第43話 紅蓮の瞳
夜が深く、風のない静寂が塔を包んでいた。
《紅蓮の塔》――街の中心で、異常な脈動が止まらない。
昴と美玲は警戒の魔法陣を展開しながら、核を見つめていた。
その表面には、昨夜現れた“紅の瞳”がゆらめいている。
まるで生き物のように、わずかに動き、光を放っていた。
「……まるで、見てるみたい」
美玲の声が震える。
「悠介の炎じゃない。これは……別の“意志”よ」
昴は黙って頷いた。
雷の魔力で分析をかける。
――だが、返ってきたのは異常値だった。
「魔力構成が変質してる。
悠介の炎の残響に、別のエネルギーが混ざってる」
「別の……?」
「“人工魔力”だ。魔法師が作ることを禁じられた、機械的魔力……!」
美玲の表情が凍りついた。
「まさか、誰かが……紅蓮の核を実験に使ってる?」
昴が視線を上げる。
核の奥で、紅い光がわずかに瞬いた。
そのとき、低く冷たい声が響いた。
《――観測、成功。反応、安定》
「……誰だ!?」
昴が叫ぶと、空間が歪み、幻のようなホログラムが現れた。
銀の仮面をつけた青年。
黒衣を纏い、瞳だけが冷たい蒼に光っている。
「初めまして、桐谷昴。君の雷には興味がある」
「お前……何者だ!」
「僕の名は葦原レオニス。
旧魔導連盟《第七研究課》の生き残りだ」
美玲の目が見開かれる。
「第七研究課……!? あそこは――」
「“魔力融合実験”の禁止により解体されたはずだろ!」と昴が叫ぶ。
レオニスは微笑んだ。
「ええ。だが、理想は死なない。
君たちが築こうとする“共存”など、結局は一時の幻想だ。
ならば僕は、“ひとつの種族”に還す。
魔法師でも非魔法師でもない、純粋なる進化体として」
昴の拳に雷が走る。
「お前は……人をなんだと思ってる!」
「素材だよ。神へ至るための」
その瞬間、紅蓮の核が強く輝いた。
塔の中で爆風が起こり、美玲が昴の腕を掴む。
「昴っ! 離れて!」
水の障壁が広がり、爆光を防ぐ。
視界の中で、レオニスの姿は霧のように消えた。
《再会の時を、楽しみにしている。雷の子》
残響だけを残し、静寂が戻った。
美玲は荒い息を吐きながら、崩れた床に手をついた。
「……彼、何をするつもり?」
昴は答えなかった。
視線の先――紅蓮の核が、ゆっくりと青紫に変色していく。
「“融合”だ。悠介と沙耶の炎を使って、魔力と人間の境界を壊そうとしてる」
「そんな……!」
美玲の胸に、過去の痛みがよみがえる。
――十年前、水の研究都市が崩壊したとき。
彼女の両親は、「人と魔法を融合させる」実験に巻き込まれ、命を落とした。
昴がその震える手を取る。
「大丈夫か、美玲」
「……私、怖いの。
あのときの悪夢が、また起きるかもしれない」
「今度は、止めよう。二度と、誰も犠牲にしない」
昴の言葉は、雷のように静かで、確かな強さを持っていた。
美玲はゆっくりと頷いた。
「ええ……今度こそ、終わらせよう。私たちの“過去”を」
雷が鳴る。
塔の外で、夜空が一瞬だけ白く光った。
その稲妻の中で、昴と美玲の瞳が交差する。
――再び始まる、“未来”を賭けた戦いの火。




