第20話 獣人の目にも涙
「まさか、エルフなんじゃ……」
最初に反応したのはレンだった。エルフと言えば、レンの同族のはずだが、あまり友好的な雰囲気ではない。
「まさか、追手か?」
「いや、流石にそこまではしないと思いますけど。それなら、ここまで逃げ切れてないと思いますし」
追手を疑ったが、それはレン自身から否定された。たしかに、追放で済ませたからには命まで取る気はなかったと解釈できる。それなら、わざわざ危険な森を踏破して追手を差し向ける理由はないか。
「じゃあ、何を警戒してるんだ?」
「クロニクル・オブ・ロードのエルフって排他的なんですよ。やたらと他種族に当たりが強いので、ここが見つかると面倒なことになるなぁと」
「ああ……」
戦争に反対した女王を追い出すくらい激しい種族だからな。たしかに厄介なことになりそうだ。
「ねぇ、君。その人たちって僕みたいな耳をしてた?」
レンが妖精に尋ねる。妖精は少し考えて、ふるふる頭を振った。
「ううん、違うよ! えっとね。耳はね。ピコみたいだった」
「うな?」
突然名前を呼ばれたピコが首を傾げる。その特徴的な猫耳がピクッと揺れた。
「ピコに似てるってことは獣人か?」
「たぶん、そう!」
妖精が何度も頷く。若干当てにならない妖精の言葉だが、耳の特徴で判断したなら間違いないだろう。
「……ああ、そういえば!」
獣人と聞いてレンが反応した。
「何か心当たりがあるのか?」
「通知ですよ。先輩!」
「通知?」
何かと思えば、いつかの勢力変化の通知のことらしい。あのとき、エルフの国の元首交代の他に、もう一つの通知があった。たしか、どこかの国が国内勢力を排除したとかいう内容だったはずだ。
「通知にあった『アムレス部族』が獣人だったと思います」
なるほど。そういうつながりか。
「国内勢力の排除ってなんなんだ?」
「ええと、それは……」
ピコのほうを見て、レンが言葉をためらう。あまり子供に聞かせたくない内容らしい。それで、概ね理解できた。国内での主要民族と小民族の対立のようなものだろう。つまり、アムレス族という獣人は武力制圧されたのだ。
「つまりは難民か?」
「ですかね……?」
国から追われて行き場がない。だから、危険な森の中に住処を求めた。そういう流れならわからない話ではない。
問題はその彼らとどう接するかだ。俺としては友好的な関係を築きたいが、彼らが思いを同じくしてくれる保証はない。余裕がなくなれば心は荒む。生きるためになりふり構わなくなって、野盗に身をやつしている可能性は否定できない。
まぁ、野盗は流石にないか。略奪するにも人がいなければ、どうにもならない。アジトにするにしても、もう少し人里に近い場所にするはずだ。
「どうします?」
「うーん……」
関わらないでやり過ごすのもひとつの手だ。ただ、向こうのほうからやってきた場合避けようがない。その場合、俺たちの拠点もバレてしまうわけで、あまり望ましい状況ではないな。今は野盗でなかったとしても、今後そうならないとは限らないわけだから。
それよりは、こちらから接触したほうが良さそうだ。もし、敵対的な関係になってしまっても、拠点から離れるほうに誘導したりできるかもしれない。
「よし。こちらから声をかけてみよう」
俺の決断に一番に反応したのはピコだった。
「うな!」
と両手を突き上げて、勇ましいポーズを見せる。同行する気のようだ。
さて、どうしたものか。その集団がどういう者たちなのかわからないのだ。危険がある以上、あまり連れていきたくはない。一方で、同族であるピコがいたほうが友好関係を築きやすいという面もあると思う。敵対が避けられるならそれがベストだ。
「にゃー」
悩む俺に、ノアが声をかけてくる。言葉はわからずとも、ピコの隣に移動したことで意図は伝わった。護衛は任せろということらしい。流石はノアさん。頼れる猫だ。
「そうだな。みんなで行くか」
「うな!」
「よし。妖精君、案内してくれ」
「うん! こっちだよ」
妖精の誘導に従って、森を移動する。体感一時間ほどで、ノアが「にゃ!」と鋭く鳴いた。
「妖精君、止まってくれ」
「わかった!」
歩みを止めて、ノアに視線を向ける。ノアが深く頷いて、視線を前方に飛ばす。その意図するところは明白だ。その先に、件の集団がいるということだろう。
さて――
ヤバいな。勢いでここまできてしまったが、なんと言って接触すればいいのか。奇遇ですね……はないな。明らかに待ち構えておいてそれはない。しかし、他に何を言う? 自慢じゃないが、あちらでは人付き合いを避けてきたので、和やかな会話の進み方がわからない。
助けを求めるようにレンに視線を向けると、にへらという笑顔が返ってくるだけだった。この状況で呑気に笑っているのは大物だと思うが、あまり役に立ちそうにない。
「ナァァアア!!!」
俺がまごまごしていると、急にタイガが咆えた。普段の鳴き声とは全然違う、敵を威嚇するような叫びだ。俺に向けられたものではないとわかっていても、怯んでしまいそうになる。直接向けられた者たちはなおさらだろう。少し先のほうで、いくつも悲鳴が上がった。
おおう。友好的に接触しようと思ったのに、初っ端から目論見が崩れてしまった。だけど、この流れに乗るしかない!
「立ち止まってください! 我々から攻撃する意思はありません。今からそちらに向かうので、攻撃しないようにお願いします!」
大声で叫ぶと、茂みの向こうから「わかった」と返事があった。ひとまず、即座に戦闘が発生するようなことはなさそうだ。
じゃあ、行くか……の前に。
「タイガ、お前な」
「ニャ?」
咎めるような視線を送ってどこ吹く風だ。野生の猫としてはあれくらい軽い挨拶のつもりだったのかもしれない。事前に言っておかなかった俺の落ち度か? まぁ、結果的にこちらの優位に立つ形になりそうなのでよしとしようか。
小さく息を吐いて、気持ちを切り替える。いよいよ、ご対面だ。
茂みをかき分けた先で不安そうにこちらを見ているのは、やはり獣人の集団だった。数はざっと三十人くらいか。戦えそうな男性もいるが、そう多くはない。女性やお年寄り、中にはピコくらいの子供もいる。着の身着のままといった様相で、誰もがくたびれているように見えた。
「あなたたちは何者ですか?」
向こうにも戦う意思はなさそうなので穏便に尋ねる。答えたのは先頭に立つ男性だった。
「俺たちは、ハリム王国からの難民だ」
筋骨隆々で、いかにも戦士という風体だ。その頭には猫耳。実に不釣り合いに見えるが、誰も彼も真面目な顔だ。いや、あたりまえなんだが。
おっと、いけない。思考がそれてしまった。ええと、そう。やはり難民だったんだな。
「そうですか。事情はわかりました。ですが、この森は危険ですよ」
正直言って、彼らがここまで来れたのでさえ奇跡だと思う。飛竜はあれ以来見ていないが、別の大猪の縄張りが近くにあることは確認している。他にもデカいトカゲや攻撃的な鹿など、危険な生物が多い。スキルツリーの魔よけ効果とノアたちのおかげで暮らせているが、そうでなければ俺たちも危ないのだ。子連れの集団が暮らしていけるとは思えない。
「そうだとしても、俺たちには行く場所がないんだ」
男は苦しそうな表情で答える。
そうだな。ここが危険な場所だなんて百も承知だろう。それでもなお、足を踏み入れざるを得ないほど彼らは追い詰められているんだ。
余計なことを言ったと後悔していると、今度は男のほうから問いがあった。
「こっちからも聞きたいことがある。その子は獣人の子だな。どういう関係だ」
男の視線はピコに向いている。そのことに緊張を感じたのか、俺の足にすがりつく力が強まった。
「ピコは家族ですよ。森で一緒に暮らしているんですよ」
答えると、男の瞳が僅かに揺れた。しかし、それもすぐに消える。険しい表情でさらに問い詰めてくる。
「あんたは普人だろう。獣人の子とうまくいくとは思えんな。持て余しているようならこちらで引き取るが?」
男の言葉を聞いて、怒りが込み上げてきた。勝手に決めつけるなと怒鳴りそうになったが、直前に思いとどまる。
ピコとの暮らしを負担に思うことはない。俺たちはうまくやっていけるはずだ。しかし、こうも思うのだ。森でほかの人間と触れ合わずに生きることがピコの幸せにつながるのかと。他の獣人と一緒に暮らしたほうが、いいのではないかと。
そんなとき、ぎゅっとズボンが引っ張られる。ピコが力を込めたのだとわかった。
「ピコは俺の娘だ。余計な世話を焼くのはやめてもらおう」
気づいたときには言い放っていた。苛立ちのせいか高圧的な言い方になってしまったが、状況が状況だったので、仕方がないことだろう。
今はそんな些細なことを気にしてる場合ではない。対面する男の瞳に光るものが宿った。咄嗟に上を向いたようだが全然間に合っていない。こぼれた雫は、紛れもない涙だ。
……え!?
何で? 何でいきなり泣き出したの、この人!?




