表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷鳴の残響 -Requiem of Arcline-  作者: 海鳴雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/54

第30話 紅蓮の影

爆発音が夜空を裂いた。

 炎が舞い、破片が雨のように降り注ぐ。

 魔法師連盟本部・南棟が、真紅の火柱に包まれていた。


 警報が鳴り響き、避難誘導の声が飛び交う。

 悠介は炎の中を駆け抜けた。

 「避難を優先しろ! 負傷者は転送班へ回せ!」


 部下たちが頷き、必死に人を運び出す。

 爆炎の熱が肌を焼くが、悠介は止まらなかった。

 ――これはただの事故じゃない。狙われている。


 階段を駆け上がり、燃え落ちる天井を潜り抜けたそのとき。

 焦げた空気の中に、懐かしい匂いが混じっていた。


 ――この匂い、まさか……。


 次の瞬間、背後で炎が爆ぜた。

 炎の中から、赤いフードの影が歩み出る。


 「久しぶりね、悠介」


 その声に、悠介の動きが止まる。

 耳の奥で、遠い日々の残響が蘇った。


 「……紅音あかねか」


 炎の中に立つ女――篝紅音。

 かつて悠介と共に“非魔法師殲滅計画”を推進した元同志。

 彼女は〈アーク崩壊〉の混乱で死んだと思われていた。


 紅音はゆっくりとフードを下ろす。

 頬に焼け跡を残しながらも、その瞳は昔のままだった。

 「死んだと思ってた? あのとき、あなたに見捨てられたのよ」


 悠介の胸に痛みが走る。

 「あのときは、誰も助けられなかった。俺も、崩れ落ちた建物の下で――」

 「言い訳ね」紅音が冷たく遮る。

 「でもいいの。あなたがいなかったから、私は“目覚めた”の」


 彼女の背後で、赤い魔法陣が浮かび上がる。

 その紋章は、見たことのない構造だった。


 「……その紋、まさか〈紅蓮会〉か」

 「ええ。私たちは“浄化”の炎を掲げる。

  魔法師も非魔法師も、等しく焼き払う。

  この世界は、もう一度“真紅の光”で生まれ変わるのよ」


 「狂ってやがる……」悠介の拳に炎が集まる。

 「まだそんなことを――」


 紅音の瞳が細められる。

 「あなたも同じだったはずよ。

  弱者を燃やし、強さを選んだ。

  “理想”なんてものは、裏切られた瞬間に灰になる」


 悠介は息を呑んだ。

 その言葉は、かつての自分そのものだった。

 昴に出会う前の、自分の心。


 「……違う」

 「なに?」

 「俺は、今はもう“燃やす”ために生きてない」


 炎が轟き、床が砕ける。

 悠介は腕を振り上げた。

 蒼白い炎が彼の掌から溢れ、紅音の炎と激突する。


 「同じ“炎”でも――俺はもう、お前とは違う!」


 爆風が廊下を吹き抜けた。

 炎と炎がぶつかり、紅蓮と蒼炎が渦を巻く。

 光が交錯し、爆発が起こる。


 瓦礫の隙間で、紅音が血を吐きながら笑った。

 「……優しくなったわね、悠介。

  でも、その優しさは――世界を救えない」


 「救うとか救えないとか、そんな問題じゃねぇ」

 悠介の声が震える。

 「俺はもう、“誰かを傷つけるための炎”じゃない。

  この火は、“生かすため”のものだ!」


 再び、拳がぶつかる。

 紅音の炎が崩れ、建物全体が震動した。


 「……残念ね。あなたの炎は、まだ優しすぎる」

 紅音は笑い、後方の壁を破って姿を消した。

 残されたのは、紅蓮の紋章だけ。


 悠介は息を荒げながら、その紋を見つめた。

 床に焼きついた紋様――“紅蓮”の文字の中に、奇妙な符号が刻まれている。


 それは、魔力コードの一部――アークの残滓だった。


 「……やっぱり、あの研究が残ってやがったのか」

 拳を握りしめる。

 炎が再び灯る。だが、その光は穏やかで、冷たく燃えていた。


 「紅音、お前がどんな炎を掲げようと――

  俺の火は、もうお前を照らすために燃える」


 悠介は立ち上がり、煙の中を歩き出した。

 遠くで夜明けの光が滲み始めていた。


 ――だが、彼の炎はまだ消えていない。

 それは、過去を焼き尽くしながら、未来を照らすために燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ