第86話:回想・6
気がつくと他の人間は、居なくなっていた。部屋には、自分だけが残されている。何だか、夢の中にいるようで意識が朦朧としていた。
それだけ、話の内容が衝撃的だったということか。
鈍い頭で先ほど語られた内容を反芻する。
―――――生贄、儀式、少女を生きたまま泉に沈める。泉…………。
私は立ち上がると外へと続く引き戸を開ける。戸の先に広がるのは、毎年奉納神楽を行う為の野外舞台へ続く廊下。
すぐ先に見える角を曲がると舞台である別棟への戸がある。
今まで毎日のように清掃や神楽の準備の為に足を運んだ慣れ親しんだ場所。そんな場所へ続くこの戸をこんなに重いと感じるのは、初めてだ。
普段、神楽が行われる場合。私や両親が、舞台に上がるのは、祝詞を唱える時のみ。それに加え両親が健在の今、私は側で補助をするだけなので、ここに上がることはない。
その舞台の中央に立ち、周りを見渡す。
そして、舞台の正面奥に泉が見えた。
龍神が宿る、神聖な場所。
一体、少女達は、ここで何を思い、神楽を舞ったのだろうか?
そして、すぐ目の前にせまる自らの死についてどう感じたのか。
舞台から飛び降り、泉へと向かう。
その正面に立った時、脳裏を過ったのは、沈められていく少女の姿。
「うえっ…………ごほっ、ごほっ、は…ぅ……」
その瞬間、恐怖と嫌悪からか吐き気をもよおし、近くの草むらに嘔吐する。
カサリ。
背後から草を踏む音が聞こえ、振り返るとそこに居たのは、母だった。
「母さん、私は…………」
「大丈夫。私は、儀式などさせやしないよ。どんな事をしてもね」
「今回、犠牲になるのは?」
「灯お嬢さんだ」
「お嬢さんが!? 先代は、承知してるんですか!!」
「あぁ。知っていて、ああ言ってるのさ。あいつは、とうの昔に正気じゃない」
自分の孫を贄に差し出すという行為は、普通の人間からしたら、狂ってるとしか言えない。
「私達の世代はねぇ、儀式の為には、何でもしなければならない。そういう風に育ってきたんだ。あいつだけがおかしいという訳じゃない。私だって村の為と言われて、胡散臭い宗教の教祖もやったもんさ。そうしなければ、こんな山奥の小さな村なんてとうに滅びてる。生き延びる為には、必要な悪だった。しかし、もう全てを終わりにするべきなんだ。昔から続くこの村の闇をお前達が引き継ぐ必要はない」
母のその強い決意に私は、圧倒されつつ、内心ホッとした。
あんな物を受け継がなくてもいいという事に。
「ただ……」
「ただ?」
「いや、気にし過ぎか。さぁ、家に戻ろう」
「はい」
この時、母を問い詰めておけば良かった。
そう後悔したのは、1ヶ月後のことだった。




