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蛍籠  作者:
83/119

第82話:回想・2

 それは、夏の暑さが少しづつ、近づいていた七月の初め。


 「あなた、赤ちゃんが出来たの」


 蛍狩りの儀式の準備をしていた時の事。ここ数日、体調のすぐれなかった妻が診療所から帰って来てすぐの一言だった。


 「……………」


 いきなりのその言葉に驚き、言葉を失う。そんな私を見て、妻は不安そうに言った。


 「嬉しくない?」

 「そんな事あるわけないだろう!! ただ、びっくりして………。そうだ、母さん達に言った?」

 「まだよ」

 「すぐ教えよう! 母さん! 父さん!」


 蛍狩り用に作成していた紙の蛍と籠を放り投げて、急いで母屋へと向かう。そして、両親がいた居間に着くなり叫んだ。


 「やったよ!!」

 「何だい騒々しい子だね」

 「次期、神主の自覚が足りん。皆さん、愚息が申し訳ない」


 その言葉に我に返るとそこには、深見のご当主や儀式の関係者が揃っていた。


 「もっ、申し訳ありません」


 その場に膝をつき謝罪をする。


 「いいえ、打ち合わせは、終わってますから大丈夫です」


 そう言ったのは、自分よりも年下のご当主だった。


 「それで、何がやったなんだい?」

 「子供が出来たんです」

 「本当か!!」


 その言葉に即座に反応したのは父で、ちょうどその時妻がやってきた。


 「えぇ、冬に生まれます」


 喜びで頬を赤く染める妻に、深見のご当主はすぐさま祝の言葉をくれる。


 「良かったです。それはお祝をしないと」

 「そうだ、そうだ、皆でパーっと飲むか!」


 その場にいた男達が一斉にはしゃぎだすのを見て母は、仕方ないとばかりに苦笑していた。そして、すぐに妻に体調について聞き始めていた。

 私は、その場にいた人達からの祝の言葉に照れつつも父と一緒に礼を述べる。

 そこへ外から、人の声が聞こえてきた。


 「あぁ、私が行くよ。君はゆっくりしてて」


 妻にそう言うと代わりに玄関へと向かう。


 「ごめんください」

 「はい、何でしょう?」


 するとそこには、若い男性の姿があった。


 「私は、市内の大学で民俗学を教えております、広田という者です。この村に伝わる儀式について神主さんにお話を伺いたいのですが。失礼ですが、あなたが?」

 「いいえ、神主は父ですが。取り次ぎますので、隣の社務所の方へどうぞ」


 応接室へ案内し、広田さんから名刺を貰うとすぐに居間へととって帰した。

 居間では、楽しそうな声が響いている。


 「誰だった? 役所か?」

 「いいえ、広田という民俗学の先生が。儀式について父さんに聞きたいことがあるって」


 その瞬間、それまでの楽しげな空気が一変する。その場は、張りつめ、皆眼差しがするどい。

 「と、父さん?」

 「分かった。話を聞いてくる。悪いが社務所には誰も来ないでくれ」

 「でも…………」

 「言う通りにしろ!!」


 父は、そう怒鳴りつけると一人で社務所へと向かって行った。


 「さぁ、今日はもうお開きだ。祝いの席は、蛍狩り後だ」


 母がそう言うと皆、そうだなと口ぐちに言い笑って帰って行く。


 「広田さんですか…………。困った方だ…………」


 深見のご当主は、ぼそりと呟くと皆と一緒にその場を去って行った、ひどく厳しい顔つきで。


 「…………あなた」

 「大丈夫だよ。何でもないさ、きっと」


 そして、この広田という訪問者が起こした波紋は、どんどんと村全体へ広がっていくのだった。

ついに、広田父登場です。

祝の場から一転して重苦しい空気が流れ、それが次第に村全体へと広がります。

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