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第14話 後輩エルフ

 まさか、こんなところに人が? いや、ピコの例があるので、ありえないことはないんだろうが。


 どうする、という迷いは意味を成さなかった。なぜなら、ノアとタイガが凄い速さで飛び出していってしまったからだ。


「ま、待って! 僕は美味しくないよ! 食べないで〜!」


 続けて、情けない声が聞こえてくる。今度こそ間違いない。聞こえてきたのは人の声だった。しかも、日本語だ。


「ノア、危険がないようなら連れてきてくれ!」


 咄嗟に叫ぶ。怪しいことこの上ないが、貴重な情報源だ。できれば話を聞きたい。特に、周辺国についての情報だ。戦争なんて興味はないが、こちらの意志と関係なく巻き込まれる可能性はあるからな。知るべきことは知っておかなければならない。


「にゃー」

「ひぃ。わかってるよ〜。ちゃんと歩くから」


 しばらくして、タイガとノアに挟まれる形で姿を現したのはすらっとした細身の女性だった。髪や服、いたるところに木の葉をつけて、背中は曲がっている。表現は悪いが、まるで逮捕直後の犯人みたいな登場だ。


 しかし、そんな状況にもかかわらず、その人物は美しさをまったく失っていない。人間離れした美しさ……という表現は、適切なのかどうなのか。なぜなら、彼女はおそらく俺とは別の種族だ。尖った耳はファンタジー作品に登場する機会が多いエルフの特徴に思えた。


 なるほど。ピコのような猫耳の獣人がいるんだ。エルフがいてもおかしくはないか。そして、エルフと言えば、森に住む種族というのが定番の設定だ。


 ひょっとして、ここはエルフの森なのか?


 もしそうなら良い面もあれば悪い面もある。人里が近ければ、物のやり取りができる。今より快適に暮らせるようになるはずだ。一方で、戦争に巻き込まれやすくなる。


「えっ、先輩!?」


 思考を遮ったのは、謎の女性の声だった。


 しかし……先輩? 俺のことか?


「あんた、エルフじゃないのか? 残念ながらエルフに知り合いはいないぞ」


 探りを入れるつもりで、相手を観察しながら言い放つ。すると、女性は大袈裟な手振りで自らの存在をアピールした。


「ぼ、僕ですよ! 会社の後輩の瀬渡(せわたり)ですって!」


 確かに職場には瀬渡という名前の後輩はいた。新人で、少し要領の悪いやつだ。同じグループに配属されたので、多少面倒を見てやったのでそれなりに知っているが――


「馬鹿を言うな。瀬渡はエルフじゃないし、男だぞ!」

「それはそうですけど! でも、本当なんですよ。信じてくださいよ、新谷先輩!」


 こいつ。名乗ってもないのに、俺の名前を言い当てやがった。てことは……本当に?


「本当に、瀬渡なのか?」

「だから、そうなんですって! 何故かこんなになってますけど……」


 しょんぼり肩を落とすエルフ。その姿が、仕事がうまくいかず落ち込んでいる瀬渡と重なった。声と姿に惑わされるが、確かに仕草は瀬渡の面影がある。


「マジか」

「マジなんです……」


 言葉もない。まさか、こんな場所で変わり果てた後輩と再会することになるとは。まぁ、比喩的な意味の“変わり果てた(死体となった)”でないだけマシだが。


「にゃー?」

「うな〜?」


 ノアが怪訝そうに鳴いて、それに合わせるようにピコが首を傾げた。


 いかんいかん。驚きのあまり、みんなを置き去りにしてしまったか。


「あ、すまん。知り合いだった。たぶん危険はないので話をさせてくれ」

「にゃー」


 まぁいいだろうと言うようにノアが頷く。少し離れたところで、こちらを見張るようだ。タイガたちも各々、散っていく。ピコだけが、とことこ寄ってきた。


「先輩、その子は?」

「え? あー……」


 当然、聞かれるか。


 なんと言えばいいのかな。養い子というのとはちょっと違う気がする。最初に保護していたのは俺ではなくノアたちだし。それに、一方的に支えるような間柄でもない。森暮らしで孤独に苛まれずに済んでいるのはピコの存在が大きいんだ。この関係を言葉にするなら――


「家族、かな」

「かぞく!」


 答えを口にすると、ピコが足に抱きついてきた。ピコピコ動く耳にゆったり振られる尻尾。ご機嫌であることは間違いない。好意的な反応にほっと息を吐く。これが俺だけの一方的な感情だったらとんだ赤っ恥だった。いやまぁ、あくまで俺の気持ちなんだからそれでも構わないんだけど。


 一方、よほど予想外だったのか、質問した本人の瀬渡はポカンと口を開けて目を丸くしている。と、思いきや、突然大声を上げて腕にすがりついてきた。


「ずるい! ずるいですよ! 僕はどうなんですか。先輩、僕も家族ですよね!」

「うおっ!? いきなりどうした! とりあえず離れろ!」

「嫌です! 答えてもらうまで離れません!」


 本当にどうした。ちょっと変わったやつだったが、ここまでではなかったぞ。


「いや、お前は後輩だろうが! 何を言ってんだ!」

「そんなぁ〜」


 答えろと言うのでその通りにしてやったら、瀬渡は膝から崩れ落ちた。


「にゃにゃー……」


 ほら、見ろ。ノアさんに呆れられてしまったじゃないか。


「いいから話を進めるぞ。瀬渡はどうしてここに?」


 しばらくぐちぐち言っていたが、強引に話を変えると、瀬渡もポツポツと事情を語りはじめた。それによると、ある日突然声がして、“プレイヤー”に選ばれた旨を告げられたらしい。拒否権などなく、気づけばこの世界にいたのだとか。


 なるほどな。俺以外の“プレイヤー”も拉致同然のやり方で連れてこられたみたいだ。むしろ、能力の交渉ができただけ俺のほうが恵まれているかもしれない。


「それにしても瀬渡がクロニクル・オブ・ロードの熟練者だったとは」


 俺と違って、瀬渡は正規の“プレイヤー”だ。それはつまり、候補者となるほど、クロニクル・オブ・ロードをやり込んだということにほかならない。会社ではそんな話を全然しなかったので、ここでの再会はまったく予期していなかった。


「それはこっちのセリフですよ。新谷先輩がクロニクル・オブ・ロードをやり込んでいるなんて思いもしませんでした。知ってたら、会社でも話ができたのに!」


 予期していなかったのは瀬渡も同じだったようだ。まぁ、それはそうだろうな。


「いや、俺は未プレイだぞ。触ったことすらない」

「はぇ?」


 間抜け面を晒す瀬渡に、今度は俺の事情を語って聞かせる。話を聞き終えた瀬渡は真顔で言った。


「先輩、よく生きてましたね」

「それは、マジでそう」


 実際、飛竜の横槍がなかったら大猪に殺されていたはずだ。生き延びられたのは偶然に助けられたところが大きい。


「でも、それで納得しました。だから、先輩は元の姿のままなんですねぇ」


 納得した様子で瀬渡が頷く。


「どういうことだ?」

「たぶんですけど、“プレイヤー”に選ばれた人は、自分がよく使っていた勢力のリーダーキャラに憑依するような形で転移するんだと思うんですよ。でも、先輩の場合、参照すべきデータがないでしょ?」


 完全未プレイの俺によく使う勢力なんてものはない。従って、どこにも属していない空白地帯に元の姿のまま転移させられたのではということだった。


「それは、お前は実体験からの推測か?」

「はい。このキャラは僕がよくプレイしていた『ユーリッド聖樹国』の若き女王という設定なんです。転移したときに、勢力を選んだ記憶がないので勝手に割り振られてるんだと思います」


 女王なのかよ。そんな立場のやつが一人で出歩いて――いや、待てよ。


「なんか聞き覚えのある国名だな?」

「あ、ということは先輩にも通知は届いているんですね。実は僕、女王をクビになっちゃいまして……」


 瀬渡が恥ずかしそうに告げる。


 なるほど。通知では『ユーリッド聖樹国』で元首交代があったとあった。交代前の元首が瀬渡だったのか。


 何故そんなことになったのかと聞いてみれば、意外な理由だった。


「戦争に反対してたら、弱腰だって言われて。もともと、エルフとしては若すぎる女王なので、器量を疑問視されていまして。気づけばこんなことに」


 まさか、この世界の住人のほうが戦争を望むなんて。だが、ウォーゲームの舞台となるような世界だ。火種はあちこちにあるのだろうな。


「それで追放されたのか。それにしては後悔はしてなさそうだな」

「それはまぁ、そうですよ。あのまま、あの国にいたら確実に戦争に巻き込まれてました。僕はクロニクル・オブ・ロードが大好きですけど、それはあくまでゲームだからです。実際に戦争がしたいなんて思いません」


 きっぱりと言う瀬渡を少しだけ見直す。妙なやつだが、その辺りの考えはしっかりしているようだ。


 それと同時にほっとする。俺は密かに、平和に暮らすうえでウォーゲームの“プレイヤー”が障害になるかもしれないと思っていたんだ。しかし、瀬渡のように戦争を好まない“プレイヤー”もいると知れた。そういう“プレイヤー”で協力すれば平和を生み出すこともできるんじゃないか? 少しだけ希望が見えた気がした。

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