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第4話 恐ろしい襲撃者

 少し休むだけのつもりが、眠ってしまったようだ。目が覚めると森の中で一瞬焦った。


 どのくらい寝たんだろうか。まだ日は傾いていないので、そこまで長時間ではないと思うけど。時計がないので不便だな。


 倦怠感や頭痛はなし。寝ている間に回復したようだ。魔法エネルギー……とりあえずマナと呼ぶか。マナは体力と同じように時間経過で回復するのだろう。


「ただ、どれだけ回復したかはわからないんだよな……」


 これは意外と厄介だ。安全な場所なら魔法の使いすぎで倒れても問題はないけど、ここは森の中だからなぁ。できれば不調の出ない範囲にとどめておきたい。


 さっきの感じからすると、魔法行使による疲労は一気にくる。そのせいで体調に影響が出るラインの見極めが難しい。完全回復状態から何度までなら大丈夫なのか。休息時の回復効率はどの程度か。この二点については把握しておきたいところだ。


「まぁ、それはおいおいかな」


 限界ラインを見極めるためには、また何度かマナ切れを体験することになるはず。できれば、もう少し落ち着いた状況で試したい。せめて最低限の安全確保はしておかないと。


「となると、戦う力は必要だよなぁ」


 フィクスの思惑通りに事が進むなら、この先、どこかの勢力が覇権を握るまで戦争が続くことになる。当然、治安が悪化するだろう。森の中なら戦火とは無縁でいられるかもしれないが、少なからず影響は出るはずだ。


 それに危険は戦争だけに限らない。ファンタジー世界といえば魔物や魔族といった人類に敵対的な種族が登場するのが定番だしなぁ。そうでなくとも、野生動物だって十分危険だ。熊とか雑魚魔物より強いんじゃないかな、きっと。


 頼みの綱はスキルツリーだ。実を食べるだけでお手軽パワーアップできるのだからどんどん活用したい。戦闘系のスキルに目覚めれば危険にも対処できるはず。


 とはいえ、無計画に食べるわけにもいかない。スキルの実は貴重な食料でもあるんだ。他に食料源がない現状で浪費するわけにもいかない。


「んー、今はやめておくか」


 腹具合とも相談して、今すぐ食べるのはやめておいた。


 腹を擦りながら、他に何ができるか考える。と言っても、できることは多くないんだけど。


「近くの様子くらい調べておくか」


 これも安全確保のためだ。考えうる危険を洗い出しておけば、対策が立てられる……かもしれない。ついでに他の食料も確保できればなおいい。スキルの実がいつまでも採れるとは限らないからなぁ。保険は必要だ。


「丸太は……さすがに持てないか。いや、わかってたけど」


 丸腰では心許ないので武器が欲しいと、整地で引っこ抜かれた木を抱き上げてみる。しかし、端を少し持ち上げるだけでも一苦労だった。流石に丸太を武器にはできないか。まぁ、これはほんの冗談だ。


「これがいいかな」


 代わりに手頃な枝を拾う。武器としては頼りないけど、お守り代わりだ。子供時代の相棒は手に持って振るだけで勇気が湧いてくる。あと、尖った石も拾っておこう。これはナイフ代わりに使う。木に傷をつけて目印にするつもりだ。


「あれ、そういえば……」


 いつの間にか服装が変わっているな。自室にいたときは使い古しのジャージだったはずだけど、今は厚手のシャツとズボン、それに脛の半ば辺りまで覆うブーツを履いている。転移のタイミングで、こちらの世界の服装に変換されたんだろう。裸足で森の探索は厳しかっただろうから、正直助かる。


 さて、周囲を見て回ろう。特に目的地があるわけではないから、方向は適当だ。


「わっと、危ない危ない」 


 人の手が入っていない森はとにかく歩きづらい。木の根が縦横無尽に這い回ってるせいで激しく凸凹している。しかも、それを下草が覆い隠しているのでたちが悪い。すでに何度も転びそうになっている。咄嗟に杖代わりにした相棒は折れてしまったので、俺の手元にあるのはすでに二代目だ。初代と比べると少し重いが、その分頑丈なはず。活躍に期待したい。


「ん、なんだ?」


 探索開始から程なくして、前方から謎の音が聞こえてきた。足を止めて耳を澄ますとフゴフゴと聞こえる。獣が鼻を鳴らすような音だ。どうやら、進行方向に何かがいるらしい。いきなりの遭遇だ。


 進むか退くか判断に迷う。安全を考えるなら戻った方がいいんだろうけど、それでは何の情報も得られない。せめて姿くらいは確認したいところだ。


 悩んだ時間はごく僅か。今後のためにも、声の主の正体を突き止めることにした。音を立てないように……は、まぁ無理か。草木に体が当たってどうしてもカサカサと音がする。それでもなるべく大きな音は立てないよう慎重に進む。

 

 少し歩くと木々の合間から、茶色い獣が見えてきた。木の根に頭をこすりつけている……いや、違うか。地面を掘り返して何かを食べているようだ。食事中らしい。


 しかし、あれは何だろうか。見た目で判断するなら猪っぽいけど、自信を持って断定できない。なにせ、デカい。デカすぎる。遠目からの目測だけど、俺の知る猪とは一線を画す大きさだ。周囲の木と比較して考えると四つん這い状態でも背中が俺の頭よりかなり高い位置にあるぞ。サイズ感はもはや象に近い。


 あんなのがいるのか。この森は思っていた以上にヤバい場所なのかもしれない。



 大猪は食事に夢中。今なら気づかれずに逃げることもできる。安全を考えるならそうすべきだ。


 だけど、長期的に考えるとどうだろう。ここがあの大猪の縄張りの内側なのだとしたら、いずれかち合うことは避けられないだろう。俺の唯一の武器であるスキルツリーは動かせないから、この周辺を本拠地にせざるをえないんだ。


 生存圏が重なっている以上いずれ戦いは起こる。だったら、油断しきっている今この瞬間に排除してしまいたい。


 手元の二代目相棒に視線をやる。ただの木の棒にアレの相手は荷が重い。武器にするなら魔法だけど、俺の魔法はどれも融通が利かない。攻撃に転用するのは無理だろう。


 あ、いや、待てよ。痛風魔法がある!

 相手に痛みを与えるなら立派な攻撃手段になる。激痛を与えて敵を倒す、みたいな。倒せなかったら、そのときは逃げればいい。ここから猪までは距離がある。木の陰に隠れてやりすごせば、こちらには気づかれないかもしれない。


 少々頼りない予測だけど、ここはリスクを取ろう。痛風魔法の実験台にもちょうどいいしな。


 巨大猪を見据えて、痛風魔法を使うと意識する。すると、やはり五十字近くのカタカナが頭に浮かぶ。


 この呪文が曲者なんだよなぁ。今は離れているからいいけど、敵の前では悠長に読み上げていられない。魔物退治に使おうと思ったら、呪文を完璧に暗記して早口で唱えられるようにならないと。


 いずれ呪文を暗記するとして、今は小声で読み上げる。最後まで唱えきった直後、大猪が悲鳴を上げた。


「ピゲェ!?」


 このタイミングだ。魔法の効果に違いない。よほど痛いのか、大猪は倒れこんでジタバタしている。


 おお、思ったよりも効いてるじゃないか! これなら何度か繰り返せば倒せるかもしれない。


 このまま押し切ろうと、俺は再び呪文の読み上げに入った。しかし、その直後、大猪の悲鳴がやむ。さらには、普通に立ち上がり周囲をキョロキョロと見回している。 


 ありゃ。効果時間は短いみたいだ。だったら倒し切るのは難しいか。次に魔法が発動したら逃げた方がいいかもしれない。


 なんて、呑気に考えながら呪文を唱えていると、急に大猪がこちらを振り向いた。ヤバい、見つかったか?


「プギィア!!」


 あ、これはさっきの魔法が俺の仕業だとバレてるわ。


 大猪さんはかなりお怒りのご様子で、唸り声を上げながら重心を低くする。直後、砂煙を上げるほどの勢いで地面を蹴りつけると、こちらに向かって猛ダッシュを開始した。


 しかし、俺は慌てない。ここは森の中だ。あの巨体でまっすぐ走ろうとしても木にぶつかるはず。それまでには確実に呪文を唱え終わる。


 って、嘘だろ!?

 体当たりで木が折れるのか!


 大猪の突進力を甘く見ていた。まさに走る凶器。俺の胴回りよりも太い木でもあっさりと折って、そのまま進んでくる。あんなもの食らったら絶対死ぬ。


 驚きで危うく呪文が途切れるところだった。でも、なんとか耐えたぞ。そして、詠唱文の読み上げも間に合った!


「プギィィ!!」


 大猪が再び悲鳴を上げる。でも、それだけ。頭に血が上っているせいか、今度は転倒せずにそのまま駆けてくる。


 まずい! これはまずいぞ!


 逃げる……いや、無理だろ! だって、もう目の前にいる!


 不思議と時間の流れがゆっくりに感じられる。大猪の鋭い牙が煌めいて見えた。あれが刺さったら痛そうだなと我ながら呑気な感想が頭に浮かぶ。もうどうにもならない。俺にできることはただ最後の瞬間を待つだけだ。


 しかし――――一瞬にしてその結末がひっくり返った。


「キガァァァ!」

「ピゲェ!!!」


 鋭い叫びとともに猛スピードで空から何かが降ってきた。続いて、轟音と衝撃が俺を襲う。気がつけば、視界が前後左右にぐるんぐるんと揺れている。体のあちこちが痛い。遅まきながら吹き飛ばされたらしいと気がついた。その途中で聞いた悲鳴はおそらく大猪のものだろうか。地面に転がりながら、新たな襲撃者が現れたのだと理解した。


 痛む体をいたわる暇もない。すぐに木陰に身を隠して、状況を確認する。


 大猪はすぐに見つかった。背中に大きな傷がある。奇襲を受けてパニックになっているのか、プギャと繰り返し喚くばかり。俺を襲う余裕はなさそうだ。


 新たな襲撃者の姿は見えない。いや――


「ガァァ!」


 再び、空からの襲撃。そこで俺はようやく狩人の正体を見た。大猪すら上回る巨体は緑色の鱗にびっしりと覆われている。鋭い爪と牙、そして大きな翼。そんな特徴を持つ生き物を呼ぶか。飛竜だ。


「プギィ!!」

「ガァ!」


 それは最早戦いですらなかった。一方的な蹂躙だ。大猪は哀れに鳴くだけで空からの攻撃にまともに対応できていない。あれほど恐ろしかった襲撃者は、今や哀れな獲物になり下がっていた。


 飛竜の鋭い爪が大猪に食い込む。それが何度か繰り返された結果、大猪はぐったりと動かなくなった。


 大人しくなった獲物を飛竜の爪ががっしりと掴み、大きな翼がバサリと中空を叩く。飛び立つ瞬間、飛竜の瞳が俺を捉えた。しかし、餌としては不足だったのだろう。小物に用はないとばかりに興味を失った飛竜はそのまま飛び去っていった。


「助かった……?」


 あまりに唐突な展開で、まるで夢でも見ていたような気分だ。しかし、体のあちこちで痛みが現実だと主張している。


 どうやら、考えていた以上に、この森はとんでもない魔境らしい。


 ふと視線の先に、相棒としていた木の枝が転がっているのが見えた。しかし、今はそれを拾う気すらおきない。


「……戻るか」


 浮き立つような気分はすっかり沈んでいた。

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