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第百三十三の話 光りし者と呪われし者3



〜龍二視点〜



「く……はぁ……あぁ……。」

「…………。」



一先ず、久美がリリアンにアルスのパジャマを着せて敷いた布団に寝かせ、額に濡れタオルを置いて一段落ついた。


だがリリアン自身の熱は全く下がらない……汗も止まらず、枕はすでにびしょびしょだ。濡れタオルもさっき置いたばっかだってのに、すでに熱いお絞りみたいになっちまってる。おまけに顔には血の気が全くないかのように白い。


こりゃ重体だ。


「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

『……。』


俺達は全員、無言でリリアンの布団の傍らに座っていた。


時間が分からない…一分経ったのか、一時間経ったのか。そこだけが時間停止したかのように、重苦しい空気が包む。


「……。」

「……久美。」

「……何だ。」


一番初めに沈黙を破ったのは、俺。久美はリリアンの枕元で息苦しそうに眠っているリリアンの頬を冷たいタオルで優しく撫でている。


「リリアン、近頃の様子はどうだった?」

「……どういう意味だ?」

「こうなる前に体調の不良を訴えてきたか、それとも時々フラついたりしてなかったかってことだ。」


フラついていたなら単なる風邪か貧血かもしれねえ。もしそうならまだ対処のしようがある。一番近くにいた久美なら知ってるはずだ。


「……別にこれといっては……体調の不良なんて全く無かったし、むしろ元気過ぎて困るくらいの方が多かった。それに貧血を起こすほど頑張り過ぎもせず、重労働の時だって適度に休憩もとっていたし……。」

「……そうか。」


つーことは、風邪でもなければ貧血、過労でもない。別の病気ってことになる。


……インフルエンザか……はたまた食中毒か……後者はあり得ないっぽいが……。


…一度病院に診てもらった方がいいかもしれん…俺は医者じゃないし、こういうのは専門家に任せておくか。



「……リュウくん、リュウくん?」

「?どうした?」


俺がそう決めた時、クルルが俺の服の裾を引っ張った。


「あのね……リリアンなんだけど……。」

「ああ。」


…いつに無く真剣な顔…何か知ってるとみた。


「……あのね、



リリアンの左胸から、嫌な感じがするの。」


……?


「嫌な感じ?」

「うん…時々気持ち悪くなるような、不快になるような……そんな感じ。」


ふむ……左胸から?


「…………。」


【スッ】


「?龍二?」

「…………。」


リリアンの布団を下にずらし、左胸に手を置いてみる。



【ドク……ドク……】



…手から独特のリズムが伝わってくる…これは心臓の音だな。



【ドク……ドク……】



………いや、待て。



【ドク……ドク……】



………おかしい。



【ドク……ドク……】



………心臓の鼓動が、こんなゆっくり大きく揺れるほど強いはずがない。





「!?り、龍二!?何を…!?」


俺がリリアンのパジャマのボタンを外していくと、久美が驚いて叫ぶ。だが今はそんなこと気にしてられない。


【バッ!】


ボタンを全部外し、胸元を広げる。



「!?な……何!?」

「ひっ……。」

「これ…は…。」

『……な……。』

「…………。」


全員がその光景に驚き、恐れ、戸惑う。まぁ、無理もない。俺だって正直混乱するくらいだ。






左胸の、ちょうど心臓らへんが紫色・・変色・・してるんだからな。






「これ………一体何なの?」

「……わから、ない……。」

『…………。』


あまりに異様な光景に、俺達は言葉が見つからなかった。これは癌とか、心臓病の類じゃねえ。


理由は二つ。一つは、円形に広がった紫が心臓の音と一緒に脈打ってるため。まるでこの部分だけが別の生物として生きているかのようで明らか異質だ。


そして二つ目だが、クルルの言う不快な気分を感じるのは見た目じゃない。ここから何か、妙な氣が発生しているのが一番の原因だ。それも毒々しい、邪悪な氣…。


「………これって……まさか……。」

「クルル、知ってるの!?」

「……ほんの、ちょっと……。」

「何!?何なんだこれは!?何でリリアンの胸がこんな!?」

「…………。」


皆必死の形相でクルルに詰め寄る。とくに久美は若干ヒステリック気味だ。


かくいう、俺も問い詰めたくてしょうがない気分だ。




「…………禁術。」

「……え?」


ポツリ、とクルルが呟くように言う。でもしっかり聞き取れた。


「禁術?」

「…うん……小さい頃、よくカルマが持ってる本をコッソリ読んで知ったの。ただ、私にわかるのは魔族でさえも恐れて禁じられた術だってことぐらいで……詳しくは……。」



………なるほどな。



「……ようは、リリアンはこの状態に“なった”んじゃなく……“された”わけだ。」

「…………。」


禁術、とは言っても術だから、当然唱える奴がいる。つまり、そいつがリリアンをこんな状態にさせたっつーことだ。


「…………でも、一体誰が?」

「そうよ……そんなとんでもないのを唱える奴なんて……それもこの世界に。」


……まぁ、フィフィと久美の言うことももっともだ。だが、今はそれよりもしなけりゃならんことがある。


「……クルル、その禁術のことが記述されてた本、今もカルマの奴は持ってんのか?」

「え……う、うん。大切な物だからって言って勝手に読んでは怒られてたから。」

「……わかった。」


俺はリリアンのパジャマのボタンを元の位置へと閉じた後、懐からケータイを取り出しアドレス帳を開く。


「香苗達を呼ぼう。禁術について何かわかるかもしれんし、事情も説明しねぇと。」

「そ……そうだな。」


久美は少し落ち着いてきたみたいだが、それでもまだ冷静にはなれてはいない。


「後、雅達もだ。」

「?何でマサ達も?」

「あいつんとこに居候してるスティルは魔法専門だ。こういうのの対処法がわかりそうな奴は一人でも多い方がいい。」

『なるほどな…。』

「…………。」



……さっきから気になってんだが……アルスはいつものパジャマに着替えてから、俺達から離れて足組んでずっとリビングの戸の方に顔を向けたまま一言も話さず、動かなかった。


話に参加させようとしたが……何故か、今のアルスには何も話しかけてはいけない気がした。







〜アルス視点〜



……リュウジさんが皆をデンワで連絡して集めようとしてる中、ボクはただ窓の外をボーっと眺めてるだけだった。


当然、リリアンのことはどうでもよくなんてない、むしろボクだってリリアンを見てると苦しくなる。


……でも……それと同じくらい、腹が立っていた。


あの時、自分が動かなかったせいでリリアンはこんな目に合わせてしまった…自分の不甲斐なさに。


リリアンを苦しめ、嘲笑っていた…アランの顔に。


……でも、それ以上に……




また憎しみに身を委ねた自分を、殺してやりたかった。




憎しみに身を任せた後、待っているのは何?……勇者が、憎しみを抱えたまま戦うなんてありえない。


……憎しみは、後悔と不幸を生むだけ……そう肝に命じて生きてきたのに……。


「………くっ!」


ドン、と畳みを叩く。音は小さく、周りの人たちには聞こえなかった。


それでも、ボクの気持ちは晴れない。畳みに八つ当たりしたって、晴れるわけがない。



そう……何をしたって、晴れるわけがない……永遠に、この気持ちは……。





【コン】

「………?」



?………何か窓に当たった?



「……何?」


そっと戸を開けてみる………何もない?



…いや、あった。雨で濡れた地面に落ちていた。



「?何だろう…?」


部屋から手を伸ばし、地面に落ちていたのを拾い上げて見てみた。


「……手紙?」


雨でふやけ、文字が若干染みのようになってるけど、読めないわけじゃない。


「…………………。」




差出人は……あいつから。




「…………。」


あいつは……何がしたい?どうしてこんなことを………。


思わず握り締めた紙から、搾り出された水が滴り落ちて畳みに染みを作る。


「…………



行かなきゃ……。」


手紙をポケットに入れて、立ち上がろうとする。



…………。



「……リュウジさん……。」


連絡を終えて雅さん達を迎え入れる準備をするため、和室を出ていくリュウジさんを見て……思う。



いつもリュウジさんは、ボクらが危ない時に駆けつけてくれる……どんな状況でも、必死に、何をしてでも。それがボクにはすごく嬉しかった。



……でも……



「……ごめんなさい。」



今回は……ボク一人の問題ですから。



それにリュウジさんに、ボクのこの抱えている忌々しい気持ちを知られたくない……もし知られでもしたら、嫌われる……そうなりたくなかったから。





ボクは一人、パジャマから着替え始めた。






〜龍二視点〜



「マジ、か…?」

「マジだ。」

「…………。」


しばらくして雅達が我が家に集まり、リビングで事情を説明した。ただ、人口増えてものっそ蒸し暑くなったっていうのはこの際無視だ。今はそれどころじゃねえ。


……だがなぁ。


「それより、花鈴はいいとして影薄がいるのは何でだ?」

「お前俺に狙いをさだめんじゃねえよ!?」

「雅達が慌ててアンタんとこに駆け込んでったのを見て、ついてきたのよアタシ達。」


な〜る……まぁ、また説明する手間が省けたからよしとしよう。


「リリアン……。」

「あぁ……ぅく……。」


歯を食い縛って苦しみに耐えてるリリアンの姿を見て痛々しく思っているのか、スティルが不安を隠せない表情で呟く。さっきより発汗が激しくなっている。


「クルル、水。」

「はい!」


クルルにリリアンの上体を少し上げさせ、近くに置いてある盆に乗せてあるコップに入った水を少しずつ飲まさせる。禁術だろうが、脱水症状に陥っちまったら元も子もない。


「それでカルマ、禁術について話してくれねぇか?」

「…………。」


カルマは本とにらめっこをしたまま、一向に動こうとしない…。


「………いいですけど……話したとしてもそれに対する対処法が…。」

「どんな状態なのかも知らないで対処法もあるか。とにかく知ってる限りのことでいいから話せ。」


時間がもったいねぇんだよ。


「………



リリアンにかかってるのは、まちがいなく禁術の一つです。」


……これから話すカルマの言葉を、俺は脳に刻みつけていった。


「そもそも、禁術というのはその魔法属性と同じで、攻撃魔法があったり、回復魔法があったり、呪術魔法があったりします。ただ、禁術と呼ばれる理由は、その魔法の内容があまりに強力すぎて術者もろともその身を滅ぼすゆえ、忌み嫌われてきました。


その力は魔力で構成されているという妖精族でさえも耐え切れないとされるほど……ゆえに、魔族が手を出すなんてことはもっての他。ただ、禁術を生み出した魔族が頭のやわらかい人だったのが唯一の救いでしょう。その人物は禁術を恐れるあまり、人知れず闇の中に葬った、とされています。


それで、リリアンにかかっているこの術なんですが……禁術でも最高位の呪術魔法であり、解く方法はまったくわかってません。どこの文献にも載ってませんでした。」


……長い説明だったわりには打つ手なしか……チッ。


「……カルマ……この術の……特徴は?」

「…………。」


香苗の震えた声に、カルマは無言になった。


そこで無言になるな。皆の不安を煽る。


「……この術にかかったものは、心臓が瘴気によって紫色にはれ上がり……




二十八時間後に、魂もろとも消滅する。」

『!!??』


魂もろとも消滅………イコール、“死”だ。


何てこった……




「何て中途半端な時間だ。」

「そこじゃねぇ。マジメに考えろ。」


俺はいつでもマジメだバカ雅。




「消滅……つまりは、死ってことか!?」

「そ、そんな……。」

「リリアン…。」

「…………。」


俺は首を和室で寝てるリリアンへと向ける。当の本人は息の荒さがひどく、見てていたたまれない。


……クソが……。


「……何か手は無いのか?」

「……さっきも言った通り、どこの文献にも載ってませんでした……打つ手が、ありません。」


重苦しいを通り越し、気分が悪くなるくらい暗い空気が辺りを支配する。


誰も、何も言おうとしない……。




「……術者。」

『?』



だが、あきらめるわけにゃあいかねんだよ。



「術者が誰かわかれば、そいつに聞けばいいんじゃねぇか?」

「おま………何言ってんだよ。」

「そうですよ……リリアンをこんな目に合わせた奴が、そんなおいそれと」




「だったら教えてもらえるまで丁寧・・に聞き出してやるだけだ。」




その言葉がどういう意味か……勘が鋭い奴らなら、お分かりのはずだろ?



「……やっぱり、そういうことするというのが君らしいな。」

「ま、アタシだってそう言うと思ったわよ。てかそうしたい。」

「だね。」

「まぁ大体面倒ごとに巻き込まれるに決まってるけどな。」

「…そこは同意見だ。」



やっぱ長い付き合いしてっとわかるもんなんだなぁこいつらは。



「うーし、そんで後はぁ…。」

「あ……でも待ってください。」


これからの行動方針が決まったところで、ケルマが挙手した。


「何だ?」

「…一体誰がそんな術を使えたんですか?それもこの世界で。」


あぁ…フィフィが言ってたことか。


『…確かに、そんな強力な術を操れる奴が何でこの世界に…。』

「この世界の人間とも…考えにくいし。」

「第一どこにいるよそいつ?」


…………ふむ。


「……襲われた本人に直接聞いてみっか。」

「え?………あ!そっか!」


フィフィは気付いたようで、拳をポンと叩く。


「え?襲われた本人って……あ、なるほど!」

「そーゆーこった久美。」


…まぁ、今話しかけるのはあんま気が進まんのだがな。


「おーい、アルスー。」


ヒョイっと和室に顔だけ出して覗いてみる。



………って、おりょりょ?



「……あれ?」

「リュウジ?どしたの…………!?」


フィフィも一緒に覗きこんで、驚愕する。






「……アルス……は?」

「知らん。」







あいつが、いなくなっていた。

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