第百六十三の話 龍二と虎次 <前編>
今回から、前編、中編、後編という風に分けて、龍二の過去の話を書いていきます。
〜龍二視点〜
「おい待てよ。」
「あ?」
朝、中学に向かう途中いきなり呼び止められた。声からして明らか友好的ではないと取れる。
声がした方を見ると、いかにも私達は不良です! と公言しているかのように髪を染めたり制服を着崩したり(まぁ俺もそうだけどさ)した同世代の男子五人が、ニヤニヤ笑いながら歩み寄ってきた。
面識もなければ見かけたこともない。となれば、大体こういう奴らがすることと言えば……。
「ちょっとこっち来いよ。」
強引に肩をくまれ、方向転換して人気のない路地へと連行された。そしていきなり俺を壁に追い込んで、五人で周りを囲んで逃げ道をなくした。
「なぁ、ちょっと俺ら金欠なんだけどさぁ? 金貸してくんね?」
ほら来た。カツ上げ。
「もちろん、断らねえよな?」
そう言って、さらに距離を詰めてくる五人。
…つーか。
「顔近い。ウザイ。キモイ。臭い。シね。大体何で俺が会って間もないクソなテメェら何ぞやに金貸さないとなんねぇんだよアホか。脳味噌にウジ沸いたオメェらなんて自動販売機の下に落ちてる小銭でも探しとけ生ゴミ以下ども。」
言いたいことバシバシ言ってやった。すると言われた五人は予想外の返答に呆気に取られていたが、しだいに何を言われたのか理解していったらしくだんだん顔が赤くなっていった。今頃反応すんのかよ。ホントバカだなこいつら。揃いも揃って。
「…んだとコラァ!?」
正面の奴が俺の胸倉を掴み上げて、右腕を振り上げてきた。それに対し、俺は軽く左腕を横へと薙いだ。
「「「「「!!??」」」」」
その風圧により、五人は紙切れ同然に吹っ飛ばされて背中を塀にぶつけた。ぶつかった箇所から横へとヒビが入っていき、塀全体を崩壊させてやった。全員口から言葉にならない呻き声を上げつつ胃液を吐き出しつつ塀の残骸の中へと埋もれていく。
「ったく、この程度で飛ぶなっての。このクズどもが。」
悪態をついてから唾をぺっと吐き捨て、不良連中と破壊した塀をそのままにその場を後にする。腕時計を見れば、終業式までは後五分もなかった。
「……………チッ。かったりぃ。」
だが、俺は慌てることも焦ることもなく、仏頂面のまま足を進める。
中学時代。小学校のころに転校して、転校先の小学校を卒業して、義務教育によりそのまま地元の中学へ行くこととなり、今では中学一年生。それも今日までで、今度からは中学二年生として過ごすこととなる………
けれど、この頃の俺は自分でもわかるくらいピリピリしていた……通行人も、まるで俺が不良だとでも言わんばかりに道を空けることも多かった。
別に親子関係とかが悪いわけじゃねえ。親父もお袋も、俺にとっては大事な家族だ。邪険にすることはない。
小学校に転入してからの数ヶ月は、とくにこれといって何事もなく、友人もそれなりにできていたために不満なんてなかった。ただ、転入する前からケンカが周囲が引くくらい強いことは、自分でもよくわからなかった。
そりゃジジイのところで修行はしたさ。従弟と一緒に都市を半壊させてしまって以来は力をできる限りセーブして大騒ぎするような真似は無くなった。なのに、軽く腕を振るだけで相手を吹っ飛ばす俺の力を見て恐れる連中が後を絶たなかった。
それでも、別にいいと思った。強くて何が悪い? 自分を、大事な物、人を守れる力があって何が悪い? 最初は怖かった力だが、小学校五年生辺りからそう思うようになっていた。そんな考えが、中学一年になるまでの間はずっと続いていた。
けど、俺は聞いた。聞いてしまった。
真夜中、トイレで起きた俺はリビングの手前まで来て、ドアの隙間から光が漏れているのを見て訝しげに思った。すでに親父達は寝たはずだ。
「……誰かいんのか?」
一人小声で呟き、ドアの隙間から中を覗き見る。
「……それ、本当なのあなた?」
「ああ……。」
案の定、リビングのソファに俺の親父とお袋が向かい合わせで座っているのを確認できた。
(親父にお袋? 何してんだこんな時間に……。)
親父が背中を向けて話しているから、表情は見えない。だが、親父と正反対の位置にいるお袋が深刻な顔をしているのを見て、親父もおそらく同じような顔をしているんだろうということは確信できた。
「君がお風呂に入ってる間に、父さんから電話があった。話し方からして嘘じゃないし、第一嘘をつけるような話じゃない。」
親父の言う“父さん”というのは、ジジイのことだ。放浪の旅をしていると言っていたが、時たま電話してきて、俺と一緒によく学校やジジイの土産話とかで盛り上がったもんだ。親父やお袋が電話にでた時は、ジジイは速攻で俺と代わるよう要求すると親父達は話していた。
が、話しを聞く限り、今回は珍しく親父に用がある電話のようだった。
「そう……………そうなの。」
親父の話を聞いていたお袋は、力なくソファにもたれかかった。
「…………あの子が…………龍二が……。」
(……俺の話か……?)
ボソリと呟いたお袋の声を、俺は聞き逃さなかった。
「……正直、僕も耳を疑ったよ……父さんから聞いた時は、何度も聞きなおした。でも、今までのことから考えてみても、真実だ。」
「…………。」
顔は見えなくても、親父の声からは悲痛な感情が読み取れた。
それから、沈黙が五分……十分間は続いた。
「……あなた……これから、私達どうすればいいの?」
最初に沈黙を破ったのは、お袋。その目からは、薄っすらと涙が流れていた。
「……どうもしないさ。」
「え?」
「僕らは、龍二の親だ。自分達の最愛の息子を、そんなことで手放してなるものか。」
……そんなこと? ……何の話なんだよ。気になるだろ。
「……けれど、私達はもうすぐ……。」
「ああ……わかっているよ。」
二人は、一週間後に外国へと飛ばなければならない。俺や周囲には、海外旅行ということで通っているらしいが、実際には情勢が不安定な国へとボランティア活動のために赴かなければならない。そのこともあって、心配はかけたくないから旅行ということにしたんだろうけど、生憎俺はその事実を知っていた。二人はそんなこと夢にも思わんだろうけど。
「それでも、予定を変更することはできない。だからこのことは秘密にしておかないとならない。」
「ええ…………わかってるわ。」
…………何なんだよ。何を黙ってようってんだよ。
「私達だけの秘密にしておきましょう。」
けど、俺はこの話を聞かなきゃよかったと後悔することになる。
「あの子が、」
俺が、
「“神子”だということは。」
「ああ……。」
普通の……人間じゃないという話を。
“神子”という話は知っている。以前転校する前、ジジイの家に遊びに行った時にジジイの書庫の目立たない端っこの箱の中にあった文書の中に書いてあった。
代々、俺らの一族は一人の女と“人ならざる者”とやらが結婚してからが始まりだとか。そして千年に一度、その“人ならざる者”の魂が生まれ出た赤子の肉体に宿るらしい。それが“神子”。
“神子”は、文書によれば魂の力によって赤ん坊の頃から岩一個を持ち上げられることができる、という。まさに鬼以上の化け物の力だった。
その本を読み終えた時……少なからず、自分はもしかしたらって思えた。もしそうだったら、自分は特別な存在みたいですごいことだと思った。
けど、すぐに思い直した。“神子”はれっきとした人間だが、その体内に宿る力は全生物を遥かに超越している“人間であって人間とは違う生物”。
……俺は、親父とお袋と、ダチ達と同じ人間でいたかった。人間であることを否定されるのは、何よりキツイことだった。
過去、花鈴をいじめてた奴が花鈴に『この人の形をしたゴミ女!』とか抜かした次の日、俺は影でそいつをボコにした。血が出ても、泣いて許しを乞うても、許そうとはしなかった。
大事なダチをゴミ扱いするような奴を、俺は許すことはできなかった。それは自分に対しても同じこと。
だから、俺は自分が普通に強いだけの人間だ、と思い続けた。本の内容を完全に忘れ去ることはできなかったが、それでも別に気にしなくなっていた。
けど、その思いも………親父とお袋の話で、潰えた。
家では親父達に心配をかけまいと普段通りにすごし、けれど外では近寄りがたい空気を纏って生活していた。正直、窮屈な他ならない。
いつも自由きままに、のんびりと暮らす……俺の理想のライフスタイルは、崩れていた。直そうにも、正直何もかもがダルく感じた。
もうどうでもいいや……そんな気持ちで、俺は生活していた。
かと言って、髪を染めたわけでも、派手になったわけでもない。普段は学ランの前のボタンは全部外して全開にしてることと、花鈴にもらった大切なヘッドフォンをつねに首にかけていることくらいしかせず、このスタイルを崩すつもりは全然なかった。
けど生活態度は変わった。これまでよりも、ケンカが多くなった。イライラして、ちょっとしたことですぐにキレるようになった。絡んでくる奴らも、ほとんどを病院送りに近いところまで痛めつけてやった。
それでも大きな騒ぎを起こすまいとしたのは、親父達に迷惑はかけたくなかったから。こんな気持ちにさせた親父達が憎いと思いつつも、心の底から憎めずに、いっそ大暴れすればどれだけスッキリするんだろうとか、そんなこともできず…………そんな思いがぶつかり合い、同時に俺のストレスもどんどん溜まっていった。
どれだけイライラを解消しようとしても、何も変わらない。胸の中に気持ち悪いモヤモヤや、虚しさだけが募る悪循環…………気分は最悪だった。
唯一の救いは、花鈴にもらったヘッドフォンで音楽を聴くことが、俺の癒やしだったこと……これが無かったら、俺はすでに暴れまわっていたかもしれない。それほどまでに、俺は追い込まれていた。
いや、自分で自分を追い込んでいた……とでも言うか。
そんな気持ちのまま、俺は新たな学生生活を同級生達とすごすこととなる。正味な話、エンジョイとかそんなんする暇なんざねぇ。毎日授業なんか適当に聞き流すだけでダルいったらありゃしねえ。教師には日頃の行いが悪いことでマークされてるし、友人とメシを一緒に食うこともなければ、駄弁ることもねえ。
俺は、完全に孤立していた…………少なくとも、今は。
「……あ〜クソ、マジかったりぃ。」
いつも歩く通学路を、俺は顔を顰めながら道をノロノロ歩く。俺以外にも同じ学校の制服を着ている奴らがいたが、皆大急ぎで学校へ走っていった。後ちょいでチャイムが鳴るからだろうが、ここから急いで行ったってもう間に合わんだろう。時間的に。
……まぁ、まだ間に合う! て思いながら頑張るのは賞賛してやるか。うん。
そんな感じに思いつつ、俺は普段通りに学校へと続く道を歩いていく。そして、これからも変わらない毎日を送ることとなる。そう思っていた。
だが、それが変わることは思ってもいなかった。少なくとも、この時までは……。
「……ヤベェ、マジかったりい。正真正銘マジでかったるい。もうヤベェかったるい。」
大事なことなので三回言わせてもらうが、ホントにかったるい。学校行くのが何かもうすんごい嫌になってきた。まぁこんな気持ち珍しいことじゃないけど。主に嫌な先公とかムカつくグループとか相手にすんのは面倒くさいの他ならないから当然の如くサボる。
が、今回はそんなんじゃない。何か気分的にサボりたい。寝たい。凄まじく寝たい。
「……公園行くかな。」
通学路の途中にはT字路の右側の先に行けば、小さな寂れた公園がある。そこには、滑り台とブランコ、鉄棒くらいしかない、いかにもって感じの公園だ。遊具は所々錆付いていたりで相当ボロっちいが、それでも時たま近所の子供達はここで遊んでいるのをよく見かける。この時間帯だと、親子連れがいるかもしれん。まぁいてもいなくてもどうだっていいがな。
まそんなところだが、日当たりもいいし、木製のベンチは何気に寝心地いいから昼寝するにはもってこいの場所だ。仮に他の生徒とかが俺を目撃しても別に構うことないだろう。つか時間帯的に昼寝っつーのはおかしいか。まぁ別にいいけど。
つーわけで、公園行きは決定した。T字路に差し掛かり、本来なら左の学校がある方へ歩くところを公園がある右へと進路を変えた。寝るために。全ては寝るために。寝るために俺は歩く。寝るためにというワードは重要だ。
「ったく、大体何でこんな朝っぱらから学校行かにゃならねぇんだよクソボケ。毎日昼からにしろってんだボケ。」
っと、こんな風にむちゃくちゃな愚痴を言いながら歩いて二分もしない場所にある公園へと歩く。
ここにあるベンチの中で、入り口から入って三つあるベンチのうち真ん中がこの時間帯一番日当たりがよくて気持ちいいんだよな。利用客がいないことを願う。
「オラオラァ!」
「舐めんじゃねえぞテメェ!」
……………………。
利用客っつーか、目障りなバカ四人が俺のお気に入りのベンチのまん前で何かしてた。
「ゲホッ! ……ず、ずいまぜん。謝るがらもう許じて……。」
「うるっせんだよオラ!」
「グェ!」
よく見れば、一人の学ラン来た男子生徒がうずくまりながら、金髪とか茶髪とかのケバい格好した四人組みの男に蹴られまくっていた。いわゆるリンチ。倒れてる奴、さっき腹蹴られたから横向きになりながら咳き込んでる。
「テメェ、俺ら昨日一万もってこいって言ったよな? 誰が千円持ってこいっつった? あ? 言ってみろよオイ?」
「グ……だ、だって昨日、千円もってこいって……確かに言って……。」
「は? じゃあお前は俺らが悪いって言ってんのかコラァ!!」
「ゲホ!!」
あっちゃ〜……理不尽だねぇ。ようは苛められっ子かアイツぁ。
「げ、げほ……はぁ…はぁ…………!!」
あ……何か目が合った。あれはどう見ても助けてくれって言ってる目だ。ベタだね何か。
ったく、かったるいっつってんのによぉ…………メンドいなぁ。もう他所行くか。
「お前ら何してんねや!!」
体を反転させようとした時、反対側の入り口から(この公園は出入り口が二つ、対称に位置している)誰かが駆け寄ってきた。
「あぁ?」
四人一斉に声がした方へ、睨み効かせながら振り返る。
………つーか、
(髪白いなオイ。)
そう、それがそいつの見た目第一印象。髪が病的なまでに白い。太陽に反射してキラキラ光っていてメチャクチャ目立つ。
まぁ別に髪が白いとか、そいつが俺より年下に見えるくらいの目ぇパッチリした幼い顔立ちとか、学校の制服が俺んとこの学校の服だとか、そんなんはどうでもいい。それよりも、こいつは明らか今のこの状況を止めようと不良に向かって牙を向いている。その一切迷いのない姿勢を見て、ああこいつは熱血漢だなぁ、と俺は傍観していた。
「んだよお前?」
不良のうち一人が、白髪の野郎に向かって侮蔑の目をしながら睨む。
「お前らなんぞやに名乗る名前なんか無いわボケ!!」
うわ、クセェ。今時ねぇぞそんなセリフ。
「は? 何言ってんのコイツ? 正義の味方ごっこ?」
「ヒャハハ、それ超ウケるー!」
ゲラゲラと笑いながら、明らか野郎をおちょくっている。
「そんなんちゃうわい。ただ目の前で悪いことしてる奴がおったら止めるのは当然やろ?」
だが、そんな不良どもの反応なんてお構いなしに野郎は平然と言ってのけた。その目に一切の怯えはない。
……ただ、今時いるかいないか微妙な性格だなぁコイツ。正義感が満ち溢れてるっていうか……。
「……おいコラ。お前調子乗ってんじゃねえぞオイ?」
あ、不良どもキレた。
怒った不良どもは、リンチをやめて威嚇しながら野郎を取り囲んでいく。
で、俺はその間に…、
(オイ、こっち来い。)
「……へ?」
手招きのジェスチャーをして、倒れてる男子生徒を誘導する。何のことか一瞬わからなかったらしく、キョトンとしたがすぐに理解して躓きながらこっちに駆け寄ってきた。
「あ、テメェ待て!!」
が、それに気付いた不良のうち一人が追おうと体をこっちに向けようとする。
「オラァ!!」
「ゲフ!?」
その隙に、野郎のヤクザキックがその不良の腹にモロにめり込んだ。蹴り方は大雑把だが、あの蹴りは常人じゃ見切れんな。
「こ、コイツ!!」
蹴り飛ばされた仲間を見た不良二人が一斉に野郎を取り押さえようと飛び掛る。
「ホッ!」
「「!?」」
だが、野郎はその場で軽くジャンプして連中の攻撃を華麗に避けた。
「でやぁ!!」
「「グビッ!?」」
空中で足を広げ、いわゆる開脚ダブルキックを左右にいる不良の喉元に叩き込んで吹っ飛ばした。さっきのヤクザキックを受けた奴含めて、三人とも離れた位置で泡を吹いて気絶した。
「ヘッ! どんなもんじゃい。」
野郎は右の親指で鼻を擦り、不敵に笑った。
「…………ふむ。」
で、俺はというとボロボロになった男子生徒を公園外に逃がしてから野郎を顎に手を添えながら見つめていた。
今の動きの流れ、そして蹴り……一切無駄のない戦い方。うん、こりゃケンカ慣れとかそんなん通り越してるねコイツ。格闘技を極めたって感じだ。んでもって…………
あ。
「おらぁ!!」
「がっ!?」
三人倒して油断してる隙に、コッソリ背後に回っていた最後の一人がどっから持ってきたかわからない鉄パイプを、野郎の背中に叩きつけた。あれは痛いだろうな〜。
「ぐぅ……!」
野郎は乾いた土の上に倒れこみ、激痛に顔を顰める。それに構わず、不良は野郎の背中に右足を乗せた。
「この野郎……ぶっ殺してやる!!!」
追撃をしようと、鉄パイプを思いっきり振り上げ、野郎の頭目掛けて思いっきり叩きつける
【パシ】
「!?」
前に、咄嗟に移動して(居合いとかでやる“縮地”って奴だ)落とそうとした鉄パイプを掴んで止めてやった。
「ザコはくたばってろ。」
そう言いながら中指と親指で作った小さな輪を不良のデコに近づけて、
「ピーンっと。」
勢いよく弾いた。いわゆるデコピン。
「!!!!!?????」
もろにデコピンを食らった不良は、体をブーメランの如く後ろに逸らしながら回転しつつ地面をバウンドしてまたバウンド、計五回バウンドしながら公園の向こうへ吹っ飛んでいき、塀を破壊して民家に激突、瓦礫の山に沈んだ。
「…………。」
心の中で言っておこう。ヤベェ、軽くのつもりがやりすぎた。メンゴメンゴ。
「クッ…。」
「? ああ、アンタ大丈夫?」
忘れる二秒前だったが、足元で呻きながら立ち上がろうとした野郎を助け起こす……こともせず、ただ傍観する俺。
「……心配すんならせめて助けろや。」
「断る。」
「オイ。」
速攻。
「…まぁええわ。助けてもろたし。」
体の土を払いながら立ち上がった野郎は、右手を差し出す。
「サンキューな。仮ができたわ。」
「いらねえ。」
「なっ!?」
俺は握手のつもりで差し出された右手を無視して脇を通り過ぎた。
「別に礼言われたいから助けたわけじゃねえ。気分的なもんだ。」
どっこいせっと。とオッサンみたく言いながら、ベンチに横たわる俺。で、野郎はそんな俺をじっと見つめていた。
「…でも、俺はそれだと気が済まんわ。」
「知るかっての。お前の問題だろがそれ。」
人の気分にまで付き合う気はサラサラないわい。
「……俺今から寝るから。邪魔すんなよ。」
「は? お前、今日学校やろ。見たとこ学校同じみたいやし、行かんでええんかい。」
「そらお前だって同じだろうが。」
「へ? ……………。」
言ってから、俺は公園にあるでかい時計を指差す。
只今の時刻、9時ジャスト。
「なあああああああん!!??」
「ああ、カレーに付けて食うパン?」
「そのナンちゃうわアホォ!!!」
会って間もないのにアホ呼ばわりされたよ俺。
「あぁぁぁぁぁぁ大遅刻や……皆勤賞が……はぁ。」
ガックシと肩を落とし、絶望に打ちひしがれる野郎。かわいそうだから声をかけてあげよう。
「記録は破れるもんだ。落ち込むな。」
「余計落ち込ませんなや!!!」
ツッコミうめぇな。
「………はぁ。もうええわ。」
そして何かあきらめた感じにベンチの隣の木にもたれかかった。
「何だ、行かねえのか?」
「ああ。記録は破れたし、行く気なくしたわ。もうこうなったらサボったんねん。」
「あ、そ。」
「…………。」
「…………。」
……それで会話は終了、沈黙が流れた。
「……なぁ。」
「あ?」
ふと、野郎が声をかけてきた。俺は寝そべりながら応える。
「何や。寝てなかったんかい。」
「寝てなかったんだからありがたく思え。」
「何その理不尽な感謝!?」
「いいから用件言え用件。俺ぁ寝たいんだ。」
つっても落ち着いて寝れんが。原因? すぐそこにいるわい。
「…お前、何でさっき俺助けたんや?」
「だから気分だっつの。」
「ウソ言うなや。ホンマは見捨てておけんかったんやろ俺のこと?」
「ウソじゃねぇよ。」
しつけえなこいつ。
「……ホンマに気分か?」
「ああ。今回はたまたま気が向いたから助けただけ。お前が助かったんも運だよ運。俺の気分がそんな気分だったから。だから別に礼はいらん。」
「……それ、何かいろいろおかしないか?」
「俺の考え方なんだからいんだよそれで。」
大体、今までだってそうだ。偶然、子供が風船が木に引っ掛かって泣いてた時は助けたけど、もし面倒だ、と思ったら助けなかったし。子供がいじめられてた時は、んなもん自分で何とかしろよ面倒くせぇ、と思って素通りしたし。
俺の人生、ほとんどが気分だ。自己中とか言われるだろうが、別にいい。
「ま、ともかくそんなわけだから。第一、俺ぁ仮とかそんなん嫌いなんだよ。」
「…………お前、変わっとるな。」
「そうか? これが俺の普通だから。」
ちょいと目を開けたら、木にもたれながら何かニヤニヤしてる野郎……っておい、キモイわ。
「んだよ?」
「……うし。」
「?」
何? 牛?
「俺、お前のこと気に入ったわ!」
「……は?」
訳のわからないことを言い出したんで、俺はムクっと起き上がった。
「何言い出すんだオメェは?」
「? 気に入った言うたんやけど?」
「まんまじゃん。」
おお、俺にもツッコミできた。
「……で? 気に入ったから何だ。ダチになれってか?」
そっぽ向きながら適当に言ってみた。
「うん。」
あっけらかんとし過ぎた答えが返ってきてガクリと落ちそうになった。
「今から、お前は俺のダチや!」
「はぁぁ?」
体勢を立て直して野郎を見る。そこには子供が楽しい物を見つけたかのような、活き活きとした表情をした顔があった。
「……わっけわかんねえっつの。」
アホくさ、と思いながら、俺はベンチから立ち上がった。
「あれ、寝ぇへんの?」
「……眠気覚めた。どっかその辺ブラブラしにいく。」
今の俺はこんなハイテンションにゃ付いてけねぇっての。寧ろダルいわ。
「じゃ。追っかけてくんなよ。」
「あ、ちょい待てや!」
歩き出そうとしたら、いきなり呼び止めやがったよコイツ。追っかけてくんな言ったじゃん。バカか。
「んだよまだ何かあんのか?」
若干声を荒げ、イライラを隠そうともせずに顔だけチラリと振り返った。
「せっかくダチになったんやから、お互い名前ぐらい言っとうや。」
……ダチ確定かい。何てまぁ勝手なやっちゃ。
「……勝手に決めんなっての。」
「ええやんけ。せめて名前言ってこうや? な?」
「………………。」
……チッ。
「……荒木 龍二だ。」
別に名前言ってもどうってことならねえし、フルネームだけ教えてやった。クラスとか言ったら何かこいつ付きまとってきそうで言うのをやめた。
「ほほぉ、ええ名前やな。」
「うっせ。当たり前だ。」
親からもらった名前だから当然だろうが。
「…じゃ、俺の名前やな。」
……正味、聞いたところでどうしようもねえし。
「俺は虎次! 稲神 虎次や! よろしゅうな相棒!!」
「ダチから相棒んなっとるやんけ。」
俺のツッコミが冴え渡る。
これが、俺と不思議な雰囲気を纏った野郎、虎次との最初のコンタクトだった。
次回、中編。龍二と虎次の交流。