第110話:泣き声
「…………美智………………美智」
誰かの声が聞こえる。泣きたいのを必死に我慢している声。昔、よく聞いた。彼は、いつもそうだったから。村一番の家に生まれたせいで、同世代の子供から嫉妬と羨望の対象にされた。その穏やかな笑顔で怒りも悲しみも上手に隠していた。そんな彼が気に食わなくて、よく文句を言ったけどそれさえも交わされて最後は。どうしたんだっけ?
「美智、お願いだから。目を開けて………お願いだから」
あぁ、無視したんだ。そうするといつも泣いて追いかけてきたっけ。
「…………くせに。…………男のくせに泣いてんじゃないわよ」
「美智!!」
「近っ!! 顔、近いから」
目を開けるとすぐ明の顔があって、びっくりした。本当に近過ぎてへたに動くとキスしてしまいそうである。
目覚めた途端、いつも通りの美智に明は、ホッとするのと同時に少し腹が立つ。自分がどれだけ心配しているのか分かっているのだろうか。
「明、手が痛い」
ずっと握られていただろう、その部分が色を変えている。
「ごめん。だって、全然目を覚まさないから」
「えっと、あれからどれぐらい時間がたっているの?」
「もう夜明けだよ」
「嘘! そんなに? …………明、その頬の黒いのって」
「あぁ、社務所が焼けてね。さっきまで消火活動していたから煤がついたんだね」
「火事?」
「うん、美智が泉に落ちた後に。神主の奥さんが火を放ってね。何とか社務所と少しだけ木が焼けただけですんだよ」
「そっか。それは良かった。で、神主の奥さんは?」
「そのまま火に巻かれて。神主さんは、奥さんを助けようとして一緒に」
今回の事件の首謀者である二人の死。
でも、こうなる気がしていた。最後に見た奥さんの顔は、全てのものからの解放を求めていたから。もう色々な面で限界が来ていたんだと思う。子供を思うあまり正気を失いかけていた奥さんとそれを支え続けた神主には。
「明が助けてくれたの?」
「ううん、助けたのは広田君。さっきまで居たんだけど」
「そうなんだ。あとでお礼言わなきゃね。功と夏美は?」
「功はおばばと一緒に、父さんや村長達に経緯を報告中。夏美は、先生と一緒に怪我人の手当てしてる」
「そっか、ここから正念場なんだね」
「うん。僕も行くから、美智はもう少し休んでて。着替えがそこの籠にあるから」
「分かった。ありがとう、明」




