第7話 ノアさんはやる気だ
ノアが放った衝撃波は凄まじい威力だった。ターゲットとなった倒木はもちろん真っ二つ。それどころか、その先にあった木々を数本切り裂いている。
もし、あれが俺に放たれていたら。当然、即死だろう。そう思い至って背筋が凍った。
だが、謎なのは俺以上にノアが動揺していることだ。
「にゃ!? にゃー?」
真っ二つの倒木を見て、自分の右前足を見ての繰り返し。これまでのツンとした態度からのギャップがあってかわいい――ではなく。
「ノア。いったい、どうしたんだ」
「にゃにゃー! にゃー!」
「いや、まったくわからん。落ち着け」
動揺しているのはわかるが、前足をわたわたさせるのは止めてもらえるかな。またアレが出るんじゃないかとヒヤヒヤするから。
「とりあえず、わからないことだらけだから、ひとつずつ質問していくぞ」
「にゃ!」
しゃがみ込んで言い聞かせると、ノアがこくこく頭を上下させる。コイツ、やっぱりこっちの言葉を理解してるよな。まぁ、俺としてはそのほうが都合がいい。言葉は喋らなくてもイエスかノーで答えられる質問を重ねればなんとなく情報がやりとりできる。
その結果、衝撃的な結果が判明した。ノアさん、猫ではないらしい!
まぁ、さっきの衝撃波といい、頭の良さといい、猫じゃないほうが納得できる要素は多いんだが。俺は猫だと思い込んでいたので衝撃が大きい。
では何かと言えば、それはよくわからない。魔物かと聞くとひっかれそうになったので、たぶん違うのだと思う。猫かどうかの質問に対する回答も曖昧だったので、現状では猫っぽくて強い生き物という認識だ。
で、問題の衝撃波。あれ自体は元々ノアが持っている能力らしい。しかし、本来ならもっと小規模なんだとか。一撃では木を切り倒すのも難しく、今回もノアとしては二、三度放って倒木を切断するつもりだったようだ。
いや、それでも十分に強力だけど。ノアさん、流石っス。平和的に友好関係を築けて良かったよ。
「しかし、だったらなんでいきなり高威力に。心当たりはあるか?」
「にゃ」
俺の問いには否との答え。だとすれば、考えられるのは――
「あの実の効果ってことか」
「にゃー?」
俺の呟きに、ノアが「マジでいってるの?」みたいな顔をする。猫って意外に表情豊かなんだな。いや、猫じゃないんだったか。
「でも、それ以外に考えられないだろ」
「にゃ、にゃ!」
「え、俺? 俺も一応特殊な能力が使えるようにはなったぞ」
「にゃ!」
見せてみろと態度で示すノアさん。しかし、あの衝撃波のあとに披露するのは気が進まないんだが。
「にゃー」
「仕方がないなぁ」
さっさとやれと急かされて渋々呪文を唱える。慣れてきたので、始めて使ったときに比べるとかなりスムーズだ。暗記したので、読み上げる必要もなくなった。おかげで発動はかなり早い。
「しかと見よ! これが俺の飲み水魔法だ!」
「……にゃ? にゃ?」
突き出した右手から水がチョロチョロ流れ出る。その様を見て、ノアは困惑しているようだ。お願いだから、「え、これだけ?」みたいな顔をするのは止めてもらえないか。普通に傷つくぞ。
「他にもあるぞ」
「にゃー」
次こそは凄い能力が見られると期待しているのか、ノアの顔が明るくなる。しかし、安心するのはまだ早いぞ。
「これが着火魔法だ! 着火用なので、これ以上火は大きくならない!」
「にゃー……」
着火魔法を披露すると、「こりゃ駄目だ」って感じで首を振られる。いや、これでも便利なんだぞ。
「お次は整地魔法!」
「にゃ!?」
おっと、今度はなかなかの反応だ。木を巻き込んだ甲斐があった。しっかり根を張った大木が一瞬で引っこ抜けるのはインパクトが大きいよな。しかも、倒れる過程すらなく、いきなり木が転がってるんだから凄い。まぁ、そのせいで派手さには欠けるんだけど。
「で、これが石鹸魔法」
「にゃ?」
噴出した液体石鹸を見て、ノアが首を傾げる。
「これはこうするんだ」
「にゃー!?」
液体石鹸を手で揉み込んでやると、みるみる泡立っていく。それを見たノアが警戒するように飛び退いた。その慌てようがおかしくて笑ってしまう。
「ははは、別に危険なものじゃないぞ、これは。体を綺麗にしたりするものだ。そういえば、ノアの体も綺麗にしたほうが……」
「にゃ!? にゃー!」
「わ、わかった。無理にとは言わないから!」
洗ってやろうかと提案する前に猛烈な抗議を受けてしまった。ノアさんは風呂嫌いらしい。いや、野生で生きてるなら風呂嫌いというのもおかしいな。単純に泡を警戒しているのか。
「まぁ、概ねこんな感じだな」
「にゃ、にゃー……にゃあ」
報告を終えると、ノアがしきりに何か話しかけてくる。言葉はわからないが、励まされているような気配だ。ひょっとして同情されている?
いや、どの魔法も滅茶苦茶便利だから! 同情される理由なんてないから!
だがまぁ、強力さという点ではノアの衝撃波を強化したスキルには負ける。ランクみたいなものがあるとすれば、ノアのスキルはそこそこ上位なんじゃないだろうか。一方、俺が取得したスキルはたぶん底辺に近い。“微”とか“弱”とかついてるのもそれが理由だろう。
ただ、落ち込みはしない。むしろ希望が見えてきたと思っている。食べ続けていれば、いずれ俺もチートスキルを身につけられる可能性があることだからな。
「というわけで、同情は無用だ」
「にゃ、にゃ」
だから、その「強がらなくていいんだぞ」という態度はやめてもらいたい。
「あ、そうだ。そういえば、もうひとつ魔法があるんだった」
「にゃー?」
「まぁ大した魔法じゃないんだけど」
痛風魔法の存在をすっかり忘れていた。
とはいえ、これは使ってみせるわけにはいかない。なので、大猪と遭遇したときのエピソードを話して聞かせる。
「――というわけで、敵を怯ませる効果はあると思うんだ。もっとも確実に効くわけじゃないみたいだけど」
大猪に試したのは二度。一度目は激しい痛みで転倒したが、二度目は悲鳴を上げただけ。動きを止めることなく、そのままダッシュで俺に襲いかかってきた。
試行回数が二回なので何とも言えないが、不意打ち気味に発動すれば効果が大きいのではないかと推測している。一方、来るとわかっていれば耐えられないこともないのだろう。
「にゃ」
俺の話を聞いたノアは少し考え込んだあと、当然右前足を振り下ろすような仕草をしながら俺を見上げてきた。素振りをするように何度も何度も右前足を振り下ろす。まるで何かをアピールするように。
「な、何かな?」
「にゃ! にゃにゃ!」
言葉はわからないはずなのに、何故だかノアの言っていることが理解できた。
「俺の痛風魔法で大猪を止めろって?」
「にゃ!」
仕留めるのは任せろとノアが頷く。そりゃ、さっきの威力なら大猪でも倒せそうだけど……え、俺、またアレと戦わなくちゃいけないの?




