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雷鳴の残響 -Requiem of Arcline-  作者: 海鳴雫


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第32話 雷と水の誓い

夜明け前の街は、薄い霧に包まれていた。

 光を受けて流れる川面は銀色に輝き、まるで新しい世界が生まれる前触れのようだった。


 菅峰美玲は、川のほとりに立っていた。

 両手を水に浸し、ゆっくりと魔力を流し込む。

 水が青く光り、穏やかな波紋を広げていく。


 ――けれど、心は静かではなかった。


 悠介の名を聞いた瞬間、胸の奥に冷たいものが広がった。

 彼は確かに、かつて“共存”を語った仲間だった。

 昴と並び、誰よりも真っ直ぐに理想を信じていた人。

 その彼が、紅蓮会に囚われている。

 それとも――もう、自らの意志で“紅の炎”を選んでしまったのか。


 「……悠介くん」

 小さく名を呼ぶ声は、水面に吸い込まれて消えた。


 背後から足音が近づく。

 振り返ると、昴が朝の光を背に立っていた。

 無造作に風に揺れる黒髪。眠れぬ夜を越えた瞳は、どこまでも澄んでいた。


 「もう、行くの?」

 美玲が問うと、昴は頷いた。


 「紅蓮会の本拠地は〈旧中央議事堂〉跡地の地下にあるらしい。

  あの水路の魔法陣は、そこへ繋がっていた」

 「危険だよ。紅蓮会は、ただの過激派じゃない。

  神の残滓――“アーク・コード”に触れた組織。

  それを利用して悠介くんを……」


 昴は彼女の言葉を遮るように微笑んだ。

 「わかってる。でも、放っておけない。

  あいつは俺の“もうひとりの自分”みたいなもんだ。

  炎に焼かれても、まだ誰かを救おうとしてる――そんな気がするんだ」


 美玲は静かに目を伏せた。

 「……昴くんは、ほんとに優しいね」

 「違うさ。優しいんじゃなくて、後悔したくないだけだ」


 昴は拳を握る。

 掌に青白い雷光が走った。

 「俺はもう、何も失いたくない。

  誰も、あの夜みたいに泣かせたくないんだ」


 その言葉に、美玲の胸の奥が熱くなった。

 彼の雷はいつもまっすぐだ。

 迷いのない光。けれどその輝きの裏には、数えきれない痛みがある。


 「……わかった」

 美玲は立ち上がり、水滴を払った。

 「私も行く。悠介くんを助ける。それが、私の信じた“共存”だから」


 昴が静かに頷いた。

 「ありがとう、美玲」


 二人の魔力が交錯する。

 雷と水が触れ合い、淡い蒼光が生まれた。

 それは祈りのような、誓いのような輝きだった。


 「雷と水、同じ空に還ろう」

 「うん。どんな嵐でも、必ず」


 ――それが、二人の“雷と水の誓い”だった。


 * * *


 一方その頃。

 地下深く、旧中央議事堂の崩壊跡。


 巨大な魔法陣が円を描き、紅い炎が渦巻いていた。

 空気が焼ける音。溶けた鉄の匂い。

 その中心に、ひとりの青年が立っている。


 大神悠介。


 炎のような瞳は閉じられ、両腕を鎖で縛られていた。

 背後には紅蓮会の司祭が立ち、低く詠唱を続けている。


 「炎は神に等しい。神は選ばれし器を求める。

  その器こそ、大神悠介――“紅のスカーレット・ロード”だ」


 炎がさらに高く燃え上がる。

 悠介の身体が反応し、魔力が暴走し始めた。


 「やめろ……俺は……神なんかじゃ、ない……!」

 呻くような声。

 けれど、司祭の詠唱は止まらない。


 「人は弱い。だから神を求める。

  神は強い。だから人を捨てる。

  ――さあ、目覚めたまえ、“紅の主”!」


 爆発的な炎光が空間を包んだ。

 悠介の叫びが轟き、鎖がちぎれる。


 その瞬間、議事堂全体が赤く染まった。

 空間を突き破るように、紅の柱が天へと伸びる。


 それは、街の外まで届くほどの強烈な光。

 遠くの河川敷で、その光を見上げた昴と美玲は同時に顔を上げた。


 「――悠介!」


 雷と水が同時に爆ぜる。

 空が鳴り、風が走り、世界が再び震えた。


 昴の目には、決して消えない稲妻が宿っていた。

 「行こう、美玲。あいつを、取り戻す」


 美玲も頷いた。

 流れる水が道を示すように、街の中心へと続いていく。


 その先にあるのは、炎か、希望か――。


 雷鳴が夜空を裂き、

 二人の誓いは静かに、確かな光を放っていた。


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