃバレなくもないが、引きずっていくのは目立つからそう遠くまでは行けないはず。だとしたらここら辺で人通りが少なく目立たない場所っつったら…………




あ。




「あそこか!!!」


ふと頭ん中で閃いて、コンビニの入り口から走り出す。ここからそう離れていない、大体100メートルくらい先に暗い路地裏がある。その先には………。




薄暗い路地裏を駆け抜け、そっから少しした場所。その前で俺は立ち止まった。


「ここだ…。」


目の前にあるのは、数年前に会社が倒産したのがきっかけで廃墟となった三階建てのビル。外壁のコンクリはボロボロで、ところどころヒビが入っている。以前は綺麗なビルだったんだろうが、今じゃ見る影もない。唯一あった会社の名残は、その壁に掲げられた看板。文字が掠れて読み取り不可能だが、なんとか会社っていうのはわかる。

そんなわけだから、ここに寄り付くのは街のチンピラか、はたまた性質の悪い幽霊か……おかげで一般人なんてまったく近づこうなんてしないし、第一こんな小さいビル、目立つわけもない。オマケに薄っ気味わりぃし。


だが、ここの特殊なところ……それは防音加工が施されているってこと。前の会社がどういう仕事してたのか知らないが、都合いいことにこのビルの中から聞こえる音は外にはほとんど漏れない。ただ、若干老朽化してるから前より性能は落ちてるだろうけど、それでも十分防音してくれるらしい。



ま、そんなとこだから……人を集団リンチにかけるには、もってこいの場所ってわけだ。



「え〜と、何階だろうなぁ?」


建物の入り口にある階段に足を乗せ、上へ上がっていく。見れば、階段の所々に空き缶やスナック菓子の空き袋……ここら辺を根城にしてる連中が捨ててったんだろう。掃除する人はもういないが、せめて自分達が集まる場所くらいは掃除しとけよな……つってもそんなん気にする人間なんていないだろうし。


まぁそんなんどうだっていい。一階は窓ん中をチラリと覗いてみたが人の影すらなかったので除外。てことは二階か三階、だな。


「……ふぅ。きったねぇ場所だ……。」


愚痴を言いつつ、二階の踊り場を通って一つのドアの前に立つ。ドアも汚れがひどく、ボロボロ。まぁ使えんこともないみたいだが。


ま、とりあえず突入してみますかーってなわけでドアノブを掴んで、






『シューット!!』

【ゴッ!】

『ゲブッ! ……グェェ。』

『うわきったね〜。こいつ吐きやがったぞ?』

『テメェ吐いてんじゃねぇぞコラァ!!』

『グッ! ゲェッ!!』






……………………



ここか。



「…………。」


中から聞こえる呻き声……苦しみで声がくぐもっているが、多分アイツだ。他に聞こえる声を聞く限り、百パーリンチにかけられてるのがよくわかる。

当然だろう。下手な正義感を出してるからこうなるんだ。ただ普通に素通りするか、警察にでも連絡すりゃいい話を、逆に突っ込んでくから返り討ちにあってボコボコにされんだ。これを機会に覚えておけってんだ。




けど。




「……………………。」



こみ上げてくる……この、怒りは……何だってんだコノヤロー。




【グシャ!】


掴んでいたドアノブを思わず握りつぶしてしまい、その残骸を脇に投げ捨てた。


「……どっこい……。」


一歩下がって、右足を大きく振り上げて、




「せっっ!!」




思いっきり直蹴りを放ち、ドアを真っ二つに破壊した。



立ち昇る埃が煙の如く舞い、その中を俺はゆっくりと入っていく。少しずつ埃が落ち着いてくると、情景が明らかになってきた。


紺色のブレザーに赤いネクタイ、そしてチェックのズボンという、いかにも坊ちゃん学校ですと豪語してるような制服着た男が五人。おそらく、連中が青山中学、通称青中の生徒達だろう。全員手に鉄パイプや金属バットを持っている。



そして、連中の輪の中心に、アイツ・・・は倒れていた。制服はボロボロになり、埃まみれ。白髪の一部分からは血が滲み出て赤く染まっている。顔はうつ伏せに倒れているからわからないが、あいつの周囲に所々点々と血が散っているのを見る限り、まともな状態じゃないことは確かだろう。


「あ? 何だお前?」


俺が扉を蹴破ったことにより、面食らっていた五人の中の鉄パイプを持った一人が落ち着きを取り戻したようで俺を睨みつける。他の四人に比べて、目が異様なほど吊り上っていて、厳つい顔に髪も角切りにしている、なかなかの迫力を持っていた。


おそらく、こいつだな。噂の貞和良ってぇのは。


「おい、返事しろよ……何無視してくれちゃってんのお前?」


ちょっと返答しなかっただけで眉間に血管浮かせたよコイツ……バカみたいに喧嘩っ早いのな。


「なぁ、アンタ。」

「あぁ?」


だからそんな凄むなって……むっさ苦しい。


「そいつ、生憎だけど返してくんない? いろいろ用があってさぁ。」


俺は床に倒れ伏しているバカを指差し、一応頼んでみる。


「………は? お前バカか? ギャハハハハハ!!」


頼んでみただけなのに、バカ呼ばわりされた。つられて他の四人も笑い出す。てか笑い方汚ねぇ。


「悪いけど。こいつ、俺らに喧嘩売ってきたからさぁ。返すわけにもいかねぇんだよな。」


ニヤニヤと笑いながら、鉄パイプで白髪をつっつく。




イラッ。




「喧嘩売ってきた? 俺が聞いた話だと、アンタらがコンビニの前で女子に迷惑かけてたのを、そいつが止めてきただけだろ? なら非はお前らにあんじゃねぇの。」


さっき考えていたことと全然違うことをペラペラと述べると、貞和良は笑うのをやめてギロリと再び睨みつける。


「あ? 何お前? 前中の生徒の分際で俺ら青中に楯突くってのか?」


ここで判明、俺らの中学の名前。前中ってのは『私立前川中学校』の略で、俺らが通ってるとこだ。もっとも、それ今関係ねぇけど。


「そんな楯突くとか突かないとか関係ねぇって。ともかく、アンタらの言い分はわかったからそいつを返してくれ。」


半ば懇願するかのように催促する。自分でも、どうしてこんなことが言えたのが……さっぱりわからない。


「オイオイ、何かこいつ必死だぞ?」

「マジで? もしかしてこれってあつ〜い、青春、て奴?」

「ギャハハハハ! それマジで受ける!」


そんな俺を見て、また笑い出す。まるで、自分達が頂点にいるかのように嘲り、笑う。




イラッ。




「まぁともかくあれだな。返して欲しけりゃさ、お前が落とし前つけてくれよ。」

「……どういう意味だ。」


知ってるけどあえて聞く。


「……とりあえず、金出せよ。とりあえず万札希望だな。」


笑顔を崩さないまま、馴れなれしく俺の肩に手を回す貞和良。やはり金か。


「………悪いけど、金なんて無い。」


つかそもそも払う気なんて全くない。


「へぇ……。」


だが、それでも怒るどころか下卑た笑いは止めずに肩に手を回したまま、手にした鉄パイプの先端で俺の頬を突っついてきた。




イラッ。




「じゃあこいつは返してやれねぇなぁ……。」


鉄パイプを俺の顔から離し、



「おらよっと!!」

【ドスッ!】


俺の腹に拳をめり込ませ、前かがみになった俺の背中に鉄パイプを振り下ろし、床に叩きつけた。


「へっ! こいつもやっぱザコだぜ!」


倒れた俺に容赦なく何度も踏みつけ、黒い制服に白い靴跡を次々と付けていく。


「おっしゃ、じゃ次はこいつも袋にしちまおうぜ!」

「ヒャハー! サンドバッグ二号ってかぁ!?」


さらに傍観していた四人も貞和良に混じり、俺を蹴る、蹴る、蹴る、時には手にした得物で殴る……それが延々と続いた。時間はわからない。



「…………。」



「オラオラァ! 気絶すんじゃねぇぞ!」

「おいおいあんまやる過ぎんなよ? 死んじまうぞコイツ?」

「別に死んだってどうもならないだろ? やるからには徹底的にやっちまおうぜ!」



「や………。」



「シューット!」

「おーっと決めました貞和良選手! 見事なシュートです!」

「目指せワールドカップ! なぁんちゃってギャハハハハ!!!」



「………ろ。」



「よーっしゃ次は何するよ?」

「じゃ野球やろーぜ。ちょうどバットもあるし。」

「ボールは安物だけどなぁ。ヒャハハハ!」





「やめろや!!!」





突然響き渡った怒声に、俺をボコボコにしていた五人は面食らった顔のまま飛び上がった。


「……やめろや…お前ら。」


怒声の主は、床に倒れていた白髪頭……想像通り、頭からは血が流れ出て左目が開けれないようで、顔中にも痣ができていた。

そいつが震える腕で体を支えつつ、ゆっくりと立ち上がって倒れないように両の足で踏ん張った……フラフラだが。


「そいつは……何も関係ないやろが……離せや。」


ボロボロの体で、足を引きずりながら歩み寄る。精一杯、唯一開ける右目で連中を睨みつけ、威勢を張る。


そこに迫力なんてものはない。さながらボロボロに傷ついた猫が最後の抵抗をするかのように牙を剥く。いわゆる虚勢って奴だ。



「アチョー!!」

「グゥッ!」


当然、貞和良がふざけた感じに飛び蹴りを白髪の胸に叩き込む。俺からしてみたらヘナチョコキックだが、今のボロボロになった奴にはたまらない一撃だったのだろう。後ろに二歩下がってそのまま仰向けに倒れこんだ。背中をモロに食らったらしく、倒れた瞬間に苦しげに息を吐き出すくぐもった声が聞こえた。


「おいおい、ザコが何生意気言っちゃってんの?」

「―――――――!!」


嘲笑し、貞和良が白髪頭をグリグリと踏み付ける。白髪は声にならない悲鳴をあげ、苦痛に顔を歪めた。


「調子乗ってんじゃねえよ。このカスが。」


ペッと唾を白髪に吐きつけ、足をどけた。


「おらぁ!!」

【ドン!】

「!!!」


とどめに、貞和良が爪先で白髪の腹を蹴り飛ばす。


「ガァ……ゲホッ!」


今までで一番効いたらしく、白髪は腹を抑えたままうずくまった。





イラッ。





「いやぁ今日は実に快調ですねぇ貞和良さん?」

「ええ、実は今日いい物を手に入れましてねぇ。」

「ほほぉ、それは一体なんでしょう?」

「薄汚れたサンドバッグを二つほど。」

「アハハハハハハ!!!」







ブチリ。






「テメェら……。」

『?』


五人が大口開けて笑ってる中、俺はゆっくりと立ち上がった。瞬間、連中の顔から笑いが消え、信じられない物を見るような目に変わる。


「調子乗るのも大概にしろよ……オイ。」

「あぁ?」


低い声で言う俺の言葉が癪に障ったらしく、取り囲んでいた一人が俺の胸倉を掴む。


「テメェ、何バカなこと言ってん」



言い終える前には、そいつは吹っ飛んでいた。



顔面が陥没し、表情がわからなくなったそいつは、コンクリートの壁に背中を打ちつけられてからそのままズルズルと壁からずり落ちていき、もたれる形のまま気絶した。


「……へ?」


一人が素っ頓狂な声を出した。が、もう次の瞬間には俺のアッパーが顎に炸裂し、天井にぶつかって落ちてきて気絶した。顎はアルミ缶を押し潰したかのようにひしゃげ、天井にぶつかったことにより鼻が折れ、血が流れ出ている。


「そいっ!」

「「ゲブッ!!??」」


背後にいる二人が反応する前に回し蹴りを腰にかまし、二人揃って体が“く”の字という愉快な姿のまま壁まで吹っ飛んでいってめり込んだ。


「な、な、な……。」


貞和良ザコが後退りながら俺を凝視する。さっきまでボコボコにしていた奴が、一瞬で取り巻きをフッ飛ばしたのだから当然か。


ともかく、形勢逆転。今はこいつがザコ。


「オイ。」


体に付いた埃を叩き落としつつ、ギロリと貞和良を睨みつけた。


堪忍袋の尾が切れた俺の目は、恐らくえらいことになってるんだろう。睨んだ瞬間、貞和良は怯えたネズミのように縮こまった。さっきとはえらい違いだ。




そんな状態の奴だが、もう勘弁しねぇ。




「だれがザコだ? だぁれがサンドバッグだコラ。あぁ?」


ポケットに手を入れ、ズンズンとゆっくりと、威圧しながら歩み寄る。それにつられて、貞和良は後退っていき、持っていた鉄パイプも手の震えによって落とした。


「て……テメェ、な、何者なにもんだよ……!?」


金魚の如くパクパクさせながらもかろうじて言葉を紡ぎだした貞和良が問うが、どうでもいい。


「こっちが聞いてんだよ。誰がザコなんだサンドバッグなんだってよぉ?」


今にも俺の血管がはち切れそうだというのに、こんのクソザコ、質問を質問で返しやがって。イライラUPUPだコンニャロウめ。


「ひ、ひぃぃ……!」


燃え上がらんばかりに怒りのボルテージが上がった俺の顔は、おそらくどえらいことになってるんだろう。貞和良の足の震えがさらに激しくなり、おぼつかない足でさらに一歩後ろへ下がった。



【カン】



「? ……!」


が、その足が落ちている何かに当たり、足元を見てはっとしたかと思うと、急に顔を上げてニヤついた。何だ?


「……ならよぉ。」

「?」


貞和良が不敵な笑みを浮かべつつ、しゃがみ込んで柱の影で見えないが何かを拾い上げた。


「これならどうだ?」

「!!」


拾い上げたそれは、恐らくここでたむろしていた不良どもが残していった酒瓶。それを、



【バシッ!】



割った。



そして、割れたことによって先端が鋭く尖って凶器となった酒瓶を、倒れている白髪に突きつける。


「動くな。少しでも変なマネしてみろ? これをこいつの頭にブッ刺す。」

「…………。」


ジロリと意地汚い目で睨みつつ、口元を吊り上げて笑う。このクズ野郎、追い詰められて人質取りやがった。

貞和良の野郎は、噂だと平気で人をナイフで突き刺せる残虐性を持ってると聞く。俺が今、ここであいつに接近したら、あいつは躊躇いなく白髪に凶器を突き刺すだろう。


つってもまぁ、あいつが白髪なんかを人質に取ったところで別にどうってことないけどな。殴れば終わりだし、白髪が傷つこうが何だろうがどうだっていい。



「……チッ。」




そう思ってんのに…………何故か動けない。いや、動いたらいけない。




「へへっ、やっと大人しくなったか。」


勝ち誇った顔を浮かべながら、グッタリしている白髪を強引に立ち上がらせ、ジリジリと俺が壊した扉へと近づいていく。力のない白髪はおぼつかない足取りで貞和良の野郎に連行されていく。


俺はただ、それを見ているだけ……何もできずに。


「………………。」





だが。





「……フッ。」

「!? テメェ、何笑ってんだコラ!」


思わず微笑を浮かべてしまい、貞和良を逆上させてしまった。


「いやね、ちょっと言わせてもらいことがあってよ。」

「あぁ!?」


現時点で自らの勝利を確信している貞和良は、威嚇も込めて俺を睨む。


「今お前が捕まえてるそいつだけどよぉ?





回復力は並じゃねぇんだわ。」





「は? 何言っt」

「ドッセィヤァァァ!!」

「ぐぼぉあ!?」


問い返す直前、貞和良は前のめりにつんのめった。





理由。密かに回復していた白髪が、貞和良の腹部にエルボーを食らわしたから。つまりさっきまでのは演技。





「ぐぇぇぇ……て、テメェ!」

「チャンスや相棒!!!」


うずくまった貞和良から距離を取り、満面の笑みで叫ぶ白髪。それに反論することなく、俺は拳を腰だめに構える。


「ハァァァアアアア!!!」


一瞬で駆け寄り、


「リンチなんぞ、」


エルボーを食らった腹部を思いっきり右拳で突き上げ、


「やってんじゃぁ、」


続いて左拳が炸裂し、




「ねェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」




とどめに捻った腰の反動を利用した右ジャンピングアッパーが蒼い軌道を描きつつ、貞和良の顎に命中した。


「オゴゲエエエエエエ!!??」


渾身の一撃を食らった貞和良は、胃液と血と歯を口から撒き散らしつつコンクリートの天井を突き破り、ビルの屋上まで飛んでいった。ポッカリ空いた穴からビルの中へと雨が降り注いでくる。


「……フィニッシュだ。」


振り上げた拳を下ろし、グッと握り締めてガッツポーズを取った。


「おぉ……見事なもんやなぁ。」


そして隣で手を頭上にかざして空いた天井を眺める白髪。




【ドサッ】





「!? 虎次・・!!!」


が、次の瞬間バッタリ倒れ、俺はポーズをやめて抱え上げた。


「へへへ……いやぁやっぱ、小一時間ほど殴られ蹴られ続けられたらキッツイか……。」

「……アホか。自分を過信し過ぎだっつの。」


倒れながらも笑うバカに、俺は呆れてため息も出なかった。


「……ちゅーかお前。さっきの叫びはいろいろまずいんちゃうか?」

「あ? 何がだよ。」

「いや、何てーか……あれや。某RPGに出てくる巨漢のセリフ兼理不尽技のパクリやろあれ。」

「あぁ、バ○バトス?」

「言うたらあかんて。」

「いんだよ別に皆言ってることだしよ。」

「言うてへんわいボケ。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」


互いに言い合ってから、しばらく沈黙が続いた。


「…………。」

「…………。」

「………フッ。」


やがて、


「フフ……。」

「……ハハハ……。」




「「アァッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」」




笑いがこみ上げてきて、しまいにゃ揃って大笑いした。


心の底からの、笑い。久々に、声が枯れるまで、ビル中に響き渡っても構わないくらい、笑い合った。


「アッハッハハハハハハハハハハハ!!!」

「ハハ、ハハハハハハハハハハハ!!!」


笑いながら、ドサリと虎次の隣で同じように大の字になって寝そべった。天井から降り注いでくる雨が顔を濡らそうが、今の俺らにとっては恵みの雨の如く心地よさを感じた。


昼寝してる時とは違う、安らぎ。モヤモヤした気分を、全部吹っ飛ばすくらい、心地いい。


「アハハハハハハ、ハハハ、ハァ……!」

「ハハハハハハハハハハハ、ハハ……ハァ!」


ひとしきり笑い終えた俺らは、笑い疲れによって肩で息をする。それでも笑顔は消えず、揃って天井から見える曇り空を見上げた。


「……こんなに笑おうたのは久々やで。」

「へっ。俺も。」


ポツリと呟く虎次と俺。すでに雨によって、天井から下の床が円状に濡れて黒く染まっていた。だが元々濡れていた俺にとっちゃどうでもいい話だ。


「………………なぁ。」

「あ?」


しばらく間を置いてから呼び、首だけこちらへと向けてきた。


「ようやく、俺の名前呼んだかこのツンツン野郎め……。」

「……はっ! 呼びたい気分だったから呼んだんだよバァカ。」

「素直やないなぁ……さては俺に惚れたなぁ?」

「それは無い。」

「はは、こっちこそ願い下げじゃボケェ。」

「…………へっ。」


再び、空を見上げる。少しずつ雲が白くなっていくのがわかる。もう少しで、晴れるだろう。




とりあえず、今はこうしていよう……小雨になってきた中、二人で大の字になりながら。









〜翌日〜



今日もまた、鬱陶しい学校だ。やってらんねぇってのに……。


「……ま、いいか。」


まぁそんなこと思いながらも、上機嫌のままいつもの通学路をのんびりと歩く。チラホラと慌てて走っていくクラスメイトや先輩や後輩達。ようはもう遅刻ギリギリってな時間だ。


何故ゆえこんな上機嫌かというのはだなぁ……。


「まっさか、延期になるとはねぇ……。」



そ。親父とお袋が日本を発つのが三年先送りになったわけだ。



訳を聞いてみたら、どうもあっちの方、つまり目的地の国の空港でテロがあったらしく、しばらくの間航空便がお休みみたいな感じになっちまったってわけで。それに乗る予定だった親父達も、止む終えず出発を延期せざるをえなかったんだと。

こう考えると不謹慎なのかもしれんが、正直な話が嬉しいもんだ。親父らの前では言わんがな。うん、絶対。恥ずいじゃん。


まぁそんなわけだから、だ。今日はサボる予定だったが登校してやるっつーことで。感謝しろ、先公どもが。




あ。




「よーマイフレンd」

「どすこーい。」

「ふげお!!!!」


背後から気配を感じたので回し蹴りを適当にやってみたら案の定全力疾走してきた白髪頭の即頭部に命中、キリモミ回転して吹っ飛んだ。


「な、何さらすんじゃおんどりゃぁ!?」


が、すぐに復活してツカツカと歩み寄ってきた。ウザす。


「いや、何か体勝手にさ。ウザい奴には反応するようになってんだよ俺の足。」

「どんだけ脳の命令無視する足なん!? いやつーかウザいってなんやねん!!」

「ウザい。またはウザったい。こまごまとしていて鬱陶しい。煩わしい。面倒くさい。」

「わぁ丁寧! って説明してくれ言うてんのとちゃうわ!!」

「チッ。やっぱウザい。」

「え、何その露骨な嫌悪感を顕わにした顔!? 昨日の友情ストーリーは何やったんや!?」

「え何それ? オラ知らねえ。」

「白々しい! 白々しいよママン!!!」

「いいから早く行けやボケナス。」

「いたぁん!! ケツ蹴るのやめてぇなぁ目覚めるやんかぁ!! あ、すんませんすんませんごめんなさい調子乗ってましたメリケンサックはさすがにヤバえぼし!!!」


朝っぱらからウザい奴を地面に叩き伏せてやって何食わぬ顔でその場を後にした俺でした。




………………………まぁウザい奴だが、こないだのようなイライラは無いな。うん。









時は進み……昼休み。授業が終わってすぐにお袋の弁当を開いて食う俺。


「いやぁ腹減ったなぁ♪ 俺もうお腹トラペコ♪」

「……ああそうだな。ついでになんだトラペコて。」




いつもと違うのは目の前にコノヤロウがいること。




「と思ったんやけど。」

「?」

「……放課後コンビニで何か買って食べるわ……。」


髪だけじゃなくて全身白くなって燃え尽きたバカ。


「忘れたのかよ弁当。このバカが。購買行け購買。」

「お金もない。生きる希望もない。」


ならそのまま息絶えてください。


「……はぁ。しゃあねぇな半分やるよ。」


情けだと思いつつ、弁当を差し出す。


「おお!! マジかいな! やっぱ持つべきもんは友達やなぁ!!」

「復活早ぇよテメェ。とりあえずツケでいいから一個千円な?」

「金取るんや!? あかんで中学生が売買なんかしたら!! しっかも高い!!」

「じゃやらねぇ。」

「んなこと言わんといて頼むからぁ〜! せやからこの哀れな子羊をお助けおくんなましぃ〜!!」

「いいからはよ食え!!!」

「は〜い♪」


ったく調子狂うわぁ。


「おお、見事なおにぎりが四つも! 中身何?」

「全部昆布だ。」

「…………………。」

「んな嫌な顔すんなら食うんじゃねえ。」

「いや一応感謝しとるよ? うん。」

「コロスよ?」

「うんまい昆布やねー!!」


二つの昆布にぎりを両手に持ってバクバク食べるバカ虎次。お前は裸の○将か。



『…………。』

「? ん?」


で、そんな時に周囲から視線を感じてチラリと見てみた。クラス中の人間全員が一斉に目を俺らから逸らした。何故だ。



『な、なぁ。あの二人どうしちまったんだ?』

『いやとゆーよりあの龍二がどうしちまったんだって話だよ。昨日あんだけ悪態ついてたくせに。』

『しかも顔がなんか活き活きしてない?』

『しかもよ? しかもあの龍二が他人に弁当を分けるなんて…。』

『ま、まさかこれは…!』

『何? 何か知ってるの秋子!?』

『これは俗に言う………び、BL!?』

『ま、まさかそんな……BL!?』

『スゲェ! BL初めて見た!』

『も、燃える!!! ぐはぁぁぁ!!!』

『きゃーーーー!!! 秋子!? 秋子――――!!!!』

『てか何かデジャブを感じる……。』



…………なんか口々に囁き合ってんだけど。


「おい虎次。BLて何だ?」

「何や? お前そんなんも知らんかったんかいな。」


指についたゴハン粒を食べてく虎次の顔はものっそい得意気な顔をしていた。


「ええかよく聞け? BLちゅのはなぁ……。」

「うんうん。」


気が付いてなかったけど、この時クラス中の人間が耳をでかくしていた(イメージ)。


「ホップとかで作られた酒、すなわちビールのことや!!!」

「え、マジ?」

「つかそれ以外思いつかん!!」

「まぁその考えが妥当か。でもよ、何で皆してビールのこと話してたんだ?」

「そやそや。酒は二十歳になってからやってのに。」

「だよなぁ……って、あれ?」



見れば、クラス全員がイスの上から転がり落ちていた。









次の日。今日も何事もなく授業を終えた。


……嘘です。何事もなかったわけじゃない。休み時間にわざわざこっちまで来て騒ぎにくる虎次バカの相手をするのにちょこっとばかし苦労した。へばりついてくるから蹴り飛ばしたり、やかましいから張り倒したり、注意しにきた先公の頭に『ハゲ万歳!』と書かれた札を貼り付けたりってこれは俺も止めなかったおもろかったから。


「さて、帰るとすっか。」


カバンを持ち、他の生徒達より一足早く帰ろうとした。


「やほー。マイフレンド。」

「………ったく。」


が、予想通りっちゃあ予想通り、教室の入り口から虎次がひょっこり現れた。


「おいおい、何嫌そうな顔を……まぁいつものことやけどな。」


もうその点は諦めたようで、やれやれといった感じに歩み寄ってきた。


「今日一日でお前がしたことを思い返してみろ。」

「え? ………………………あぁ、ゴリラの母ちゃん?」

「どんな頭してるか確認したいんで割ってもいいか?」

「嘘ですホンマごめんなさい堪忍して。」


高速の土下座を俺の目の前で披露する虎次。つか人の机の上でするな乗るな。


「……ふん。まぁいい。とっとと帰っぞ。」


土下座してる虎次バカをほっぽって手提げカバンを肩に担ぐようにして歩き出す俺。


「…………なぬ!?」

【ガッシャァン!!】


机の上に乗っていた虎次が背後で驚愕の声と一緒にけたたましい音をたてて周囲の罪無き生徒達が巻き込まれて吹っ飛んだ。


「…………。」


それを無視して教室の出口へ。




「待ってーーーーー!!!!」

「うるっさい。」

「げほぉ!!」


が、すぐに復活したバカが飛び掛ってきたんで裏拳かまして沈めた。でもすぐに復活して再び急接近してきたって顔が近いわボケ。


「な、なぁちょっと! さっきの言葉ってもしやもしやもしや!」

「もやし。」

「もやしもやしもやしもやしもやしもやし…………って何言わせんねん!!」

「勝手に引っ掛かっただけだろが。バカが。ボケが。カスが。ついでに顔近いんじゃこのナスビが。」

「引っ掛かっただけで俺の存在そんなんなるんかい!! そして何故にナスビ!? ナスビに謝らんかい!! いやそんなんどうでもええねん!」


連続ツッコミしてきたがどうでもよくない。俺は帰りたい。眠い。とりあえずいつでも出て行けるようにドアに手をかけてはいるが、この野郎はおそらく帰す気ない。


「おま、お前それもしや『一緒に帰ろうぜブラザー!!』という意味かい!!」

「お前と兄弟になった覚えなんてない。まだカタツムリと兄弟になった方がマシだ。」

「俺カタツムリに負けた!?」

「で? 帰るのか帰らないのか。」

「帰る帰る帰るぜブラザー!!」

「やっぱ一人で帰る。」

「冗談やー! マ○ケルジョーダン! せやから置いてかんといてー!」


ネタ古。







「あー今日も疲れたわぁ。」

「………あぁ。」


夕焼けによって赤く染まる道を、二人横に並んで歩く。虎次は頭の後ろに手を組んで、俺は右手に持ったカバンを肩に担ぐようにして。

隣で虎次は開放感に満たされた顔をしながら喋り続けるが、俺は対照的に口数も少ないまま歩く。


「……て、お〜い龍二よ。せめて何か喋ろうや。」

「わりぃな。話すことなんてないんでね。」



普段一人で帰ってる俺にとって、こうやって二人で帰るというのは本当に久々だった。

小学校の頃、転校する前は、花鈴と一緒に帰ってはいたが、転校してからは、友人はいたものの帰り道が違うということで常に一人だった。


別にそれがどうということはない。会話を合わせるなんてめんどくさい。だから一人で帰る方が帰って何しようか考えるのに集中できるし、何より気楽だ。花鈴と一緒に帰っていた時は、何故か自然と会話が弾んだが、それ以外の奴らとは会話が弾むどころか、向こうが一方的に話しかけてくるばかりだった。



今がまさにそれなんだが、何故俺はこいつと一緒に帰ろうとする気になったのか……全くもって、わからない。



「やれやれ、つれないやっちゃなぁ。」

「大きなお世話だ。」


苦笑する虎次に素っ気無く返す俺。


そして、そうこうしてるうちに分かれ道に来た。正面の道と右の道に分かれている。

正面に行けば、こいつと初めて出会った公園に。右へ行けば、俺の家に続く道。


「じゃ、俺こっちだから。ばいび。」


歩いてまだ五分も経ってないところで、俺は虎次に別れを告げて自分の家へ向かうために右の道へと


「ちょい待ち。」



…………行けなかった。



「んだよ何か用でもあんのかよ。しょーもねぇのだったらぶっ飛ばして埋める。」

「まぁまぁ落ち着きなされ龍さんや。」


ジジイか俺は。どうでもいいけどニコニコ笑ったまま襟首掴むな。服伸びる。


「お前さ、家帰っても何もすることないやろ?」

「勝手に決め付けるな。忙しいんだよ俺ぁ。」

「帰って寝る気やったやろ? さっき小声でねみぃって呟いとったで? 忙しい人間がそんなん口にするとは思えへんけどな?」

「………………。」


コノヤロウ。


「……んだよ。用事が無けりゃ何するってんだ? どっか寄ろうぜとかそんなんじゃないだろうな?」

「ピンポーン♪」


ええい、♪付けるな鬱陶しい。


「あのなぁ……俺はゲーセンとかならまだしも、カラオケとかそんなんは行かない派なの。行くなら一人で」



「俺ん家来いや!」



「行け……って、は?」


人が話してるのを遮って何かすっとぼけたこと言い出した。俺は思わず開いた口が塞がらない感じに。


「だからぁ、俺の家で遊ぼうZE!!!」


語尾強調すんな。


「………バカじゃねぇか? 何が悲しゅうてテメェの家で遊ばなきゃいけねんだよ。」


精一杯嫌な顔をしながら言う。


「ええやんけ〜ダチの家で遊ぶのに何も遠慮なんていらんやろ?」


けど効果なし。ケラケラ笑いながら肩に手を回してポンポン叩く虎次。ウザ。


「……ったく。」


ため息を吐きつつ呆れる。つっても、こいつのことだ。俺がこのまま帰ろうとしたらず〜っと引っ付いてくるだろう。離したとしても絶対復活して叩き落してまた復活してまた叩き落しての無限ループ。結果、完全に日が沈む。俺、疲労感MAX。答え、


「行くよ行きますよ……ったく。」


行くしかねぇじゃねぇかコノヤロー。



「おぉ、そんなに来たいか? 来たいんか? よっしゃーついてこいやー♪ この道真っ直ぐ行けばすぐやからぁ♪」

「…………。」


首絞めたろかこのクソバカ野郎、と思いつつもう一つの道をテンションMAXのまま歩く虎次の後ろを俺はついてくことにした。







「ここや。」

「ふぅん、普通の家だな。」


着いた場所は、見た目は普通の木造の一軒屋。二階とかそんなんはなく、どこか懐かしい雰囲気を出している。そんな感じの家。


しいて言えばサ○エさんの家って感じ。


「わっかりやすい例えやな。」

「読むな思考を。」

「ワリワリ。」


全く悪びれもせずにさっきのようにケラケラ笑う虎次。こいつの笑い方なんか憎めん。なのに腹立つ。何だこの矛盾。


「まぁとりあえずきったないとこやけど入って入って。」

「ホントきたねぇな。」

「正直な感想をありがとうございますド畜生。」


自分から言っておいて怒られるという理不尽な扱いを受けつつも、スライド式のドアがある今時珍しい玄関にお邪魔させてもらう。

玄関に入ってすぐ右には長方形の下駄箱。その上にピンク色の花。正面には奥まった場所に襖。


説明のしようがないくらい意外と普通だった。


「人の家勝手に想像せんといてくれませんか?」

「チッ、やっぱ声に出てたか。」

「え、確信犯?」


イエス。


「まぁいいや。お邪魔しまーす。」

「邪魔するんやったら帰ってー。」

「よっしゃ。」

「待て待て待て待て待て待てホンマに帰んなやってゆーか何気にガッツポーズすんなや!!」


帰っていいって言われたのに襟首掴まれた。だからさ、伸びるっつーのこの野郎。


「まったく、関西のジョークがわかってへんなお前は。」

「そら関東出身だかんな。吉○新喜劇のことなんかまるで知らねぇよ。」

「そらそうやろうけど……ん!? 今お前明らか矛盾したこと言わへんかった?」

「何してんだお前の家だろうが。さっさと入れよ。」

「は、はめられた!!」

「頭が空っぽなだけだろうがお前が。」

「!!!!」


ガーンという効果音が似合うような感じに頭を抱えて膝を着いた虎次バカを無視して、さっさと家に入っていく俺。ここまで来たんならせめてジュースの一杯くらいもらわねぇと割に合わん。


「で? どこ行けばいいんだ?」


振り返ってどの部屋に行けばいいか聞いた。


「…………。」


でもまぁだショック受けてて聞いても無駄だった。ついでに時間の無駄だった。


「……まぁいいや。適当に入っちまえ。」


というわけで、玄関から一番近い襖に手をかけた。



「…! ちょい待ち!!」

「あ?」


虎次が復活して叫ぶのと、俺が襖を開けるのと同時に、




【ガブリ】




「…………。」

「…………。」

『ギシャァ。』





頭がなんかに齧り付かれました。





「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………おわまぁ。」

「ソレ悲鳴!?」


精一杯の悲鳴(?)です。


「オイ、何だこれ。何で食われてんだ俺ぁ。」


そう言いつつ頭を齧っているなんかを指差す。


あれだ。ゲームとかに出てくる人食い植物。マンイーターだっけか? うん、ド派手な柄が付いた真っ赤な花びらの真ん中に唾液で鈍く光る鋭い牙ついてて、大きさは俺より若干でかい奴。それが俺の頭思いっきり食らいついてんの。歯ぁ立ててんの。


「す、すまんすまんちょっと待って……ていうかお前、な、何で平然としてられんの?」


俺の頭からマンイーター(仮)を取り外そうと手を伸ばしかけた虎次だったが、疑問に思って恐る恐る問いかけてきた。


「ん? ああ、これか。ちょっとした技でな、『龍鉄風りゅうてっぷう』っつー奴。今は鍛錬途中だから岩石程度しか防げんが、そのうちミサイルぐらいは防げるようになる。」

「…………は、はぁ……ようわからへんけど、すごいな。」


きょとんとした顔すんな。まぁ無理もねぇと思うが。


「まともかく、だ。これさっさとどけてくr【ガブガブガブ】」

「って食われとる食われとる食われとる! それでも平然とすな!!」


目の前が真っ暗けっけになりました。






「やれやれ、ひどい目にあった。」

「……全然慌てとる様子無かったけどな。」

『ギシャ。』


顔半分まで食われてるところを虎次によって救助され、ハンカチを使って顔中にベッタリついた唾液を拭き取る俺。それを見て俺の前に茶の入った湯飲みを置きながら苦笑いする虎次。そしてその手に両手で収まるサイズの植木鉢を持ち、そこから生えてるでかいマンイーター(仮)がウネウネと体操している。千切ったろかテメェ。


「つか何だその変な生き物は。つーより植物は。」


指差した先にはさっき俺に噛み付いたマンイーター(仮)。つかこれ、いちいち(仮)付けにゃダメなのか? あ、ダメ? そうかいそうかい。


「あぁ、こいつな。」


そう言いつつ虎次は、ニコニコ笑ったままマンイーター(仮)の花びらを犬の如く撫でる。それに応えるかのように、マンイーター(仮)は『ギシャァァァァ』と気持ちいいんかようわからん鳴き声を上げた。多分、気持ちいいんだろう。猫で言うところの喉鳴らして『ゴロゴロ』いってる感じか。すまん無理がある。


「小学三年の頃に外国に家族旅行へ行った時に、道端に咲いてた珍しい花があってな? あんまりに可愛くて、思わず植木鉢に入れて持って帰ってきてしもうたんや。」


これを可愛いと思うこいつの頭をいっぺんかち割って覗いてみた方がいいと思う。


「……空港にゃ引っ掛からなかったのか?」

「そこはうまいこと……な?」

「なるほど。」


“うまいこと”、という意味がよくわかっている俺はあえて聞かなかった。


「いや最初はな、つぶらな瞳でニコニコ顔の超可愛い花やってんけどな? あ、ミニフラって言うらしいねんけど、しばらく世話しとったらこんなんなってもてな?」


ミニフラ超すげぇ。


「成長した今はマンイーターって呼称するらしいで?」


『マンイーター(仮)』は改めて『マンイーター』となりました。


「因みにこの子の名前はマンちゃんや。」


ネーミングセンスねー。


「でなでな、世話してるうちに愛着沸いてもうてな? もう超くぁわいいんやコレがまた!」


くぁわいくねー。


「で、この子がきっかけで今食虫植物コレクションにしてるんや。」


趣味わりー。


「で、この子のえさは主に牛肉とか。出費が多くて結構大変なのが唯一の悩みなんや。」


肉食植物すげー。


「あ、安心しぃ。こいつ人は食わへんように躾とるから。」


初っ端に噛みつかれたから信用できねー。


「まぁ好きな奴ほど噛みたくなるっていうやろ? お前、懐かれたんやで♪」


嬉しくねー。


『ギシャッ。』

【パクッ♪】

「おぉ、ホンマ懐かれてるなぁお前。マンちゃんが二回も頭噛むなんて俺以外おらへんで?」


マジ嬉しくねー。


「……とれ。」

「無理無理♪ 無理矢理剥がそうとしたら俺まで噛みつかれるから。」


ウゼー。


「…………はぁ。」



俺もうなんか色々諦めた。いや諦めないとダメだ。うん。



「……で?」


マンイーターもといマンちゃんを引っぺがしてから虎次に聞く。


「ん?」


聞かれた本人は首を傾げた。いや可愛くないからマジで。学校でそれ見ていた一部の女子どもが鼻血ブーやってたけど腹立つだけだから俺からしてみりゃ。


いやそんなんどうでもいい。


「なぁんで俺呼んだんだよこの家に。まさかこれ見せびらかしにきただけじゃねぇだろうな?」


それだけで呼んだっていうんだったらぶっ飛ばしてや



「うん。」



………る………



は?



「……あんだと?」

「いやだから、うんって言ったんやけど? そのまんまの意味で。」


…………。



『うん』=『その通りです』。肯定しているという意味。



…………。


「そこ動くな顔面整形してやる。」

「ちょちょちょ!? 待って待って待ってそんな物騒な整形手術いらんわ!!」


振り上げた拳を上げて、最近ようやくコントロールがついてきた『龍閃弾』を放とうとしたら全力で抗議。仕方なく拳を下ろした。ちぇ。


「んな静かに怒らんといてぇな……まぁ怒るとは思ってたけどもな。」

「思っとったんかい。」


思わず関西弁でツッコんでしまった。俺は基本ボケなのに。ボケなのに。ボケなのに!


「まぁ、ともかく……今日はちょっと話したいことあってな。」

「あ?」


テメェ、くだらねぇ話だったら蹴り飛ばすぞ。と言いかけたが、すぐさま口を噤んだ。



こいつの目が、いつになく真剣そのものだったから……だ。さすがの俺も真剣な話をしようとする奴に横槍入れるなんてことはしない。内容にもよるが。



「この家に誰もおらへんやろ?」

「? ああ、そうだな。もうそろそろ誰か帰ってきてもいい時間だが。」


時計を見ればもう六時を過ぎていた。季節が季節だからまだ明るいが、お袋か誰か帰ってきてもいいと思う。


「あれか? お前んとこって共働き?」

「死んだ。」



…………へ?



「死んだ。オカンもオトンも。五年前に交通事故で。ダンプと正面衝突や。」


…………。


「すまん。」

「いやいや、謝ることないって。」


本人は笑ってはいるが、俺は不謹慎な言い方をしたと後悔して頭を下げる。


お袋達が、外国へ飛ぶのが延期になったのを心から喜んでいた俺。まだしばらく共に暮らせると安堵していた俺。相手の家庭事情も知らず、勝手なことを言った俺。


だが虎次は……一緒に暮らす家族がいない。浮かれていた自分が恥ずかしくなった。


「別に同情なんていらへんで? そらまぁ、最初は悲しかったけどな? 今はこの通りや。」


ケラケラと笑う虎次。その顔からは確かに悲しみなんて微塵も見られない。


「それというのも、全部こいつのおかげや。」


視線を隣にいるマンイーターに移し、愛おしそうに撫でる。マンイーターも嬉しそうに揺れていた。


「両親が死んだのはこいつを連れて帰ってきてからでな。寂しさは全部こいつが紛らわしてくれたんや。こいつがおらんかったら、今頃俺は引きこもりか、最悪は……まぁ、言わないでもわかるやろ?」


苦笑しながらまた視線を俺に戻す。最悪は……の後は、まぁ、うん。言わないでおこうな。


「俺にとってはこいつが唯一の家族やったんや。俺の唯一の癒やしがこいつや……でもな。」


ふと、虎次の顔が暗くなったのを、俺は見逃さなかった。


「やっぱ、それでも寂しさはあったな。何より、同年代の奴らと一緒に遊びたかってん。幸い、親戚が仕送りでお金送ってくれるから学校には行けたんやけど……。」


ふぅ、と、虎次の口から憂鬱なため息が漏れる。


「ほら、俺の趣味がこれやろ? せやから友達っちゅーもんがおらんくてなぁ……一度家に招いたこともあってんで? でもこの子見たら血相変えて逃げ出してもてな? それっきりや。」


そう言いながら、マンイーターの花びらを撫でた。


「結局、噂は噂を呼んで、俺の家は化け物屋敷だの人を生贄にしてるだの、遠まわしなイジメも発生してもうてな……小学校はずっとその生活や。」


……一般人だと、その反応が当たり前だろう…………



でもされた本人にしてみたら、それはツライものだったんだろうな。そんなことないのに、あらぬこと囁かれて……そう、虎次コイツの顔が物語ってる。



「せやからな、中学校でなら! って意気込んどったんやけど……一年の時は、性格がウザイって言われてもうてな。またイジメ発生や。暴力的やのうて、全員シカト。結局、どうすることもできひんかった。」


自嘲気味に笑う虎次。対し、俺は黙って聞いていた。


「もう諦めとったわそん時は。どんだけ人助けしても、どんだけ鍛えても。なんにも変わりゃしなかったんや。


そんで、こないだ偶然公園でチンピラがリンチしてるのを見てな。条件反射……言うんかな? うん。勢いで飛び出してもうたんや。結局不意打ちされたけど。」


さっきの暗い表情から一転し、照れたように笑って頭を掻く。


……つかそれは……。


「またボコボコにされんのかなぁ、とか思ったりもしたんやで? 慣れたもんやけど、やっぱ痛いのって嫌やん? 覚悟したわ。


そこで、どっかの誰かさんが正義の味方の如くご登場や。」



なんかデジャブだ。



「そいつ曰く、助けたのは気分だと。人助けすんのに気分もヘッタクレもないっちゅー俺の考え方とはまったく逆の思考の持ち主で、最初は随分変わった奴やなって。そう思ったんやけどさ。



まぁ、なんやろうなぁ……捻くれてるように見えてんけど、目が澄んどるっちゅーんか…………うん、とにかく、悪い奴にはないような、そんな感じの目ぇしとったんや。」



………………。


「あんまり珍しくってな。このご時勢、ここまで真っ直ぐな目をしてる奴を見たのは初めてなもんで。で、すっかり気に入ってもうてさ……今に至るわけや。ハハハ。」


随分と身勝手な理由で俺に近寄ってきたこいつは、照れ笑いを浮かべた。


……だがまぁ、こいつの性格はおおよそは把握していたから別にどうってことない。一つだけ疑問に思うことがある。


「……一つ、聞いていいか?」

「ん?」



「それ話すために俺をここに呼んだってわけか?」

「そうや。」



呆気らかんと答えた虎次。口調はおどけているが、目だけは真剣なままだった。


「……そのわけは何だよ。」


そんな虎次を見て、俺は若干怒った口調になる。ただ、本気でキレているわけじゃない。ただ気になっただけ。それが怒ったような感じになってしまったが、虎次は怯えもせず、ただテヘヘと笑うだけ。


「あ〜……うん。まぁ、お前にとっては、大したことじゃないかもしれへんけど………



ダチやから。知ってもらいたかってん。」



…………。


「いや、勝手なのはわかってんねんで? お前にとっては迷惑やろうけど……俺、どうしてもこのこと話したかったんや。今まで家に呼んだ連中は全員、俺の家の中見ただけで逃げ出したし、畏怖とかそんな目で見てくるばっかしやったからさ……。」


…………


そうか……そういうこと、か。


「あ、スマンなホント。無駄な時間取らせてもうて。じゃぁ「オイ。」…?」


苦笑を浮かべながら立ち上がろうとした虎次を、俺は抑揚のない声で遮った。


「お前はさ、俺がそんなことで軽蔑するようなせっまい人間だと思ってたのかよ?」

「! い、いやちゃうちゃう! そんなん思ってへんよ!!」


静かに言った俺に慌てて手をワタワタと激しく振り、虎次は必死に弁明した。


「……俺は先にそうだと判断するような奴が嫌いでな。お前は俺が、お前のことを軽蔑するかもとか思ってたってことだろ? それを話すってこたぁさ。」

「う…。」


図星だったらしく、後ずさる虎次。


「まったく……いっつもテメェからへばり付いてくるクセに、そんな風に思っていたなんてな……はぁ。」

「…………。」


すっかり意気消沈してしまった虎次は、正座して肩を震わせながら俯く。かろうじて見える顔は、怯えた小動物のようだった。


「……言わせてもらうけどな。」

「!」


一言区切った俺の言葉にビクリと肩を震わせ、次の言葉を待つ。





「そんなことで俺ぁお前のこと軽蔑しねぇよ。」

「………へ?」


さっきまで震えていた虎次が顔を上げ、キョトンとした表情を俺に向けた。


「さっきも言ったけど。俺は先にそうなんだーって判断する奴が嫌いなんだよ。趣味がわりぃどうこうでその人自身を判断するわけねぇだろうが。」



つっても、ぱっと見で判断してしまうのが人間だ。



「俺はお前の性格が嫌でもわかっちまったからな。二年になってから。しょっちゅう引っ付いてくるウザったい奴だとは思ったけど。」



だから、その人を知ろうという考えに至るには、意外と長い時間がかかる。



「まぁ、最初の頃は心底ウザいとは思っていたさ。」



けれども、意図せずにそいつの性格を知ることもある。



「でもな、」



それが不幸か、それとも幸か。



「今日初めて、お前のこと知れたぜ。俺。」



少なくとも、俺は、





「教えてくれてあんがとよ。」





後者だと思う。



「……龍二……。」



俺は、どこかで一人でいるのを恐れていたのかもしれない。


俺は、どこかで誰かと共につるむのに憧れていたのかもしれない。


俺は、どこかで一緒に笑い合える奴が欲しかったのかもしれない。




結局、俺は弱い自分からずっと逃げてきた。




「ま、とりあえず、だ。」

「?」




でも、こいつは弱い自分とずっと戦ってきた。




だから、




「これ、外せ。」

「あ、またマンちゃん噛み付いてる!? ええシーン台無し!!」




こいつに負けないように、立ち向かってみよう。




「おい、唾液垂れてきてるぞコラ。燃やしていいかコレ?」

「うおおおおおお!!! ストップストップ!! 頼むから待ってくれええええ!!!」





弱い自分に……今度は、逃げずに。





「あーもういい。燃やす。」

「ちょおおお!!! そのマッチ棒しまえ、って今時マッチ!? ライターじゃないんかい!!??」







こいつと、一緒に。


次回、互いに認め合った二人に襲い掛かる、あまりにも残酷な運命。

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