第百六十四の話 龍二と虎次 <中編>
〜龍二視点〜
「おーい龍二やーい!」
「……ウゼェ……。」
教室で窓の外を眺めつつ、ゆったりとした空間を楽しもうとした時に飛んだ邪魔くれ者が乱入してきやがった……はぁ。
「なぁなぁなぁなぁなぁなぁ聞いてくれ聞いてくれ! 実は今日なぁ。」
「そらよかったな。わかったから帰れ。」
「まだ何も言うてへんがな!?」
「頭の中で何言ってたのか大体想像できた。」
「ほぉ? なら言うてみい。」
「“僕は今日パンツ履かずに登校してきました”。」
「そうそう実は先日雨でパンツ干しっぱなしにしとったから履く奴が無かって〜んってアホかちゃんと履いとるわ!! あぁ、そこのお嬢さん方引かんといてぇな!? うそや、こいつのうそや!!」
「満足したなら帰れ。」
「そんなダチをむげに追い返したらあかんてぇ!」
…………ホントうぜぇ。マジでうぜぇ。地球がひっくり返るよりうぜぇ。
大体、何でこんなことになったのやら……。
始まりは、あいつと出会った次の日。その日は学校へ行く気分だったから登校した。
「ちーっす。」
で、俺は本来なら前日に開けていたであろう、二年生になって初めての教室の扉を開けた。
「! 荒木、お前また遅刻か!」
……言い忘れてたが、授業開始時刻はとっくの昔に過ぎていた。今はちょうど朝のHR中のよう。
「あーはいはい遅刻ですよ。どうもすんません。」
「何だその態度は!? それが教師に対する礼儀か!」
「そうですが何か?」
この怒鳴り散らしてるテカ頭が、これから俺らの教室の担任を務める先公…一年の時もこいつだった。大したこともしてねぇのに頭ごなしに説教めいたこと抜かし、それっぽいことを適当に並べ立てて自分が一番偉いと思っているアホな大人。何故わかるか? こいつの顔が物語っとるわ。
おまけに学年一という言葉に固執して、遅刻とか欠席とかにはとにかくうるさい。現に今がそうだ。確かに遅刻は取り締まるのは当たり前だが、こないだなんて一分遅れただけで怒鳴られてる奴を見たことがある。こう怒鳴ってばっかの奴だが、不良な奴に対しては無視か絡まれた場合は御託並べた後逃走するとんだ腰抜け野郎。
まぁそんなわけだから、慕う奴なんて誰一人いやしねえ。当然だろうな。
「……何度も同じことを言わせるな!! お前が遅刻することで皆に迷惑がかかっているというのがわからんのか!?」
嘘つけ。アンタが迷惑なだけだろが。チラって見てみれば、こいつが目ぇ離した隙にお喋りしてたり、手紙回したりして、やりたい放題やってる奴が大勢おるし。そっちに気ぃ回せやオッサン。
「聞いているのか!? 大体、お前は一年の頃からずっとそうだ!! 服装といい態度といい!! まったくお前の親はどういう教育をし」
「黙れや。」
「………!」
人の両親の悪口抜かすこのクソハゲに、軽く怒りを込めて睨みつける。それだけでこのオッサンは竦みあがった。
「……………わ、わかった。これからは気を付けるように。」
「ああ…で? 席はどこだ。」
手下げカバンを肩にかけるようにブラ下げつつ、先公が指差した方へ向かって歩き出す。俺が横を通っただけで、喋っていた連中は次々に黙り込んでいき俺から目を逸らした。別にこっちから見ることもねぇのに逸らす意味ねえだろバカどもが。
で、指定された席は……一番後ろの窓際か。いいね、ベストポジションだ。
「ふぅ。」
俺はイスに座り、カバンを机の上に置いて窓際に肘を置いて外を眺めることにした。
「………で、ではHRに戻るぞ。」
ビビっていた先公はようやく自我を取り戻したらしく、HRを進めていく。皆も喋るのはやめて(つっても一部の連中だけで他は小声で話している)先公の話に耳を傾け始めた。
そんな中、俺は話しも聞かずにずっと窓の外を眺めていた。先公はもちろん、周りの連中もそんなこと気にも留めない。一年と大して変わらない風景。
けどそれがいい。話しかけられたら鬱陶しいだけだ。寧ろ誰も関わらないで欲しいところだ。ましてや今、小声で話しているお喋りな連中とは関わりたくない。俺はこうやって、静かに窓の外を眺めてる方が性に合ってる。
「………ふぅ。」
ふと、先公の話を適当に聞き流しているとあいつを思い出した。
(……なぁにが俺のダチだ……くっだらねえ。)
ただボコられそうになったところを気分で止めてやっただけだ。そんで気に入ってダチ? アホくせぇんだよったく。
……つか、考えてみりゃあいつと俺、同じ学校なんだよな……つーことはここに来ているってことになるな。
「…………。」
よし、昼休みに早退するか。幸い、クラスは教えてねえからすぐには見つけられねえだろうし、早いとこ逃げちまった方がいい。あいつとは関わりたくねえ。
「……以上だ。これで朝のHRを終わりにする。」
「起立!」
日直が号令をかけ、それに合わせて全員立ち上がる。喋っていたのも立ち上がったが、俺は立ち上がらなかった。習慣でも、あのハゲに頭を下げるのは勘弁だ。
「礼!」
そして、全員適当に頭を下げる。ふと、教卓を見てみた。ハゲが俺を横目でジロっと恨みがましく睨みつけていたザマーミロ。
そんでまぁ、適当に授業を聞き流し、昼休み……んまったく話聞いてねぇから、時間が進むのが嫌に早いと感じた。いや、省略したって感じ? まどっちゃでもいいか別に。早く終わるに越したことねぇし。
「さ、てと。」
カバンを持ってイスから立ち上がる。大体俺が何するのか、周りの奴らのほとんどがわかっているらしい。一年の時と同じ奴らが半分以上いるからな、慣れた奴らばっかだ。まぁだからってどうもすることねえけど。全員俺が何しようが、まったく気にも留めずにそれぞれ談笑したり弁当広げたりして、昼休みを満喫しようとしている。
俺は普段なら購買とかに行って適当に屋上か他に静かなとこでメシ食って寝る……だが、今日ばかりは何か嫌な予感がする。とゆーわけで、早退することにする。
「先生。今日調子悪いんで帰りまーす。」
【ガラッ!】
「マイフレンドはっけーーーん!!!!」
……………………。
早々に立ち去ろうと立ち上がった瞬間に教室のドアが開いて見覚えのある白髪が見えテシマッタンデスガドウシマショウ?
「龍二! メシ食おうやメシ!!」
テンション上げ上げで大声で話しかけんなカラフルな弁当箱ぶら下げてくんな輝かしい笑顔すんな走り寄ってくんな近寄んな息すんなPlease 死ね。
「とお!」
咄嗟に開いた窓から飛び降り、空中二回転を華麗に決めて膝を折って着地、同時にクラウチングスタートの如く突っ走って風となる!
「待ってえええええええ!!!!」
「!!!!」
走りながら振り返ってみれば同じ窓から飛び降りて着地して走り出して追ってきたクソ野郎。いや速いよアンタ意外と速いよ。
「何で逃げるん!?」
「来んな足速ぇんだよこのクソ野郎!!」
「誰がクソやねん俺には虎次っちゅう名前あんねや昨日紹介したやろ!!」
「知るかバカアホボケこのスットコドッコイどっかの池に沈めそして浮かび上がってくんな!!」
「えっらい早口で死ね宣言ですかい!? 相棒にそないなこと言うたらあかんてぇ!!」
「誰が! いつ!! テメェの相棒になったこのクソッタレ!! 死ね!! 一年で366回死ね!!!」
「俺が! 昨日!! ダチやって言うたのが始まりやないかいってかそれ毎日死んどるやないかあ!!」
「律儀に答えてんじゃねえよボケナス!! つか何で教室わかった!?」
「生徒会に依頼して調べてせもろたんじゃい悪いかぁ!!!!」
「逆ギレかコノヤロウとりあえず毎年毎日二十四時間眠っとれ!!!!」
「それすなわち永眠しとれってことやんけ!!!」
「理解力あって助かるとゆーわけでそうしとけバカ!!!」
そんなことを言い合いながら、俺らは町内どころか東京都を何十周も走って一日を費やしてしまった。
で、今に至るわけだが……今気付いたが、周りの奴らは俺らのやり取りを見て唖然とし、虎次は肩に手ぇ回していろいろくっちゃべるし、俺はうんざりしてるし……いやホント、マジでウザイ。どうしようもないくらいウザイ。
「……ふぅ。」
「あれ? どないしたんため息なんか吐いて? 悩みでもあるんか? 乗ったろか? 相談。」
……ピキッ。
「今現在進行形で悩んどんのじゃボケぇ!!!」
「グポォン!!!」
風を切る右ストレートは見事野郎の頬を捉え、キリモミ回転しながら吹っ飛んでいった。
「…ふぅ。やれやれ。」
教室の隅に横たわるバカを無視して、ようやく手に入れた一時の平和を噛みしめることにした。
「も〜龍二ひどいやんダチにそんなんしたら♪」
……復活しやがったよこの野郎。
「チッ。もっと強くしとくべきだったか。」
「ちょい待って今の呟きに殺意こもってなかったか?」
「込めてましたが何か?」
「うひゃあ爽やかに言われたわ〜……って何でやねん!?」
「ムカつくからだ。」
「ツッコミに答えんでもええねん!!」
「シネ。」
「ボプゥン!?」
もっかい殴った。
「…………。」
翌朝、注意しつつ廊下を早歩きで教室へと向かう。途中でハゲが何か怒鳴り散らしているのを見かけたが、当然無視。今の俺にとって重要なのは、あのバカに会わないようにすることだ。少しでもあいつとの接触を避けたい。いやマジで避けたい。マジで。
「龍二〜♪」
……マジでって言ってんだからわかれよ神様よぉ。殴んぞマジで。
「だから来んなっつの!!!」
「朝パラ!!!」
タッタカターと走り寄ってきた虎次の顔面に上段回し蹴りをかますと某有名番組を叫びながら吹っ飛んでいった。その隙にダッシュ!
「だから待ってーなー!」
「だから復活早ぇんだよテメェ!」
すぐ後ろから心底楽しんでるとしか思えない笑顔で虎次がおっかけて来て、こいつ首の骨へし折ったろかとか物騒なこと思ってしまったよ俺。
「そんな照れんでもええがなぁ龍二〜♪」
「照れとらんわアホんだら!! 底なし沼に沈めバカ!!!」
「俺泳げへんの知っとるやろー?」
「今初めて知ったわボケナス!! つかむしろ好都合だ是非沈んでくれ頼むから!!」
「断る!!」
「ボコったろかワレェ!!??」
「やれるもんならやってみぃ!!」
「じゃあ!!!」
右足でブレーキをかけ、
「やったらあああ!!!」
振り向き様に右フックを後ろを走ってきたバカにかましてやった。チッ、今度は避けられたか。
「うおったぁい!!??」
何か変な叫び声上げながらマト○ックスの有名シーンの如く体を逸らして回避しやがった。
「おごぉぉぉぉぉ…………っと! い、いきなりすなや!!」
呻き声を上げた後に逸らした体を一気に元に戻すなり、文句言ってきた。
「知るかバカ。やれるもんならやってみろっつったのはテメェだろうが。」
拳をボキボキと鳴らし、威嚇する俺。ついでに言うと俺の目がマジ。超マジ。
「え……いや、あの、その……ちょっと待ってもうちょい穏便に」
さっきと打って変わって両手を肩までの高さまで上げて、俺の怒りを静めようと冷や汗かきながら引き攣った笑いを浮かべるバカだがんなもん関係ねぇ。
ちゅーわけで。
「オラァ!!」
「のわああああ!!!??」
自慢の右拳をおもっきし力を込めて振り下ろし、野郎はバックステップで回避した。
【ドカァン!!】
で、振り下ろした拳は廊下の硬い床を粉々に粉砕、小クレーターを作ってしまった。弁償はしない。
「ってちょい待て弁償せえや!! いやそれより死ぬやろあんなん食らったら!!」
「隠蔽すりゃいんだよそんなの。つかコロス気でしたが何か?」
「悪っ!? おま、超悪すぎ!? そんなんで主人公やってええんかい!?」
「俺は別に困らんからいい。困んのはこんなことさせた創造主。」
「悪魔やアンタ!!」
よく言われるよ悪魔とか黒龍とか。いやそんなんどうだってええわい。
「そ・れ・よ・り・もぉぉぉ♪」
ゆぅっくりとクレーターから拳を離して立ち上がり、目をギラつかせながらニタリと笑った。
「……………………さ、授業授業♪」
そんな俺を見たバカは180°回れ右してギクシャクしながら退却しようとしていた。
「大人しくボコられろおおおおおおお!!!!!」
「いぃぃぃぃやあああああああああん!!!!!」
今度は俺がバカを追い回す展開となり、怒涛の鬼ごっこが始まった。
これにより、俺らの教室があるA号館はほぼ半壊。幸いケガ人は一人だけで、全校生徒と教職員は俺らが暴れだすと同時に校舎が揺れ始めて全員避難していて無事だった。ケガ人は当然、あの白髪のバカである(でも結局10分後には復活した)。
校舎が半壊した翌日、俺はのんびり気ままに近くの川沿いを歩いていた。暖かい日差しが降り注ぎ、川の水面が反射してキラキラと光っている。
あ? 授業? そんなん決まってんだろーが。サボタージュしたんだよ。当然だろ。昨日クラスの校舎が半壊したから代わりにA号館にある予備の教室を借りることになったから授業があるわけよ。でもダリィから行かない。サボること自体に罪悪感なんて全くねぇし。ってかさ、考えてみたら最初っから学校行かなかったらあいつに会わなくて済むわけだし……何で初めからこうしなかったんだろうかねぇ俺? 今さらながらこれほどいいアイデアはない。まさか俺が学校サボってるなんて思いもしないだろうし、学校抜け出してまで追っかけてこないだろう。
「……ふぅ。」
にしても、会って三日も経っていないが……ものっそい疲れたわあいつの相手すんの。いやマジで。今までの人生で一番苦労したかもしんない。あいつのテンションにゃ付いていけんわ。
ともかく。今は英気を養わないといけんから……久々に!
「うほぉっとい!」
土手の芝生の上で! 昼寝でもぶっこくとするか!!
「………あ゛ぁぁぁぁぁぁ……。」
ゴロリと柔らかい芝の上で横になり、まるでゾンビの如く声を出しながら息を吐き出していく。昼寝する時のこの感じが、俺はたまらなく好きだ。
太陽光線をさんさんと浴び、爽やかな風が体を撫でていき、耳にはその風によって花や草が擦れる涼やかな音が入ってきて眠気を誘っていく……これぞ昼寝の醍醐味。こうやってると、束の間とはいえ、日頃悩んでいることが忘れられる……俺のことも。ウザい先公のことも。嫌なこと、不愉快なことは、眠気と共に消えていく。
…………………けれど。
「…………。」
あいつの顔だけが消えんのは何故だ? 何で一番嫌だと思ってる野郎の顔を忘れられんのだ俺は? いやいやおかしいおかしいこれはちょっとどころかかんなりおかしいってオイ。
あぁ、そうだ。あまりによく出没するから脳裏に焼きついて離れなくなっちまったのか。うっわぁはた迷惑なこって。
「……ウザ。」
誰もいないのにポツリと呟いてしまった…。
「………………あ〜も〜クソ! 寝て忘れたる!!」
半ばヤケクソ気味になりつつ寝返りをうって右を向いた。
向いた。
向いた。
向いた……。
向いた………が。
「よぉ、今日はここでサボりかボブサン!!!」
ぬぁんでコンチクショウがここにおるんじゃああああああああああ!!!!!!!!!
「テメ、何してやがんだコラァアアアア!!!」
「な、何て俺も暇やし学校サボった口やがな……お前と同じや。」
「じゃなくて何で俺がここにいるってわかった!!!」
「そんなもん…………フレンドパゥワー?」
「埋まれ!!!」
「え、ちょ、グブオオオオオオオオオオ!!??」
頭から離れない腹立つ顔の持ち主が横で寝そべってたんで地面を掘って突っ込んだ後に埋めました。
で、また次の日。今日は学校に出ている。
前にも言ったが、こないだ校舎を半壊させたことにより、工事の人達が急ピッチで修理を行うことが決定したのでA号館はただいま灰色のシートで覆い隠されていて立ち入り禁止状態に。面倒起こしてごーめーんまことにすいまめーん。
「いやぁ昨日は大変やったなぁ♪」
「………もっと深く埋めりゃよかったか。」
「え? 何か言うた?」
「なーんも。」
……あとついでにこの鬱陶しい奴の頭ん中も工事してやってくんねぇか工事のオッチャン兄ちゃん達よ。さっから前やら横やらをチョロチョロしやがってウゼェ。おかげで昼寝しようにも邪魔だからおちおち昼寝もできやしねぇ。
「んもぉ相変わらずつれへんやっちゃなぁお前は♪」
「えぇい楽しそうに言うな気色悪いわボケナス。」
元の教室が直るまでの間借りることになったB号館にある仮教室の窓へ顔をそっぽ向け(教室が変わっても席は同じ)、横に立って話しかけるバカを視界に入れないようにした。
「つかお前。もうちょいで授業始まるってのにいつまでいる気だ。」
「チャイム鳴り終わってからや。」
鳴ってからじゃねえのかよ遅すぎだろそれ。
「ええねんええねん、授業なんて遅刻してナンボのもんじゃい。」
「心読むな。」
「声出てたで?」
………チッ。
「……いや、つか授業出ろよ。先公にバレたら終わりだろが。」
「先公にバレてナンボじゃい。」
「……まぁ、そこら辺は認めてやる。」
「お? 珍しく意見合ったな? さてはとうとう友情に!?」
「…………チッ。」
「舌打ちせんといてよぉ!」
ウゼェ。マジでウゼェ。
しっかしこの学校の先公どもは能無しか。一人でも有能な奴いねぇのかよ。こいつしょっぴいてくれる奴とかよぉ。
「ナハハ、無理やってこの学校の連中じゃ♪」
「思考読むなボケナス…。」
「まぁまぁええやんけええやんけぇ♪ 今日こそは一緒におろうやぁ♪」
……………チッ、ホントにウゼェ。
「……何回言わせんだよ。ウゼェっつってんだろ? そろそろキレっぞ?」
「こないだキレたやん。第一、本心からウザイとか思ってへんやろ?」
……………………。
「…………。」
「あれ? どしたん急に難しい顔して? お腹でも痛いんか?」
……………………………。
「なぁなぁ、何黙りこくっとんの? 考え事か? 悩みやったら乗ったるで?」
……………………………………。
「…おい、どしたんやホンマ? 何かあったんk」
「黙れ。」
自分でもわかるくらいの冷たい、感情のこもってない声で、一言言い放った。その声のヤバさには、さすがの野郎も口を閉ざしてキョトンとした。
「……へ?」
その声のヤバさには、さすがの野郎も口を閉ざしてキョトンとした。
「お前さ、いい加減気付けよ。前々からウゼェって言ってんのに何だ? しつこくしつこく付きまといやがって。」
野郎が黙ったのを見て、チャンスとばかりに次々と冷たい言葉を投げつけていく。
「挙句、ダチ? よしみ? ざけんな。お前とダチになった覚えなんてこれっぽっちもねぇっての。勝手にダチにされて、こっちゃいい迷惑だ。オマケにベタベタしてきやがって。ウゼェ他ねぇっての。」
止まらない。今まで溜め込んでいた鬱憤が、まるで破裂した水風船の中にあった水の如く飛び出していくかのように、止まらない。
「俺はな、お前みたいな性格した野郎が大ッ嫌いなんだよ。そんな奴にくっつかれて虫唾が走るわ。」
一人が好きだった俺の生活を、こいつは全部壊していった。壊されてしまった。それは、許せない罪も同然だ。
「だからな、」
ゆえに、
「もう付きまとうじゃねぇ。邪魔だ。」
こいつを殺してしまう前に、突き放す。
「……………。」
「……………。」
言いたいことを、全て言い切った。怒りで熱くなってた体が、急速に冷めていく。気付けば、教室は俺の声によって全員がこっちを唖然としたまま見つめており、教室のドアを開けた状態で固まってる先公までもが何も言えずに突っ立っていた。気付かないうちに、すでにチャイムは鳴っていた。
だが、周りのことはどうでもよかった。
「…………。」
今、目の前にいるこいつ……さっきまでのテンションはどこかへ行き、打ちのめされたような顔になり、口元が震えていた。顔色も蒼白となっていた。
「……………ハハ。」
やがて、長い沈黙を破ってようやく喋りだした。
「…そっか……俺、ホンマに鬱陶しいことしてたんやな。」
顔は笑ってはいる。だが、声に覇気もなく、笑顔もぎこちない。
「悪かったな……勝手に、ダチやぁ言うて。そやな。そういうのが嫌な奴やっておるわな。うん、そうやそうや…。」
俺に向かって言っている、はずなのに、まるで自分に言い聞かせるように話す。
「………わかった………お前が嫌なら、もう、俺話しかけるのやめるわ。」
「…………。」
ああ、そうだ。もう話しかけるな。
「ほな、授業行くわ……ゴメンな、ホント。」
わかったらさっさと行け。視界の邪魔。
「………ホンマ………ごめん。」
何回も謝るなっつーの鬱陶しい。
「………………。」
教室中にいる皆が見守る中、野郎はトボトボと俺らの教室のドアを開けて出て行った。
「……チッ。」
イスにもたれ、舌打ちをする。
「…………なんだよ。」
『!!』
キレている俺がジロリと周囲を一瞥するやいなや、全員一斉に顔を前に向けた。
「……ったく。」
イスにもたれつつ、視線を窓の外へと移す。空は快晴に対し、俺の胸の中は穏やかじゃなかった。
ホントに腹正しい。鬱陶しい。イライラする。ここまでムカついたのは初めてだった。
あいつのあの顔を見て痛む自分に。
あいつが謝るのに対して、言おうとしていたことを言わなかった自分に。
あいつを一瞬でも呼び止めようと手をピクっと動かしてしまった自分に。
…………あんな嘘偽りの言葉を並べ立てられた自分に。
翌日。
「…………。」
朝っぱらから周囲を警戒しつつ…………。
「……って、もうその必要はねぇか。」
警戒するのをやめ、普段通りに歩く。何事もなく教室に辿り着き、イスにドサっと座った。
「ふぅ……。」
教室に着いて一息つき、ふと窓の外に目をやった。そこには未だ登校している後輩、同級生、先輩連中の数々。
その中に、白髪頭は無かった。
「……。」
って何探してんだか俺は……。
結局、昼休みも、他の授業も、あいつは現れなかった。
さらに翌日。この日はサボり。
さらにさらに翌日。この日もサボり。
さらにさらにさらに翌日。学校昼休みまで出席。その後は無断で早退。
さらにさらにさらにさらに翌日。昼寝で終わり。
さらにさらにさらにさらにさらに翌日……もう、いつも通りでいいや。
そう、いつも通り。いつも通りの道を歩き、いつも通りの道路を横切り、いつも通りの廊下を通り、いつも通りのイスに座り、いつも通りの芝生で昼寝し、いつも通りの街でブラブラする。
でも……一つだけ、『いつも通り』が欠けていると、近々思うようになってきていた。
あいつが話しかけに来なくなって数日後。今日は珍しく全部の授業出席しようと思った。理由は……
【ザァァァァァァァァァァ……】
……あいにくの大雨でーす。
「ちぇ。ついてねーや。」
よりにもよって苦手科目のある金曜日にこの雨。これじゃ昼寝もできんし。遊びにも行けん。家に閉じこもってたらカビ生えてきそうな勢いだし。
はぁ〜あ、ついてね。これだから雨は嫌いだ。憂鬱だ。
「………。」
ギシリと音をたてながらイスにもたれ、両手を頭の後ろで組んで雨が打ち付ける窓の外をボンヤリと眺めた。
「………。」
バシャバシャと音をたてて、雨が窓を、地面を、ありとあらゆる物を濡らしていく。
「………。」
オマケに湿気てるし。
「………。」
……………。
「……暇だ。」
暇過ぎるわホント……いやマジで。
…………そういや、こんな日でもあいつ、ヘラヘラしてたっけなぁ。
まぁ、鬱陶しかったが見てて退屈はせんかったし…………。
っておーい、ちょい待てや俺の頭脳よ。何ちゃっかりあいつ認めてるような発言しちゃってんの? 表出ろやコラ。
「……あぁ、もうクソ!」
机の角に数回頭をぶつけて思考を消し、机の角が粉々に砕け散った頃に我に返って音をたてながらイスから立ち上がった。授業開始まで後数分しかないが、十分な時間がある。
なもんで、教室から出て……え〜っと、確か〜……。
「……2−4、2−4っと……。」
教室を次々と通り過ぎ、目的地の教室を探し出す。
「……あぁ、ここだここ。」
しばらく歩くと、2−4と記された札が掲げられた教室を発見した。
早速こっそり入り口の影から中を覗き込んでみる。
「…………。」
じ〜っと中を眺め回していき、お目当ての人物を………………あれ?
「いねぇのか?」
もう一度よく見てみる。が、やっぱりいない。目立ちそうなんだが……。
「……休みか。」
…………ひょっとして、俺が突っぱねた日からずっと休んでんのか? それともただ単に今日はサボり……引きこもってるとかか?
「………ん〜………。」
ドアから覗き見るのをやめ、眉間に指を当てた。
………………てちょっと待て俺。
「……俺、何やってんだ?」
何故ゆえにあいつを探す? 何でわざわざ鬱陶しいあいつを探しにあいつのクラスを訪ねた? アホか俺ぁ。
「……戻るか。」
軽く自己嫌悪に陥った俺は、半ばイライラしながら踵を返して元来た道を戻ることにした。
「なぁなぁ、聞いたか?」
「あ? 何をだよ。」
戻る途中、二人の男子が廊下で会話しているのを耳にした。いやそんなんどうでもいいし。他人の話を盗み聞きする趣味はねぇし。だから普通に通り過ぎようとした。
「あの稲神なんだけどさぁ。」
「稲神? ……ああ、あの2−4の白髪頭の奴か。」
思わず足を止めた。
「あいつ鬱陶しいよなぁ。よく喋るし、変に正義感あるし。おまけによく喋るし。」
「な。ホントうるせえし。こないだなんて夜のコンビニで立ち話してたら、通りかかったあいつが怒鳴り散らしやがってよ。」
「マジかよ。時代遅れのオッサンかよアイツ。」
……他の奴でもそんな印象だったんかいあの野郎。
「しかもさ、あいつ髪のこと担任に言われて問題起こしたろ? それ以来、担任からクラスの連中にまで無視されるようになってさぁ。」
「ホントマジ鬱陶しいよなぁ。あいつの怒鳴り声、隣の俺らの教室まで響いてたぜ?」
やかましいのは折り紙付き……って奴か。
「おかげで友達一人もいねぇしアイツ。」
「いっつも教室で一人だけポツンと座ってるよなぁ。」
…………………ん?
「で、こないだなんてあれだろ? 2−1の荒木にベタベタして、とうとう本人怒らしちまってさぁ。」
「ヒャハハ、恋人みてぇだなそれ。キモイよなぁホント。」
「まぁそれ以来、あいつ学校来ねぇけど。」
「別に来なくていいだろ? あんな奴。」
「言えてる!」
来てない? 学校に?
「あ、それで話戻すけどよ……青中の貞和良いるだろ?」
「ああ、あの貞和良?」
それなら俺も聞いたことがある。隣町の青山中学にいる、学校の生徒を取り仕切っているといっても過言じゃないとされている、札付きの悪だとか。近隣の高校でさえもあいつに被害を受けてるって話だ。まぁ、この学校も隣町というだけに被害ゼロとは言いにくいが。
「その貞和良なんだけどよ……今日、偶然見ちまったんだけど、女子にナンパしてた時にあの稲神がしゃしゃり出てってさ。」
「え、マジかよ?」
「マジマジ。それで、数人に喧嘩売った挙句に殴られてさ、どっかに連れてかれちゃったんだぜ?」
…………………………。
「げ……それ、ヤバくねぇ? 何せあの貞和良だろ?」
「うん、俺もヤバいって思ったよ。でもよ、俺が稲神なんかの為にあんな不良の怨み買うような真似できるか? 聞いた話だと、貞和良の奴って一時通報されてさ、電話した人を執拗に探し回って最終的には病院送りにしちゃったとか言うじゃん。」
「うわ、マジえげつねぇな……そりゃ電話しなかったのが正解だな。」
「まぁ、稲神一人いなくなったくらいでどうってことねぇよなぁ?」
「だよなぁ。アハハハハ!」
………………………。
……フン。
「……自業自得、だな。」
変な正義感出してっからそうなるんだ。いいクスリになるだろうし。とゆーより、俺に言われたくらいで学校休んでんじゃねぇっつの。ったくヘラヘラしてたくせに、意外とナイーブな野郎だ。アホかアイツ。
「…………。」
しかも、いろんな奴に煙たがられてんじゃねえの。まぁあの性格だし? ベタベタされたらそら鬱陶しいし。皆の気持ちもわからんでもねぇな。
「…………。」
どっち道、俺にゃ関係ない話だ。あいつとは何も関係ねぇし。何ならもういっそ入院してくれた方が楽だ。毎日会わなくて済む。
「…………。」
もうあのムカつくヘラヘラ顔なんて見たくねぇ。もうあの無駄に明るい性格なんか見たくねぇ。もうあの鬱陶しい減らず口なんか聞きたくもねぇ。これで清々する。
「なぁ。」
「「?」」
なのに。
「!! あ、荒木!?」
「ゲッ…!」
もう見たくもねぇのに、
「お前、それどこで見た?」
もう聞きたくもねぇのに、
「な、何だよ? お前、あいつんとこ行く気か?」
「一番鬱陶しい顔してたお前が何d」
「俺の質問を質問で返すな。お前は答えりゃいんだよ。」
もう会いたくもねぇのに、
「ヒッ! …………え、駅前のコンビニで……。」
何で、
「そうか……サンキューな。」
俺は走り出してんだ?
この度は、更新が遅れてまことに申し訳ありませんでした。大スランプに陥ってしまい、また、諸事情によって更新ができずに、話の構成はまとまっているにもかかわらずに書く気が起きませんでした。何度も書き直しちゃ消して書き直しちゃ消しての繰り返しで、ようやく書けました。
中途半端に更新を怠ってしまったことを反省しております。本当にごめんなさい。
それと、第百六十の話に書かれてあったグロ描写は、消去することにしました。この小説はR指定ではありませんので、ああいう描写は控えた方がいいと判断した次第です。読んでくださっていた方々、すいません。
それでは、後半の執筆を頑張ります。読者の皆様に見捨てられないよう、何とか頑張っていきますので、よろしくお願いします。