第95話:返らないもの
「あの事件の後、どうしても夜になるとあの光景が夢として出てきた。そして、私を責め立てる、お前は人殺しだと」
神主は暗い声でそう呟いた。そして、今だ地面に座りこんだままの自分の妻に目を向ける。その視線に宿るのは、彼女へと愛情と哀情。
「さぁ、行こう? もう、分かるだろう? 龍神などまやかしだと、失ったものは二度とは戻らないことが」
「…………嘘よ! だって、お義父様は、おっしゃったわ!! あの子は、戻って来るって!!」
そう叫ぶなり、勢いよく立ちあがった神主の妻は、美智へ掴みかかろうと手を伸ばす。それを見て明は、美智の前に立ちはだかり、神主も妻の腕を掴み後ろから羽交い絞めをする。
「何をするんですか!」
「明、私は大丈夫だから。それに…………」
「それにって、何だよ? 美智」
夫に抱きかかえられながらも暴れ、美智へと手を伸ばそうとする彼女の姿は狂気を孕んでいるようで恐ろしくも感じるがそれ以上に悲哀も感じた。
「多分、彼女もまた被害者なんだよ。儀式に踊らされたね」
「どういうことですか? 先輩」
「話を聞いてて思わなかった?」
美智の言葉に明達は顔を見合すが、見当がつかないのか首を捻っている。
「だって、いないでしょう?」
「いない?」
「彼女の子供。確かにあの頃、そういう話を聞いたけど生まれたとは聞いていないし。いつの間にかその話すら聞こえなくなってた。それに彼女の言葉。戻ってくるって言ったって。きっとそれが彼女がここまで儀式を盲信する理由なんだよ」




