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雷鳴の残響 -Requiem of Arcline-  作者: 海鳴雫


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炎の残響

 ――静寂。

 それが、最期に感じた感覚だった。


 炎の渦が視界を包み、雷鳴が頭上を裂く。

 世界が赤と紫で染まり、音が消えていく。

 焦げた空気の中で、俺は笑っていた。


 「……昴、やっと、届いたな」


 俺の中を焼き尽くしていた憎悪が、音を立てて崩れていく。

 熱ではなく、光になって。

 燃え尽きるのではなく――溶けていく。


 妹・沙耶の声が、どこか遠くで聞こえた。

 「お兄ちゃん……もう、いいんだよ」


 その言葉に、胸の奥が痛んだ。

 俺はずっと、あの日に縛られていた。

 非魔法師の暴徒に妹を奪われた日。

 “共存”という理想を笑われた日。


 その痛みを、炎に変えた。

 誰も信じないことで、自分を保った。

 だけど――昴は違った。


 何度裏切られても、何度傷ついても、

 あいつは「信じたい」と言い続けた。

 俺にはできなかったことを、あいつはやり遂げた。


 それが、悔しくて、誇らしかった。


 「お前は……ずっと、俺のまぶしいままだよ」


 視界の端に、昴の姿があった。

 傷だらけの体で、それでも前を向いている。

 隣には、美玲の青い光。


 ああ、やっぱりお前らは似合ってる。

 俺がいなくても、世界はまだ続いていくんだな。


 炎が、静かに空へ昇っていく。

 その中に、妹の姿が見えた。

 白いワンピース、あの日のままの笑顔。


 「……沙耶」

 「もう、泣かないで。みんな、ちゃんと生きてる」


 そう言って、彼女は手を伸ばす。

 その掌は、もう熱くなかった。

 優しく、温かい。


 俺はその手を取った。


 途端に、世界が光に満たされていく。

 焦げた空が、澄んだ青に変わる。

 あの戦場で、昴が放った雷が――やがて金色の光になった。


 「昴。……ありがとな」


 声は届かない。

 けれど、わかってる。

 あいつは、きっと笑っている。


 「俺の炎、お前の雷に託す」


 炎の残響が、胸の奥で鳴った。

 それは悲鳴ではなく、祈りだった。


 「どうか、あの世界が……もう二度と、分かたれませんように」


 沙耶の手に導かれ、俺は光の中へと歩き出す。

 その瞬間、遠くで雷鳴が響いた。


 懐かしい音だった。

 昔、昴と競い合った訓練場の丘。

 笑いながら互いに魔法をぶつけ合っていたあの頃の音。


 あれは、怒りでも悲しみでもない。

 ただ、まっすぐな“生きる音”だ。


 俺の炎はもう、この世界には残らない。

 だが、昴の中に“灯”として生きていく。

 なら、それでいい。


 「じゃあな、相棒」


 炎の翼が広がり、光の粒となって散っていく。

 空が晴れ、朝日が昇る。


 ――悠介の世界は、ようやく、終わりを迎えた。

 けれどその炎は、まだどこかで揺らめいている。


 雷鳴の下で、確かに生きている友の心の中に。


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