第105話:葛藤
「英一に振り下ろされるはずだった金槌は、夫を守ろうとした久美の背中に落ちた。その後も怒りで興奮状態に陥った私の夫は、久美に対して殴る蹴るの暴行を加えた。私が動けるようになって息子達の処へ駆け寄った時には、もう遅かった」
「そして、妻はもう二度と子供が産めない体になってしまった。ショックで鬱状態になった嫁に対して父は、吹き込んだんです。儀式さえきちんと行えばお前の子供は帰ってくると」
おばばの話は、美智達が考えていた以上にショッキングなものだった。
「それからこの子は、儀式や龍神信仰へのめり込んでいった。英一もそんな妻をおいて自首をすることは出来なかった。ただ、側にいることしか。数年後に夫が病気で亡くなった時、これで終わると私は考えていた。でもそれは甘い考えだった。あの子が夫の意思を継いだ時にそう悟った」
「これが過去の全てです。私も今度こそ全てを警察に話すつもりです」
「あなた!!」
「久美。現実から目をそらすことは止めなさい。その結果、何か変ったかい? ただ、人を傷つけただけだ」
「そんな事…………、そんなこと。だってお義父様は言ったもの…………」
虚ろな瞳でぶつぶつと呟き続ける姿に、少しの同情を覚えながらも美智はどう彼女に接すればいいのか分からなかった。川辺に対しても同じような心境ではあるが、彼女に対してはもっと複雑な心境にさせられるのだ。
そんな美智の葛藤を感じ取ったのか、明に肩を叩かれる。
「美智が気にする事じゃない。これはあくまで神主一家の問題なんだから。美智だって大切な家族を失ったんだ」
「何だろう。もっと怒りとか憎しみが沸いてくるんじゃないかなって思ってた。でも、この事件は根が深すぎて、誰が被害者、誰が加害者とか単純に考えられないの」
「そうだな。あの人も被害者って言えば被害者だからな。それでも加害者側でもあるってことには変わりない。こりゃ、これからが大変だな」
「そうですね。一つ、一つ、問題を解決していくしかないです。父の件も美花の件も」
明日から起きるであろう混乱や騒ぎを思うと気が重い。しかし、全ての問題に対してへの解決の道筋が出来た点は、喜ばしいことだ。
あとは当事者である自分達の手でどうにかしていくしかない。
「とにかく下に降りよう。父へ報告して、打つべき手は打たないとね」
「そうだな、夏美達も心配しているだろうし」
「編集長にも知恵を借りましょうか?」
「そうね。私達よりもマスコミ対策はお手の物でしょから。おばば!」
「何だい?」
「とりあえず、下に降りよう。あー、これを始末していくのが先か…………」
舞台の周囲にいくも焚かれた篝火に目をやる。どれも煌々と火が揺らめいている。ちょっとやそっとじゃ、消えそうにもない。
「これって消火器使うの?」
「いや、火の元になるものが無くなれば消えるはずだ。でも、消火器使って消したほうがいいかもな」
「向こうに何本かあったはずだよ。功、広田君、手伝って」
「はい」
「おう! 美智はいいぞ。女だからな、一応」
「功!! ちっ、あとで覚えてなさいよ」
三人が社務所の奥へ消えて行くのを見送る。
その時だった。それまで大人しくしていた久美が夫を突き飛ばし叫びともうめきとも取れる声を上げながら美智に突進してきたのは。
「久美! 美智、危ない!」
「え?」
鬼気迫る表情で自分にせまってくる彼女の手には、小ぶりのナイフが握られている。恐怖から体が硬直したが寸前の処でそれを避ける。
しかし、完全には避けきれず右腕に痛みとそこから生まれる熱が体に走った。




