第107話:悲哀
ドボンという音と共に美智の体は、泉の中へと落ちていく。舞台は、半ば泉に突き出した形で作られていた為、美智が落ちたのは泉の中程。そのため彼女の足が底に着くことはなく、水に落ちた瞬間から泳ぐことをよぎなくされた。
何とか岸にたどりつこうと泳ぎ始めた美智だったが、神楽の衣装が重しになり彼女の意志とは反して体は沈んでいく。
必死に水面の上を目指して足をかく。しかし、その願いは叶わず彼女の体は水底へと消えた。
「美智先輩!!」
「ふざけんなよ、ばばぁ。うわぁ!」
「功、ナイフを持っているんだから油断するな」
美智が落ちるのと同時に功と明は久美を取り押さえよう試みる。しかし、ナイフを振り回され、その切っ先が自分達の体をかすめるせいで失敗が続く。
広田は、神主の妻を明達に任せると美智が落ちた舞台の端へと駆け寄った。すでに彼女の姿は、水面になくただ水の波紋だけが残っている。
「功さん、明さん。後はお願いします!」
そう言うなり広田は、靴を脱ぐときれいなフォームで水の中へと飛び込んで行った。
「いい加減にしろよ! くだらない妄想にとり憑かれやがって! どうだよ、美智はあんたの望み通りに泉の底だ! でも、あんたの子供なんて戻って来ない。現実を見ろよ」
「そうです。一度失われた命は、何があっても戻らないんです。美花のように」
「嘘よ。今度は正しい貢物を奉げたわ。きっと戻るわ」
「はっ、じゃあ教えろよ。いつ戻って来るんだよ! 美智が泉に落ちたのに何も起こらないぜ。あんたが信じる龍神様は、何かしてくれたか?」
「うるさい。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。何も知らない子供が偉そうに。私の子の犠牲で今まで安寧に暮らしてきたお前達に何が分かる!! どけーっ!」
久美は、血走った目をおもいきり見開くと社務所へと踵を返す。突然のその行動に功達はあっけにとられ止めることは出来なかった。
そして、再び戻ってきた久美の暴挙によって我に返る。
彼女は、半分程中身が残った灯油缶を手に持って現れるとその中の液体を床にざっとまき、そこに火を放つ。
その場は、あっという間に炎に包まれて行き、その炎と煙の中で久美は、一人泣きながら笑い続けていた。
「ははははっ、こんな村。こんな神社、こんな…………。全て消えてしまえばいいのよ、全て」




