第71話:始まりを告げる声
おばばに先導された美智は、舞台へと続く幕の前へとたどり着く。そして、幕近くにある鏡の前で衣装の崩れを直される。
黙々と袖や襟元を直し続ける女達を取り巻く空気は、先ほどの部屋での着付けの時よりも重く暗い。
どこか怯えの混ざった様子に美智は、内心首を傾げる思いだった。しかし、女達が時折送る視線の先の人物を見て納得する。
何のことはない、おばばに怯えているのだ。
美智達からすれば、おばばは優しい人物だ。だが、この神事に関わってきた家の者達にとっては恐怖を覚えるのだろう。
「準備は整ったのかい?」
「はい。巫女守の装束を整えれば完了です」
「分かった。あまり時間をかけてはならん。夜明け前までに全てを終わらせる必要があるからな」
女の一人におばばは、指示を出すとその場を離れ舞台上にいる神主とお囃子の面々の元へと向かって行った。
「巫女殿、これを」
「巫女殿ねぇ。…………あぁ、舞扇ね」
自分の事を巫女と呼ぶ女に嫌味を込めて応じると差し出された扇を手に取り広げる。
扇に描かれているのは、一匹の龍。
紅の扇に描かれた龍には、金やら銀粉などが周囲を飾っており随分とけばけばしい印象を覚える。
「これが、龍ね」
美智は嘆息し、扇をたたみ帯に差し込む。
すると後ろの方から誰かやって来る。どうやら、川辺の着付けが終わったらしい。自分と同じように連れてこられた川辺は、同じように鏡の前で装束を整えられる。
それが終わると一緒に来た女が、舞台へと姿を消す。
「何分、神楽を舞うのは数年振りなので間違ったらごめんなさい」
「あぁ、多少の間違いなら平気だろう。習った通りに踊りなさい」
美智の問いかけに川辺は、一瞬だけ不適に微笑んだ。
「そろったね」
舞台から戻ってきたおばばは、美智と川辺の姿を見て頷く。そして周囲の人間を見渡すとついに儀式の開始の宣言を行った。
「それでは、蛍籠の儀式を開始する」と。




