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雷鳴の残響 -Requiem of Arcline-  作者: 海鳴雫


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第31話 水の祈り

夜が明けて、街は静かに呼吸をしていた。

 戦いの傷跡を抱えながらも、少しずつ人々の営みが戻り始めている。

 瓦礫だった場所には新しい商店が立ち、子どもたちの笑い声が流れる。

 水路を流れる透明な流れは、復興の象徴のように美しかった。


 ――けれど、その“水”が、変わり始めていた。


 菅峰美玲は、手のひらを水に浸して眉を寄せる。

 「……冷たすぎる」


 通常よりも魔力濃度が高い。

 ただの水ではない。魔法的な“共鳴反応”が起きている。


 「美玲、どうした?」

 背後から声をかけたのは桐谷昴だった。

 いつものように笑顔を浮かべながらも、彼の瞳は鋭く彼女の手元を見ている。


 「水が変質してる。

  ここ最近、街中の井戸や水路から魔力反応が出てるの。

  まるで“何か”が地下を伝って広がってるみたい」


 昴は屈みこみ、水面を覗き込む。

 透明だった水が、わずかに紅く濁っていた。

 血のような、炎のような――不吉な色。


 「……紅い」

 美玲が頷く。

 「この反応、見覚えがある。〈紅蓮会〉が使う術式と似てるの」


 昴の表情が引き締まった。

 「紅蓮会……。悠介の報告にもその名前があった」

 「悠介くんの?」


 美玲の胸に不安が走る。

 昴は頷いた。

 「南棟爆破事件の後、悠介が連絡をくれたんだ。

  『紅蓮会』という組織が連盟内部に潜ってる。調べる、と。

  ……それっきり、消息が途絶えた」


 美玲の手が震えた。

 「そんな……悠介くんが?」

 「生きてるよ。あいつは炎に愛された男だ。簡単に燃え尽きたりしない」


 そう言いながらも、昴の目の奥には焦りが滲んでいた。

 悠介の炎が燃えるとき――それは、誰かが絶望の淵にいる時だ。


 「……探そう」美玲が言った。

 「この水の流れを辿れば、源は見つかるはず。紅蓮の痕跡も、悠介くんの行方も」


 昴は頷いた。

 「行こう。雷と水で、この街の地下を暴こう」


 * * *


 二人は市街地の外れにある古い導水路へと向かった。

 そこは、かつて戦時中に魔法師たちが造った魔力供給管が交錯する地下区画。

 現在は封鎖されているが、復興作業の影響で一部が開放されていた。


 地下へ続く階段を降りると、冷気とともに湿った空気が肌を撫でた。

 青い光苔が壁面に淡く輝き、静かな水音が響く。

 ――その水音の中に、微かに“脈打つ音”が混じっていた。


 トクン、トクン。

 心臓の鼓動のような、赤い光の脈動。


 「魔力共鳴だ……。生きてるみたい」美玲が呟く。

 昴は手をかざし、雷の紋章を展開する。

 「反応を分析する。……うっ、こいつは――」


 雷光が走り、空間の一部が映し出された。

 壁の奥に埋め込まれた魔法陣が、紅くゆらめいている。

 その中心には――アーク構造の断片。


 「アークの残骸だ。まさか、こんなところに……!」

 昴の声に、美玲の顔が青ざめた。

 「じゃあ、この水は――“神の残滓”と繋がってるの?」


 雷光が強まる。

 紅い水が反応し、渦を巻き始めた。


 「昴くん、下がって!」

 美玲が両手を広げ、水の結界を展開する。

 次の瞬間、紅の渦が爆ぜた。


 轟音と共に赤い飛沫が吹き上がり、天井を突き破った。

 地下区画全体が震え、外の街にまで響き渡る衝撃。


 昴は美玲を抱き寄せ、衝撃波から守った。

 雷の光が二人を包み、やがて沈静化する。


 ――だが、静寂の中から声がした。


 『……やはり、君たちが来たか』


 空間の奥に、炎のような影が浮かび上がる。

 赤いローブ、歪んだ仮面。

 〈紅蓮会〉の使徒。


 昴が立ち上がり、雷を帯びた視線を向ける。

 「誰だ。お前がこの紅い水の仕掛け人か?」


 『我らは“炎の信徒”。滅びを水に流す者たちだ。

  かつて神が選ばれたように、今度は炎が世界を選ぶ――』


 その言葉の途中で、美玲が手をかざした。

 「なら、私は“流れ”で抗う。どんな炎でも、水は止めない!」


 水流が舞い上がる。

 昴が雷を重ね、青白い閃光が紅い影を貫いた。


 影は一瞬で霧散したが、残された声が耳に残る。

 『……紅の主は、もう目覚めている。

  そして、その炎の核――大神悠介は、我らのもとに』


 「――!」美玲の目が大きく見開かれた。

 昴が即座に魔力を展開し、残響を焼き払う。


 沈黙。

 崩れた壁の向こうで、水がゆっくりと清らかに戻っていく。


 美玲は震える唇で呟いた。

 「悠介くんが……紅蓮会に……?」


 昴は静かに答える。

 「違う。囚われてるんだ。紅音の奴らに」


 彼の瞳に、稲妻のような光が宿る。

 「行こう、美玲。――あいつを、もう一度取り戻す」


 美玲は頷いた。

 流れ続ける水の音が、まるで祈りのように二人を包んでいた。

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