第5話 推しと王子を天秤にかける
「ちょ…ちょっとすみません。アリオン殿下、話が見えないのですが…?」
私はアリオン王子の体をそっと両手で押して見上げると、アリオン王子は怪訝そうな顔をする。
「手紙は、読んでくれていましたか?」
「その…手紙なんですが、…申し訳ありません、届いていたことを知りませんでした…なので、読んでおりません…」
「届いていたことを知らなかった…?」
「はい。私、ここ数日は朝起きてすぐにローズの元へと向かっていたので、家の者も誰も私にそれを伝える時間がなかったんだと思います!私が悪いんです…すみません…」
私は侍女達が責められては可哀想だと思い、慌てて弁解する。
「ははっ。別にそんな慌てなくとも、私はあなたの家中の方々を罰しようなどとは考えていません。…やはり、あなたは優しい方だ」
優しく微笑むアリオン王子は、私の目にかかる髪の毛を人差し指で優しく払う。
私は、アリオン王子の視線に予想外にドキドキしてしまい、慌ててアリオン王子から一歩離れる。
「あ、あの…手紙を読む前にこんなことを聞くのは失礼かと思いますが、その手紙の内容は…その…私のことを……?」
私は恐る恐る尋ねると、アリオン王子は口を片手で抑え顔を赤らめ視線を逸らす。
「あなたのことが好きだと…そう綴ったつもりです」
(あぁ…嘘でしょ…神様嘘だと言って。ローズとアリオン王子を早々に結婚させる予定が、王子が早々に私のことを好きになってる…。)
「これじゃ、ローズがまたあの男爵と結婚になっちゃうじゃない…」
私は小声でそう呟いた後、唇を噛み締める。
「椿嬢…?何か言いましたか?」
心配そうに私の顔を覗き込むアリオン王子だったが、私は王子の気持ちを気にかける気持ちはさらさらなかった。悔しい思いをなんとか沈めて、手にギュッと力を込めアリオン王子を見つめる。
「あの、お聞きしたいのですが、殿下はいつ私のことを好きに…?」
「…?今さらそれを聞いて、どうするのです?」
「ただ、知りたいだけです!私、殿下と会ったのは2回程でして、しかも、まともにお話したのは最初の1回、あの殿下のお披露目会の自己紹介のときだけでしたので、いつ…なのかな…と、ただ普通に気になりまして…」
アリオン王子の目を真っ直ぐ見つめていると、王子は優しく微笑み私の手をそっと掴む。
「こんな扉前に立ったままで話すことではないな。庭園に行くか」
アリオン王子に手を引かれ廊下に出ると、王子は振り返って爽やかに笑う。
その笑顔を見ながら、不謹慎にも私はドキドキしてしまう。
「手紙の件だが」
庭園をゆっくりと歩きながら、アリオン王子は話し始めた。が、1つ気になるのは、まだ手を握られたままだということ。
「椿嬢が言う通り、先日の城で行われた会に初めて会った、ということに正式にはなるだろうが、実は既にその前に会っている。そしてその後、私はすぐあなたに手紙を送っている」
「えっ…お会いしたことがある…のでしたでしょうか…?」
「あぁ、忘れてしまったかな。我々がまだ十代の頃だ。王家と公爵家で食事会を開いたときに。少し話もしたのだが、覚えていないか」
「ごめんなさい、私…」
「いや、別に構わない。私にそこまでの魅力がなかったのだろう」
苦笑いするアリオン王子に、私は胸がズキンと痛む。
(そうか、転生した私はお披露目会からだったけれど、椿の人生はそれまでも普通にあったんだもんね…あれ、そういえば…それまでの椿の人生の記憶がないのは、なぜなんだろう?)
私が難しい顔をしていたのだろう、アリオン王子は立ち止まると、私の正面に立つ。
「正直に話そう。確かにローズ嬢の可愛らしさと美貌には、目を見張るものがあった。公爵家の中でも影響力のあるジャンハ公爵家のご令嬢だ、私の父上、母上からも、事前に私にあの会でローズ嬢と接触するよう話されていた。私も体裁のために、あのようにローズ嬢に気持ちがあるような素振りをしたが…」
アリオン王子は、急に話すのをやめると唇をかみ、自分の髪の毛をクシャクシャと掻きむしる。
「なんだ、私はずっと言い訳を並べているようで、かっこ悪いな…それに、したことも最低だ」
「あ…いえ、そんなことは思っていません。私も記憶がないので、なんとも…そのまま話を続けてくださいませ」
「椿嬢…」
アリオン王子は、私をじっと見つめると、まだ握っている私の手を更に強く握る。
「聞いて欲しい。私は最初からあなたのことが好きだ。ローズ嬢も素晴らしい女性ではあるだろうが、申し訳ないが彼女の気持ちに応えるつもりはない。あなたへの手紙には、こう記してある。私と婚姻を前提に、正式に交際をして欲しいと」
「……は…婚姻…?」
(…え?婚姻??何がどうしてこうなった?あれ、それとも元からこうだったの…?確かに、小説では2人の仲は全く進んでいなかったけど、それって、元々アリオン王子は椿嬢への気持ちがあったから??え、待って、これじゃあ、私がどんなに頑張っても、ローズと王子の結婚ルートは無理ってこと??それじゃ、困るんだけど!)
目を大きく開け固まったままの私を見て、告白したせいなのか、緊張しソワソワしているアリオン王子。
私は、握られていないもう片方の手を胸に当てると、ゆっくりと息を吸って吐き、目の前のアリオン王子を見つめる。
「殿下のお気持ちは、本当に心から嬉しく思います。身に余るほどの、光栄なことでございます。ですが…私は殿下のお気持ちに応えられそうにありません」
「……っ。それは、なぜか理由をお聞きかせ願えますか?」
「大切な大切な親愛なる友人、ローズの気持ちを裏切れないからです。ローズは、殿下のことを慕っております。それなのに、私が殿下と幸せになることはできません…!」
(本音はローズと男爵の結婚阻止に王子を使いたいだけなんだけれど、それを説明したところで多分理解はしてもらえないし、それならば、ここでキッパリと私が断るしか…!)
「…なるほど…そこまでご友人のことを…。椿嬢の気持ちは分かりました。ただ、あなたが見落としている点は、私は王族だということです。私が権力を行使しすれば、あなたを手に入れることは簡単です。もし、私がそうした場合、あなたはどうするのですか?それでも、まだ親友のローズ嬢を選ぶのですか?」
「……はい。私はローズの幸せを誰よりも願っています。ローズが悲しむことは、したくありません」
「…はぁ…分かった…あなたの気持ちは…そうか…そんなに私に向いていなかったとは…」
アリオン王子は顔を背けると、近くの椅子に腰掛け顔を手で覆った。
小説を読んでいたときは、アリオン王子はいつも堂々としていて何にも動じない、そんなイメージをもっていた。そんな王子が、今はひどく動揺し落胆している…。
「あの…殿下…申し訳ありません…大丈夫ですか…」
私はゆっくりと、座っているアリオン王子に近付くと、アリオン王子は手を顔からどけると、優しく笑みを浮かべてくれた。ただ、その笑顔は無理矢理なのは、誰が見ても明らかだった。
「大丈夫だ。心配させたなら、すまない」
アリオン王子は椅子から立ち上がると、近くに咲いていた綺麗な赤い薔薇を1輪手折り、私の耳上辺りにさす。
「私は気持ちの切り替えだけは、昔から上手い方だ。君のことはこれを機に、諦めることにする」
「殿下…」
「心配するな。私の父上母上が望むジャンハ公爵家との親睦を深めるためにも、私はローズ嬢との仲をこれから深めることにする」
「殿下…!」
(良かった!これならローズとアリオン王子は、付き合って結婚の流れになるわよね)
と、推しのローズのことを考えて安心する傍ら、胸がズキンと痛むのも正直あった。
私はアリオン王子をじっと見つめると、王子は私の視線に気が付き、ふっと笑って見せる。
「椿嬢、馬車まで送ろう」
優しく差し出されたアリオン王子の手の上に手を重ね私は庭園を後にする。
綺麗で豪勢なこの庭園。ここには今後二度と入ることはないだろうと、記憶に留めておくために上下左右見回す。
でも、そんな必要なかったのだ。またここに来ることになるのだから。




