第16話 SEは何の略?
ホームオブジェクトとは何か。詳しく聞いてみると、クロニクル・オブ・ロードにおける重要な初期建築物であることがわかった。キャラクターの強化や勢力の方針決定、内政ブーストに軍備増強。戦略シミュレーションとして必要な指示はこのホームオブジェクトから出すそうだ。また、負傷したキャラクターを配置しておくと、傷が癒えるのも早くなるという恩恵もある。現実世界になったことで多少の仕様変更はあるものの、その有用性は変わらない。そんな重要施設らしいのだが――
「そんな建造物、見たことないんだが」
「だから、驚いてるですって! というか、先輩、本当によく生きてましたね……」
レンから呆れと感心が入り混じった妙な視線を向けられる。森でのサバイバルをホームオブジェクトなしで生き抜くのは、それほどまでに破天荒な行いだったらしい。決して望んでやったことではないんだけどなぁ。
「ああ、でも、何もなしでやってきたわけではないんだ。俺にはスキルツリーがある」
「おお、そんなものが!」
やはり、レンもゲーマーなのだろう。スキルツリーと聞いて色めき立った。
「ああ、あれだ」
「えっ……木、ですか?」
スキルツリーを指差して示すと、何故かレンの興奮が一気に冷めた。
いや、何故かではないな。すっかり馴染んで違和感がなくなってしまったが、あれは一般的なスキルツリーではないんだった!
「あの……ダジャレですか?」
「ち、違う! これには事情があるんだ!」
慌てて経緯を説明すると、冷ややかだった視線には同情が混ざりはじめ、さらに話が進むと一転して興奮一色に変わった。
「なんですか、それ! 食べるだけでスキルが得られる実だなんて正真正銘のチートじゃないですか! もしかして、あの猫ちゃんの飛ぶ斬撃も?」
「ああ。あれ自体はもともと持ってた能力だけど、スキルで大幅に強化されたらしい」
「やっぱり!」
レンがキラキラと顔を輝かせる。顔だけ見ると驚くほどの美人なんだが、仕草が犬っぽいというか、完全に瀬渡なんだよなぁ。おかげで変に緊張せずにすむので、助かるが。
「猫ちゃんにもスキルが習得できたってことは僕にも?」
「ああ、たぶんな。食べてみるか?」
「いいんですか!」
レンがにんまり笑う。かなり期待が高まっているようだ。現実を知るには、実際に体験してみるのが一番だろう。
適当な実をスキルツリーからもいで手渡す。レンはすぐにそれを食べはじめた。
「わっ!? おいしい!」
「そうだろ。丸々一個食べたら、スキルを覚えるからな」
「はい! もごごご……!」
「馬鹿! 詰め込みすぎだ!」
一気に口に詰め込んで咀嚼できずに苦しむという一幕があったが、どうにかレンはスキルの実を完食した。あとはスキル習得通知が来るかどうかだ。
「おお! お……おぉぉ?」
両手を掲げて感動を表現していたレンだが、すぐにその手はふにゃりと落ちた。代わりに戸惑いが表情に宿る。この様子だと、レンにはシステム音声が聞こえたみたいだな。“プレイヤー”だからか?
「あの、先輩。僕、【カラーひよこテイマー】ってスキルを覚えたんですけど……」
「そうだな。おめでとう」
「えぇ? ありがとうございます……でも、これ、何の役に立つんですか?」
「うーん……」
カラーひよこって、昔、縁日で売られてたという着色されただけのひよこだよな。で、テイマーというからにはそれを飼い慣らすスキルなのだろう。これらから導き出される結論は――
「たぶん、まったく役に立たない!」
「ですよね!」
真実を知って、レンが膝から崩れ落ちる。だが、まだだ。まだ現実を知ったとは言えない。
「いいか、レン。誤解するなよ。俺はお前に意地悪して使えないスキルをよこしたわけじゃない」
「ま、まさか……!」
「そうだ。スキルツリーになる実は――ほとんどが役立たずだ!」
「な、なんだって〜!?」
打ちひしがれた様子から一転、驚愕の表情でレンが叫ぶ。いきなりなんだと思ったら、何かのミームらしい。
「すまん。よく知らなくって」
「い、いや謝らないでください。余計にダメージが大きいですから。それより、本当によく生きてましたね、先輩。チートもなしに」
本日、何度目かの「よく生きてたね」をもらってしまった。それは本当にそう。
だが、チートなしかと言われれば微妙なところだ。無限に採れる食料ってだけで有用だし、それなりに使えるスキルも手に入る。期待値との落差が大きいだけで、普通にチートだろ。まぁ、ここで生活するなら、レンもすぐにそれを理解するだろう。
「うなぁ。ケント、話、終わったか?」
ちょんちょんと指で突かれて、そちらを見ると何故か声を潜めるピコがいた。妙に大人しいと思ったら、レンへの説明を待っていたらしい。
「ああ。大体はな」
「だったら、飯だ! ピコも、実、食べる!」
「おお、確かに。もうそんな時間だな」
ちょうど昼時だ。食事にはちょうど良い時間だろう。
さて、スキルの実を鑑定しようか。と言っても、意外にマナを消費するから全てを鑑定することはできない。目についたいくつかを鑑定して、その中で割り振る感じだ。【病気耐性(弱)】は悪くないな。子供だと重篤化のリスクが高そうだし、これはピコに食べさせよう。あとは【跳躍力強化】をタイガにやるか。他は……うーん、微妙。
「お……【SE魔法】ってのがあるぞ。レン、食べてみるか?」
「なんですか、それ?」
「さぁ。それは食べてみないと何とも」
「SEってシステムエンジニアですかね? こっちに来てまでそれはちょっと……」
せっかくなんで勧めてみたが、レンは難色を示す。まぁ、向こうでの仕事を想起させる名前だから気持ちはわからないでもない。
仕方がない。俺が使うか。何だかんだ言って、魔法スキルは有用だからな。痛風魔法でさえ使い道があったんだから、SE魔法とやらも何かには使えるだろう。
あとは微妙スキルばかりだったので、適当に割り振ってから、いただきますだ。歩いて喉が乾いていたのもあって、普段よりうまく感じる。多少飽きがきたとはいえ、まだまだ美味しく食べられるのだから、スキルの実は偉大だ。
「うまうま!」
ピコがニコニコ笑顔でスキルの実を完食する。これで病気に強くなったはずだ。元気に育てよ。
「ケント、まほーは? 泡か?」
「いや、泡じゃないって。泡ならちゃんとピコに渡すからな。これは、なんだろうな?」
まったく想像がつかない。要求仕様書の作成を代行してくるとか? それなら向こうで欲しかったな。
「使ってみてくださいよ〜」
「まぁ、それが早いか」
「まほー!」
レンに言われて、試してみることになった。魔法を意識すると、いつものごとく謎のカタカナの羅列が頭に浮かぶ。それを読み上げると、突如「てってれ〜」という軽妙な効果音が周囲に響いた。
「にゃ!」
「ニャアア!?」
出所不明の音声にノアが周囲を見回し、タイガが毛を逆立ててる。聞き慣れない音だからか、かなり警戒しているようだ。
「すまんすまん。俺の魔法だ」
「にゃー?」
「ニャ!」
謝ると、迷惑なやつだって目で見られてしまった。使ってみるまで効果がわからないんだから、仕方がないだろうに。
「SEってサウンドエフェクトのほうでしたか」
苦笑いでレンが言うので、こちらも苦笑いで「そうみたいだな」と答えた。使いどころはよくわからないが、それでも仕様書作成よりはこっちの世界向きかな。
俺の評価はそこまで高くなかったが、一方でピコは気に入った。
「うなぁ〜! なんだ? 音、鳴った!」
ぴょんぴょんと俺の周りを楽しそうに跳ね回る。なので、追加で二、三度鳴らしてやると、ますます大喜びだ。
なるほど。SE魔法は子供をあやすのに便利みたいだな。まぁぼちぼち当たりってところかな。




