第9話 何か増えてる
森での暮らしでは、必然的に寝るのが早くなる。地球にいたころのように、便利な照明器具なんてないから、夜は真っ暗だ。明かりなしでは何もできない。
着火魔法は火を起こせるが、効果時間は短い。明かりを維持するには燃やすものが必要だ。森なので確保は簡単と思いきやこれが意外と面倒だった。生木だと火がつきにくいので、乾いた枝を大量に確保しておかなければならないんだ。近場だけで量を確保するのは難しく、遠くまで移動すると危険生物の脅威がある。なので、バンバン火を焚くのは結構厳しい。
夜間にやりたいことがあるかと言えば別にないし、火が野生動物の注意を引く可能性もある。なので、今のところ、夜は火を焚かず早めに寝ることしているのだが――
「にゃ。にゃにゃ。にゃにゃ、にゃ!」
トカゲ肉で一杯になったお腹を抱えて、そろそろ寝るかと考えていると、突然ノアが騒ぎ出した。
「どうしたんだ、ノア」
「にゃん。にゃ、にゃー、にゃ!」
ノアがここまで鳴くのは珍しい。何か切迫した事態が迫っているのかと嫌な想像が頭を過ぎるが、ノアの態度から察するにそういうことでもなさそうだ。
「にゃにゃ、にゃ!」
しきりに前足をバタバタさせるノア。ひょっとしたら、何を説明しようとしているのかもしれない。しかし、ただただ可愛らしいだけで、残念ながらその内容までは伝わらなかった。
「にゃにゃ?」
「うーん。全然、わからん」
「にゃー」
最後に確認するような気配があったので、素直にわからないと白状する。それを聞いたノアは、「ダメだこりゃ」とでも言わんばかりにため息を吐いた。
そんな態度をとられてもな。猫語がわからないのだから仕方がない。
スキルの実ならひょっとしてと思ったが、すでに満腹で実ひとつ分の容量もあいていなかった。まぁ、食べれたところで都合よく猫語が理解できるスキルが得られる可能性はほぼないだろうけど。
「この調子なら大猪でも倒せるってことか?」
「にゃ!」
適当に推測してみるが、的はずれなことを言ってしまったようだ。ノアはぶんぶん頭を振って否定する。
その後も当てずっぽうを何度か口にするが、正解には至らなかった。
「にゃあ……」
「すまん」
これはどうにもならないと、ノアが首を振る。何だか申し訳なくなって謝るが、結局、ノアの言いたいことは伝わらずじまいだ。
「ノア?」
「にゃ」
すると、ノアは諦めた様子でトコトコ歩いていってしまった。思わず声をかけると、振り返ってノアは前足を突き出す。なんとなく突き放すような雰囲気がある。ついてくるなと言っているらしい。
「どこに行くんだよ。夜は危ないぞ」
「にゃ!」
考え直すように言ったが、ノアを引き止めることはできなかった。それどころか、凄いジャンプ力で木の上まで飛び上がってしまう。枝を伝って移動するつもりらしい。そうまでされると、俺には後を追うこともできない。
「うーん、なんなんだ? 散歩か」
わざわざ夜に出なくてもいいのに。まぁ、俺と一緒だと思い切り動けないと思ったのかもしれない。実際、昼間はついていくのもやっとという感じだったからな。
まったく仕方がないやつだ。大丈夫だとは思うが、心配なので戻るまで待つことにしよう。
やることがないので、痛風魔法の訓練でもするか。俺が扱える魔法の中で唯一戦闘で使えそうな魔法だからな。直接的な攻撃力はないが、ノアのサポートはできる。
使うには発動対象が必要だが、これは別にその辺りの木でも大丈夫みたいだ。非生物に使った際の効果は不明。たぶん何の意味もないと思う。だが、訓練目的なので問題ない。呪文の暗記、そして反復訓練で素早く詠唱できるようにする。目標は五秒で発動だ。
「うっ……この辺りにしておくか」
十回くらい使ったところで訓練を止める。意外に早く目眩がきた。着火魔法よりも消耗が激しいようだ。厳密に数えたわけじゃないが、たぶん二倍くらい違う。どうやら、魔法によってマナコストが違うらしい。やはり訓練しておいて良かったな。着火魔法の感覚で使っていたら、予期せぬタイミングで体調を崩す可能性があった。
しかし、思いのほか早くマナ切れしてしまったのでやることがなくなった。仕方なく、ぼんやり星を眺めつつ過ごす。スキルツリー周辺は整地魔法で木を引っこ抜いてあるので空が広い。おかげで星がよく見えた。
「星の並びってどうなってるんだろうな」
ふと疑問が湧いた。ここが異世界だと言うなら、地球とは違う星の配置なんだろうか。比べて見ようと考えて……すぐに諦める。有名な星座の名前くらいは知っているけど、位置だとか配置だとかはよく覚えていない。
「まだ戻ってこないのか」
漫然と星を眺めていると時間が長く感じられる。一人でいると特に。ノアが来るまでは当たり前だったはずなのに、耐えがたい孤独感に苛まれる。
「……ちゃんと戻ってくるんだよな?」
ふと嫌な想像が頭を過った。出かける前にノアが騒いでいたが、あれは別れの挨拶だったんじゃないか。もう戻ってくるつもりはないんじゃないか。そんな想像が。
そんなはずはないと否定してみても、不安は拭い去れない。やっぱり……いや、そうじゃないと、何度も繰り返しているうちに、空が少しずつ白んでいく。そんな時間になってもノアは戻って来なかった。
「ノア……」
探しに行こうかとも思った。しかし、一人で森を探し歩くのは心許ない。それに、もしノアが本気で出ていったのだとしたら、俺が追いつくことなんてできるわけがないのだ。
俺にできることは何もない。無力感に苛まれながらスキルツリーのそばでかがみ込んでいるうちに、次第に意識が薄れていった。
鳴き声が聞こえる。出ていったはずのノアの声だ。
そうか、これは夢なんだな。俺はいつの間にか寝てしまったんだ。
そんなことを思っている間にも鳴き声はやまない。どころか、少しずつ不機嫌になっていく気配がする。
おや、これは本当に夢なのかと思ったときだ。突然、腕が何かにひっかかれたような痛みが走った。意識が一気に覚醒して跳ね起きる。
「痛っ――って、ノア!?」
「にゃあにゃ」
驚いたことに、目の前にやれやれといった表情のノアがいた。どうやら、さっきまでの鳴き声は本当にノアだったらしい。なかなか起きない俺に痺れをきらして、実力行使に出たようだ。
「ノア、お前、戻って……きたん、だな?」
「にゃー」
感極まって抱き上げようとしたら、ノアはするりと腕をぬけていく。しかし、そんなことは気にならなかった。ノアが戻ってきたことが嬉しいからか。それもある。それもあるが――
「ニャア!」
「ニャ」
「うな?」
「にぃ」
なんかノアの他にも増えてるんですけど!?




