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第10話 ピコピコのピコ

「ノア、いったいどういうことなんだ?」

「にゃー」


 尋ねたものの、ノアに説明する気はなさそうだ。ぷいと顔を背けて、スキルスリーの下で丸まってしまった。まぁ、説明されても昨夜のようなことになるのは目に見えている。無駄なことをするくらいなら寝たほうがマシということなのかもしれない。


 マイペースなノアは放っておくとして、再び新たな来訪者たちに視線を戻す。猫、猫、ひとつ飛ばしてさらに猫である。


「なるほどなぁ」


 なんとなく昨日のことがわかってきた。きっとノアはこの猫たちを呼びに戻ったのだろう。この森は危険だ。普通の猫ではないとはいえ一匹で生き抜くのは厳しい。仲間あるいは家族で身を寄せ合って生きてきたに違いない。


 その仲間をここに呼び寄せた。それはつまり俺のことも仲間と認めてくれたのではないだろうか。ひょっとしたら、居心地が良い住処の先住民くらいの扱いかもしれないが、一緒に暮らせるならそれでもいい。


 となれば気になることはただ一点。


 猫の中に幼女が混じってるのは何故なのか?


 幼女。そう、幼女である。猫に混じって幼女がいるのだ。流石に説明があってしかるべきだと思うんだが、肝心のノアさんはだんまりである。


 何が何だかさっぱりだが、いつまでも現実から目を背けてもいられない。ひとまず幼女が混じっているという現実を受け入れよう。


 幼女の年齢は地球と同じ感じなら四、五歳といったところだ。見た目は人間に見えるが、ひとつだけ大きな違いがある。それは頭の上でピコピコ動く猫耳。おそらくはファンタジー作品ではお馴染みの獣人とか呼ばれる種族だろう。


「うーな?」


 見られていると気づいたのか幼女がこてんと首を倒した。状況が分かっているのか、いないのか。ポカンと口を開けている。


「えーと。俺はケントって言うんだけど、君は誰だい。名前は言える?」

「うー? ケント?」

「あ、いや。ケントは俺の名前ね」

「ケント、ケント!」

「うーん」


 駄目だ。会話にならない。見た目通りの年齢なら、言葉が喋れないほど幼くないはずなんだが。


 というか、この世界で日本語は通じるんだろうか。


 クロニクル・オブ・ロードは日本のゲームだ。それを模したのがこの世界なのだから日本語が使われていてもおかしくはないと思う。いくらフィクスがポンコツだとしても、“プレイヤー”が言語の壁のせいで何もできずにぐだぐだになるのは避けるはずだ……たぶん。もっとも、俺だけ例外的に対策漏れした可能性は否定できないが。ウォーゲームとか言っていたのにどこの勢力にも属していない森の中に転移したのがそもそもおかしい気がするし。


 ただ、ノアは俺の言葉を理解している節がある。だから、この世界の基本言語は日本語だ……と信じたい。


「って、何してるんだ?」

「うな?」


 考え事をしていたら、幼女が俺の足に張り付いていた。そのまま手足を動かして、よじ登ろうとする。


「いや、危ないぞ。仕方ないな」

「うなぁ!」


 引きはがしてから肩車をしてやると幼女は大興奮だ。ペシペシ額を叩かれて、ちょっと痛い。


「なぁ、ノア。この子、名前は?」

「にゃ」


 尋ねると、片目を開けたノアが短く返事をした。あれは……ないってことか?  いや、そもそもノアに聞いたところでどうにもならないか。猫は名前を呼べないんだから。


 うーん、どうするか。幼女と呼ぶのは流石に可哀想だしなぁ。もしかしたら名前があるかもしれないが、俺が呼ぶための仮の名前を付けさせてもらおう。


「よし、君のことはピコと呼ぼう」

「ピコ?」

「そう、ピコ。わかるか?」

「ピコ、ピコ!」


 楽しげに名前を連呼するピコ。きっと、今も猫耳をピコピコさせていることだろう。肩車中だから見えないけど。


 しかし、全然言葉が通じないって感じではないな。うまく喋れないだけで、意味は理解しているのかもしれない。そうだといいなぁ。


「ニャ」

「ニャニャ」

「にぃ」


 ピコに仮の名をつけたところで、残りの猫たちが寄ってきた。茶虎が二匹、白猫が一匹だ。


「うなぁ!」

「なんだ下りたいのか? ちょっと待ってろ」


 ピコがもぞもぞと動いたので、下ろしてやる。すると、ピコは白猫を抱き上げて俺に掲げてみせた。


「ケント、ピコ!」

「うん? なんだ?」

「ケント、ピコ! にゃあ。ケント、ピコ!」


 笑顔で俺と自分の名前を呼ぶ。しかし、掲げているのは白猫だ。


「ひょっとして名前をつけろって言ってるのか?」

「うな!」


 ピカッと笑顔がランクが一段上がる。どうやら正解だったようだ。


 さて、名前か。ふーむ。


 ピコが抱えているのはノアとは対照的な真っ白の猫だ。フランス語で白はブランだったかな。じゃあ、少しもじってっと。


「フランはどうだ」

「フラン?」

「そう、フラン」

「フラン! ケント、ピコ、フラン!」


 白猫にフランと名付けると、ピコは楽しそうに名前を口ずさむ。気に入ってもらえたようで何よりだ。


「お前もそれでいいか?」

「にぃ」


 白猫本人も異存はなさそうで、コクリと頷く。ノアといい、賢い猫だな。


「うな!」


 お次は茶虎二匹だ。フランを下ろしたピコが両脇に抱えて俺にぐいぐい差し出してくる。


「ニャァァ!」

「ニャ」 


 見た目は似ているが、それぞれに個性があるようだ。一匹はピコの腕から逃れようともがいているが、もう一匹はされるがままになっている。虎柄も少し違うし、ちゃんと見れば間違えることはなさそうだ。


 さて、名前だが……フランス語で虎とか茶色とか何て言ったっけ? 一応

大学で選択した第二外国語はフランス語だったけど、さほど真面目にやっていたわけじゃないから覚えてないんだよなぁ。まぁ、別にフランス語で揃える必要もないか。


「よし、決めたぞ。タイガとチャトルにしよう」


 やんちゃなほうがタイガ、大人しいほうがチャトルだ。


「タイガ! チャトル!」

「ニャア!」

「ニ……」


 何がうれしそうのか、ニコニコと笑いながらピコがその場でぐるぐる回る。タイガは早々に腕から逃れたが、チャトルはされるがままだ。


「う、う?」

「おっと、危ないぞ」

「うな〜」


 目を回したピコがバランスを崩してよろけたので、背中から支えてやる。その隙にチャトルがピコの腕からひょいと飛び降りた。こちらは平気な顔だ。大人しくても運動神経は悪くないらしい。まぁ、猫だしな。


「あ、おい」

「うな!」


 おぼつかない足取りのままピコが飛び出す。よろよろと覚束ない足取りで向かった先はスキルツリーのそばだ。寝ているノアを構わず抱き上げて、またくるくる回る。


「ノア、ノア!」

「にゃ、にゃ……」

「ノア! あはは!」


 ノアなら抜け出すこともできるだろうが、大人しくされるがままになっている。ノアも幼児には甘いのかもしれない。


 まぁ、何にせよ賑やかになりそうだ。こっちに来るまでの俺なら面倒なことになったと思っていたかもしれないが……今はこの賑やかさも悪くないと思える。少なくとも、誰とも会えない孤独よりはずっと。

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