変わらなければならない場所3 幼馴染
これは幼少の頃の記憶
〝 ちょぉえぇぇん!! 〟
まだ無垢な彼女はいつも城を抜け出し 修練場で鍛錬中の俺のもとへとやって来ていた
〝 皇女様…… また脱走してこられたのですね? 〟
〝 ねぇ今日は何して遊ぶ? 〟
日常化している光景 稽古をつけてくれる人達も当たり前のように笑っていた
本当は国の為に強くならなければいけない筈が
〝 ほら行ってこい趙炎!! 〟
〝 えっ!? 〟
成績が人一倍良かったのかは分からないが
昔より平和が訪れた今では兵の育成より姫の面倒見の方が勝っていた
しかし それが今だけだったのだと後悔も覚える
〝 ねぇ趙炎 〟
〝 何ですか? 皇女様 〟
〝 孤橋で良いってば! 〟
〝 そういうわけには…… 〟
〝 ハァ…… じゃあ命令!! 今日からあなたは私のことを孤橋と呼ぶように!! 〟
〝 ……こ 孤橋 〟
〝 そうそう! それでよし!! 〟
街から外れた郊外の野原で楽しく話す孤橋は立ち上がり偉そうに高笑う
〝 私の名前は〝孫孤橋〟!! 覚えておきなさい!! 〟
〝 ……〝司馬孤橋〟ですよね? 〟
〝 違ぁぁぁう!! 私は孫孤橋!! 孫娯の血を継いだ豪傑な人間なんだから!! 〟
〝 豪傑って…… 習い事や勉学が周りより遅れてるって巻が言ってましたが 〟
〝 っ……!! あんなちまちました場所で背筋が痒くなるようなことは私には向いてないの!! 〟
〝 他の兄弟方は卒なく熟なしていると聞いていますが? 〟
〝 うっ…… うるさい!! 落ちこぼれって言いたいの?! 〟
〝 そのような事は…… 〟
〝 ていうかその敬語もやめなさぁい!! 〟
追いかけ回される俺はこのとき かけっこで孤橋に勝てなかった
豪傑と言い張るだけあってすぐに掴まり 倒れた俺の上に跨る孤橋に嫉妬していた
〝 相変わらず遅いわね趙炎! 〟
〝 クッ……!! 〟
その後もご飯を食べる時や寝る直前 風呂を入っているときでさえ孤橋は現れた
正直耐えられないこともあったが仕える姫だけあって何も言えなかった
俺に見せる孤橋はいつも笑っていて いつも元気で 苦悩なんてものを抱えていないと思っていた
しかし後で聞いた話
孤橋は司馬艶殿が皇帝に就く前日の夜に立ち寄った
場末の小さな店で働く女性との間に産まれたらしい
事情を知った国の連中は孤橋を毛嫌い 艶殿とは無縁の存在にしようとした
しかし艶殿はあくまで自分の子だと主張し 孤橋は皇女として迎えられる
されど下の者達の考えは変わらず
見ての通り人の上に立つ者として身に付けなければならない作法を一つもまともに出来なかった
溜め息と共に孤橋が遊びに行こうとする様を睨むのが当たり前の日常風景
俺はこの事をしっかりと本人に伝えるべきではないかと考えた 考えたが
〝 見て見て趙炎!! 泥団子!! 〟
〝 服が汚れてますよ孤橋 〟
目の前で自由に今を生きている孤橋の何が悪いのだろうという自分勝手な答えが出てしまっていた
〝 えぃ!! 〟
〝 ちょっ!! 泥団子投げないで下さい!! 〟
〝 アハハハ!! それそれぇい!! 〟
〝 ヤ…… やめ…… やめろって言ってるだろぉ!! 〟
〝 あっ!! 趙炎がタメ口使った!! 〟
〝 いや違います! 今のは…… その…… 〟
〝 ヤッターー!! 趙炎がタメ口使ったぁ!! 〟
〝 っ……!! 〟
ーー何で嬉しそうなんだ?
これも後で知ったのだが 孤橋は生まれてから隣に立って話してくれる人がいなかったらしい
そう 友達がいなかったのだそうだ
そして俺はこの頃から孤橋に対して素で接していた
〝 うわぁ…… すごぉい!! 〟
孤橋を連れて来たのは俺の故郷にある桃園だ
〝 ここは俺の憧れる三人が桃園の誓いを果たした
生死を共にすることを誓い合った場所なんだ 〟
この時の俺は初めて自慢風に話していた 今までこんなに素で話した相手などいないのに
〝 ふ~~ん…… じゃあ私達もしようよ 〟
〝 なんで?! 〟
〝 ……私じゃ背中を預けられないですか そうですか! 〟
そっぽを向く彼女に 正直何を言ってやればいいのか分からなかった
〝 俺は…… 私は兵士です 〟
〝 っ…… 〟
〝 私は兵士として死ぬ覚悟を以て皇女様を守りますが
皇女様は生きて国を守る重責があります 〟
〝 そうですか…… 〟
孤橋はその場を立ち去っていく
現実の立場に触れられることが嫌な彼女を怒らせてしまい 当分会えなくなるのだと悟る
そう思った時のことだった
数か月後 大国に出向いた日に周りが大騒ぎしていた
嫌な予感と共に城の広場まで足を運ぶと
〝 姫様!! お止め下さい! 〟
城の至る壁に描かれた落書き 従者達に向けて爆竹を叩きつける孤橋が無邪気にはしゃいでいた
〝 何をしているんだ妹は!! 〟
〝 司馬軌様! 稽古の途中で姫様が急に…… 〟
〝 はぁ…… 〟
その背後より司馬艶陛下も姿を現し
暴れ回る孤橋の首を鷲掴みにする司馬軌に引っ張られて彼のもとまで連行されていた
〝 どうした孤橋? 〟
〝 ………… 〟
ずっと黙って俯く孤橋に陛下は問い詰める事を諦め
周りの者達に落書きの掃除と爆竹の回収をさせる命令を下してその場を去る
〝 孤橋…… 〟
不意に駆け寄ろうとする俺に掃除をする者達から当然の言葉が聞こえる
〝 まったく姫様には手を焼く どこぞの汚れた孫娯の女との間に作った子だから仕方ないか 〟
〝 仕方ない訳なかろう 本来は泥水の側を歩く筈だった娘だぞ? 〟
〝 陛下の気まぐれにも困ったものだ…… 人の良さが私等には迷惑この上ないです 〟
ーー……そう言う事か
愚痴を吐いていた従者達は先ほど孤橋が爆竹を投げていた人達だ
俺は何かを理解し ずっとその場から動かない孤橋に近寄った
〝 孤橋 〟
〝 趙炎…… 〟
気の強い目をしていたが どこか寂しげな
俺は面と向き合い孤橋の頭を優しく撫でた
〝 強いな お前 〟
〝 っ…… 〟
孤橋は何も言わずに俺の胸に寄り添う
人に見せぬよう 人に聞こえぬよう その泣き顔と泣き声を俺にだけ見せてくれた
城下の市井や公共施設などがあるにも関わらず 俺と孤橋は俺の故郷の桃園で遊んだ
互いに誓い合った場所で
〝 えぇい!! 〟
〝 やったな孤橋!! 〟
気品の欠片も無い皇族から遠ざかった彼女の姿
周辺にいる庶民の子供すら気品ある作法を身に付いていると言うのに
ーー泥団子や木の棒を持った孤橋と言ったら…… あの頃は楽しかったなぁ……
〝 振り向いてよ 〟
〝 顔に泥付いてんぞ 〟
〝 これからずっと一緒だからね 〟
〝 お前の背中は俺が守るからな 〟
目が覚めると朝だった
ーーいつからアイツは…… 〝司馬孤橋〟を演じるようになったのだろうか




