第74話:蛍籠の儀式・後編
美智が衣装を変え、舞台中央へ体を向けるとちょうど龍神の舞が終わったところだった。
それまで絶えず鳴っていた囃子の音が消え、静寂があたりを包む。その中を美智は、静かに舞台中央へと進んだ。
一歩、一歩、前に進むにつれて美智の心に不思議な感覚が生まれていた。
客席の視線の全てが自分に向かっているような感覚。もちろん、神楽が始まる前にも似たような感覚が自分を襲ったのだが、今感じるそれは、全然別ものだ。神楽が始まる前のそれは、恐怖感や不快感と言ったもの、しかし今は、心地良さを感じるのだ。
先ほどまでの澱み、濁ったような視線ではなく、逆にその視線は澄んでいるような気がするから。
舞台脇からその光景を見ていた明の口から思わずため息が出る。
その毅然とした横顔は、とても澄んでいて神々しさすら感じとれた。
神がかりとはこういう事を言うのかもしれないと明は思う。そして神楽を最後まで見たいという欲求にかられたが、さすがに他の人間にばれるので下を向いて顔を見せないようにしながら、功達の元へと向かった。
明が舞台袖を離れた頃、ちょうど龍神と娘の二人舞が始まろうとしていた。
(いよいよね)
これからの騒ぎを考えると少しだけ笑いがこみ上げてくるのだが、必死に堪えた。
そして、二人舞の最初の音が鳴ったその時、ダンと右足で強く床を踏む
そして次の瞬間、美智は持っていた舞扇を舞台に放り投げた。
カタンという音がした後、その場は別の意味で静まりかえる。
しばらくすると、観客席の方が、がやがやと騒ぎ出す。
そんな状況を無視して、さらに美智は、先ほど変えた打ちかけを脱ぎ去り、袴姿になる。
その奇行とも取れる行動に呆気に取られていた人々の中、神主の妻が我に返り叫ぶ。
「いったいどういうつもりです!!」
青ざめた顔でヒステリックに叫ぶ女に向って美智は、笑いながら告げた。
「だって、私この先の舞知らないから。だから無理なんですよ、最初から。私を儀式に使おうだなんてね」
せっかく着つけてもらった着物ですが、いざという時の為に脱いでしまいました(笑)




