クリスマスプレゼント
「はぁ……聞いてくれ、彼方」
終業式の日。今年最後の部活を終え、部の更衣室で着替えていると篠宮が何事かため息をつきながら項垂れていた。
「聞くだけなら」
返事をして淡々と着替える。彼女は今日烏丸と遊ぶと言っていた。ならばあのドーナツ店かコーヒーショップかだろう、迎えに行くかなどと考えながら。
「今度のクリスマス、何のプレゼントをあげれば良いと思う?」
「知るか」
「知るか、って!」
「そんな物自分で考えろ!俺に聞くな!」
「考えても思いつかないから聞いているんだろう!じゃなきゃ誰がお前みたいな朴念仁に!」
ぎゃーぎゃーと喚き合って一旦息をつく。
「……去年は何をやったんだ」
「リード」
「リード?」
「そう、犬の散歩する時に使う。自分に首輪つけてそれ渡して、『俺は雪華だけの物です』ってアピールしたら心底蔑んだ目で見られて目の前で捨てられた」
「…………」
心の底から引いた。どん引きだ。何やってるんだこいつ、本当頭おかしいんじゃないか。
中学の時塾で出会ってからの付き合いで何度もこいつは病気だと思ったがここまでだったとは。
「で、今年は怒られない物をと思ったけど……」
「思いつかない、と……」
「おう……彼方は去年何やった?」
去年?問われて思い出してみる。去年は確か……。
「どうした、冷や汗かいて」
「やってない……」
「は?」
「去年のクリスマスはおろか、今年の誕生日にも何もやっていない……」
「俺以下」
「待て!ゴールデンウィーク明けだぞ、付き合いだしたの!それ以前はノーカウントでいいんじゃないか!?雫からも何も貰っていない!」
言い募ると篠宮が静かに挙手をする。
「発言を許可する」
「氷崎さんはちゃんと用意してたと思う。タイミングが見計らえなくて渡せなかったというのは相手がお前の場合十二分にあり得る事だ」
そう言われ思わずしゃがみこむ。
どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい。
「あのー先輩達いつまで着替えてるんですか?皆帰りましたよ?」
しばらくそうしていると後輩に呆れたように告げられ、俺達は慌てて部室を飛び出した。
「いや、本当どうするよ」
「どうするもこうするも、思いつかないなら本人に直接欲しい物を聞くしかないだろう」
「却下。何の面白みも無い。サプライズというのが良いんだ」
そういうものか。
普段人にプレゼントをする機会などそうそうないからさっぱりだ。
雫達を迎えに行く道すがら喧々囂々と議論を交わす。
「じゃあもういっそアクセサリーとか」
アクセサリー店のショーウィンドウの前で足を止めて篠宮が言った。
「指輪とかか?」
「雪華は着けてくれないだろ。せめてネックレスくらいだなー」
探すから付き合えと引っ張り込まれ店内を物色する。
イヤリング、ピアス、指輪、ブレスレットにネックレス、それに何故か自然石。
所狭しと並べられたそれらを一つ一つ眺めて行く。
「ハート形か。氷崎さんなら似合うだろうけど雪華は柄じゃないとか言いそうだ」
ぶつぶつ言いながらあれこれと見て回る篠宮は心底楽しそうだ。
「おっ、これなんか良さそう。すみません!」
ようやく決まったらしい。
やれやれと思いながら店の外へ出ようとすると一つの棚に目がいった。
ラッピングをしてもらい、ほくほくとした顔の篠宮が俺に声をかける。
「何?香水?」
「そういえば前に買ってやると言った事があるなと思ってだな」
「じゃあ買えよ」
「いや、母親が懇意にしている調香師が居るからその人に頼む」
「ああ、そう」
変なもん頼むんじゃないぞ、との言葉に眉を顰める。
それくらい分かっている、そう返すと
「はいはい、まぁいいから迎えに行くぞー」
などと言われどこか釈然としないままアクセサリー店を後にした。
翌日の昼過ぎ、俺は件の調香師を訪ねる事にした。
「雫、出かけてくる」
「はい、何時頃お戻りですか?」
「そうだな、夕方迄には戻るつもりだ」
「分かりました、行ってらっしゃい」
そう言ってにこやかに手を振る雫と上手く目を合わせる事が出来ない。
悪い事はしていない。だが隠し事をしているという事実が重くのしかかる。
少しでも彼女が喜んでくれたら良いが。そう考えながら改札を抜けた。
「いや驚いた。霧川さんとこの」
「突然お邪魔してすみません」
久しぶりに会った調香師は子供の頃よりもずっと老けたようだった。
とはいえ、80代とは思えない程足腰もしっかりしている。
経営はもう息子さんに任せ特に懇意にしている顧客の分だけを作っているそうだ。
「お母さんのお使いかね?」
「いえ。許嫁に香水を贈りたくて」
「ああ、氷崎先生のところの娘さんね。クリスマスプレゼントかね?」
「はい。和服を好む子なので……」
「じゃあ練り香水だろうね。その子のイメージは?」
「イメージ……」
「外見とか雰囲気とか」
「それなら、小柄でおっとりした家庭的なタイプです」
出かけに見た彼女の笑顔を思い出す。
次いで腕の中で恥ずかしそうに笑う場面も思い出してしまい思わず赤面する。
「はは、余程惚れているらしい」
言われ、ますます赤くなる。
「それじゃあ、好きな花は?」
「好きな花ですか……確か……」
半年前に交わした会話を思い出す。
『はい、1番は桜です。ひらひらと舞い散るところが好きなんです。それにお茶に浮かべたりしても可愛らしいですし』
「確か、桜です。そう言っていた記憶があります」
「桜、ね」
じゃあこれとこれとこれかな、そう言って調香師はいくつかの液体の入った小瓶を棚から取り出した。
手際よくそれらを空いた瓶に混ぜ合わせこちらに差し出す。
「嗅いでご覧」
それを受け取るとそっと鼻に近づける。
ふわりと桜の香りと共に甘い香りがした。
「良いと思います、とても。……彼女は喜んでくれるでしょうか」
「君がその子を想って注文したんだ、喜んでくれるさ。さて、明日の昼までには仕上げておくよ。代金はその時で?」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ、任されたよ」
丁寧に礼をし、店を出る。空を見上げ大きく息をついた。
あとはタイミングだ、間違えないようにしないと。
心の中で小さく気合いを入れて彼女が待つ家路へと急いだ。
そしてクリスマスイブ当日が来た。
夕方、ぱたぱたと夕食の準備をする雫の背を横目で見ながらいつ渡そうかと思案する。
寝る前……?いや、彼女は案外寝るのが早いから渡しそこなうということは十分考えられる。
やはり早い方が良いだろう。
そう結論づけてプレゼントを取りに自室へ戻る。
何と言って渡そうか。気に入らなかったらどうしよう。
考えても詮無い事がぐるぐると頭を駆け巡る。
リビングに戻ると丁度支度を終えたらしく雫がソファに座って一息ついていた。
「雫」
「はい?」
隣に座ると雫の目が真っ直ぐに俺の目を捉える。
たじろいで目を逸らしつつ、手に持った小箱を差し出す。
「何ですか?」
受け取りつつきょとんとした表情で首をかしげる。
「プレゼントだ。——クリスマスの」
「えっ」
「開けてみろ」
言うと素直にカサカサと包みを開け始めた。
小さな、少し平べったい装飾の施された瓶を前にまた少し首をかしげて蓋を開ける。
そうして小瓶を鼻に近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。
子犬のようで少し面白い。
「練り香水…?それにこの香り。桜、ですか?」
ぱっと顔を輝かせて彼女が問う。
「ああ。前に、約束したろう?香水をやる、と」
「覚えててくださったんですね」
「うん。気に入ったか?」
「はい、とても!」
目を細めて小瓶を眺める様を見て、気に入ってもらえて良かったと安堵する。
「あ」
「どうした?」
「ちょっと待ってください」
急に声をあげたかと思うとそれをテーブルの上に置いてぱたぱたと駆け足で部屋に戻る。
どうしたのだろうと思いつつ待っているとまたぱたぱたと駆け戻って来た。
その腕には赤い包みが抱えられている。
「それは?」
「えっと、去年、渡しそびれたので2年分です」
そう言うとぎゅっと包みを押し付けてくる。
「開けても?」
こくりと頷いたのを見てできるだけ丁寧にラッピングを剥がす。
中から出て来たのは黒い毛糸で編まれたマフラーと手袋だった。
「本当は去年マフラーを編んでたんですけど、渡せなくて……だから今年は手袋と一緒です」
あとは煮るなり焼くなり好きにしてください、と微笑う彼女の頭に手をやり軽く撫でる。
「ありがとう、大切にする」
「……はい!」
「でもなんで黒だ?」
「彼方君は黒のイメージなので。あ、香水、付けてみてもいいですか?」
少量を指に取り耳の後ろに付ける。
ふわりと桜の匂いが漂った。
「ふふ、どうですか?」
「似合ってる」
素直に褒めると嬉しそうに身を寄せるそぶりを見せたので抱き寄せる。
頬を髪に擦り付けるとくすぐったそうに身を捩った。
幸せな気持ちで強く抱き締め、口づけをねだろうとした時だった。
ピンポーン。
あまりにも場違いな軽い音が耳に入る。
「あっ、来た!」
弾んだ声で雫が呟くと腕の中からするりと抜け出した。
は?
あまりの事に呆然としていると玄関の方から賑やかな声が聞こえた。
「チキン買って来たよ、雫」
「ありがとう。ケーキも出来てるよ」
「ごめんね、押し掛けちゃって」
「ううん。大勢の方が、楽しいと思うし」
ぎこちない動きで目を向けるとそこには満面の笑みの雫と談笑する烏丸、同じく満面の笑みの篠宮が立っていた。
「なんでお前らが」
「あれ、言っていませんでしたっけ?皆でパーティしようって」
「聞いていない」
「ごめんねー?折角2人っきりだったのに?」
憮然とした表情で答えると烏丸がにまにました顔でまぜっ返す。
その様子に何を言ってもからかわれるだけだと悟り、ため息をついた。
「いやー、悪い彼方。本当は会ってくれない予定だったんだけど氷崎さんとなら、って言うからつい」
「謝るならもう少し神妙にしてろ」
ダイニングでは雫と烏丸が料理の配膳をしている。
「雫、香水付けてる?」
「うん。彼方君に貰ったの。きつい?」
「ううん。そんなことない。可愛いよ」
「ありがとう。雪華もネックレス綺麗だね、雪の結晶?」
「そ、あいつにしては割とまともなプレゼントじゃない?」
「またそんな事言って」
楽しそうに会話する2人を見て、まぁいいかと自分を納得させる。
ただし後で構ってもらうぞ、と心の中で勝手に宣言しながら雫の準備ができたとの声に答えた。