第21話 受け入れるという選択
自分の娘だと男は言った。普人の男が明らかに獣人とわかる子供をだ。
偽りではない。俺は並の獣人よりも感覚が優れている。発汗や目の動きで、相手の嘘が見抜けるのだ。だが、男の言葉には怒りや苛立ちはあれど、欺いてやろうという素振りはない。ただまっすぐ、純粋に吐き出された言葉だった。
あいつは獣人の娘を本当に我が子だと思っている。そして、おそらくは娘のほうも男を父と慕っているようだ。俺が引き取ると言葉にしたとき、あの子は身を固くしていた。しかし、男がそれをつっぱねたとき、安心したように力を抜いたのだ。
二人の間には種族を超えた、親子の絆がある。そうと理解したとき、瞳から溢れるものをこらえきれなかった。
いきなりの醜態に男がうろたえている。だが、構うものか。これほど素晴らしいことはない。これほど祝うべき日はない。人は嬉しいときにも涙を流せるのだと俺は知った。
男の言葉は、一族のものたちの心も揺り動かしたようだ。だが、ほとんどの者は俺ほどに感覚が鋭くない。男の本心がわからず、偽りで騙そうとしているのではと疑っている者が多いようだ。漠然とした不安が高まるのを感じた。
無理もないことだ。我ら獣人は虐げられている。今回、いよいよハリム王国の兵たちに攻められ、集落が解散することになったが、それ以前から酷い扱いを受けることは多かった。同じ仕事を受けても、賃金は半分以下。それでも仕事が貰えればいいほうで、獣人というだけで忌避されて、仕事を得られないことも多い。交易では買い叩かれて、得られる利益はほとんどない。こんな扱いを受けてきた俺たちが、どうして同胞以外を信じられようか。
しかし、不安は少しずつ和らいでいく。まさかという希望に塗り替えられて。おそらく、俺の様子からあの男の言葉が本心からのものだと理解したのだろう。だとすれば、この涙にも意味があったというものだ。
そのとき、ぐうぅと盛大な音がなった。振り返れば、リコが恥ずかしそうにうつむいている。緊張が緩んだせいか、腹がなってしまったらしい。
リコは今が食べ盛りだ。子供には優先的に食料を与えているが、それでも足りなかったのだろう。本人は恥ずかしそうにしているが、本当に恥じるべきは十分に食べさせてやれない大人たち。
「ケント……」
獣人の娘が普人の男を見上げて名を呼ぶ。男は少し考える素振りを見せたあと頷いた。
「数が少ないけど、まぁ子供の分くらいはあるか」
「うん!」
その返事を聞いた娘は嬉しそうに頷き、リコのもとへと走り寄り、籠から見たこともない果物を差し出した。
「え?」
「この実、うまい! 食べて!」
「いいの……?」
「うん!」
娘はニコリと笑うと、他の子にも果物を分け与えていく。
「いいのか?」
「ええ。子供が飢えるなんて状況、よくないと思うので
「……そうだな」
今度の言葉も紛うことなき本心だった。自分の娘だけではなく、見知らぬ獣人の子供へも慈悲を示す。この男には獣人への蔑みはないのだ。
「食べていいの……?」
「あ、ああ。ありがたく、いただくといい。礼は言うんだぞ」
頷いてやると、子どもたちは礼の言葉とほぼ同時に果実へとかじりついた。その途端、歓声が上がる。
「あまい!」
「おいしい……!」
子どもたちの顔に満面の笑みが浮かぶ。久しく見ない表情だった。
子どもたちに笑顔が戻ると、空気が柔らかくなる。一族のものだけでなく、男もその娘も、そして少し離れた場所に立つエルフの女もそれを微笑ましく見ていた。
不思議な者たちだ。種族が違うというのにいがみ合うことなく、他者に慈しむ。この戦乱の世で、そのような者がいるとは思わなかった。
あるいは、リコの見たという夢は真実だったのかもしれない。
「女神様の言う通りだったんだ……!」
リコが呟く。同意する声があちこちで上がった。みな、考えることは同じだったようだ。
俺たちが死招きの大森林に住処を求めたのは、女神の神託によるところが大きい。リコの夢に現れた女神は、この場所に救いがあると告げたらしい。普通ならば、そんな話を信じはしない。しかし、どの道、当てなどなかった。だから、俺達は夢の神託に縋ったのだ。
「女神?」
男が不思議そうな顔をした。たしかに、唐突すぎたか。しかし、どう伝えたものか。
一般的に女神といえば、光の神ルーンソフィだ。しかし、リコが見た夢に出てきたのは、伝え聞くルーンソフィの特徴とは異なっていた。女神と言うのも自ら名乗ったわけではないらしい。神々しい雰囲気からリコはそう感じたのだとか。
下手に話せば余計な混乱をもたらす。場合によっては異端者と見なされる可能性もある。
だが、この者たちならば大丈夫だろう。俺はそう判断して、すべてを話した。リコの夢、女神の如き存在、そして救いの予言を。
◆
「なるほど」
子どもたちに食べ物を配ったのがよかったのか、獣人たちは心を開いてくれたみたいだ。彼らがこの森を目指した理由を教えてくれた。
主に話してくれたのは一番強そうな獣人で、名前はファンガと言うらしい。で、実際に女神の夢を見たのがリコって子。ピコより少し年上で八歳らしいけど、小柄なのでピコと同じくらいに見える。
そんな子が見た夢の話だ。普通なら信じたりしないんだろうけど、彼らは追い詰められていた。だから、夢を神託だと信じてここまできたらしい。
女神か。女神ねぇ。
ここはゲームが元になった世界だ。神がいて、人に直接的な恩恵を授けたとしても不思議ではない。だとしても、この森に救いがあると言われてもちょっと首を傾げざるをえないよなぁ。だって、この辺にあるのは俺たちの拠点くらいだぞ。
まさか、あの何もない拠点が救いなのか。だとしたら、同情を禁じ得ないって。住めば都と言うが、ないない尽くしで未だ快適とは言いがたい。そんな場所に救いを見るなんて、今までどれだけ酷い生活をしてきたんだ。
それよりも気になるのが女神のこと。リコがたどたどしい口調で話してくれたのたんだが、女神は“紫色の長い髪をしたとてもきれいな人”らしい。その言葉を聞いて、一瞬だけ例のポンコツのことが頭を過ってしまった。
だが、ありえない。あれはポンコツであって女神ではないからだ。なので、気にしないことにする。全然関係ない話だ。
さて、それよりも彼らとの関係について考えなくては。
彼らの境遇への同情はある。しかし、救いの手を差し伸べるかどうかはまた別の話だ。そういうことは余裕がある者がすることで、現状の俺たちはそうではない。
食料の供給くらいは、と思わないでもないが、それもどうか。無尽蔵に思えるスキルの実も限りがないとは言えない。実際、妖精の増員で一時的とはいえごっそりと実が減ったスキルツリーを見ている。
慎重を期すなら、敵対はせず、ほどほどに距離をとって暮らすというのが無難だ。それならこれまでとほとんど変わらない毎日が送れるだろう。
だが、それでいいかなとも思うのだ。
たぶん、俺たちの助けがなければ、彼らは生き残れない。特に子どもには過酷な環境だ。それがわかっていても何もしないのは少し心が痛む。
それ以上に、ピコに胸を張って誇れない。
何を言わずとも、食べ物を分け与える優しい子に、「あの子たちはよその子だから関係ない」なんて言えるか? 言えるわけないよなぁ。
それに、どうしても考えてしまうのだ。もし、俺が死んだらピコはどうなるんだって。レンもいるしノアだっている。どうにか暮らしていけるかもしれない。だけど、支えてくれる人は多いほうがいいはずだ。
だから――
「よければ、俺たちの拠点に来ませんか? まだ何もない場所ですけど、さっきの実くらいなら提供できますよ」
まぁ、これで良かったのだろう。女神のことだけが、ちょっと気にかかるけどな。




