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雷鳴の残響 -Requiem of Arcline-  作者: 海鳴雫


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第41話 灰の約束

――三日が経った。


 旧議事堂の跡地は、今や瓦礫と灰の山だった。

 崩れた石壁の隙間から、まだ熱の残る煙が立ち昇っている。

 空はどこまでも曇り、風が吹くたび灰が舞い上がる。


 桐谷昴はその中心に立っていた。

 右手には、透明な宝珠――紅蓮の核。

 悠介と沙耶の“最後の残響”が宿るものだった。


 「……静かだな」

 呟く声は、灰の中に吸い込まれていく。


 傍らには菅峰美玲がいた。

 青いコートの裾が風に揺れ、瞳の奥にはどこか沈んだ光がある。

 けれどその表情は、不思議と柔らかかった。


 「炎が消えたあとの世界って、こんなに冷たいんだね」

 「……あいつがいた頃は、ずっと熱かったからな」


 昴の視線の先には、瓦礫の下に埋もれた鉄扉。

 あの下には、悠介と沙耶の眠る紅蓮の心臓がある。


 彼は深く息を吐いた。

 その息が白くなるほど、風は冷たかった。


 「昴」

 「……なんだ」

 「あなた、また背負おうとしてる」

 美玲の言葉は、責めるでもなく、ただ静かだった。


 昴は苦笑を浮かべる。

 「俺が止めたはずの炎が、また誰かを傷つけるかもしれない。

  悠介の願いを、ちゃんと終わらせなきゃいけないだろ」


 美玲は小さく首を振る。

 「終わらせるんじゃない。……受け継ぐの」


 昴が視線を向けると、美玲は灰を掬い上げ、掌の上で見せた。

 「灰は、燃えたあとに残る“形”。

  でも、それを土に混ぜれば――新しい花が咲くの」


 昴の瞳に、微かに光が戻る。

 「……お前は、本当に強いな」

 「違うよ。ただ、悲しみの中で立ち止まるのが怖いだけ」


 二人の間に、少しだけ優しい風が流れた。


 そのとき、遠くで人々の声が聞こえた。

 非魔法師の住民たちが、崩れた街を歩きながら互いに助け合っている。

 しかしその中には、怯えた視線で魔法師を避ける者もいた。


 「……まだ、溝は深い」

 昴が呟く。

 「共存なんて、夢物語に見えるだろうな」


 美玲は少しだけ微笑んだ。

 「それでも、夢を見なきゃ始まらないよ。

  ねえ昴、覚えてる? 初めて出会った日のこと」


 昴はわずかに目を細めた。

 ――雨の日。

 非魔法師の少年を庇って、彼女が濡れながら微笑んでいた。

 その姿が、今でも瞼に焼きついている。


 「……あの日、お前の言葉に救われた」

 「“魔法は人を傷つけるためじゃない”って?」

 「そう。今なら、少し分かる気がする」


 昴は宝珠を見下ろした。

 その奥で、淡い紅がゆらめいている。


 「悠介と沙耶の炎を、俺たちが繋ぐ。

  もう二度と、誰かが焼かれないように」


 「それが、あなたの“雷”の誓い?」

 「――ああ」


 昴はゆっくりと頷いた。

 「俺の雷は、断罪じゃない。導くための光にする」


 美玲は微笑み、手を差し出した。

 「なら、私は隣で水を流す。

  あなたの雷が届かない場所を、優しく包むために」


 昴はその手を取った。

 冷たいはずの指先に、確かな温もりがあった。


 空を見上げる。

 灰雲の向こうに、わずかな青が覗いていた。


 「行こう、美玲」

 「うん。……新しい街へ」


 二人は歩き出す。

 崩れた瓦礫の上を、一歩ずつ踏みしめながら。


 背後で、灰の舞う音がした。

 その中に、微かに聞こえた気がした――


 悠介の声が。

 “行け。……今度こそ、叶えてみせろ”


 昴は振り返らず、ただ前を見据えた。

 その眼差しは、もう迷いを映してはいなかった。


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