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ビターチョコレート

作者: ふみ
掲載日:2025/12/16

 好きな子に意地悪をする小学生男子の気持ちがよくわかる。

 一瞬でもいいから自分を見てほしいのだ。少しでも関わっていたいのだ。構ってほしいのだ。

 たとえそのための手段が正攻法じゃなくたっていい。


 大体そういう男子は勇気がなくて正直でもないから、だんだんとちょっかいを出す以外で相手と話せなくなる。本心を素直に言えるはずもなく、また意地悪をする。で、結局嫌われる。悲しい運命だ。


 なんでわかるのかって?

 それは、あたし自身がそうだったからだ。いや、過去形じゃないかも。

 とにかく、あたしはそやつらと同類なのだ。



 ちょっとからかってやろうと思っていただけだった。ほんとに、ちょっと意地悪してやろうって。

 ただそれだけのつもりだったのに、あたしは盛大にやらかした。





 誠也とあたしは幼馴染で、小・中・高すべて同じ学校の同級生。

 小学校の入学式で初めて誠也を見たあたしは、彼に一目惚れしてしまった。リスのようなぷくっとしたほっぺたに、あたしの心はロックオン。


 でも例に漏れずあたしは自分の気持ちに正直になれなくて、いつもいつも彼に地味な意地悪をしていた。

「服が子供っぽい」とか言ってからかったり、髪を引っ張ったり、筆箱を取ったり。その度に誠也は頬をぷくっと膨らましてから、

「えー、この服、かっこよくない?」

「おぉーっと、亜里沙さん、痛いですよぉ」

「筆箱返してくれぃ」

 だとか言っておちゃらけて返してきた。泣いたことはもちろん、怒ったことさえ一度たりともなかった。そんな子ども、全国の小学校を探してもいないだろう。

 まあ、ずばり誠也は優しいヤツなのだ。とてつもなく。



 思春期に入ってからも態度はまったく変わらず、そんなアホみたいなことをし続けて中学生になり、中学3年生の夏にはっきりと自分の恋心を自覚した。

 9年目の初恋。遅すぎる。

 誠也と同じく小学生の時からの幼馴染であり、親友であるミコにも呆れられた。

「今頃ですかあ?」って。


 しかもそのきっかけは2年間誠也とクラスが離れたことだという、しょーもないこと。小学校ではずっと同じクラスだったので、なんというか、あたしにとってはかなり重大なことだったのだ。

 ほら、あのよくあるやつだ。離れてから大切さを思い知るっていう、あのベタなやつ。

 誠也はいつでも身近な存在だ、という勝手な安心感がいかに不確かなものだったのかを思い知らされ、あたしは心にぽっかりと開いてしまった大きな穴に気づいたのだ。


 そして頭の良い誠也と同じ高校に行くために猛勉強して、あたしはなんとか無事に合格をもぎ取った。共に合格したミコに「あとは告白だけだね」と背中を押され続け、



 あっという間に2月になった。


 おかしい。こんなはずじゃなかった。

 春には告白して、成功して、今頃にはラブラブなカップルになっているつもりだったのに。ラブラブどころか、告白さえしていない。時を見計らって、見計らって、見計らっているうちに10か月経っていた。


 1学期、恋心を自覚した恥ずかしさからと、誠也とまたもやクラスが離れ接する機会がなかなかこなかったことから、あたしは時を見送った。

 2学期、文化祭やら体育祭やら部活やらで高校生活に忙殺され、あたしは彼との距離を縮めるタイミングを失った。

 3学期、なぜかいつの間にか1か月経っていた。

 光陰矢の如しとは、まさにこのことだ。


 もっとおかしなことに、誠也は2月に入ってから同じクラスの女子と付き合い始めた。

 告白された誠也は、そのままオッケイしたらしい。ちなみにこれ、ミコ情報。



 彼が告白されたというあの日は、まさにあたしも腹を決めて告白しようとしていた日だった。

 あたしが放課後、意を決して誠也のクラスまで足を運ぶと、誠也は女子と二人絶妙な距離感で帰っていくところだったのだ。

 その時のあたしの驚きと絶望は、きっと誰にもわからないだろう。


 前日の帰り道に偶然一緒になって、

「亜里沙は全然変わらないね」

「誠也はー、おっきくなったよね」

「なんじゃそりゃ。......そういえばおまえ、好きな人とかいるの」

「そ、そんなのいるわけないじゃん」

 みたいないいカンジの会話もしていたというのに。二人きりで会話をするせっかくの機会だったのに。

 365日時が巡っていく中で、よりによって、どうして告白をしようとするその()()()()()が被ってしまったのだろう。


 あの日、あの時に「いる」と答えて、そのまま告ってしまえばよかったのかもしれない。

 ずっと後悔している。



 付き合い立てホヤホヤの甘々なところが嫌でも目に入り、あたしは16年の人生のうち10年かけてきた初恋を諦めようと、気持ちに蓋をすることにした。

 でも、人生の半分以上も抱き続けた想いに簡単に蓋ができるはずもなくて。

 朝も夜も授業中も、散々考えた末に、せめて、バレンタインデーである今日、メッセージを添えたチョコを渡すことに決定した。メッセージ付きだというのは、ミコには言っていない。

 そしてあたしは放課後、部活終わりの誠也を下駄箱で待った。



 雲一つなく澄み渡っていた空がだんだん暗くなり、水滴がまばらに落ちてきた頃に誠也はやってきた。


「あれ、亜里沙、誰か待ってる?」

「ううん、もう帰る。誠也はカノジョと一緒じゃないの?」

「いや、カナミは今日塾」

 まんざらでもなさそうに名前を言う誠也にイラっとする。

 カノジョが塾なことはミコ経由で知っていた。じゃなきゃ待ち伏せなんてできるわけない。


「うわー雨降ってんのか」

 そう言って彼は右手に持っていた小包みを大事そうに鞄にしまおうとした。

「それ、なに?」

「あ、カナミからのチョコ」

 リスのようなぷっくりさはすっかり消えた彼の頬がほのかに赤くなって、あたしは胸がズキッとした。

 その瞬間、無意識ながらもスイッチオン。素早くその包みを奪い取る。


「うわちょっと亜里沙、返せよ」

「ここまでおーいで」

 魔が差したとしか言いようがない。あたしは傘を差して校門の先まで駆けだした。


「ほんとに!返して!」

 誠也はあっという間に追いついてきた。傘がないらしく、手で頭を覆っている。

「亜里沙!」

 筆箱を取られていた時とはまるで違う彼の真剣な表情を見て、あたしは「何をしてるんだろう」と虚しくなってきた。こんなことしたって、もうどうしようもないのに。いや、それどころか、好感度ダウン間違いない。

 素直に返そう。

 そう思って小包みを差し出すと、取り戻そうとする誠也の手とぶつかった。


 バシャン。


 しまった、と思い、おもむろに顔を上げると、目に入ったのは地面を茫然と見下ろす誠也の姿。その視線の先には、水たまりの中に落ちた小包みが。


「誠也、あの、ほんと、ごめん」

 オロオロと伸ばしたあたしの手を跳ねのけて、誠也は包みを拾い上げる。そして一瞬あたしの目を見た。なんの感情も浮かんでいない、無の表情。

 あたしが知る限り何をされても怒らなかった誠也が、静かにキレていた。



 彼は何も言わずに走り去り、あたしは一人その場に立ちすくむ。

 帰らなきゃと足を一歩踏み出した。でも視界が揺らいでうまく歩けない。

 誠也を怒らせてしまった。一度も怒ったことのない誠也を、あたしが怒らせてしまった。

 チョコをあげて、あわよくばとか思っていた自分がバカみたいだ。実はまだ全然諦められていなかった。

 ジメジメした雨で、くせっ毛の髪もうねりだす。気分は最悪だった。


  ハンカチを出そうと鞄を開けると、一番上に小さな袋が目に入った。ラッピングされた、水色の袋。これを渡そうとしただけだった。なのに、それだけのことができなかった。

 いや、きっとするべきじゃなかったんだ。

 たった半日、されど半日、あたしはカナミに及ばなかった。それなのに、敗者の後出しのように自分の気持ちを伝えようとしたあたしはほんと、どうしようもなく卑怯で、愚かだ。

 悔しくて、情けなくて、腹立たしくなってくる。


「こんなもの、こんなもの!」

 あたしは投げ捨てようと右手を振り上げる。すると突然、腕をガシッと掴まれた。


「亜里沙っ」

 ミコだった。随分息が切れている。

「私、お腹空いちゃったから、捨てるくらいならそれ、くれない?」

  随分無理のあるお願いだ。あまり甘いものが好きではないミコがチョコを欲しがるなんてこと、あり得ない。

「ミコ……」

「これあげるから、物々交換。いいでしょ?」

 そう言ってミコはあたしの右手から袋を取り、代わりに個装のチョコを1つのせた。

「あと……」

 ミコは言いにくそうに口を開く。

「……ねえ、亜里沙。今行かなかったら、きっと後悔する。」

 真剣な眼差しだった。

「み、みこぉ」

「ほら泣かない。いや、やっぱり泣いてもいい。泣きながらでもいいから、ほら、行ってこい」


 ミコはいつもあたしの背中を押してくれる。精神的にも、物理的にも。背中に感じるその手の温かさに勇気づけられて、あたしは走り出した。足元の泥が跳ね上がったが、もうそんなのどうでもよかった。



 ピンポーン。

 インターホンを鳴らすと、制服姿の誠也が出てきた。

「亜里沙......」

「誠也、さっきはほんとにごめん。やりすぎた。ほんとに、ほんとにごめんっ」

「あー、」

  誠也は気まずそうに目をそらす。

「や、あれは俺も悪かった。ちょっと感情的になって、ごめん」

  感情的と言うよりは「無」だったけどな、と思いながらも、ピンと張っていた糸が緩んだ。

「ほんとに、ほんとにごめん」

「もういいって。中身は無事だったし。悪気ないの、わかってたから」

 誠也。あんたはやっぱり、優しすぎるやつだ。恋人からもらったバレンタインのチョコを水たまりに落とされたのに、許して、むしろ謝ってくるだなんて。「二度と許さん」って宣言してきてもおかしくないのに。

 あたしはね、誠也。そんなあんただったから、好きになっちゃったんだ。今となってはそんなこと、口が裂けても言えないけど。


「じゃあな、また明日」

「うん。ばいばい」

 彼の口から「また明日」と発せられたのが嬉しくて、体の奥に体温が戻ってきたようだった。


 もう二度と子どもじみたちょっかいは出さまいと決意して、あたしは帰路に着いた。心配をかけたと思うので、ミコには謝罪成功のラインをしておく。


 ふと、右手に何かを握っていることに気づいた。さっきミコからもらったチョコだ。ずっと握りしめていたらしい。早速包み紙を開いて口に入れてみると、甘みと苦みが舌に広がった。

 

 誠也のことは諦め切れない。でも、今は抑えていよう。抑えて、堪えて、2人が別れたらアタックするのだ。それまでは幼なじみとして我慢する。

 

「嫌われてなかった」

 そう言葉にすると、頬が濡れて口の中にしょっぱさが加わった。ズズっと、鼻水も出てきた。




 だけどこれはきっと、

 今降っている雨のせい。

ミコsideの「消えない想いをチョコレートみたいに溶かして」も、是非!

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