第百三十二の話 光りし者と呪われし者2
〜アルス視点〜
そいつ………アランは、ニヤリと笑った。その笑みは、誰もが躊躇するくらい醜い笑み…思わず背筋に悪寒が走るほどの嫌悪感を感じた。
「いや……アリス、と呼ぼうかな?そっちの方が僕としても呼び慣れてるしね。」
「ど…どうし、て…。」
ありえない……こんな、ことなんて……。
「あれあれ〜?やっぱ僕がいるのはそんなに驚くことなの?ま、無理もないよね?ケケケ♪」
違う……ボク達が驚くべきところはそんなことじゃない!
「何で……。」
「ん?」
「何で、ボク達の世界で死んだあなたがここにいる!?」
そう…この男は、ボク達の世界で死んだ。なのに…何で!?
「…あ〜…そのことかぁ。」
まるでとぼけるかのような口調で言うアラン。それがますます、ボクらの怒りの炎に油を注ぐ。
「…まぁ、成り行き…というより、幸運にも来れたって感じかなぁ?アヒャヒャ。」
「……ふざけるな!降りてきて話をしろ!!」
剣を召喚し、構える。リリアンは斧をリュウジさんの家に置いてきたらしく、素手で構えをとった。
「ん〜…しょうがないなぁ♪」
【シュ】
「!?な……。」
そんな…消えた!?
「後ろだよ?」
「「!!??」」
背後から声がして、慌てて振り返る。そこには電柱の上にいたはずのアランが何事もなかったかのように立っていた。
「ヘヘヘ、驚いた?ねぇ、驚いた?」
「……。」
無邪気に笑うアラン……でもその笑顔からは悪意を感じ取れる。
「……答えろ…何故貴様がここにいる。」
リリアンの、戦闘の時にのみ見られる鋭い目でアランを睨む。大抵の魔物の場合、その一睨みですくみ上がってしまう。
「えへへ、知りたいんだ〜?」
…対し、アランは平然と、それでいて楽しそうに言った。
「…これ、わかる?」
「「?」」
そう言って、着込んでいた黒いマントの左腕部分を持ち上げる。
【ドクン…ドクン…】
!?な……これは……。
「ヒヒ、これはさすがに驚いたろう?」
いやらしく笑うアランの言葉なんかどうでもいい。
ボクらの目の前に現れたのは、紫色に変色した細い左腕…ところどころから赤紫色の細い血管が不気味に脈打っていた。
「そんな……左腕はあの時私が確かに……それにその腕……。」
「そうだね、この左腕は君が奪ったんだっけね?」
驚愕するリリアンを尻目に、アランはマントを元の位置に戻す。それでも、腕から聞こえる脈打ちは、いつまでも不快に耳の中に残る。
「でもね、僕は見つけたんだよ……
最強の、勇者でさえ超えられる力っていう奴を…。」
【ジャキン!!】
「!!」
醜く変化した左腕から、同色の剣が飛び出してきた。刃の根元辺りに赤紫色の血管が集結しているのがわかる。
「それでね……この力は、どんなことでも出来るんだよ?……こんなことだって!!」
【ブォン!】
アランがボクに向けて左腕の剣を一振りすると漆黒の球が現れる。
「!しま…。」
「『ザベ・ゲラウ』!!」
アランの声が響くと同時に、球がボク目掛けて真っ直ぐ飛んでくる……避けられない…!
【ドォ!】
「!!?あ、ああああああああああ!!!!」
「!?リリアン!?」
咄嗟に、ボクの前に躍り出たリリアンが悲痛な叫び声を上げた。
「あっれ〜?ミスっちゃったな〜。」
「アラン……!!」
怒りがボクの中を支配しようとする……でも、今はケタケタ笑うアランよりリリアンの方が先…………!!??
「か……あぁ……。」
「な……!?これは……。」
苦しそうに息をしながら膝をつくリリアンの左胸が黒く光っている……ただの魔法じゃない!
「何をした!?」
「呪いだよ。一種の、ね♪」
呪い……?
「その呪いを受けた者は……まぁ、詳しくは話せないけど。
まず間違い無く助からないね。」
!!!???
「そんな……!?」
「フフ、当然、助けようにもそれに対応する治療魔法なんてないよ?…僕だけしか知らないんだもん♪」
クッ……!!
「お前ぇぇえええ!!!」
「それ!それだよアリス!その顔!憎くて憎くてしょうがない、そういう顔を僕は見たかったんだ!」
この……!!ふざけ……!!
「…まぁもっとも……本来ならその呪いは君が受けるべきだったんだけどね?」
「…………。」
「ま、いいか♪これも策のうちだよ♪」
………………。
「うらあああああああああ!!!」
「おっと。」
一瞬にして接近し、その忌々しい顔を叩き切ろうとしたら避けられた。
でも……そんなの、そんなこと関係ない!!!
「アラああああああああン!!!!」
「アヒャヒャヒャ!恐いね〜恐い恐い♪」
高いブロック塀の上に飛び乗って、アランは嘲るように笑う。でも、絶対に逃がしはしない!!
「う〜ん、かなりやる気だねぇ君。
でも、今はやらないよ?」
なっ…!?
「ふざけるな!!ここでお前を倒す!!」
「ダメダメ、それだと僕が楽しくないもん。もっとふさわしい場所、用意してあげるからさ♪」
この!!!
「そ・れ・に♪お友達が大変だよ?」
「!!!」
そうだ…リリアン!
「じゃあ、またねアリス♪」
「!?ま、待て!!」
ボクの叫びも虚しく、アランはかき消すかのように消え去った。
『アハハハハハ!またいつかその顔見せてよ♪今度は……その顔のまま切り刻んであげるよ♪』
……周囲から響き渡るアランの声を最後に……気配が消えた。
「…………クソ!!」
【ガシャン!!】
チクショウ……
チクショウ……!
「チクショオオオオオオオオオオオオ!!!」
悔しい……悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!!!
また傷つけられた!守れなかった!大切な人を、仲間を!!
…………チクショウ……チクショウ…!
「…………。」
……泣いてばかりも……いられない……。
とにかく、リュウジさん達のところへ戻るべく、立ち上がって叩きつけた剣を拾い上げ、倒れたリリアンをおぶった。
「く……はぁ…はぁ…!」
「リリアン…。」
…………。
胸の中の苛立ちを隠せないまま、ボクは急いで帰路についた。
〜龍二視点〜
「……。」
「……。」
「…二人とも遅いねー。」
「そういやそうよね…。」
『かれこれ一時間はかかってるな。』
クルル達の言う通り、あいつらが出て行ってからだいぶ時間が経っている。駅前ったって歩いて五分程度の場所……クッキー買うだけでここまで時間が経つなんてことありえん。
それというのも、アルスはこういうお使いとかで道草くう奴じゃない。一緒に行動してる時もちゃんと俺の許可を得てから単独行動に出る。おまけにリリアンだ。あいつも久美曰くお使いで寄り道したことは一度もないという。
まぁ時には例外ってこともあるが……何か、変な胸騒ぎがする。
俺の勘ってのはよく当たると評判なんだが、こういう嫌な予感とかがする時は自分の勘のよさを怨みたくなることがしばしばある。
「……二人とも、大丈夫だろうか?」
「何とも言えんな。」
久美の不安げな呟きに俺は素っ気なく返した。勘がいいったって何が起こったのかはさっぱりわからない。俺は全知全能じゃねえから当たり前だ。
……まさか、どっかでずっこけた?……いや、あいつらならずっこけた程度、屁の河童だろう。
…………けっ、バカバカしい。勝手な憶測はもうやめだ。
「……一度探しに行った方がよいのではないか?」
「まぁもうちょい待てって。多分そのうち帰ってくらぁ。」
「いや、でも……心配だし。」
「私も…。」
…たくこいつらは心配症だな。
「あいつらだってたまには寄り道したいとことかあんじゃねえの?それに今夢中になってるとかさ。」
「……そう……か?」
「そう。…………とゆーかそう思いたいんだがな。」
「え?」
「いや、何でもない。」
最後の呟きは久美にはよく聞こえなかったらしい。
……つーかさ、何だかんだ言ったところで俺も結局は心配症じゃねえか。
【ザァァァァァァァ……】
『………雨、強くなってきたな。』
「…………。」
エルがポツリと言い、ふと窓の外を見てみる。風に変化はないが、雨の量が大きくなってるのは確かだ。現に視界が水しぶきで若干白い。
……タオル二人分用意してやらねぇとな。後ホットココア入れてやるか。
「…よっと。」
二人が帰ってきた時に備えて準備しようと俺は立ち上がった。
【バン!!】
「リュウジさん!!」
……噂もすればってか?
「ふぅ…やっと帰ってきたか…。」
「アルスー♪」
俺よりも先にリビングから出てったクルル。犬かお前。
あ、ついでにクルルにアルス達にタオル渡すよう言っておくかな。そう言おうとして、
「!!?リリアン!!?」
クルルの叫び声がして、やめた。
「クルルどうしたの!?」
「クルル?」
クルルの普段とは違った困惑した声にフィフィと久美も立ち上がり、俺も台所からすっ飛んで玄関へ。
って、おいおいおい。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
「か……ぁぁ……。」
目の前にいたのは、肩で大きく息をしているずぶ濡れのアルス、そして同じくずぶ濡れでアルスに背負われたままぐったりしているリリアンだった。
「ア、アルス!?どうしたのよ一体!?」
「リリアン!?」
遅れて来たフィフィと久美の顔が蒼白になる。
ってこんなことしてる場合じゃねぇ。
「久美!」
「!?」
「和室行って布団敷いてこい!グズグズすんな!!」
「わ、わかった!」
「クルルはタオル持ってこい!大きいの二枚大至急!!」
「うん!!」
「フィフィ、お前は救急箱を!エルはフィフィに救急箱の場所を教えろ!」
「オッケー!」
『わかった!』
「アルス、リリアンをこっちへ!」
「…………。」
俺は無言のままリリアンを背負ったアルスを連れて和室へと急いだ。