寒くない一月の朝
聞いて欲しいことがある。
聞いて欲しいと言っても、全然面白い話でもないし、俺自身、なんで聞いて欲しいのかすら分からない。
でも無性に、誰かに聞いて欲しくなったんだ。
まるで、空腹時の食事のように、真夏の昼間の水分補給のように、これを誰かに話すことを俺の脳が必要としていた。
まあ、とにかく聞いてくれ、俺のつまらない話を。
1月だった。しかし風は嘘のように暖かく、太陽は元気を取り戻したように光り輝いていた。
家の外は、当てが外れて厚着をした人達がごった返していた。彼らの頬にはもれなく汗が流れている。
そしてそれは俺もそうだった。
濡れた首をハンカチで拭いながらいつもの道を駅まで歩いた。
公園を通り過ぎようとした辺りだった。体が覚えた道は、もはや何も考えていなくても勝手に辿って行っていて、家を出てからここに行き着くまでの記憶が無い。
まるで俺でない誰かが俺の体を操縦してここまで連れてきたみたいだ。
だが、なぜ俺の意識が元に戻ったのかと言うと、きっかけは簡単なものだった。左耳に飛び込んできた子供の笑い声が、どこか遠くに離れていっていた俺の魂を引き戻してきた。
懐かしい無邪気さが俺に向かって大声で叫んで、後ろから俺の事を呼び止める。そんな子供っぽい笑い声だった。
その衝撃に身を任せ、公園へと視線を向ける。
遊具のない、植え込みと金属の柵に囲まれたただの空き地に、公園という名を無理やり貼り付けたようなその場所。
そこに俺の目は釘付けになった。美しいものを見たとかではない。不思議、と言ったら不思議かも知れないが、大抵の人だったら無視するような光景に俺は釘付けになった。
そこに居たのは半袖短パンの小学生、、、ではなく、制服のまま四人でサッカーをしている男子高校生だった。
月曜日、学生だったらもう学校に着いていなきゃ行けないであろう時間だ。しかし彼らはそんな事を気にするような素振りを微塵も見せていない。
むしろ、今この瞬間の最善の選択をしているとでも言うような顔つきだ。
ああ、たしかに彼らにとって、この四人で学校をサボってサッカーをするのは、最善の選択肢なのだろう。
しかし、こんな朝早くから四人も集まって運動なんてよくできたものだ。社会人になって数年の俺には、そんな元気はどれだけ絞っても1滴だって出てこない。
一瞬の関心、
しかし次の瞬間には、なんとも言えない虚しさが全身を襲った。
公園の横にはもはや俺ではなく、俺の輪郭だけが取り残されているようで、その瞬間は汗の鬱陶しささえ忘れていた。
彼らはあまりに輝いていた。
どこか懐かしかった無邪気な笑い声が、今はとても近くに感じられた。
そうそう、それだ。
今、誰と何をすれば自分は幸せになるのか、有意義な時間を過ごせるのか、彼らははっきりとわかっているのだ。つまらない義務感も責任感もなく、ただ、彼らは、彼らの人生の最善の道を選んでいる。
彼らにとって、今日、この時間、このメンバーでサッカーをするというのは、この世のどんな事よりも優先するべきことで、今この瞬間できる最善だったのだ。
昔は、俺もそれができていた。
その日、俺は、俺の青春が輝いていた理由を思い出した。
いや、初めて知った。
そして今度は、後ろを走る車の音で我に返る。仕事に向かわなくては行けない時間だ。
俺は少し笑った。相変わらず汗は流れていたが、しかし今度はハンカチを取り出さなかった。
代わりに、腕時計を確認する。
今日は少し遅刻してもいいだろう。無性に冷たい飲み物が飲みたい。
行きつけのカフェで1杯だけ、甘い飲み物を貰おう。
多分それが、今の最善だから、
俺は振り返ると、来た道をまた歩き出した。
ただそれだけの、つまらない話だ。




