第98話:後悔・2
「何もありませんよ。どうしたんですか、急に」
そう言って英一は、笑う。その引きつった笑みを見れば何かがあったのは一目瞭然。いつもだったら、すぐに口を割る。
昔からこの子は、隠し事が下手な子だった。そんな、英一だが、今回はどうも違うらしい。頑なに口を開こうとうはせず、逆に私を拒絶している。
「…………話す気はないか。分かった、これ以上は追及はしない。お前が言いたくないなら、それでもいい。話さないと決めたのは、お前だ。だったら、その代わり久美に悟られるような真似はするんじゃない。大切な時期だ」
私の言葉に英一は、顔を青ざめながらも強く頷いた。以前よりも強くなったのは、やはり父親になるからだろうか。
「じゃあ、私は家に戻る。お前も儀式の準備は、程々にして休みなさい」
「はい。お休みなさい、母さん」
「あぁ……………」
英一に背を向け社務所を出る。
家へと戻りながら私は、考えた。短期間家を空けただけなのに、一体何が起こったのだろうかと。
「どうもやっかいな事が起きたようだね。私が村を空けた間に何が起こったというんだ」
今ある懸案事項と言えば、あの学者先生の問題くらいだ。しかし…………。学者先生には、こちらから代表を立てて交渉すると決まっていたはず。確か、深見の御当主が当たってくれると言っていたから問題はない。娘を守る事を第一に考えているあの人だ、無茶なことはせずにじっくりと交渉するだろう。だとしたら、一体何だというのか。
「やれやれ、考え過ぎなのかねぇ」
二、三度軽く頭を振った後、空を見上げる。そこに広がるのは、満天の星空。その輝きに、目を細める。この村の最高の財産の一つであるこれを孫の代まで残してやらねばなるまい。その為には、村の存続が絶対である。
「もうひとふんばりかねぇ。…………美月姉さん」
思わず口から出たのは、もうこの世には居ない。懐かしい人。あの人の存在があったからこそ、自分達はここまで来た。美苑と二人、儀式という名の悪しき風習を無くす為に。
「神崎さん」
その時だった、村へと続く参道の暗がりから声が聞こえたのは。声のした方向へと視線を向けると一人の男性が立っていた。その人物は、深見の当主に仕える男。
「おや? あんたは…………。どうしたんだい、こんな夜更けに」
「主があなたをお呼びです。お一人で誰にも知られずにお連れするようにと」
「何だい、随分と物騒だね」
「申し訳ありません。緊急事態です。お願い致します」
「分かった。一緒に行こう」




