第72話:蛍籠の儀式・前編
舞台と控の空間をつなぐ布が捲くられ、おばばを先頭に美智、川辺がその後を続く。
ぴんと張り詰めた空気の中、美智達は、一歩、一歩、橋掛りを進む。
煌々と焚かれた篝火の光に一瞬、目がくらんだ。思いのほか、明るい。
(これだけ火を焚いてよくばれないものよね)
いや、もしかしたら知っていて知らないふりをしているのかもしれない。見て見ぬふりをして過ごす。それは、この閉鎖された村で生き抜く為の処世術なのだと思う。
そんな事を考えながらふと舞台の先を見ると囃子方の面々の姿があった。皆一様に顔を強張らせている。
―――――ある意味、彼等も被害者だ。加害者でもあるけれど。
そうして、ゆっくりと進んでいた美智達もついに舞台中央へと辿り着く。
舞台正面、本来なら客席がある場所に神主夫妻とこの神事に関わる家の者がそろっていた。
「では、これより祝詞を上げる。その後、田中 美智、川辺 通両名が奉納神楽を舞う。儀式に参加する者達よ、この二人の舞をよくその目と記憶に焼きつけ、次代へと繋げよ」
「承知いたしました」
おばばの言葉に皆、頭を垂れた。
それをおばばの後ろから見ていた美智は、必死に平常心を保とうと努力していた。
その光景は、正直な所怖かった。数十人の人間が何かの熱に侵されたような目でこちらを見てくる、異様な光景だ。自分達の準備をしてくれた女達の顔には、先ほどまで後ろめたさや儀式への恐怖と嫌悪、そして人の命を奪う事への怯えなどは一切見られず、逆に興奮しているように見えた。
美智が必死で恐怖と戦っている中、川辺は冷静に周囲に目を配っていた。どうやら、この様子だと功達は見つかっていないようだ。
(この場にいるのは、年より連中だけか。これなら、いざとなったらどうにか出来るな。…………美智?)
ふと隣に視線に向けた川辺の目に映ったのは、この場の空気に押されている美智だった。
緊張と恐怖からか顔が青ざめている。そんな様子を見た川辺は、客席からは見えないように美智の着物を引っ張る。
「大丈夫。美智は一人じゃない」
その囁きにじょじょに顔色が戻る。
(そうだ、私は一人じゃない。絶対にやれる! 私達なら!)
美智は、平常心を取り戻そうと、ぎゅっと右手で握りこぶしを作り、深く息をつき目を閉じ、祝詞が終わるのを待った。
「では、これより奉納神楽を行う」
――――さぁ、最初で最後の神楽よ。
美智は、微笑みを浮かべ舞扇を手に取った。
舞台は、能などで使われるものをイメージしています。




